伊坂幸太郎 魔王

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あらすじ

  • 魔王

安藤は特殊な能力を持っていることに気付きだしていた。強く思った言葉を誰かの口から発せさせることが出来るのである。この能力(通称腹話術)を使って安藤は性急な政治の帰路に立ち向かおうとするのだが・・・。

  • 呼吸

安藤の弟である潤也は親代わりであった兄を失ったことでかなりショックを受けていたが、既に五年が経ち結婚もしていた。夫婦二人は東京の雑踏を離れて仙台で生活を始める。そのあたりで気がついたのだが潤也にも特殊な能力が目を覚ましていたようなのだ。それは「じゃんけんに負けない」というすごいんだかすごくないんだかよくわからない能力だったのだが・・・。

感想

伊坂幸太郎三作目。一応本屋大賞にもノミネートされていましたが最終ノミネートのうち最下位という結果に終わってしまいました。まぁ、三位に同著の『死神の精度』が、つまりは一度に二つの本がノミネートされただけに票が割れたという背景もあったわけですが。
本書は社会物であるのはまず間違いがないです。青春小説を基調とした佳作を作ってきた作者ですからちょっと色味が他作品と違うかもしれません。でも青春小説がベースなのは変わりませんね。
本書ではファシズムへの抵抗、憲法論議、政治への不信、外交政策の不振など主に政治が主題として語られています。それもしつこいぐらいに。しかし、作者は巻末にて「ファシズム憲法はテーマではない」と切り捨ててもいます。文学によくある「表層的な事象から本質をテーマに据える」という手法なのかな、とか考えますがこれは明らかな逃げの姿勢ではないでしょうか。ファシズムの危険性を煽り、読者に「思考すること」と「情報を無分別に取得することは違うということ」を強調しています。
作中で作者がいくつか語らないことがあります。「ファシズム」や「ファッショ」とは現在独裁という意味合いで強権的、軍事的に煮詰まった狂乱を意味するのでしょう。作者はこれを意図的に「間違っている」や「誤っている」と示唆することはしていません。つまりは最悪の状況を考えなければokなわけです。また、所謂ファシズムの代表格である「ナチスドイツ」についてですが、ナチスは正式名称を「国家社会主義ドイツ労働者党」と言います。そう、ファシズム社会主義から発生しているのです。ただ、ムッソリーニの作ったファシズムの元祖である「国家ファシスト党」については右派を取り込んで世論を煽ったという所もあるので現在のファシズムの語義がどちらにも作用するという現在の基礎があります。なお、通底しているのは独裁へ持っていくのは一種の無血革命だということです。両者とも議会がきちんとあったことを明記しておきます。勿論日本でもです。選択の行方が戦乱であることは当時の状況下では仕方ない面もあります。特にドイツは第一次大戦に敗れたことでとてつもない負債を抱えていたわけですからねぇ。戦前の日本にしたってアメリカとか連合国からABC包囲網とハルノートを突きつけられていたわけで選択肢は戦争か、当時の世界状況では下手をすると植民地になってプランテーションを作らされて奴隷同様に扱われることも考えられたのですよ。20世紀初頭まで黄色人種は人間じゃないという人種差別はごく当たり前なことだったんです。現在でも海外に出て行けば簡単にそういう侮蔑的な扱いを受けること請け合いです。国によっては金を持っていなければ毛のないサル扱いですから。
ま、WGIP(War Guild Information Program)が未だに幅を利かせているということがこの本からはにじみ出ています。保守だ保守だと騒がれている自民党ですが、改憲に関してはリベラルなんですよねぇ。護憲を叫んでいる方が保守だという認識はあんまり浸透していないんじゃないかな。実にどうでも佳いことですがこのWGIPを日本に植え付けた陰の功労者に現在の大新聞社の二大巨頭である「朝日新聞」と「読売新聞」があります。特に朝日新聞は戦前「主戦論派」であり、戦争への道を焚きつけた過去があります。しかし、戦後GHQが圧力をかけるところりと現在のような思想押しつけ的な論を述べる電波新聞社に成り下がりました。戦前も相当アレだったわけですがこうも針の振れが激しいとマスコミの健全性が実に怪しいですよねぇ。
まぁ、作者はバランスよく書こうと努力はしているみたいです。両方の言い分をそれぞれ分けて語っているわけですが、どうしても偏りがあるので恣意的な気がしてしょうがないです。隠し球的に使われる無防備都市宣言から派生したノーガード戦法なんてその筆頭でしょうかね。国際社会から相当に遊離している国家としての主権を自ら自縄自縛した「日本国憲法」を変えることをせずに後生大事に抱えているなんて国は世界中見渡しても日本ぐらいのものです。それを逆手にとって一切の軍備を放棄するなんてあり得ません。日本人の感覚からすれば自販機や無人販売所で物を買うのは普通ですが、外の国の人間からすれば金や物が「取ってくれ言わんばかりに」置いてあるのに等しいわけです。だから公衆電話が有っても壊されていたり盗まれて無くなっていたりするわけですが、そんな暢気きわまりない気分でノーガード戦法なんて事をやった日には度肝を抜くどころか嬉々として占領されてしまいますよ。「命あっての物種」と申しますが、現在以上の理不尽な重税や搾取を甘んじて受けようなんて気の人が自殺志願者以外にいますかねぇ。占領された日には経済活動は根底から覆るわけですよ。闇市の世界が再び始まるわけです。
それにしても軍事的緊張だって防衛に専念している自衛隊が手を出してこないのを佳いことに向こうが一方的に引き起こしているという事実があります。自衛隊憲法上軍になった、戦争が出来る、外と戦争をする、徴兵が復活する、という最悪の可能性だけを考えるのは想像力がたくましい以前に無知で有りすぎます。そういう意味では本書は滑稽小説のようですね。中国の成語に「杞憂」という言葉があります。元々杞という国の人が「空が落ちてくるかもしれない」と気に病む話ですがこの本の内容の前半はこの「杞憂」の故事に因っているのではないか、と思わざるを得ません。それぐらい荒唐無稽なんですよ。主に最悪の可能性から因る恐怖が語られているにも関わらず、それに対する明確な対案はないのです。現状維持しか望んでいないわけですね。社会保障福祉関係から増税は当たり前でしょうし、国債乱発で地方に立派な道路を造ってきたえらい政治家の皆さんの景気上昇策の公共工事なんて債務だけを増やすだけなんてことは火を見るより明らかだし、そもそも立法府であるところの国会がああでもない、こうでもないと、マンションの偽装事件を取り扱って国会招致をして愚にもつかない横道を延々辿っていること自体が異常です。システム立て直しの時期に来ているのは確かなんじゃないですか?団塊の世代もそろそろ一斉定年退職で雇用人員を得るのも大変でしょうしねぇ。社会的変革の岐路に立っているのは確かでしょう。確かに盲信は良くないかもしれないが、それに対する対案が無いのならば際限のない堂々巡りには意味はありません。
って事で終了。
と、なるのでしょうがこの作者にはある意味私にとって考え深い点があります。こういう疑念や可能性を煽って火をくべるのです。あくまで内容の大半をスパイスとしてしか使ってないんですな。つまりはこれがこの人の芸風。いい加減慣れなきゃなぁと思いながら一向に馴れられんのです。旧態依然のスタンスを笠にきるタイプの話作りをしてくるからどうにも拒絶感がわいて出てくるわけです。ここまで来ると作為的にやってないわけがないですよねぇ。躍らされる阿呆にされてしまう可能性を秘めた一冊です。まずは本書の内容を疑うことから初めてみてはいかがでしょうか。
70点
冒険野郎マクガイバーを引き合いに出されたのちょっと不愉快。
蛇足:間違ってもミステリーとして期待してはいけないかな。ライトなSFかファンタジーとして楽しんだ方が無難かと。

参考リンク

魔王
魔王
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伊坂 幸太郎
講談社 (2005/10/20)

舞城王太郎 The Childish Darkness 暗闇の中で子供

ASIN:4061822063

あらすじ

奈津川ファミリーの三男坊奈津川三郎は一ヶ月前に起きた事件でもはや何もする気になれないでいた。小説家としてはミステリーを書いていた三郎だが、その源泉である探偵を失い文筆活動は彼の手から離れていたし、経営している私塾の現場は彼を必要としていなかったのである。故にだだっ広い奈津川家の実家に彼はぽつねんとしていた。
事件で意識不明の母は一ヶ月経っても意識が戻らず生と死の狭間をたゆたっているし、父と兄は病院、弟は彼女の所に入り浸っている。三郎を必要としている存在は皆無だったのだ。
意思をどこかに伝達する必要もなくただ在り生きている。社会的には死者と変わりない引きこもり生活をしていた三郎はひょんな事から一ヶ月前の事件が未だ継続していることを知る。
そのきっかけはこうだ。車を走らせている三郎はマネキンを地面に埋めてまわっている少女を発見したのだ。人ならぬ存在ではあるものの、きっちりビニールを被せ地中に埋める様子はコピーキャットそのものだった。一通り様子を探ってから帰宅した三郎を待っていたのは弟の四郎で、この行動的な弟はもう一人コピーキャットが居ることを兄に説明した。端的に言えば四郎は物証を持ち帰ったのである。実は事件収束をみたはずの日から町内では失踪者が数名出ていた。四郎が三郎に示唆したのは腐乱していやらしい悪臭を放つ誰かの足であった。おそらくは失踪者の持ち物であったろう。ということは失踪者は既に死亡しているはずだ。
四郎は三郎をせっついてきちんと事件を終わらせようと奔走するのだが・・・。

感想

舞城王太郎四作目。奈津川サーガの続編です。
なんとなく読書に倦怠を覚えている中本書を読んだのですが、ぐいぐいと引っ張っていくパワーがよい刺激材料になったように思います。
作者の特徴であるリズミカルに綴られるリリックのような言葉が、改行を廃した長文気味の掛け合いが、妙に心地良い。ふと気がつくとニヤニヤしているのに気がつく有様です。
さて、前作は四郎が主人公でしたが、本作はその兄の三郎が主役です。直情径行、頭脳明晰、唯我独尊な四郎と比べると三郎にはダウナーな雰囲気(駄目さ加減)が付きまといます。快刀乱麻で力押し、きっちりまるっと解決をして貰いたい向きの人は読んでてイライラするかもしれません。つまりは前作と同様の物を求めてもまずそれはありません。
それにしても本書は激しくメタな香りがするのだけれど私には決定的な仕掛けを判別できませんでした。気がつかない事はまず無いほどの堂々たる齟齬が存在するのです。それでどっかに叙述でもあるんじゃないかなぁと思いながら読んだわけですが、「嘘の中でしか語れない真実がある」というメッセージに全てが込められていたのかもしれません。であるならば分裂気味の筋道の通らない話が突如出てくるあたりが作中人物である三郎の創作なのではないかなぁ、と思うのですが段々とそれを読み解こうとする努力をすべきではないのかもしれないと思わせる展開になりました。
つまりはこうです。読み手側からすれば読んでいる物語には「嘘(フィクション)であるという必然」があります。そこに作中人物である三郎が同様の事を必要としているならば入れ子でもう一つフィクションを内蔵しているわけです。でも三郎視点からはそれが分かっても、その更に外側に位置する読み手にとってはどちらもすでに案件を満たしているわけで「効果的なフィクション」であることには変わりがないのです。つまりは「嘘の中でしか語れない真実」は既に読み手に開示されているわけで、メタとメタでない部分を分けて語る必要は無いわけです。ここでメタにこだわる場合はミステリーであるということ、謎解きを優先させることになるということだと思いますが、端的に言ってしまえばこれはミステリーとして犯罪・犯人・探偵役と、事象と人物を割り振って推理することはほとんど考慮されていません。小道具レベルとして用いられているに過ぎないのです。
それに先ほど書きましたがメタな内容になっている様子というのと、作中視点人物の三郎は精神的に相当参っているため文章的にかなり分裂気味で筋道を通そうとしても意味を成さないのです。加えて過程に意味はないと来ています。こうなったら三郎の選択を見守るよりほかないのです。もっと第三者的にこの話の具体像を知ろうとするならば、今後作者が手がけるであろう奈津川サーガの最新作を読むしか手はないのかもしれません。恐らく今度は失踪したはずの二郎か一郎が主人公になるんでしょうが・・・視点人物を四郎に据えた本を読みたい人が多そうだなぁ。個人的には次巻に謎を引き継ぐというのは好きな方なので首を長くして待ちたいところです。
舞城が合わない人でも奈津川サーガは普通に入れるんじゃないかなぁ。
80点
でもやっぱり『土か煙か食い物』の明快さを求める向きにはこの本は期待はずれかも。このダウナーなドライブ感は個人的に好きだけど・・・万人に受けはしないだろうね。

参考リンク

暗闇の中で子供―The Childish Darkness
舞城 王太郎
講談社 (2001/09)
売り上げランキング: 36,666

2006年4月に読んだ小説

日付順で列挙。
島本理生 ナラタージュ
浅田次郎 薔薇盗人
フィリップ・K・ディック スキャナー・ダークリー
浅田次郎 きんぴか1 三人の悪党編 気分はピカレスク
森博嗣 今はもうない
浅田次郎 きんぴか2 血まみれのマリア編
浅暮三文 カニスの血を嗣ぐ
浅田次郎 きんぴか3 真夜中の喝采編
有栖川有栖 月光ゲーム Yの悲劇'88
フィリップ・K・ディック 偶然世界
フィリップ・K・ディック 逆まわりの世界
森見登美彦 四畳半神話大系
シオドア・スタージョン 輝く断片
貴志祐介 天使の囀り
高田崇史 QED ベイカー街の問題
西村健 脱出 GETAWAY
東野圭吾 手紙
山本弘 まだ見ぬ冬の悲しみも
西村健 突破 BREAK
東野圭吾 さまよう刃
東野圭吾 黒笑小説
田中芳樹 銀河英雄伝説(黎明篇・野望篇・雌伏篇・策謀篇)
殊能将之 キマイラの新しい城
実生活の方が現在進行形で色々あったので冊数その物は伸びてません。総計26冊と今回は少なめ。なお、銀英伝は面倒くさすぎたので四冊一括でエントリにしてますがあらすじ自体は実質一巻の冒頭だけ。絞っている理由は「そこさえわかれば話に入ってこれるから」というのと「戦記物の場合大筋の所がわからないととっかかりが無いため読むのに抵抗が・・・」って人のため。でも内容に踏み込まれちゃうとアレだろうし、寸止めにして舞いました。ま、激しくどうでも佳いですね。
収穫は浅田次郎の読んだ本全てと西村健の『脱出 GETAWAY』、シオドア・スタージョンの『輝く断片』ぐらいかな。ああ忘れてた、有栖川有栖の『月光ゲーム』も良かった。それ以外は一長一短が結構激しいけど壊滅的なのは一冊も無し。

西澤保彦 謎亭論処(めいていろんど) 匠千暁の事件簿

ASIN:4396207131

あらすじ

  • 盗まれる答案用紙の問題

教員室に忘れ物の裏ビデオを忘れてきたボアン先輩こと辺見祐輔。取りに戻ったのだが、遅くまで頑張って採点したはずのテストの用紙が見つからない。ガビーン、やばいやばすぎる。先ほど戻ったときにいた尼岸須美子は封筒に何か入った物を持って帰っていた。怪しい。時間も遅いが残っているのはコピーを取っているらしい野島淳だけだ。
無い物はしょうがない。どんな罰が下されるか知らないが、明日まで待つしか他ない。ということで帰ることにしたボアン先輩だったが、乗り置いてきた車が影も形もないのだ。鍵を付けっぱなしにした本人が悪いのだが、一分やそこらで戻ってくる気だったのだから最早何も言うべき事はない。
プリプリしながらタクシーで帰宅したボアン先輩を待っていたのは消え去ったはずの車だった・・・。

  • 見知らぬ督促状の問題

いつものメンバーに相談に来た安槻大のミス・キャンパスである広末倫美。なんでも彼女の住むマンション"MMハイム"に家賃滞納の督促状がやって来ているのだという。マンションの家賃を勿論滞納しているはずはなく、しかも差出人の名前がおかしいらしい。マンションの持ち主は市会議員の松岡氏であるのだが、管理自体は松岡氏の妻がやっている管理事務所のアーバンメイク名義でいつも届くらしい。倫美が調べてみたところでは安槻大に通っている女性がマンションには五名居るらしいのだが、その五名にだけこの督促状が届いたのだという。

  • 消えた上履きの問題

辺見祐輔が高1Aクラスの授業に赴くと二つの異変に気がついた。一つは浜田智佐がまた欠席していること。この生徒は大変な臍曲がりかつニヒリストなトラブルメーカーなのだ。また自分で種をまいて虐められているのかもしれない。もう一つはクラスの全員の履いている物が上履きでなく運動靴だったり革靴だったりばらばらだったこと。なんでもひとクラス分全部の上履きが盗まれたらしい。もう一つ異変があったのだがこれは異変と呼ぶには少し違うかもしれない。何しろ補習を口に出した途端クラス一丸ピタリと口を閉ざして授業の進行を促したのだ。
その謎が解けたのは昼休みのことである。なんでも有名バンドのライブが今日はあるらしい。だからなんとしてでも補習なんてあってはいけないのだ。
その翌日、1Aの上履きが見つかったことが警察の連絡で判明した。入れ物はチューバのケースだったそうだ。チューバ自体も学校の持ち物なのだが、吹奏楽部の片岡ちずる宛てに顧問から電話がかかってきて「古いチューバを処分する」という話になっていたらしい。だが、この顧問は電話をしていないし、チューバを引き取るという手はずになっていた楽器店店員自体も怪しいのだという。

  • 呼び出された婚約者の問題

平塚総一郎と結婚した旧姓羽迫由起子ことウサコは夫の話す仕事の話が大好きである。これはウサコ自身が現在大学院の心理学科に籍を置いているということと無関係では決してない。その話はこんな風だった。
郷里の安槻で親がやっている開業医院を継ごうとする医者とそのフィアンセがいた。二人は結婚することとなっていたが、フィアンセが突如としてそれを少し引き延ばして欲しいと言い出したのだ。フィアンセの方はフリーライターとして頑張ってみたいのだという。しかし、そんな話をさせられても医者の方は納得がいかない。結果二人は別れることとなった。そして二年後、新たに結婚の相手を見つけた医者の元へかつてのフィアンセから連絡があった。なんでもフィアンセを連れてきて一緒に会って欲しいという。一方的に婚約破棄に至った状況から腹を立てていた医者であったが現在のフィアンセをなんとか説得して元フィアンセと会うこととなった。場所は相手側から指定されたレストランである。が、医者とそのフィアンセは午後三時から七時まで待ちぼうけを食わされることとなる。元フィアンセは現れなかったのだ。
一方もとフィアンセは無理心中のような形で死んでいた。車にホースを引き込み死んでいたのだ。一緒にいた男は頭部に殴打された痕があり、元フィアンセの側は睡眠薬を服用した様だった。後部座席にあったビール瓶から類推するに男を殴った後でビールに睡眠薬を入れて元フィアンセが呷ったようだ。
しかし、調べてみても元フィアンセは東京から安槻に来るまで同行すると医者に暗示していた男性は見つからないし、無理心中を企てた相手ですらどうやら初対面のようで繋がりが全く見つからないのだという。

  • 懲りない無礼者の問題

ちんぴら風の男が安槻で目撃される。なんでも誰に言うともなく場所柄をわきまえずに安槻を口汚く罵っているのだという。旅行風で安っぽい女を連れていたという。
これだけならば関わりにならない方が佳いレベルの話であるのだが、辺見の同僚である我孫子鈴江の口から飛び出した言葉はちょっと突飛に過ぎた。
「――その男、殺人犯じゃないかな」
それだけじゃわからないわけだが、同じく同僚である田之内義徳の息子が同じようなアベックに殺されたのである。正確に言うならば大学に願書を出してきた田之内の息子が口汚く何か言っている男に絡んだわけだ。そしてボコボコにやられ、数日後に死亡したという次第であるのでやった側は知らないはずである。ただし、この事件自体は数年前のことである。
そして田之内が捕まってしまう。事件の重要参考人ということであった。繁華街であのちんぴらカップルが逆にボコボコにやられ、男は死亡女は虫の息で発見されたというのだ。確かに田之内にはその動機はあるといえるのだが・・・。

  • 閉じこめられる容疑者の問題

とあるカップルが居酒屋で暇つぶしにパズル的問題に取り組んでいる。それに遭遇したタカチはどうしても参加したくなってしまう。これも遅れてくるタックが悪いのだ。
その問題とはこういう内容である。妻の母と同居している夫婦が居る。元々夫は妻の母に婿養子にしないと結婚を認めないと言われたり、同居を迫られたりした過去があったりしてぎくしゃくしていた。
その夜夫婦が食べた食物には睡眠薬が入っていたらしい。ぐっすりと眠り、起きたところ妻の母が下着姿で倒れていた。それを見つけた娘が確認してみたところ頭部に傷があり既に息をしていなかった。そうして警察へ連絡を入れたわけだが一つ問題があった。家中戸締まりがしっかりしてあってドアですらチェーンがかけられていたのだ。しかも鍵はピッキングに弱いディスクシリンダー錠ではなくディンプルキー錠である。もしも犯人が居るのならばまだ家の中に潜んでいるはずなのだ。だが、警察は身長に調査をしたが犯人は発見できなかった。
捜査の途中で妻の母に男性の影があることも浮かび上がってきた。もしかすると薬を入れたのは妻の母で夜をその男性と過ごしていたのかもしれない。その男性は鍵を持っていたようであるが残念ながら二人が付き合っていたのは少し前のことらしく、本人が誰なのかははっきりしなかった。
ちなみにこの事件は実は現実のものなのだ。故に犯人がわかっているのだが・・・。

羽迫由起子が家庭教師をやっている塩見さぎりちゃんの元へ不幸の手紙がやってきた。変わっているのは封書で私製はがきが付属していること。これを使用して出せと言うことらしいのだが・・・。

  • 新・麦酒の家の問題

ボアン先輩はタックだけを巻き込んでとある計画を実行に移すつもりだったのだが、タカチに捕まってしまったおかげでいつもの四人でくだんの計画を実行に移すことにした。
その計画とはボアン先輩が付き合っていた女性の本宅へ出向くことである。ちゃっかり回りをごまかして付き合っていた女性が居たというのはみんな知らぬ事であるのでみんな驚いている。だがその女性はボアン先輩に隠していたことがあった。なんと既婚者だったのである。それを密告電話で知ったボアン先輩は女性と会うのをやめた。すると女性の側はストーカーのようにボアン先輩にまとわりついてくるようになり、次第に脅迫のような言葉を弄するようになった。つまりは夫にばらし、裁判沙汰にするぞ!ということらしい。丁度この侵入に先立ってその女性が旅行に言っている間が最終通牒猶予期間だからその間に決めろ、とボアン先輩に言ってきたらしい。そこでボアン先輩はストーカーされるならばこちらがやり返せばいいという理屈で侵入を企てたのであるが・・・。

感想

西澤保彦十二作目。今回はタックシリーズです。それにしても計画性が皆無ですよねぇ。角川、講談社幻冬舎祥伝社・・・ボヘミアンなのは作者なんじゃないですかねぇ。一応後ろから数えた方がいいような時系列に属することになってますが、相変わらずバラバラです。
なんか作者の本がしつこく感じるようになってきました。パズラー路線の端正さはまるで格式の高い料理のようで形式的なんですよね。気軽に読めるキャラクターメインの日常小説というよりもより好まれるであろう殺人を据えた事件群の方を重んじるようになってきたのでまるで世界は殺人狂の為にあるが如き雑多な状況になってきています。それにしても殺人事件が多すぎますよ。そしてそれに巻き込まれすぎです。そこが読者に対する色目のようでくどいんですよねぇ。でもミステリー作家にそういうことを言うのは問題外なんでしょうけど。もしかしたら私はミステリーというよりもコメディー路線を望んでいる一人なのかもしれません。テンション的に普通だと苦痛に感じたりするのもその関係なのかも。
今回判明したのはウサコが平塚総一郎と結婚したこと、タックとタカチは急接近しているけれど結婚まで至っていないこと。相変わらずタックはやるべき事が見つからずフラフラしている模様。フリーターって探偵にはうってつけだけど収入安定しないから結婚相手には出来ないわなぁ。

  • 盗まれる答案用紙の問題

普通に有り得ない。筆跡鑑定というのは「その筆記用具をきちんとした使い方で用いた上で統計的に判断する」わけで無理がありすぎる。試しに釘か何かで金属を傷つけて書いた物のと鉛筆・シャーペン・ボールペンで書いた物、そして筆を用いて書いた物を比べて筆跡鑑定をしようとしてみると佳い。書道が上手くてもペンで書くという場合はそれに即するとは限らないのだ。書き順がはっきりわかるというならばまだしもそういうわけではあるまい。狂的な考えでなければ「筆跡鑑定のいろは」も知らない人物が判断しようというのはおこがましい以外のなにものでもない。空想で遊ぶレベルの話かと

  • 見知らぬ督促状の問題

私自身は学生・生徒という身分に対して人物に欲情するということがないのでイマイチ実感が湧かない。だが、世の中にはそれを有り難がる嗜好の人物が居るのもまた確かである。ちなみにここでは対象は二つに分かれると思う。フェティシズム傾向と一種のブランド志向である。フェティシズムの場合はそれに付帯する着衣物への傾倒が上げられると思う。一方ブランド志向というのは嗜好の系統が若さであるか、その身分・年齢に起因すると考えられる。しかしまぁ回りくどい話だなぁ。

  • 消えた上履きの問題

これも回りくどい話ですな。靴が問題になっている部分からして作者のフェティシズム傾向を考えないわけにはいきません。何故ならば作者は極度の足フェチだから。ま、余談ですけどね。
更には「人を困らせるために自殺する」人物なんてのは考えにくいです。というよりそこの肉付けを怠っているから解離してしまっています。「人を困らせるならば自分の命をも厭わない」なんてひねくれ者は決して存在しないわけではないわけです。リストカッターなんかは分かりやすいその代表例ですし(ちょっと違いますけどね)。
それにしてもライブをコンサートと書いてしまうあたりに寄る年波を感じますw。

  • 呼び出された婚約者の問題

奇想という面では面白味があるが、すっきりしないあたりが問題か。

  • 懲りない無礼者の問題

ちんぴら=強い訣ではないし、今時そんな奴は金も持っていません。流石地方ですね。そうやって被害妄想的に言葉をどなるのは精神的に危ない証拠でしょう。憂さ晴らしをしたい人物にやられてしまうってのはありがち。っていうかやられない方がおかしい。こういう人物は酒に逃げている奴とか電車内で喚いているホームレスにありがちですよねぇ。関わらないのが吉。無礼者というより精神障害者と捕えた方が正しいのでは。被害妄想の虜になっている人物を相手にするのははっきり言って骨です。誹謗中傷が真実と偽りどちらであろうと関係なくなってますし。
まぁ、やってる人物が女連れなのが全てをぶちこわしにしているような気もします。

  • 閉じこめられる容疑者の問題

不可能犯罪の密室をテーマにした唯一の話。落ち着くところにしか落ち着きませんよねぇ。

平凡かつ回りくどい。というより贅肉が多い気がする。

  • 新・麦酒の家の問題

ボアン先輩の思考回路が理解できません。ストーカーされるならばストーカー仕返す・・・なんの解決にもなって居ないじゃないかw。鍵が落ちていたら拾ってしまうとかもないよなぁ。ボアン先輩の行動が全てを台無しにしている気がする。

ミステリーなんて関係なくラブコメが読みたいです、はい。今回はタックというよりもボアン先輩が主人公かな。
60点
やっぱり安楽椅子探偵物は合わないなぁ・・・。やっぱり関係者が殺されなくちゃねぇ。苦い物が皆無なわけだしお気楽すぎるんだよねぇ。
蛇足:結局ウサコが一番人を見る目が合ったという訣かw。

参考リンク

謎亭論処―匠千暁の事件簿
西澤 保彦
祥伝社 (2001/03)
売り上げランキング: 89,019

東野圭吾 ちゃれんじ?

ASIN:4408534544

感想

東野圭吾二十三作目。今回はエッセイと言うことであらすじ省略。エッセイなんて書いてたんだねぇ。
本書のキモは作者の新たな趣味「スノーボード」に焦点が当てられています。兎に角売れっ子作家と言うことで年間数冊の本を出す作者ですし、更には連載や書き下ろしと多忙極まること想像に易いのにも関わらず、はまりだしたら止まらないとばかりに暇を見つけては雪上を滑降するわけです。そのはしゃぎっぷりはノワール調の作品をかなり書いているということを知っているとちょっと想像が難しいかも。意外な側面を覗いたということで得難いですな。
そしてあまり表に出てこない作者の状況も浮かび上がってきました。今は独り身とのことですが、奥さんに逃げられた過去を持っていたとは・・・。古参のファンなんかでは基本なのかもしれませんけどこれ以外でそういう情報を得ることは難しいんじゃないかなぁ。
あと近況報告の所にピョンピョン有名所の人名が飛び出してきます。やっぱり売れっ子だけあって顔が広いんですなぁ。ミステリー界隈の人物ばかりなのがご愛敬。文壇バーとか銀座で豪遊ってのもなんんか浮世離れしてるし片鱗は覗けるかもしれません。
作者の本を追いかけている人は是非。読んで損はないでしょう。おまけとして小説もいくつかついてますしね。
しっかしいつ仕事しているのやら。これぐらいのバイタリティがなきゃ一線の作家なんてやってられないんだろうなぁ。

参考リンク

ちゃれんじ?
ちゃれんじ?
posted with amazlet on 06.05.02
東野 圭吾
実業之日本社 (2004/05)
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西澤保彦 実況中死

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ASIN:4062738910

あらすじ

岡本素子は夫の浮気現場を目撃して鬼気迫る表情で追跡をしていたところ、思いがけず災難に遭遇してしまった。なんと落雷に遭ってしまったのだ。素子の体を貫いた雷は幸い彼女を傷つけることは無かったが、彼女に一つの能力を残していった。
それをチョーモンイン的に言うのならばパスという物になる。
所謂テレパシーの一種なのだが、チョーモンインでは補導対象とはならない。一般的に認識されるテレパシーである「相手の思考を読む」という物は当然ながら補導対象である。二人の人物が確実に必要であるテレパシーを元にした精神同調によるコミュニケーションであれば、これは補導対象とはならない。素子が手に入れた能力であるパスは、所謂テレパシーとは異なり随分と限定的な能力なのだ。あくまで回線の開いた特定の誰か(専門用語で"ボディ"という)の状況を把握することしかできないし、任意でその回線を開くことが出来るわけではない。つまりは一方的に点灯するテレビを鑑賞させられている状況と言って佳いだろう。
彼女はこの能力が落雷に起因する物であることを早々に見抜いたが初めのうちは楽観的だった。彼女に伝えられる情報はあくまで視覚と音声に絞られており、ボディ側の音声はクリアではない物の好奇心を刺激するには十分だったからだ。元々落雷の原因となった夫の浮気については馬鹿馬鹿しくてもはやなんの感慨も湧いてこなかったので、精々この能力を楽しもうと思ったのだ。まぁ、最初に限ってはもしかしたら自分もボディ側から見られているのではないかという疑念もあったがそんなことを考えていても始まらないと結論づけた。
だが、そんな彼女の楽観を覆す出来事が起きる。彼女が繋がるボディの様子がおかしいのだ。ストーカー紛いの行為を続け、ついには殺人事件の目撃を素子は余儀なくされる。しかも対象はどうやら一人だけではないようだった。連続殺人事件へと発展しそうな状況をなんとか誰かに伝えなくてはならない。そうして彼女は筆を取った。マスコミ各社へと自身の能力と事件について書き、この先も事件が起きる可能性が高いからその阻止をマスコミの力で出来ないか?という様な内容だったのだが、案の定彼女の手紙は放置される。

そんなことは知らない作家の保科匡緒は担当の笹本と打ち合わせをしていた。新作の構想を練るためにやっていたのだ。実は彼の新作が新鋭の作家である女婦木(おとめぎ)ミラの小説とネタが被ってしまって泣く泣く没の憂き目をみたと言うことで仕切り直しの意味もある。偶に同種のネタが被るという事はミステリーの世界では往々にしてあることなので仕方ないが、女婦木の小説はあまりにも保科の小説と似通っていた。まるで盗作をしたかのように瓜二つだったのでこの場合仕方がないが、保科は久しぶりに一本新作書き下ろしを締め切り破り無しに成し遂げたというのに報われない状況であったのだ。
その席上でSFネタがらみのミステリも物にしている保科になら、と笹本は有る手紙のことを語った。テレパシーで殺人を目撃しているという女性の投書が知り合いのフリーライターの元に届いたのだそうだ。保科はその話に食いついて上手いこと手紙を回して貰うことに成功した。別に小説のネタに使おうという考えは有ったがそちらはあくまで補助的な考えであった。最近神麻嗣子と能解匡緒警部に会っていない保科は少し寂しかったのだ。もしも超能力がらみの犯罪ならばそのダシとして招聘できるのではないだろうか・・・。
保科は安易に考えて居たが、彼は必然的に事件に巻き込まれていたのである。自身が気がつかないうちに・・・。

感想

西澤保彦十一作目。チョーモンインシリーズの長編では二番目。でも短編が色々挟み込まれているので決して順番というわけにはいかないわけですね。この作者のシリーズものは順番とか関係ないのが基本ですからしかたないですが。
ミステリにSFが混じったシリーズと言うことで今回のテーマは「テレパシー」です。通常のテレパシーではあまりにストレートに謎がばれてしまい、ミステリーというよりも広義のミステリーであるサスペンス方向へ傾いてしまうということで「パス」と「ボディ」、そして「デコーダー」の存在を思いついたんでしょう。でも超能力という縛りで言うならばこれは遠隔透視(クレアボヤンス)とか千里眼の類と言った方が正解なんですけどねぇ。テレパシーとはあくまで広義に捕らえても思考を読み取り、そして送信出来る能力として認識されています。本作においてはそういった表層・深層問わずボディの思考を読み取るという描写は皆無です。ですから根本的に作者は何か勘違いしているような気がしてなりません。それでもESPとされる三つの要素であるクレアボヤンス・テレパシー・プレコグニッションの範疇に入っているのでまだましですが。
今回特に気になったのは作中人物の変貌でしょうか。露骨に保科と能解をくっつけようとする意図が感じられたり、心情吐露が混じったりとなんか混沌としています。長編だけ読んでいるから妙に感じるんでしょうねぇ。間を埋める短編集の『念力密室』を読むべきなんでしょうか。
にしても恋愛模様を真面目に取り組もうとしている姿勢は良いかもしれないけれど、ほのぼのなコミカル味が持ち味なのにそれをわざわざ自分から潰しに言っちゃっているように思えるのは私だけ?なんか作者の実情と願望が随分混ざっているような・・・。あんまりシリアスにやり過ぎちゃあいけないような気がするんだけどなぁ。
解決については一応筋道が通っているけれどなんか腑に落ちる感覚よりも?が点灯しちゃいました。上手いというよりなんか拍子抜け。やっぱり事件に緊張感がないのが最大の難点なのかなぁ。一応危機自体はあるけれど一種お約束的な部分は否めないわけだし・・・。
長編読者には優しくない展開にはやはりちょっと問題があるんじゃないかなぁ。キャラクターの立ち位置の急激な変化には違和感を感じない方がアレだろうし。魅力のベストバランスが崩れたのが最大の問題点かな。
55点
しかしまぁ、読み手のどれくらいの割合の人が『エスパイ』とか『ミュータント・サブ』とか『地球ナンバーV7』がわかるんだろうか。筒井さんの<七瀬シリーズ>ならまだしも『エスパー魔美』とか『超人ロック』が出てこないのはちょっと腑に落ちないなぁ。
蛇足:小説という媒体よりも漫画化した方がいいのかもしれない。ももせたまみ(産休中だが)あたりが適当じゃないかな。

参考リンク

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殊能将之 キマイラの新しい城

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あらすじ

名探偵石動戯作は奇妙な事件の解決を頼まれた。なんでも750年前の事件を解決して欲しいという。
この事件の端緒はフランスの小さな古城を使ったテーマパークに始まる。シメール城という古城を日本に移築したこと自体は後にテーマパークの社長に収まる江里陸夫氏の道楽だったそうだ。不動産会社の社長であった江里氏はフランス北部にあった倒壊して放置されていたシメール城を大いに気に入り、艱難辛苦のすえフランスから日本は千葉にまで持ち込んだという。結果それだけは勿体ないのでテーマパークを開くに至ったのだという。
だが、このシメール城には一つ大きな問題点があった。亡霊が取り憑いていたのだ。そして江里氏はその亡霊に取り憑かれてしまい、自分はシメール城の主であるエドガー・ランペールだと主張しているのだという。
エドガー氏は非業の死を遂げたのだが、自身の死の原因を解明してくれる人物を呼べと常務取締役の大海永久氏へ申しつけた。大海氏は社長が狂った振りをしているものだと思っているのだが、兎に角状況を好転させなくてはならない苦しい立場にある。エドガー氏が取り憑いて以来江里氏は知っているはずの社員の名を知らなかったり、現代的な話が出来ないなど、まともなビジネスの話が通じないのである。いっそ引退してくれた方が大海氏にとってはありがたいぐらいなのだ。
しかし、妙に義理堅い大海氏は江里氏に取り憑いている(と装っている)エドガー氏の願いを叶える必要があったわけだ。そこで何がまかり間違ったのか石動戯作に白羽の矢が立ってしまったのだ。
戯作は助手のアントニオを連れてテーマパークにやってきたが、予想を超えた状況に面食らった。何しろエドガーは魔術師を望んでいるようなのだ。おかげで似合わないコスプレをさせられることになって少々不機嫌の様子である。
エドガー氏から話を聞いた限りでは事件はこの様に起こったらしい。
第七次十字軍遠征に参加したエドガー・ランペールは領主の長男であった。冒険を夢見たエドガー氏はそこで現実を知ってしまう。一度は死にかけたがようよう戻ってみれば家督は弟が継ぎ、許嫁すら弟に取られてしまっていた。エドガーはその場では既に死んでいるものとされていたのだ。彼の愛剣が届けられたことがその契機になったのだという。現実を肌で感じたエドガー氏には宗教が単なるお題目であったことが白日に晒されて厭世的な気分になり、自分が継ぐはずの城ではなく、離れに位置するシメール城にひっそりと隠棲することとなった。
ある日エドガーの死を告げたというエドガーの愛剣が弟の住まう城から消え失せたという。それを告げに来たエドガーの母、弟、弟の嫁、護衛の騎士、隣国の領主、領主の護衛の騎士、司祭、修道院長、そのお供の修道士の九人がエドガーに面会し益体もない話をしていった。司祭と修道院長はエドガーが瞑想する場にある天使とキマイラを描いた壁画が異端的である旨をやかましく言いつのっていた。これはいつものことである。あまりにやかましいのでエドガー氏はその場を離れ、瞑想を行う事にした。天秤をかたどったレリーフは丁度天使とキマイラの中間地点に位置している。そこでエドガー氏は天秤のレリーフに手をかけながら瞑想していたのだが、突如として背中に激痛が走り無くなったはずの剣が彼を刺し貫いていた。床に倒れたエドガー氏は扉が開いたのを見て、来訪者達が彼に近づくあたりで息を引き取った、ということらしい。
石動達はその現場をあらかじめ見てきていた。シメールの塔と呼ばれる円筒形の変わった作りのその部屋は、明かり取りの窓が複数ついているがとても人が通り抜けることなど叶わないのは明白であった。おまけに扉はたった一つしかないのだ。状況はまさに密室状況である。しかも750年前の事件という極めつけの難題まで付属している。
石動戯作は事件の真相に迫れるのだろうか?

感想

殊能将之七作目。作者のイメージとして定着しているアンチミステリーな石動戯作シリーズの最新作です。
内容的には現代に蘇る中世騎士のコメディということでジャン・レノが騎士を演じた映画の『おかしなおかしな訪問者』を連想させずにはおれませんよね。そこにミステリーが乗っかるという趣向なんですが、今回に限っては今までの総集編的な側面は否めません。アントニオはきちんと出てくるし水城さんも出てくるわけでようやく基本的なコマが揃ったコメディを魅せられているような感じですよねぇ。『GS美神 極楽大作戦』で言うならば10巻超えたあたりというか・・・。*1故にきちんとシリーズを読んでから読むべき本でしょう。個人的感想からすればエドガー氏の再登場を望みたいところです。アントニオとの絡みとかがあるとよさげなんですけどねぇ。でもそうすると石動の存在価値がどんどん無くなっていってしまうという諸刃の剣。いっそのことアントニオ視点のスピンオフが産まれてくれればいいんですが。量産ペースとは無縁の作者ですから無理っぽいですがねぇ。
えーと本書で一番残念だったのは謎解き部分でしょうか。作者にそれを期待する方が悪いと言われてしまえばその限りなんですけれども、なんだかんだ言って本格思考に染まっているのかもしれませんね。私としては結局この解決はないだろう、という結論に達したわけですがほとんどの人は笑って許しちゃってるんでしょうねぇ。うーんファンタジーは好きなはずなんですが、こうもベタベタだとちょっと引きますわ。だって密室事件の解決方法の第一が示されてしまって居るんだもの・・・。これはないでしょうよ。
ま、毎回元ネタが変わっている作者ですが今回はマイケル・ムアコック関係の模様。ごめんなさい、最も有名な『ストームブリンガー』すら読んでませんw。恐らくマイケル・ムアコックの邦訳を全部読んでいる人にはにやりと出来る趣向なのかもしれませんが私にはわかりかねました。*2
最終的な判断としては殊能将之はミステリーと決別した方が良くないか?ってあたりに落ち着いちゃいました。だって未消化なエドガー氏の話(特に弟の嫁になってしまった許嫁のくだり)とかがえらい気になってしまったもんでねぇ。コメディならコメディでミステリーっていう軛から離れた所で縦横無尽にやって貰いたいところ。ネタがわからないとちょっと困りますけどね。今回みたいになっちゃいますし。でも十分にミステリーでなくても書ける筆力があるんだから是非変わったことをやって貰いたいところ。講談社が許すかっていうとかなり微妙ですが。
65点
ギャグのセンスがイマイチなのがちいとばっかし辛かった。ベタの重ね塗りはちょっとねぇ。
本書では文章上手いのが唯一の救いかな。
蛇足:寝取られの心情を綴った鬱小説とか書いた日には即日買ってしまうかもしれませんw。それにしても年一冊ペースからもうちょっと馬力を上げて欲しいなぁ。

参考リンク

キマイラの新しい城
キマイラの新しい城
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殊能 将之
講談社 (2004/08)
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*1:激しくわかりづらい例えですいません。

*2:ということでマイケル・ムアコックにチェックを入れてみたけれど読めるのはいつ頃になるのやら・・・。ちなみにここで問題になっているのは『エルリック・サーガ』とそれを内包する『エターナル・チャンピオンシリーズ』だと思われます。