伊坂幸太郎 魔王

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あらすじ

  • 魔王

安藤は特殊な能力を持っていることに気付きだしていた。強く思った言葉を誰かの口から発せさせることが出来るのである。この能力(通称腹話術)を使って安藤は性急な政治の帰路に立ち向かおうとするのだが・・・。

  • 呼吸

安藤の弟である潤也は親代わりであった兄を失ったことでかなりショックを受けていたが、既に五年が経ち結婚もしていた。夫婦二人は東京の雑踏を離れて仙台で生活を始める。そのあたりで気がついたのだが潤也にも特殊な能力が目を覚ましていたようなのだ。それは「じゃんけんに負けない」というすごいんだかすごくないんだかよくわからない能力だったのだが・・・。

感想

伊坂幸太郎三作目。一応本屋大賞にもノミネートされていましたが最終ノミネートのうち最下位という結果に終わってしまいました。まぁ、三位に同著の『死神の精度』が、つまりは一度に二つの本がノミネートされただけに票が割れたという背景もあったわけですが。
本書は社会物であるのはまず間違いがないです。青春小説を基調とした佳作を作ってきた作者ですからちょっと色味が他作品と違うかもしれません。でも青春小説がベースなのは変わりませんね。
本書ではファシズムへの抵抗、憲法論議、政治への不信、外交政策の不振など主に政治が主題として語られています。それもしつこいぐらいに。しかし、作者は巻末にて「ファシズム憲法はテーマではない」と切り捨ててもいます。文学によくある「表層的な事象から本質をテーマに据える」という手法なのかな、とか考えますがこれは明らかな逃げの姿勢ではないでしょうか。ファシズムの危険性を煽り、読者に「思考すること」と「情報を無分別に取得することは違うということ」を強調しています。
作中で作者がいくつか語らないことがあります。「ファシズム」や「ファッショ」とは現在独裁という意味合いで強権的、軍事的に煮詰まった狂乱を意味するのでしょう。作者はこれを意図的に「間違っている」や「誤っている」と示唆することはしていません。つまりは最悪の状況を考えなければokなわけです。また、所謂ファシズムの代表格である「ナチスドイツ」についてですが、ナチスは正式名称を「国家社会主義ドイツ労働者党」と言います。そう、ファシズム社会主義から発生しているのです。ただ、ムッソリーニの作ったファシズムの元祖である「国家ファシスト党」については右派を取り込んで世論を煽ったという所もあるので現在のファシズムの語義がどちらにも作用するという現在の基礎があります。なお、通底しているのは独裁へ持っていくのは一種の無血革命だということです。両者とも議会がきちんとあったことを明記しておきます。勿論日本でもです。選択の行方が戦乱であることは当時の状況下では仕方ない面もあります。特にドイツは第一次大戦に敗れたことでとてつもない負債を抱えていたわけですからねぇ。戦前の日本にしたってアメリカとか連合国からABC包囲網とハルノートを突きつけられていたわけで選択肢は戦争か、当時の世界状況では下手をすると植民地になってプランテーションを作らされて奴隷同様に扱われることも考えられたのですよ。20世紀初頭まで黄色人種は人間じゃないという人種差別はごく当たり前なことだったんです。現在でも海外に出て行けば簡単にそういう侮蔑的な扱いを受けること請け合いです。国によっては金を持っていなければ毛のないサル扱いですから。
ま、WGIP(War Guild Information Program)が未だに幅を利かせているということがこの本からはにじみ出ています。保守だ保守だと騒がれている自民党ですが、改憲に関してはリベラルなんですよねぇ。護憲を叫んでいる方が保守だという認識はあんまり浸透していないんじゃないかな。実にどうでも佳いことですがこのWGIPを日本に植え付けた陰の功労者に現在の大新聞社の二大巨頭である「朝日新聞」と「読売新聞」があります。特に朝日新聞は戦前「主戦論派」であり、戦争への道を焚きつけた過去があります。しかし、戦後GHQが圧力をかけるところりと現在のような思想押しつけ的な論を述べる電波新聞社に成り下がりました。戦前も相当アレだったわけですがこうも針の振れが激しいとマスコミの健全性が実に怪しいですよねぇ。
まぁ、作者はバランスよく書こうと努力はしているみたいです。両方の言い分をそれぞれ分けて語っているわけですが、どうしても偏りがあるので恣意的な気がしてしょうがないです。隠し球的に使われる無防備都市宣言から派生したノーガード戦法なんてその筆頭でしょうかね。国際社会から相当に遊離している国家としての主権を自ら自縄自縛した「日本国憲法」を変えることをせずに後生大事に抱えているなんて国は世界中見渡しても日本ぐらいのものです。それを逆手にとって一切の軍備を放棄するなんてあり得ません。日本人の感覚からすれば自販機や無人販売所で物を買うのは普通ですが、外の国の人間からすれば金や物が「取ってくれ言わんばかりに」置いてあるのに等しいわけです。だから公衆電話が有っても壊されていたり盗まれて無くなっていたりするわけですが、そんな暢気きわまりない気分でノーガード戦法なんて事をやった日には度肝を抜くどころか嬉々として占領されてしまいますよ。「命あっての物種」と申しますが、現在以上の理不尽な重税や搾取を甘んじて受けようなんて気の人が自殺志願者以外にいますかねぇ。占領された日には経済活動は根底から覆るわけですよ。闇市の世界が再び始まるわけです。
それにしても軍事的緊張だって防衛に専念している自衛隊が手を出してこないのを佳いことに向こうが一方的に引き起こしているという事実があります。自衛隊憲法上軍になった、戦争が出来る、外と戦争をする、徴兵が復活する、という最悪の可能性だけを考えるのは想像力がたくましい以前に無知で有りすぎます。そういう意味では本書は滑稽小説のようですね。中国の成語に「杞憂」という言葉があります。元々杞という国の人が「空が落ちてくるかもしれない」と気に病む話ですがこの本の内容の前半はこの「杞憂」の故事に因っているのではないか、と思わざるを得ません。それぐらい荒唐無稽なんですよ。主に最悪の可能性から因る恐怖が語られているにも関わらず、それに対する明確な対案はないのです。現状維持しか望んでいないわけですね。社会保障福祉関係から増税は当たり前でしょうし、国債乱発で地方に立派な道路を造ってきたえらい政治家の皆さんの景気上昇策の公共工事なんて債務だけを増やすだけなんてことは火を見るより明らかだし、そもそも立法府であるところの国会がああでもない、こうでもないと、マンションの偽装事件を取り扱って国会招致をして愚にもつかない横道を延々辿っていること自体が異常です。システム立て直しの時期に来ているのは確かなんじゃないですか?団塊の世代もそろそろ一斉定年退職で雇用人員を得るのも大変でしょうしねぇ。社会的変革の岐路に立っているのは確かでしょう。確かに盲信は良くないかもしれないが、それに対する対案が無いのならば際限のない堂々巡りには意味はありません。
って事で終了。
と、なるのでしょうがこの作者にはある意味私にとって考え深い点があります。こういう疑念や可能性を煽って火をくべるのです。あくまで内容の大半をスパイスとしてしか使ってないんですな。つまりはこれがこの人の芸風。いい加減慣れなきゃなぁと思いながら一向に馴れられんのです。旧態依然のスタンスを笠にきるタイプの話作りをしてくるからどうにも拒絶感がわいて出てくるわけです。ここまで来ると作為的にやってないわけがないですよねぇ。躍らされる阿呆にされてしまう可能性を秘めた一冊です。まずは本書の内容を疑うことから初めてみてはいかがでしょうか。
70点
冒険野郎マクガイバーを引き合いに出されたのちょっと不愉快。
蛇足:間違ってもミステリーとして期待してはいけないかな。ライトなSFかファンタジーとして楽しんだ方が無難かと。

参考リンク

魔王
魔王
posted with amazlet on 06.05.08
伊坂 幸太郎
講談社 (2005/10/20)