藤沢周平 秘太刀馬の骨

ASIN:4163136401
ASIN:4167192306
ASIN:B000CNEDH6

あらすじ

近習頭取の浅沼半十郎は自分の属する派閥の長である小出帯刀に呼び出された。帯刀はかつて栄華を誇った望月派という派閥を次ぎ、現在の藩政の最重役である筆頭家老を勤める人物である。そして半十郎にとっては恩人でもあった。万年御書院目付と言われた浅沼家から半十郎を取り立ててくれたのだ。それに報いる働きを半十郎は望んでいた。
帯刀の話は奇妙な物だった。六年前、かつての派閥の長である望月四郎右衛門隆安が何者かに刺殺された。結局下手人は挙がらずに藩主が事件の二年後没したためそのまま闇に葬られたが、この事件が今回の呼び出しの理由らしかった。望月が殺されたことで政変が起き、藩政の主導権は杉原派へ移った。現在はこの小出派が藩政を取り仕切っているが、杉原派の中心人物である杉原忠兵衛が病に倒れたという小出派にとっての機会が無ければ現在の状況はないだろう。そんな状況を踏まえて帯刀に対する流言が流れているという。
「望月四郎右衛門隆安を斬ったのは小出帯刀の手の者ではないか?」
というものである。その様なことは帯刀以下無いことは分かっていたが、望月の死後の藩主播磨守の裁きは帯刀が用心するに足る事象を残していた。隆安は斬られたときに刀を抜いていない士道不覚悟、継嗣が居ないこと、生前の執政に偏頗があったことを挙げ望月家を潰してしまったのである。半十郎はなるほど、と思った。先ほど挨拶をしている間に妾の話をしていたのはこの事だったのか、と。
また望月四郎右衛門隆安は藩主から嫌われていたという背景もある。落ちぶれていた望月家を持ち直す切れ者であったが、同時に傲岸不遜な人物としても名を馳せていた。故に望月を暗殺したのは藩主の手によるものなのではないか、という流言すら流れていた。
同様に小出派が藩主から疎まれた場合、望月の二の舞を演ずることとなりかねない。その故還暦過ぎの帯刀が継嗣を欲しがっているのである。勿論家名のための妖人によるものだ。当然帯刀が半十郎を呼んだのもそれに関することだった。
六年前の事件の死体検分を行った居た三人、大目付笠松六左衛門、御医師の庭田良伯、御徒目付の根岸晋作のうち笠松が「ほう、『馬の骨』か」と呟いたのが全ての発端だそうだ。調べてみたところ秘太刀の事らしいという事が分かった。半十郎も若い頃は少し知られた剣士であったから話を持ちかけられたものと見える。確かにそれは適正な判断だった。半十郎は『馬の骨』という名の剣法、秘太刀の名を実在の物かどうかはさておいて聞いたことがあったのである。しかも丁度伝えている家の事も知っていた。御馬乗り役の矢野家がそれを伝えているはずだ。話の流れは半十郎が矢野家へ出向いて『馬の骨』を調べる、という方向へ行きそうだったのだが実際そうではなかった。半十郎に任されたのはその補佐である。帯刀の甥が江戸から出てきているからこれに『馬の骨』探索を任せるが、どうも叔父の側からしても心配は拭えないらしい。
その後すぐにやって来た江戸弁の美男子が帯刀の甥とは少し信じられなかった。だが、石橋銀次郎という男に半十郎が頭を痛めることになるのはまだ先のことである。何しろ『馬の骨』を探すためには人の弱みを握り、試合をするのを強引に強要するような男だとは欠片も考えていなかったのだから・・・。

感想

藤沢周平ここでは初読み・・・ということらしい。時代物の再評価に繋がった山本周五郎の『雨あがる』から引き継ぐように映像化された『たそがれ清兵衛』の作者でもあります。作者は武家社会のゆがみとそれに対して凜とした一本筋を通そうとする男、そして真実を見据えた上での変心を衒いなく書くのが得意な人だったりします。それ以外にも町人が主人公の話なども書いていますがどちらかというと衆目を集めるのは侍を主人公にした話でしょうね。となると話の確信は政治向きの難題も有ることにはありますが、剣客物になるパターンも当然あります。ただ一つ覚えておいて欲しいのはこの人は剣客物に必要な場を引きつけるだけの死合いの情景とやりとりが決して上手くないのです*1。故に純粋に剣客物として楽しもうとするのであれば方向が違っていると思うので、そっち方面を期待する人は別の作者を捜した方が佳いかと。でも、なんだかんだ言って作者は結構書いてるんですよ、剣客物。需要があったのか、それとも本人が好きなのか、そこまではわからないですがね。
さて、本作はちょっくら異色です。兎に角『馬の骨』なる剣法を習得している人物を捜すわけです。何人もいる当該人物から真実を教えて貰うために銀次郎は脅し、なだめ、すかし、試合を挑みます。そう、これは推理物の構成を借用しているわけですね。でも、これ擬態なんですわ。推理物「っぽい」っていうのがみそなわけで、推理をするでもないのでミステリーとしては成り立ってないのです。まぁでも時代小説でミステリーっぽいっていうのは珍しい方ですよねぇ。これは話の屋台骨ですが中心ではないので要注意。やはりキャラクター単位の問題が一番の見せ場でしょう。
試合試合と半十郎をウンザリさせるバトルマニア以外のなにものでもない銀次郎。かたや派閥の長から仰せつかった仕事と子供を失って以来鬱気味の妻からケンケンやられて家庭に身の置き場のない半十郎。これだけではどうやったって微妙きわまりない話な訣ですが作者特有の隠された真実みたいな物を一捲きすることで随分と面影も変わってきます。
しかしまぁ、随分と人を食った話ですねぇ。よりにもよって『馬の骨』ですよ『馬の骨』。どこの誰ともしれない輩って意味で本来は罵倒語ですよ?
ま、結構評判は佳いみたいですけど、最後のドンデンを抜かして置くとして話の完成度自体はあんまり高くないかなぁ。妻関係の話にもう一波乱有った方が自然だし、ミステリーの手法を放り投げているところとか正直勿体ない。よく言われる「読後感が爽やか」という部分を実践しているからなのだろうかねぇ。これって下手をすると許容される結末が大団円以外無いからやはり予定調和になっちゃうんだよねぇ。それにやっぱり気鬱の病がこうも簡単に治るんだったら・・・っていう部分が引っかかってる気がする。ま、あんまり拘っても仕方ないんだけどね。
なお、映像化もされているので小説なんざ読むのたりぃって向きはDVDをチェックしても良いかも。
55点
蛇足:個人的には『春秋の檻 - 獄医立花登手控え』シリーズをプッシュ。

参考リンク

秘太刀馬の骨
秘太刀馬の骨
posted with amazlet on 06.06.12
藤沢 周平
文藝春秋 (1992/12)
売り上げランキング: 45,209

秘太刀馬の骨
秘太刀馬の骨
posted with amazlet on 06.06.12
藤沢 周平
文藝春秋 (1995/11)
売り上げランキング: 580

*1:映像化において相当の美化が成されているけれど、アレは殺陣師の功績だわな。