西加奈子 さくら

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あらすじ

師走の年の瀬が押し迫る頃、長谷川薫は一通の手紙を受け取った。それは彼と同じく家を出ていって行方しれずとなった父からの物だった。特徴的な右上がりの尖った字はスーパーの安売り広告の裏面に薄墨で書かれたようなうっすらとした鉛筆書きで、所々読めないところもあり実に読み辛かったが最後の文面でどきりとした。
「年末、家に帰ります。    おとうさん」
今付き合っている彼女と年末を過ごす約束をしたばかりだというのに・・・。
結局薫は甚だ馬鹿馬鹿しい言い訳を思いついた。
【飼っている犬に逢いたくなった。】といういかにも苦しいものだ。
実家で飼っている犬はメスのぶち犬で、血統書とは全く関係ない雑種の犬としては高齢の部類に入る十二歳。つまりはおばあちゃんなわけだが、東京の大学に進んで以来二年間にわたって帰省していなかった。彼女の名前はさくらという。そんなことを考えていたら薫はそれが本当に自分が望んでいることなのかもしれないと変な確信を持ってしまった。頭の中にあるのはただそれだけなものだから、さくらに逢うことはその時はある意味使命だったのかもしれない。

薫にとって二年ぶりの実家は何とも奇妙な感覚を呼び起こさせた。残っている家族と帰ってきた家族の会合は変に気安くて、それでもどこかよそよそしくて、でも気を回すほどの事はなくて・・・。失われた日常が舞い戻ったかのようだった。そして薫は薫にとって二年ぶりのさくらを連れだっての散歩へ出かけた。小学生の頃に転校して以来、元は新興のニュータウンだった街にも手垢が染みこんでいるようだった。薫がこの街で過ごした年月は散歩の途中で何度も蘇った。失われた物を、至らなさを悔やんでも始まらないことは分かっている。でもこの街に帰ってきたら思い出さないわけにはいかないだろう。
今はもう亡い兄のことや、妹のミキが初めて家にやってきた日のこと、そしてさくらと過ごした日々も。
薫は過去を振り返る。愉しいことばかりではない過去を。

感想

西加奈子初読み。2006年本屋大賞ノミネート作品ということで手に取ってみました。ちなみに最終順位は十位とふるいませんでしたが、あんまり関係なさそうですね。この本は小学館HP見た限りでは感動系の後続として期待されていたようです。でもこれはちょっとなぁ。一口に言って系統が違うようと思うんですよ。現場がプッシュする作品、または現状の売れ筋に「感動」のラベルを貼る悪例というか・・・。なんか興ざめです。やはり作品本位であるべきじゃないかなぁ。だとするならば青春小説の方向かと。
一口で言って私はこの作者のバックボーンは全くわかりません。情報収集してないですからねぇ。巻末に書かれている略歴としての

77年5月、イラン・テヘラン市生まれの大阪育ち。関西大学法学部卒業。
04年『あおい』でデビュー。本作が二作目。

これぐらいしかわかりません。なんかこう両作品ともひらがなで表題が組まれて、誰かをクローズアップする物語だとするならば何となくNHKの朝ドラを想起させます。ただ本書は表題と視点人物が一致してないんで感想の域を出ないんですけどね。ま、丁度「さくら」って同名のドラマがあったのも一因でしょう。
本書の構成は主人公の薫の懐古譚とその捻れた線分の先にある現在がサンドイッチのような構造になっています。現在|過去|現在っていう奴です。人に歴史有り、ということが程良く実感できるし、登場人物である家族のそれぞれがどんな人物であったのかという存在感も醸し出せるので、読み手にとって余り意識せずに作品に没入できるでしょう。
こういう構成の作品の場合、平穏・安穏との落差が必要になってきます。そうすることでメリハリが利き、より深く作品世界への感情移入が進みます。まぁ、作中人物の歳が中学生・高校生ということで何となく金八っぽいのは仕方ないですね。ネタ被りもしてるわけですから。
それにしても本作は実に真っ直ぐすぎるのが玉に瑕でしょうか。公正明大を絵に描いたような人物達が悪意に身を委ねることなく善意で構成されているかのように存在しています。もちろん若干一名例外もありますがね。繊細で傷つきやすい彼らはその成長のただ中でヤマアラシのジレンマを学び、人生の苦さに馴れていきます。しかし、馴れることが出来ない人物もまた存在するのです。累積していく重荷に耐えきれなくなり逃避を図ったり、自分の存在理由を失ったりします。そう、この話は過去の傷からの再生の話でもあるんですね。そこに「感動」のシールが貼られるのはいいんですけど、私としては「これ!」っていう印象的な言葉が見つからなかったんですよ。インパクトのある台詞が有ればなおよかったんじゃないかなぁ。
作者の語り口は相当甘めです。読み進みにつれてまるで児童文学を読んでいるような気になってしまいます。変なくすぐったさを覚えたりする「性の講義」はその代表でしょう。かなり直接的で忌避感を私は感じましたけど、そこには方言を交えた長閑さと気安さと暖かさが存在したのも事実です。また、表題の元となっているさくらが登場人物達に向かって話をする様とかにもそれは含まれています。『ハチクロ』のリーダーを思い起こす人はどれくらい居るんでしょうかねぇ。
ってことで、あんまり男性向けではないような感じはする。内容的にはきれいきれいを絵に描いた少女漫画の系譜と考えても決して間違いではないような。作品テーマは愛とかそんな感じっぽいしねぇ。ただ、日常の淡々とした雰囲気を楽しむというちょっとひねた楽しみ方もありかもしれない。
70点
蛇足:妹ネタを普通の小説でも用いるっていうのはなぁ。ブームなんだろうか。

参考リンク

さくら
さくら
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西 加奈子
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