田中芳樹 銀河英雄伝説(黎明篇・野望篇・雌伏篇・策謀篇)

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あらすじ

地球から宇宙へと人が飛び立ってから830年ほど経った頃、世界の中心は母なる惑星地球ではなくアルデバラン系第二惑星のテオリアにその居を移していた。時はAD2801年、年号を宇宙暦(SE)と改める事となった年である。人々の願いは更なる深みへ達し征服することなのだ。
探検家たちは栄達を求めて方々へ四散した。そして負の側面を担った者達である宇宙海賊は目先の利益を求め跳梁跋扈すること百年以上もその存在が化石の如く残されるに及んで、SE106年についに当時の中央集権政府である銀河連邦(USG)はその一掃を決意するに至った。あまりに遅い決断ではあったが無いよりはマシである。結果として宇宙海賊との戦闘は二年に渡ったが連邦の勝利となった。
以降銀河連邦は緩慢な停滞へと落ち込んでいく。希望溢れる進出が全てではないと人々が気がつきだしたのかもしれない。とはいえ180年という長き時から見ればわかるだけのことでそれを当人たちが自覚しているかは甚だ疑わしいのではあるがさておいて。
そんな中SE268年に歴史を変える人物が産まれた。名はルドルフ・フォン・ゴ−ルデンバウムという。軍人の家に生まれた彼は当然の如く家職を継ぎ、軍籍へと身を投じたのである。
以後彼は二十歳で少尉に任官して以来部隊内での綱紀粛正を行い、宇宙海賊を壊滅し、輝かんばかりの功績を次々と挙げていった。そしてSE296年に二十八歳で軍籍を退いて政界に打って出てからは「国家革命同盟」という党のリーダーとして活躍し、民意の熱狂を一身に受けて首相と国家元首の席に着くことに成功した。が、彼は独裁者であった。権力を手にしたルドルフは専制君主制を復活させ、SE310年に自らを銀河帝国皇帝と名乗るに至る。同時にまた宇宙暦が廃されて帝国暦一年となった。ルドルフはおのが権力を誇り、綱紀粛正を徹底させ汚職官吏を一掃し行政運用の状況を改善させた。確かに善政面では見るべき所があるかもしれない。しかし、同時に寒風吹きすさぶ冷徹な施政であったのも事実なのである。
仮面が剥がれる時はすぐに来た。帝国暦9年、「劣悪遺伝子排除法」と呼ばれる弱者排除の法律が公布されたのだ。ルドルフは「弱い」という事が憎むべき敵だと認識していたが為にこの法を作ったのだが、当然民意に受け入れられるわけもない。真っ先に非難の声を挙げた共和派の政治家達へルドルフは徹底抗戦をすることを決意し、結果議会は永久解散に追い込まれる。加えて翌年には帝国内務省に新たに設立された社会秩序維持局によって政治犯の復活、法体系に因らない逮捕・拘禁・投獄・懲罰が猛威を振るう事となった。
以降帝国暦42年にルドルフが没するまで恐怖政治は続いた。だが、ルドルフの死後に状況は刷新されなかった。その理由の一つにはルドルフが優秀と認めた人物達へと爵位を叙したことが挙げられるだろう。彼らは皇帝を引き立てるための貴族階級となり既得権益を守るためにも事態の存続を望んだのである。勿論だからといって民意を反映しない政府であることには変わらず、散発的に反乱は起こっていった。
帝国暦164年に至るまで反乱は一種の社会的自殺に過ぎなかった。数億人が殺害され、それの二十倍以上の関係者が農奴階級へと落とされて階級社会が徹底されていたのだ。だが、その年アルタイル星系では一つの快挙が起こった。共和主義者の宇宙船を使った逃亡が成功したのだ。彼らが生活していた星には金属製資源は乏しく、宇宙船の外殻として使える物質が無かったのが最大のネックであったが、それを天然のドライアイスで代替するという計画が成功したのである。四十万人に及ぶ逃亡者達は無名の惑星へと落ち延び、そこで八十隻の宇宙船を建造すると更なる銀河の深淵へと逃れていった。帝国暦218年にようやく逃亡者たちは落ち着くべき場所を見つけた。指導者ハイネセンの名を受けた惑星に自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)が誕生した瞬間であった。
それから100年余りの間は両者は没交渉であったが、着実に手は伸びていた。宇宙暦に戻した自由惑星同盟側からすればSE640年に両者が対峙し、自由惑星同盟軍が帝国軍を打ち破ったのだ。以来自由惑星同盟には帝国からの亡命者が増えていった。
以来自由惑星同盟銀河帝国は慢性的な戦争状態におかれている。そしてそこへもうひとつの要素が加わることとなる。それはフェザーン自治領(ラント)と呼ばれる勢力である。両者からほぼ等距離に位置する恒星フェザーンの星系を版図とする都市国家的な存在であるフェザーンラントは銀河皇帝にその存在を許された特異点といえるかもしれない。何しろフェザーンラントは銀河帝国自由惑星同盟の双方と取引をしているのだから・・・。
銀河帝国としては自由惑星同盟を「叛乱軍」として認識しており、外交通商の選択肢がそもそも存在していない。その為の緩衝器たる存在がフェザーンラントと言い換えても良いかもしれない。
斯くして銀河帝国自由惑星同盟、そしてフェザーンラントの三すくみは完成された。

帝国暦467年に産まれたラインハルト・フォン・ミューゼルは自らの軍事的政治的な才能を用いてゴールデンバウム王朝を打ち立てたルドルフへと挑戦を始める。彼には姉と兄弟のように育ったキルヒアイスという二人の得難い人物が居た。姉が皇帝の寵姫の列に加えられたことで貧乏貴族から栄達への端緒を掴み、以降軍人としての能力を示すことで出世の階段を上っていくのであった。出世のすえに爵位を得たラインハルトは母の姓であるミューゼルを捨てラインハルト・フォン・ローエングラムとなる。彼はルドルフの如く一つの事実に固執していた。貴族が血筋という物だけでなんの努力もせず、多数の犠牲の上に成り立っている構造が我慢ならなかったのだ。彼の望みは銀河を手に入れること、ルドルフに出来たことが何故出来ないわけがあろう?

SE767年、ラインハルトよりも9年前にヤン・ウェンリーは産まれた。父親であるヤン・タイロンが交易商人であったことからヤンは惑星上でほとんど暮らした覚えはない。タイロンが死んだことで16歳にして無一文になったヤンの選択肢は多くなかった。歴史を学ぼうというヤンの望みを叶える選択肢の最上候補に挙がったのが国防軍士官学校戦史研究学科で彼は望まぬ勉強もやりながら自己の望みを叶えつつあった。だが、ヤンの望みは学科そのものが潰れるという最悪の形で断たれてしまう。ヤンは卒業できればよい、というスタンスであったため成績は軒並み低空飛行であった。ただ、戦略戦術シュミレーションにおいては非常な好成績を残していた。ヤンは二十歳で軍籍に入り望まぬ仕事に就いた。彼の唯一の望みは年金生活をしながら歴史の研究をすることだ。

ラインハルトは自身の願望を満たすため、ヤンは同僚を守るために対峙することとなる・・・。

感想

田中芳樹ここでは初読み。銀英伝をようやく読み始めました。旧徳間ノベルス判で読んでいるのですが、今の文庫では冊数が倍になっているみたいですねぇ、どうでもいいですが。
さて、銀英伝は大河小説です。人はドバドバ下手をすると億単位で死んでいったりします。人名はちょい役でも頻出するし、なんだか随分と雑多な書き方しているなぁという気がしてなりません。まぁ、三國志的な戦記物だと考えれば妥当なんですけどね。
加えてそこに足されるのはスペオペ要素です。理論的裏打ちはほぼ0ですのでこれはSFというには少し抵抗があります。それに執筆された時期が20年以上前というのも相まって小道具にも古さが匂います。例えば宇宙船の外殻にドライアイスを使ったなんて話はちょっと荒唐無稽すぎますよねぇ。第一宇宙速度に達する以前に燃え尽きそうな気がしますし、それでなくても強度の面でかなり不安です。あと四十万人も乗れる宇宙船を隠れて開発するなんてことが本当に可能だったんでしょうか?加えて長旅をする上での基本的な生命維持に必要な酸素と水と体温維持に必要な電力はどうやって調達したんでしょうかねぇ。核融合炉を据えるにしてもまさか遮蔽無しで行うほどではないでしょうし・・・。技術的な面で見れば確かに当時の延長線上にある作品でしょうが、今日との遊離は仕方ないのかもしれません。そういう面で見る限りやはり政治・戦略・各キャラクター思惑的な部分を楽しむのが正道でしょう。
所謂ライトノベルの先駆け的なキャラクター愛(萌えと言い換えても可)をそそる要素が作者の打算を感じます。たとえばラインハルトとキルヒアイスの関係やらヤン・ウェンリーユリアン・ミンツの関係、そしてロイエンタールとミッターマイヤーの関係などは腐系の人の好餌として現在でも好まれていますしねぇ*1。巨視的な視点をあくまで念頭に置いた抑えた筆致がマッチ仕切れていないのは仕方ないですが、『銀河英雄伝説』の「英雄」を三つの異なる勢力から描くということには成功しているようです。国家と個人、そして最高権力者の苦悩、共和制における腐敗とも闘わなければならない司令官。そういう論調においては顔の見えるキャラクターが存在しています。ただ、一方で妙に作者の願望的な部分をキャラクターに語らせるなど鬱陶しい部分も否めませんでした。「人民が存在する限り、国家は蘇る」これがキーポイントのようですが、自民党政権の変わらぬ与党ぶりに反感を抱いているようにしか思えませんねぇ。「反体制が格好いい」そんな時代もありましたから。
結局の所黄巾党の乱以降の三國志とナポレオン*2若しくはヒットラーあたりをミックスした上でスペオペ風にアレンジしてみましたって所だと思う。仮想戦記として一個のフィクションとしてはそれなり。ただ、時代を考えてこれだけの荒唐無稽さを内包した大河小説を書ききったという点においては流石ではある。ただ書きすぎるきらいがあるのが残念かな。筆を留め置いて読者に深読みさせようというよりも全て明示的に提示してしまうので想像する楽しみを奪っているように思う。加えて説教臭い台詞が多いのも気にかかった。うーん読む時期を間違えたかなぁ。
名前は知っていても未だ読んでいない人は読んでも損はないかと。特に女性ね。現在のボーイズラブ仄めかし系ほど強烈にアピールする物は無いかもしれないけれど、こういう普通の内容もありかもよ。
70点
蛇足:それにしても『アルスラーン戦記』と『銀河英雄伝説』で作者はどんだけ儲けたんだろう。ノベルス版の重版で50越えてるとか・・・売れっ子でもそうないよねぇ。

参考リンク

面倒なのでデュエル文庫の一巻のみ。

銀河英雄伝説〈VOL.1〉黎明篇(上)
田中 芳樹
徳間書店 (2000/08)
売り上げランキング: 27,387

*1:カップリングには全然詳しくないので恐らく代表的な部分を挙げてみた。まだ読み途中だからよくわからんがロイエンタール×ラインハルトとかもあるんだろうなぁ。

*2:ナポレオン・ボナパルト自身はフランス人で帝政をしいた部分と軍人であるという点においては重なるが、ドイツ系の名前が本書では頻出する部分を考えるに神聖ローマ帝国の方を独裁者であるヒットラーをも含めて勘案しているようにも思う。何しろヒットラー第三帝国って呼んでいたしねぇ。

東野圭吾 黒笑小説

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あらすじ

  • もうひとつの助走

一つも賞を受賞したことのない寒川先生が賞にノミネートされたということで付き合いのある編集者達と結果待ちをしている。だが、寒川先生のノミネートはこれで六回目。すなわちすでに五回も落ちているということだ。寒川以外の人物は寒川を持て余しているのだった。

  • 巨乳妄想症候群

巨乳を書きすぎて丸い物全てが巨乳に見えてしまう巨乳妄想症候群にかかってしまった男。友人の精神科医にかかってなんとか治そうとするのだが。

  • インポグラ

友人の立田に呼び出され、大学の研究室に赴いてみたら「インポグラ」なるインポになる薬を渡された。この偶然に出来た薬を売る方策を考えて欲しいというのだ。広告代理店に勤める広告プランナーの腕を借りたいという事らしいが・・・。

  • みえすぎ

遺伝する特殊能力で常人には見えない空気を漂う粒子が見えるようになってしまった。能力は日に日に強くなっていき生活する上で不便ばかり感じるようになってしまう。

  • モテモテ・スプレー

タカシは「もてたい!」とウェブ検索して、たまたまモテモテになる薬を作っている研究所を探り当てた。作用的には人それぞれのMHCと呼ばれる白血球などにある蛋白質を作る遺伝子の複合体の匂いによって人は惹かれたりするらしい。翌日タカシはアユミの私物を盗み、適合MHCのスプレーを作ってもらった。これでアユミと好い関係になれる!

  • 線香花火

小説灸英社新人賞を受賞した熱海圭介であったが、賞を獲ったという事は確かに凄いことだったが、編集者からはまーーーったく期待されていないことを本人は気がついていない。

  • 過去の人

一年経って灸英社のパーティーが開かれることになった。パーティーは灸英社の文学三賞(虎馬文学賞、灸英新人賞、灸英功労賞)の授賞式を兼ねている。今年から新人賞の名称がちょっと変わったが、熱海圭介は前年度の受賞者だ。色々な妄想が広がる熱海だったが現実は実に厳しいのだった。

ちょっとリアルになった打算的なシンデレラ

  • ストーカー入門

付き合っていた華子から別れを切り出された。青天の霹靂だったが、彼女は自分をまだ愛しているのならばストーカーしろという。目を白黒させながら唯々諾々と従っていく私。

  • 臨界家族

川島哲也が娘のおもちゃで不愉快な目に遭う話

  • 笑わない男

お笑い芸人の二人が仮面めいた表情を表に出さないホテルのボーイをなんとか笑わせようとする。

  • 奇跡の一枚

遥香が山中湖で撮った写真の中に遥香とは思えない美人が立っていた。しかし、服装はどう見ても遥香なのである。遥香はweb上の知り合いにその写真を自分だと言って送ってみた。自分とは思えない顔だったが、乙女心という奴だ。

  • 選考会

寒川先生は灸英社の新人賞の選考委員に抜擢された。賞が取れなくても専攻する側に回れれば御の字だ。寒川先生は頑張って取り組んでみるのだが・・・。

感想

東野圭吾二十二作目。作者にしては珍しいショートショート集。○笑小説シリーズ最新作。寒川先生と熱海圭介の出てくる話に関しては一つの世界を舞台にしているようです。どうやら寒川先生と熱海圭介は両方とも作者自身がネタになっている模様。でも作者自身は第三十一回江戸川乱歩賞受賞者なんですけどね。最近ようやく獲れた直木賞が獲れないってことを自虐ネタとして主に用いているようです。編集の担当者をもネタにしているところからすると楽屋ネタって事でしょうかね。まぁ、獲れたからこそ笑い話になりますが、これが発売した当時は激しくブラックな感じのネタだったんですよねぇ。
ま、ブラックなネタ自体はこのシリーズの持ち味ですからこれが駄目だときついでしょうね。爆笑と言うよりは苦笑の割合多めです。

  • もうひとつの助走

もろ直木賞が獲れないことをネタにした話です。初出は1999年7月ということで『秘密』が第百二十回の初めての直木賞候補作に、『白夜行』が第百二十二回の二回目の直木賞候補作になったという経緯があります。つまりは二回外してるわけですね。それをネタとして用いて五回に渡って候補作が受賞に至らない、とこの作品で書いてしまったのでここで呪をかけてしまったのではないかと勘ぐりたくなっちゃいます。『容疑者Xの献身』は六回目の候補でようやく獲れましたしね。
ま、ネタにでもしないとやってられなかったんでしょうね。ミステリーだとかサイエンス系だと即座に「人間が書けてない」とのたまうお方がいるわけですし。

  • 巨乳妄想症候群

くだらなさをここまで落として大丈夫なんだろうかw。ま、作者にしては相当の異色作です。ワンアイデアで兎に角馬鹿馬鹿しく書こうとでも思ったんでしょうねぇ。作品構成はそんなに褒められたもんじゃないけど、やっぱり何でも書ける人なんだなぁと思った。

  • インポグラ

ネタ発想からオチはすぐに割れちゃうけれど実はそこから先があって捻っているのが印象的。センスティブな物ですからねぇ。百パー無いとは言い切れないあたりが嫌らしい。バイアグラと併用するとどうなるのかという部分がえらく気になったのでそこら辺が書かれてたら良かったなぁ。

  • みえすぎ

浅暮三文のお株を奪う様な特殊感覚な話です。ちこっとSF風味。ショートショートは斯くあるべし的な話かも。このネタだけで一本話しかけそうな気もするけどこのまま放置かけられるのはやっぱりSFは求められてないからなのかなぁ。個人的には好きだけど・・・こういうSF風味の話はあんまり書いてくれなそうだなぁ。

  • モテモテ・スプレー

ようあるよね、漫画雑誌の広告とかにさ。実際に効果があるってことにしちゃうあたりはSF風味。今回はSF風味ばっかりだからうはうはだけど、ミステリー望む向きには合わなそうだね。内容的にはほとんどギャグマンガ。4Pぐらいで消化できそうな話ではある。

  • 線香花火

賞を獲って小説家としてデビューできたが・・・。実際こんなものっぽいよなぁ。確か編集者より年収高い小説家って消費税ぐらいのパーセンテージしか居なかったよね?最近は賞はやっても仕事を依頼しないとか意味がわからんケースが結構多いように思う。新潮社とか新潮社とか新潮社とか講談社とか。
弱肉強食だからしょうがないけどねぇ。

  • 過去の人

「線香花火」の続編。ってことで世の小説家はこんな感じですよっていう業界残酷物語風の話。こうなったら小売り書店の窮状を描いた話でも書くしかないんじゃないかなぁ。未だ編集者達は高給取りなわけだしねぇ。でも「大手ならば」っていう但し書きがついちゃうけどね。
小説家は本を出してナンボです。

作者っぽくないなぁ。白夜行って付けたのは編集者の気がする。まぁ、有る程度はこの題で連想できるかと。まんまです。

  • ストーカー入門

くだらなさは随一かもしれない。ついつい話の風向きが事件方向へ行くのではないかと勝手に期待しちゃったけれど、悲哀描写で落ち着きました。毒不足気味。

  • 臨界家族

勿論こんな話はありえませんw。アニメや特撮の商品開発までの一連の流れを知っていれば有り得ない話だとすぐにわかるわけですが、んなことは問題じゃないわけです。有りそうな話から逆算した想像で成り立っている話だからこそブラックで面白い。てか黒すぎですよ。

  • 笑わない男

普通のユーモアもの。切れ味はあんまり鋭くない。予定調和系かな。どっかで似たような話を見たり読んだりしたことが有りそうな感じ。単なる既視感というよりも、誰がネタに使っててもおかしくない話だからねぇ。

  • 奇跡の一枚

こんな話も書くんだなぁとちょっと驚き。幅の広さは伊達じゃないってわけか。でもシメがちょっと弱いかも。まぁネタがそこそこだからokかな。

  • 選考会

寒川先生の話の最後なわけですが、「もうひとつの助走」>「線香花火」>「選考会」>「過去の人」っていうのが正式な発表順なのでこの通りに読んだ方が佳いかもしれない。実際こんな事が行われていたら・・・戦々恐々でしょうねぇ。
とりあえず直木賞の選考委員にこれを試させることを勧めるよ、文藝春秋の皆さん。


ブラックさが心地よい短編集でした。本当に何でも書ける人ですねぇ。決して万人向けとは云えませんが、SFめいたショートショートを読みたい人か作者の作品を追いかけている人には佳いかもしれません。
これって言う目玉になる物が楽屋オチの系統であったのが初めて読む人には厳しいかと。
70点
ブラック・ユーモアじゃなくて普通のユーモアの物もちょっと読んでみたいかな。

参考リンク

黒笑小説
黒笑小説
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東野 圭吾
集英社 (2005/04)
売り上げランキング: 7,860

山本弘 まだ見ぬ冬の悲しみも

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あらすじ

  • 奥歯のスイッチを入れろ

タクヤは宇宙船の事故で体を酷く欠損し二度と宇宙へと飛び立てない体になってしまった。その事実にショックを受けた幼馴染みのベルカがタクヤに特殊なニューロドロイド化を勧めタクヤは決断した。死んだ肉の棺桶に入ったまま一生を終えるのか、それとも機械の体で永遠を生きるのか、それは厳しい選択だったがタクヤは後者を選んだ。結果として人間の固有機能はかなり失われた。その代わり色々な能力も手にした。超スピードで動けるという能力がそれだ。タクヤはその体に慣れるために日々を費やしていったが、肝心の能力を経験しないまま研究所にタクヤと同等の能力を持った暗殺者が現れる。必死の思いでタクヤは抗戦しようとするのだが・・・。

  • バイオシップ・ハンター

人間が数々の宇宙種族と接触を持っている時代、クリフ・ダイバーと呼ばれる人間のジャーナリストはイ・ムロッフと呼ばれる種族の一人から協力を依頼される。彼らの種族はバイオシップと呼ばれる半機械半生物の変わった乗り物に乗っている。はるかなる時を掛けて野性のバイオシップを飼い馴らしたのだそうだ。当然イ・ムロッフだけがバイオシップを操ることが出来る。しかしここ最近バイオシップらしい船が他船を襲う事件が頻発している。彼らはその正体不明の存在を突き止めようと第三者であるクリフを選んだのだ。

バシリッサと呼ばれる宇宙戦艦で起きた事件は人類を破滅させるに足る激しい物だった。
バシリッサはアルハムデュリラーと呼ばれるソル型惑星に着任していた。そこで当地の異星種族である通称インチワームとの交流をはかる予定だった。彼らはかつて巨大な文明都市を築いていたようだったが、現在は退化していると見られている。だが、かつての先遣隊が残していった機械で地球の言葉を覚えてしまうなど言語分野の発達は飛び抜けて高いようだ。僕がえらそうに反り返っている艦長に会うことになった理由はただ一つ、当のインチワームが詩人を所望しているのだ。彼らに対する研究は言語学者が主導で行っているのだが残念ながら過去を伝えるであろう逸話に関しては彼らは口をつぐんでしまうのだ。詩人がいるのならばその人物に話を聞かせても佳いということで選ばれたのだった。
僕がインチワームから聞かされた話は驚愕だった。機械文明から言語文明への転換、そして兵器として言葉を用いるということ。一笑に付したくなるような内容だったがそれが事実だと分かってしまった。何故ならば実体験をしたのだ。言葉に免疫のある詩人ならば聞いて耐えることが可能かもしれないが、それ以外では不可能である。だからこそ詩人が必要だったのだ。

  • まだ見ぬ冬の悲しみも

CHLIDEXセンターが実現されたことで人類は時間移動をすることが可能となった。
北畑圭吾である俺はこのセンターでは花形だ。何故ならば同一人物が同じ時間軸に存在するのだから。CHLIDEXの実効性を明らかにするのに非常に都合が良いと言っても佳い。過去からやって来た自分自身と対面するのはなんとも気が引ける。二週間だけ経験値の多い自分、というのも変だが、二人とも一つのことしか考えていないのだからそれも仕方がないだろう。それは明日菜の事だ。もうこの時点での俺は明日菜とは別れているが未練は隠しきれない。それはもう一人の俺も同様だろう。同時間軸、同世界に同一人物が存在することがおかしいということで俺たちはくじ引きで過去へ戻る選択を迫られた。結果としてこの世界の俺が選ばれることとなったのだ。
今度こそ未来を変えてみせる!
そう意気込んだ圭吾であったが彼はCHLIDEXに潜む暗渠を知らなかった。

島本の友人である溝呂木隆一は世界を破滅させようとしていた。方法は先進波によって。「シュレディンガーの猫」という有名なパラドックスがあるが、半分死んで半分生きている猫はおらず、猫は観測者が確かめることによって生きているか死んでいるかの二通りの状態しかない。現在の宇宙の状況はあくまで局所的にバランスがとれているからその二通りだけが実在しているが、先進波を大量に発生させることでそのバランスを覆し、半分生きて半分死んでいる存在を産み出すことが出来るらしい。溝呂木はこの世界に絶望しているためにみんなを道連れにするつもりだったのだ!

  • 闇からの衝動

幼少期に不思議な体験をしたキャサリン・ルシル・ムーア*1はヘンリー・カットナーが訪れるまでその事実を忘却していた。あるいは保護機能の一環だったのかもしれない。キャサリンは自宅で悪魔に遭遇したのだ。マンホールのような金属円盤に書かれた文字を読み上げるとキャサリンはそれと出会った。それによって何が起こったのか、キャサリンはよく覚えていない。その話をヘンリーにしたところ実物を見ることにした。煉瓦でその部屋は潰されていたはずだったがただ仮組しただけでセメントできちんと閉じられてはいなかった。そうして二人は遭遇する、怪物に。

感想

山本弘初読み。この人の小説を読むのは角川スニーカー文庫妖魔夜行シリーズ以来ですねぇ。なんか小説家というよりも「と学会会長」の側面が強くてなんだかなぁって感じですわ。

  • 奥歯のスイッチを入れろ

えーとこれは『エイトマン』か『フラッシュ・ゴードン』か『サイボーグ009』が元ネタか。まぁどれでもいいわけですが、本人曰くコレがリアルだそうです。
ここでいうリアルとは「ありそうに見える」ということで決して現実的というニュアンスではないんですが・・・流石にこのネタは古すぎますわなぁ。漫画的設定を用いてリアルさをっていうのはいいわけにしか聞こえないような。懐古派の方には好まれるかもしれないけどね。
一応書き下ろし作品ということになっているのにこれじゃあちょっとベタベタすぎないか?

  • バイオシップ・ハンター

ああなんて分かりやすい異種族交流譚でしょう。生きている宇宙船とかいう馬鹿馬鹿しいネタも実にグッド。SFというとStar Warsを連想してしまう人なんかが思うようなSFの世界その物だね。こういう話を書ける日本人がいるってことが一種驚き。なんで書かなかったんだろ。

言葉は用いる方法によっては武器になる。そんなアホな、武器言語ですか?みたいな話。正直発想には脱帽。ペンは剣よりも強しを地で行く内容だね。問題解決をする主人公の決定はちょっとアレだけどこう言うのもありかな。

  • まだ見ぬ冬の悲しみも

タイムトラベルとそれに関する人物の思惑、そして予想通りの結末。破滅の美学的な部分を色濃く感じた。それにしてもこんな話でもコテコテなんだもんなw。

ヲタクである読み手にしかネタのコードが通じない物が多い。そこが難点とも云えるがまぁそういう読者向けに描かれた物だからしょうがないわな。SFネタの元ネタである『現実創造』を読んだこと無いからどの程度のオマージュ具合なのかは不明。ただまぁ、随分キッチュでポップな結末にしたもんだねぇ。マイトガインの最終回並みだわ。

  • 闇からの衝動

本作の中では唯一のホラー。というか何?クトゥルーでもでてんのか?ってな感じ。作者が大好きなC・L・ムーアの著作は一冊も読んだこと無いからあれだけど、タニス・リーとかアン・ライス系の作家なのかな。官能+ホラーみたいな。つか、これをSF本に収録すること自体が反則かと。完全に作者の趣味なだけだから気に入らなきゃ読まなくても佳いぐらい。


全体的に妙にSFSFしている本でした。それもマニア向けから一般人の考える方向性、更にはショートショートっぽいものだとか、多岐にわたってますねぇ。ちょっと気になった部分では妙に読者を意識しすぎている視点人物ですかねぇ。そこがバタ臭い感じになっていたので人によってアクセントと感じるか、それとも合わない原因になるか微妙なところですが私は大丈夫でした。古臭い設定でもまだまだSFは書ける余地があるんだよっていう良い例かな。頼むからきちんとしたシリーズ物を書いて欲しい今日この頃。それらしいでたらめ理論を発明できるSF作家は日本では結構少ないんだから貴重だしねぇ。
70点
正直長編が読んでみたい。短編だけでは欲求不満気味。ただ、SFをあまり読んだことのない若年層の取り込みには丁度いい気がする。このなんか一種独特の古さみたいな匂いは70年代ジュブナイルを思い出させるなぁ。個人的にはもっと硬質な文体でも可。

参考リンク

*1:元になっているのはC・L・ムーア

東野圭吾 さまよう刃

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あらすじ

長峰重樹は彼の考えを絶する苦しみに直面している。勿論それは不可抗力だ。彼の家族は一粒種の娘一人だけだった。「だった」と過去形なのは彼女すらすでにこの世にいないからだ。妻と死別し掌中の玉の如く大切にしてきた絵摩は非道なる人物の手によって殺されてしまった。
彼女との最後のふれあいは花火大会に関することだった。友達と一緒に楽しみ、そしてその後行方がわからなくなってから二日後、彼女は変わり果てた姿で発見された。荒川の下流で堤防に引っかかるようにして発見された遺体は鑑識の結果急性薬物中毒による心停止と考えられるようだった。だが長峰の脳裏には一つのことしかなかった。「他殺か事故死か」絵摩が薬に手を出していたとは考えにくい。そうすると圧倒的に他殺の可能性が高くなる。しかも事件が起きた時間帯に不審な自動車が目撃されてもいた。そこまで思考が至ると彼は変わり果てた遺体の前で犯人への怒りを爆発させた。ひたすらに悲しいのだ。そして悔しいのだ。吐き出される悲嘆には万感が籠もっている。警察はどうやら犯人が未成年者、法によると罪を裁くことよりも更正をさせることを優先させられる連中であると考えているらしい。
司法は罪を裁くことなど出来ない。それが長峰の出した答えだった。殺しても飽き足りない人間がたった数年で娑婆に戻ってくるなどと言うことはどうにも承服できない長峰は一人犯人を捜そうとする。しかし彼にはそうするための能力もつてもないのだった。当然行き詰まってしまう。そこへ犯人関係者経由の密告が長峰にもたらされるという意外な展開が待ち受けていた。勿論長峰に対して自分が関係者であることは伏せてあった。だが、喉から手が出るほど欲しい情報に長峰は飛びついた。
犯人は二人、スガノカイジ、トモザキアツヤで部屋への侵入方法と住所などを伝える怪電話の情報を信じた長峰はその下調べを行うことを考えた。実際に住所の通りに有る部屋、鍵が隠されている場所どちらとも本物であることが確認できた。そしてなによりも侵入した室内に残された絵摩の遺留品が全てを物語っていた。長峰は一人部屋に潜み侵入してきた人物を滅多刺しにして殺した。死に際に殺された伴崎はスガノが長野のペンションに逃げたことを言い残した。
伴崎の死体はすぐに発見された。興奮状態で全く自身の痕跡を気にしないでがむしゃらに行動していた長峰は簡単に手配がかかることになる。しかし長峰にはやらねばならぬことがどうしても一つだけ有った。絵摩の仇を討つのだ。老眼が始まって腕前に不安があるが射撃が趣味のため長峰には銃がある。スガノをこの手で殺さねば死んでも死にきれない。後のことは最早どうでも良かった。

感想

東野圭吾二十一作目。一応今回は社会派ミステリーな復讐劇です。社会派な部分は未成年者の犯罪の取扱についてですね。現行の法制度には人治的な仇討ちは野蛮であるからという理由で禁止されています。しかし、凶悪化する未成年犯罪に対して現在のような加害者優遇で本当に佳いのだろうか?という一石を投じる話となっています。
ストーリーとは関係ないですが、まず事実として知って欲しいことが一点あります。マスコミでは未成年者の犯罪が殊更にクローズアップされて凶悪化と事件数の増加が叫ばれていますがこれは嘘です。そんな事実はこれっぽっちもありません。むしろ凶悪事件は減っていますし、件数自体も減っています。少子化の影響とか言うのもちょっと違います。昭和二十年代〜三十年代あたりが未成年者犯罪のピークですが人口と犯罪率の対比でもでも減っているのですから世論誘導以外のなにものでもないのですよ。現在の警視庁における白書の統計(ここ)なんかを見るといかにも多そうですよね。犯罪を犯したという雑多な扱いでまとめているからこんな感じになるわけです。当然補導も含まれます。さて、殺人だけに絞って見た場合どうでしょう?グラフを直接見た方がわかりやすいと思われますので少年犯罪データベースここを見てください。どうです?戦前よりも未成年者による殺人が減っていることがわかるでしょう?単純に未成年者の犯罪の凶悪化が殺人と結びついているとするならばその情報は紛れもなくまがい物としかいいようがないではありませんか。犯罪の異常性もこうなってくると本当に今の方が高いのか疑問がありませんか?更にここを見てください。あんまり変わっていないような・・・。むしろ昔の方が殺人とレイプが横行してて危ない気もしますよね。それに今と同じでメディアがスケープゴートを作っているのもかなりアレです。昔は探偵小説、今は漫画やゲームがその対象ですねぇ。「新聞で見て自分にも出来ると思った」なんて話は聞いたこと無いですw。
というわけで情報はまずきちんと精査する必要性があるわけです。それをしないでメディアたる側が怠慢、世論誘導をしている事実はきちんと知った方が佳いですね。マスゴミと呼ばれる理由も実に明快ですし。
さて本の内容に戻ります。
私は仇討ち自体は有っても佳いと考えています。死刑囚に対する拷問が被害者の身内から行われてもこれっぽっちも良心の呵責なんかはないでしょう。第一刑務官が死刑囚を殺すという重責の方がよっぽどきつい気がします。まぁ当人が選んだ職場ですから仕方ないのかもしれませんがね。文明人らしいってなんでしょうかね。ひたすらに鉄面皮で暴力を厭うということでしょうか。囚人に対する拷問なんかは世界人権宣言で禁止されていますがそんなのあくまでも建前でしょうに。目には目を歯には歯をですよ。ハンムラビ法典の量刑通り、過分な復讐を禁じつつきちんとケジメを付ける、コレが必要だと思われます。現在の日本の司法制度は老朽化しています。これは立法府である国会が正常機能していないことが全ての原因なわけですがそれだけではなく、単にもう定年だからという理由で違憲判決を出したり、控訴できないように敗訴判決を出した上でどう考えても過分な前文を付けたりする怪しからん裁判官なんかも沢山いたりします。まぁ、裁判所はあくまで法律に則ってやるところですから仕方ないにしても問題は受刑者の路行です。通常犯罪者は刑務所に収監され刑が満期になると娑婆に出てこられます。それで罪が償われたことになるわけです。さて、実際に罪は償われたのでしょうか?受刑者の時間を奪うことは出来ていますが償われているとは必ずしも云えないのが実情です。一種の罰として社会的に隔離されても内部で受刑者に対する働きかけが現在ほとんどありません。要するに更正を推し進めるためのプロジェクトも何もないわけです。ただ彼らを監禁し就労させているに過ぎません。刑期が長くても獄中はかなり快適なので、只飯を食って働いて糞して寝る実に人間的な生活が彼らを待っていますが、その平坦な日常の中には一般社会に戻るための道筋もありませんし更正なんて夢のまた夢です。窃盗などが基本の職業犯罪者は運が悪かったで済まされますし、刑務所の意義は一体何なんでしょうね。
私は死刑存続を望む側の人間です。現状無期懲役という量刑が有りますが日本には未だ終身刑という物が存在しません。恐らくそんなことをしたら全国の刑務所に収監出来る許容量を超えるからかもしれませんが死刑廃絶を唱えるならばまず刑法の改正と終身刑の設立が不可欠だからそれが叶わない限りこの論は曲げられません。改心した死刑囚がその不幸な生い立ちなどを綴った云々と本を出したりとお涙頂戴の三文芝居をぶちますがアレなんかどう見ても猿芝居じゃないですか。冤罪なら兎も角自らが犯した犯罪はきちんと裁かれる必要があります。それが行われないのならば単に無責任なだけじゃないですか?法務大臣さん。粛々と事を運ぶ、波風をただただ恐れるだけでは問題外ですよ。
と激しく脱線してしまいました。本書はかなり上っ面をかすった内容となっています。ステレオタイプのオンパレードですね。最大公約数的なコードを使い、悲劇の復讐を演出していますが結局明瞭な答えは出しません。相変わらずずるいですねぇ。反面被害者の父親である人物の心情描写などは実に良くできているのではないでしょうか。問題提起としては上々でしょう。ただ個人的には結末部分で日和ったな、と思わなくもないです。
まぁ、それでもやはり復讐物は燃えるものがありますね。
80点

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さまよう刃
さまよう刃
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東野 圭吾
朝日新聞社 (2004/12)
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西村健 突破 BREAK

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あらすじ

身長165cm体重165kg胸囲165cm、体型は真四角。つまりは一般ピーポーとの相違ばかりが目についてしまう見るからに異形な男の職業は探偵だった。名は大文字一徹という。男の志は高かったが世間の風は冷たい。
一徹は曲がったことが大嫌いな性分でしょっちゅうヤクザもんとやり合っては相手を困らせている。向こうも商売なのだから仕方がないのだが、一徹にはその理屈を理解しようという気が全くない。故に話がこじれてしまうが腕力と体力だけで生きているような男であるのでヤクザだろうが兵隊だろうが兎に角一発ぶち込んで黙らせることにしている。そうして不幸な男は黒いあざを作って親分の所へ走るのだ、凶報を手にして。しかし、それをしたからといってどうにかなる問題でもなかった。組長である三上も頭を抱えているのだ。暴対法の締め付けが厳しいとは言ってもきちっと筋を通し、職業専売特許である暴力を用いてシノギを作り出すのはヤクザの正道である。三上自身も一徹のことが決して好きなわけではない。しかしその戦闘能力自体は買っているし体にわからせるということをするならば何らかの手段に出ねばならない。かつて三上が一徹の事務所に初めていったときなど若い者全てが倒されてしまい立っているのは自分だけという有様になったこともある。死線をくぐったことも一度や二度ではない三上であっても一徹のプレッシャーに圧倒された。何しろ一徹は脳筋なのだ。原始人の如く仲間か敵か、気に入らなかったら暴力を振るう、ヤクザにうってつけの性分だが馬鹿すぎる奴は話にならない。一徹はその大馬鹿の分類にはいるのだ。ヤクザとアヤ起しても平気な顔をしていられるのは三上のおかげであるのだが当人は全く気にもとめていない。故に馬鹿なのだ。空気を読めないのではなく読まないのだから。念のため補足しておくと三上が頭を抱えているのは一徹自身のことではない。だからそこやっかいだともいえるのだが・・・。
一徹が事務所を構えているのは新宿区西新宿である。事務所には一徹だけ詰めているわけではない、秘書が一人いるのだ。キャリア官僚のスーパーエリートの座を蹴って一徹の事務所に転がり込んだ当人は桐葉万季という。妙齢の阿嬌であるが何が彼女をそうさせたのか、それは謎である。一つは一徹と万季の関係にあるかもしれない。二人は地元の九州では幼馴染みであった。未来から逆算してもわかるだろうが一徹は勉強がまるで駄目で万季はその反面良くできた。当然それが二人の道を分かったのだ。しかしそんな万季も官僚になってみたものの人恋しさのあまり職場の上司と不倫関係になってしまい、たまたま探偵になっていた一徹が上司の妻の側から依頼を引き受けて張っている所で再会してしまったのだった。ちなみにその時に先に声をかけたのは一徹の側だ。やはり馬鹿なので探偵というもの、張り込みというものを理解していないのは「一徹だから仕方ない」。それをきっかけとして万季は職を辞して一徹の事務所に転がり込んだのである。
一徹はたまたま銀行強盗をノックアウトしたことで表彰されたことがきっかけで探偵事務所を開いた。コレはよく考えると相当のお調子者の思考回路である。だが持ち込まれる事件は専ら浮気調査ばかりで飽き飽きしており、仕事自体にうんざりしていた。仕事のえり好みの激しい一徹を支えているのが万季である。万季が転がり込んでこなければ今の一徹はない。何しろ一徹の百倍は有能なのだから。
そこまで三上は考えている。一徹を殺すとかいうことは簡単だが万季に迷惑がかかっては悪い、そう三上は苦悶しているのである。年甲斐もなく万季に懸想している三上にとって素敵な笑顔で見つめられるのは心臓に悪い。まるで小学校の先生ににらまれるガキの如く三上は萎縮してしまうのだ。そんな有様だから「一徹を何とかしろ!」とか「オヤジは甘すぎる!」という下の突き上げが三上にとっても頭痛の種になっている。最近では供も連れずに一徹の事務所に出向くものだから組員も怪訝に思っているだろう。板挟みここに極まれりである。
三上が一徹の事務所に出向いたのには二つの理由があった。また一徹が下の者に手を出したのだ。その苦情に出向いたというのが一つ。もう一つは万季に合う事、もとい仕事の依頼である。事務所は相変わらず閑古鳥が大合唱を続けている。なんで保っているのか不思議であるが、そこに慈善活動をするのも三上としては悪くなかった。何しろ事務所の売り上げはすなわち万季の給料にも還元されるのだから。
依頼内容は「失踪した組員を捜す」という人捜しである。当事者の名前は邦山実という男で海外から来た女達の世話をさせていた。昔はじゃぱゆきさんとか呼ばれていたアレである。それでも三上組はよそと違ってきちんと金の支払いをしていたし、最低限のことはしてやっていた。この前一徹が殴りつけたヤクザはその邦山の後任の人物であった。男と逃げようとしたから懲罰を加えていたのだ。一徹は「女を殴る奴=悪人」という論理で一撃を食らわせたのだが、邦山も仕事に悩みを持っていたらしい。三上は一番汚いところで鍛えて取り立てる算段をしていたらしいがそれ以前に邦山は折れてしまったらしい。住民票を取り、本人の居住していたアパートへ入ってみるとその理由がわかった。ドアを開け放った途端むっとアルコールの異臭が鼻を突く。邦山は鬱積した思いを酒に浸し逃げていたのだ。やがて過ぎたアルコールは体を蝕み、その事実を同僚達に知られたくなかったため邦山は失踪を遂げたようだった。
一徹はこの仕事がヤクザである三上の持ってきた物だということでひたすら渋っていたが、知人のホームレスから同様の人捜しを頼まれたことで引き受けることにした。
肉弾戦車の暴走経緯は以上のような物である。

感想

西村健三作目。新宿ゴールデン街シリーズの延長線上みたいですが本作にはオダケンの名前すら一度も出てきません。関係者で唯一出てきているのはオダケンも頭が上がらない三上組の面々とうだつの上がらない土器手警部補ぐらいです。
本作は前二作と比べるとギャグ的な側面が色濃くなっていますね。三上組長の純情さとか一徹の塗り壁具合とかがそれなんでしょうけど悪いけど笑えない。まず身長165cm体重165kg胸囲165cmってお前はドラえもんか!それかバキのビスケット・オリバなのか?って感じだけどかなり無理有るわ。165kgって筋肉だけで構成するのは相当に無理有るしなぁ。字面の面白さを優先させたとしか思えず現実から解離した感が否めない。表紙の絵にしても中身を偽っているわけだけど何でこんなスリムな人物を描いているんだろ。オダケンもそうだけどなんかドラえもん意識してる気がする。何を目指しているのか、正直さっぱり。今までの主人公をまとめてみるとヒロイックな二枚目で無いことは確かなようだ。行動的(アクティブ)、よく取ればそうなる人物達の行動原理はひたすらに衝動的であることでは無かろうか。後先なぞ考えずに兎に角手が先に出てしまう三枚目であること。身長もそんな高くなく、容貌も大して良くない。でも人はいい。そんなキャラクター達が暴れる話である。確かに冒険小説では能動的である人物が主人公であることは多いように思う。私は冒険小説をほとんど読んだことがないので実例を挙げづらいしあくまでイメージで物をいうのだが、秘境探検などというケースに関しては頭を使うよりも失敗でも何でもいいから常に肉体を使ったバイタリティを要求されている様に思う。ただ、普通その主人公達は類い希なる幸運に恵まれていたり、二枚目で女性にもてるのである。出たとこ勝負が持ち味でそれ以外は人情味でカバーしようとするゴールデン街シリーズのキャラクターとは全く違うわけですね。
本作はコミカルハードボイルドの部類に入る作品だと思うんですが、ならばもっと腹を抱えて笑えるネタが欲しいわけですよ。怪物とかいわれている一徹のキャラが単なる頑固な九州男児っていうのと外見的面白さだけでは作中十分なおかしさが伝わってこないんですよね。あくまでコレは小説なんですよ?ビジュアル的な面白さをネタに用いようとするならばもうちょっと考えた方が良かったんじゃないかなぁ。故になんとも中途半端な感じのする作品になってしまいました。主人公の一徹と万季に魅力が欠けているのが最大のウィークポイントかと。万季にしても外見的部分の状況やら内面的な知性を魅せる場面とかが欠けてるのは問題外だよなぁ。
なお、今回は作者の前歴を生かした内容ともなっています。官僚機構の内幕をぶちまけているわけですが、そこに変に力点がおかれすぎてテンポが劇的に悪くなっています。水と油ですわ、社会派的な内容とバイオレンス方向の話は。シリアスという材料が加わればまた違った形にもなり得ただろうけど、こびりついているコメディの香りがその邪魔をしています。そりゃ内に抱えていたネタを使いたいんだろうけど、それならばそちらの方向に絞って話を書いた方がいいと思う。
故に問題点多し。前作と比べてパワーダウンというよりも素材が中途半端だわな。シリーズであるという部分を生かせなかったのは最大のミスかと。
終盤の緊張感がこの作品の全てでは無かろうか。だとしたら前ふり長過ぎだなぁ。霞ヶ関部分を日付トリックに使うとかすれば良かったのに・・・。
スピード感だけでご飯三杯な人向け。
50点
ただし、官僚に興味がある人にとってはもう少し上昇するかも。
追記:突破とは「ムチャをする奴」とか「単なるアホ」というニュアンスが有るようだ。なるほど、言い得て妙だわ。

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突破―BREAK
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西村 健
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西村健の他のエントリ

ビンゴ
脱出 GETAWAY

東野圭吾 手紙

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あらすじ

武島剛志は犯罪を犯した。本人は単なる窃盗にするつもりだったが、目標の家宅で油断しているうちに発見されてしまったのだ。相手はたった一人の老婆であったが叫び声を上げられてしまった。黙らせれば佳いのだが、肉体労働で体を痛めている剛志ではなまなかに手を出しても上手くいくか自信が持てない。最終手段としては口を封じるよりほか手段はないのだ。そうして剛志は強盗殺人を犯してしまった。極度の興奮と現場から逃げなければ、という緊張は彼の冷静な思考を中断し状況の把握が出来ていなかった。彼は求める現金を手にしたのは良かったのだが、被害者の返り血を大量に浴びていた。それが直接的な証拠となってすぐに捕まってしまったのだった。


武島直貴は剛志の弟だ。剛志は勉強が出来なかったから出来る直貴に大学まで出るよう気を使ってくれていた。二人は両親を早くに亡くし、方便は剛志によって成り立っていた。しかし剛志が腰を痛め、上手く働けないようになってからは厳しい生活が続いていた。最終的に直貴を大学に入れるための金を剛志は工面しようとしたのだ。正直なところ直貴にとっては予想外の展開だ。自分のために犯罪を起し、挙げ句に人を殺して捕まってしまうほど切羽詰まっていたということだ。死んだ母の言葉である「大学を出てきちんとした仕事に就く」という遺志を剛志は何とかして継ごうとしていたのだろう。
しかし、行為は全て裏目に出てしまう。直貴は進学校の高校に進学していたが、大学への入試は金銭的にも辛く見送らねばならない。何しろ大黒柱の剛志はもう居ないのだ。生活するためには金が要るがその為の手段は直貴にはない。おまけに彼は世間的には殺人犯の弟というレッテルがついて回ってくる。働く場合にもそれが関係してくるし人の色眼鏡も鬱陶しい。
直貴は次第に剛志を憎んでいく。剛志のせいで直貴の人生は目茶苦茶だった。上手くいきそうになると剛志の話がぶり返されてくるのだ。自分だけならば我慢も出来る。だが、妻や娘に手出しをされるとなると・・・。直貴は決断することにした。

感想

東野圭吾二十作目。本作は犯罪者の家族の悲哀を描いた社会派タイプの話となっています。ミステリーを希望する向きにはちょっと肩すかしでしょうけど、こういった犯罪の側面を描く行為っていうのはノンフィクションの領分的な先入観が往々にしてあるわけで、こういう形での発表がなかなか意義深いと思います。それにしても作者はこういう話を書かせると相変わらず上手いですねぇ。
『トキオ』のような微妙な純真さ、一滴の毒、結末をステレオタイプから外そうとする筋書き、システマチックに考えれば考えるほどよくできています。とはいえ、好み云々ということになれば人それぞれでしょうが。
犯罪の被害者救済が叫ばれている昨今、何故か世間的には容疑者、受刑者の身内保護が先にされていたように思います。その理由が云われ無き悪意の対象として位置付けられてしまい、社会的に貶められることが容易にわかっていたからだったんですね。江戸時代以来の五人組制度なんかが根底にあるんでしょうが犯罪者を出した場合横並びに処罰されたりすることは随分続いてきました。閉鎖的な環境に有れば有るほどそれが差別問題と絡み合ってきます。それは現在でも少数ながら息づいていることは否定できません。この平成の世にですよ?
隣百姓と言われるぐらい日本人は世間体を気にしますし、周囲との調和を過剰なまでに求め波風を嫌います。それは厄介ごとは外からもたらされるという一種の信仰なんでしょう。内よりもたらされる物ではなく外的要素に因るというのは災害なんかがその筆頭でしょうね。それが雷獣やら雷様、ナマズに火男(ひょっとこ)、天狗に河童とこれらが擬人化的なコードとして機能したわけで、それが一種の社会的システムになっているのではないでしょうか。故にシステムに存在しないはずの異分子を排斥し、天災はどうにもならないがそれ以外の不安要素を取り除こうとするわけですね。流石に自分が関係していない事柄で割を食うのは嫌でしょうから。
また、未だ個人主義は浸透しておらず、村社会の延長線上にしか過ぎないのではないかと私なんかは考えました。個人主義が徹底すれば当人に直接関係のない事柄を鬼の首を取ったように問題視することも無くなるのではないか?と。しかし、それはあくまで理想論に過ぎませんよね。確かに殺人犯の身内だということは直接的被害は無いかもしれないが、何かしらの迷惑を被ることは有り得ない話ではないかもしれない、と考えてしまって第三者接触を極力控えても何ら不思議はないわけですから。それに完全に個人主義を取ろうとしても社会と関わっている以上社会的な影響を受けないわけにはいきません。流石に「血筋に犯罪者を出したのだからあの家は呪われている」とか「犯罪者の身内は犯罪者予備軍だ」などというのはあまりにラジカルすぎる意見ですから話になりませんがね。
大抵の所こういう話の場合は手をさしのべてくる善意の第三者がほとんど必ず出現します。そうなってくると「よかったねぇ」という丸く収まる話になるわけです。天地神明にかけて恥じぬ生き様を貫いていれば誰かは見ていてくれる、というわけですがこれも一種のコード化、つまりは定石化が図られています。作者はそこからまず話を外すことを考えたようです。でもそうなると一歩間違うとノワールどっぷりな話になりそうですよね。そこで現代風味を利かせることにしたようです。主人公は自分の選んだ道を歩くことを決意しました。ある意味でこれはこれで犯罪を犯した者への罰なのでしょう。でも一概にそうとも云えないのです。犯罪者の身内への罰はそれよりもひたすらに厳しいのですから。例えば殺人事件が起きたとします。刑事事件はいいのですが、問題は民事裁判の時ですね。民事裁判は犯罪者からの謝罪を求める場合に用いられます。しかし、訴状はあくまで謝罪を求める形、つまりは被害者サイドの思惑通りに話が進むわけではありません。最終的には金銭を要求する話になってしまうのですよ。しかし、受刑している当の犯罪者にはその賠償をするための手段がありませんから当然身内が引き受けねばならなくなるわけです。最低でも一千万円以上下手をすると一億を超える賠償金の支払いは人間関係を破壊するのに十分な破壊力を持っています。家財道具全てを売ってすら返済することが可能かどうか微妙なところですからねぇ。神戸の事件では加害者側の親がどれほど苦労をしているのかを考えさせられます。現在「懲罰的損害賠償金制度は日本には向かない」と裁判所は判断し導入していませんが、受刑することで罪が償われるわけではないし*1、被害者の手段として損害賠償を認めている以上懲罰的意味合いを持っている部分は否定できません。そもそも日本の刑務所というのは居心地が良すぎる部分がありますし、また管理をするだけで実質的な更正の為の手段を持っていない欠陥を抱えています。今回はテーマ的にそこがメインでないので外されていますが、そういう側面があることを考えつつ読むと良いのではないでしょうか。*2
語り口は軽妙でぐいぐい引き込まれるのはいつも通り。構成はシンプルに纏まっていて軽く読むのに適しています。
75点
救いもないが決定的な罰も欠けているので大局的な解答には成り得ていないと思う。「云われ無き差別を受ける加害者の身内」という問題提起をしたことは着眼点の鋭さに感応するが、その先を描いていないのが不満かな。一番佳いところで打ち切られちゃったように感じるのよ。定められた「コレ!」っていう解答がないだけにもうちょっと突っ込んで欲しかったなぁ。

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手紙
手紙
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東野 圭吾
毎日新聞社 (2003/03)
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*1:一応償われることにはなっているけどね

*2:なお、そこら辺に興味を持ったならば高野和明の『十三階段』とかが面白いかも

西村健 脱出 GETAWAY

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あらすじ

その男は狙われていた。命の危機に直面しているというのに男はめげない。もはや利用する者の居ない地下空間で満ちる殺意の固まりが闇を貫いて爛々と光っている。逃げなければならない、この場から。いや、この国から。今彼を追っているのは国家権力なのだから・・・。

志波銀次という男について彼を知っている人物に聞くならばこんな返答がきっと返ってくるに違いない。
曰く、気っぷのいい素敵な男。曰く、自由人。曰く、喧嘩っ早い馬鹿。曰く、何かをやらかす男。etc.etc.・・・。
そのどれもが彼を表しているが決定的なのは直情径行型の馬鹿だということだ。その所為で彼は行かなくてもいいはずの刑務所での勤めをすることになった。
彼の生業はヤクザである。元々自衛隊崩れで腕っ節を買われて入ったのだが、性分に合っていたらしい。とはいえ、縄張り争いなどで懲役を喰らい込むことがあっても、私情で懲役を喰らうのは彼ぐらいのものである。最近のヤクザは暴対法の関係もあってそう易々と手出しは出来ないし、頭を使った方が稼げるからだ。
そんな銀次は言わずもがな貧乏であった。当然それには理由がある。彼の泣き所である情婦は浪費家でおまけに薬を喰ってやがったのだ。時代遅れの貢君よろしく銀次はせっせと貢いでいった。だが、銀次が塀の中に入った後彼女は簡単に銀次と切れてしまった。そして外に出た銀次が知ったのは彼女の死とそれにまつわる出来事だった。
直情径行型の銀次であったが親筋に迷惑はかけられないという仁義ぐらいは心得ていたので小指を飛ばし、仲の良い組員に届けさせた。そうしてその惨事が起こったのだ。劇場型事件に発展する端緒はなんのことはない、単なる色恋沙汰の復讐劇に過ぎなかった。だが、状況はそれをそうと簡単に認めるを良しとせず、厄介な方向へだけ怒濤のように転がり落ちていった。
銀次が狙ったのは警察官僚であった。所謂生え抜きのエリート、キャリアと呼ばれる連中の一人だ。その男は自分の立場を悪用し、薬を横流ししたり、賄賂を取ったり、天地神明に誓ってこれっぽっちも疚しいところが無いどころか真っ黒っけっけな有様の人物であり、死んだ方がマシなのは誰の目にも明らかだった。しかし、悪い奴ほど世にはびこるのはならいであり、そういう人物にありがちな世渡りだけはうまいというのがその男を上手く生き延びさせていた。銀次がその男を殺ったのは自分の情婦をシャブ付けにし、ポイ捨てして殺したことに赫怒したのみであり、別段社会正義とやらとは関係がなかったのはいうまでもない。
状況が悪いというのは銀次が殺った場所も作用している。銀次は三上組の系列に所属しているが、真っ向対立している朝鮮系の白頭会の飲み屋で発砲したのだ。銀次なりに気を利かせて自身の名だけを名乗っていたが、やろうと思えば簡単に身元など洗い出すことができる。すなわち、相手に対し格好の火種を提供したわけなのである。加えて白頭会と政府のパイプラインを仰せつかっていたくだんの男が死んだことで、政府の爆薬庫に火を付けたに等しいという状況すらある。銀次は知るよしもなかったが、丁度銀次の事件と前後して現在の政府と取り巻きの官僚達に対して脅迫が行われていたのだ。関係者達は頭を抱えていた。アレがバラされたら現在の政権はひっくり返るし、何より自分たちの今後は暗澹たる状況になりかねない。一刻も早く当事者をつかまえるよう各所へ圧力をかけるわけだが、その筆頭容疑者に銀次がなってしまったのだからたまらない。
「矢でも鉄砲でも持ってこい、と昔の人はいったがそんなまだるっこしいことは言っていられない。軍隊でも傭兵でも良いから兎に角奴を黙らせろ!」
そういうわけで銀次は今や国家の敵なのだった。

一方銀次を追うことになる男、九鬼歳三は未だ抜けきれない悪夢のトンネルを一人ひた走っていた。彼は名の売れたジャーナリストらしいジャーナリストで、金と縁のない生活をしていたが為に大きな痛手を負っていた。それをごまかすために酒漬けとなる。故に彼は最近九鬼らしい仕事から縁遠かった。それを一番よく知るのはゴールデン街の連中だろう。バー「オダケン」のマスターである小田健も酷く気にかけていたが、荒れる九鬼をなだめる術を持たなかった。避けに逃げている歳さんなんて見たくない、それがオダケンの本心だった。その「オダケン」に常連の板前がやって来てくだんの事件を開帳したのだ。九鬼はうちひしがれているが腐ってもジャーナリストであった。事件の概要が見えてくるに従って犯人とされる志波銀次という男に魅せられていく奇妙な感覚に囚われていったのだ。
「彼を死なせてはならない」
それには兎に角取材をして書くことだ。九鬼は酒で腐っていっていた中に残った一片で残らず書き留めようと酒断ちを決意する。

感想

西村健二作目。一応前回読んだ『ビンゴ』と同じくオダケンを取り巻く一連の舞台を継続した作品となっております。
一応作者は無類の冒険小説好きらしいですが、冒険小説の定義がいまいちわかっていない私には馬鹿すぎるC級アクション映画と言った方が適当な内容ではと思わせる内容でした。『ランボー』やら『ダイハード』やら『バーティカルリミット』やら『クリフハンガー』やらがオーバーラップしない方がおかしいわけで。つまりは真面目に読むことはやめておいた方が無難だと言うことですね。真面目なアクション、ハードボイルドなシリアスな展開は無く、ひたすらにオーバースペックになっていく敵、ギャグとしか思えない設定、都合の良すぎる話の筋、どれか一つでも駄目なら止めた方が無難です。佳い意味でくだらなすぎるんですよ。だからこそネタをネタとして楽しめる人には向いているかも。なお、前作『ビンゴ』を読んでいるならば確実に読むべきです。何故ならばアレはアレで終了ではないからなんですな。この作品が加わってこそ初めて真価を発揮するタイプの小説なのでしょうねぇ。『ビンゴ』とは主人公が変わっていますが、一応バックボーンが引き継がれています。個人的には『ビンゴ』の後オダケンとあの人のその後が気になったりするわけですが・・・最新作読めば出てますかねぇ。なお、本書のオダケンと前作のオダケンが別人の気がするけど気のせいかなぁ。ここまで変わるってことは相当のことだろうし。それ以外にもケンペーとかかなり誇張が激しくなってるような。あそこまでやると流石に饒舌すぎるかとw。
では、もうちょっと突っ込んだ感想へ。
相変わらず暴力団と官僚とのイメージはステレオタイプですわ。暴力団は暴力で、官僚はこすくてどうしようもないほどの駄目人間。例えば銀次のシノギはなんだったのか?とか悪事を重ねている官僚の実体が何故露呈しないのか?とかちょっとした疑問もある。暴力団は今や経済組織にならなきゃ生き残れないのであんまりドンパチ沙汰はやらかさないし、官僚っていう頭の良い人物達の集合があってもそれへベクトルを示す人物、団体、組織が存在しないとか構造的問題を突かないで、官僚=悪という部分に飛びついてしまっているのも問題なのではないかなぁと思ったりする。ただ悪いことばかりではないかも。前回と違ってやたらと話を大きくしたことで話の幅が出来ているし、テンポも生まれている。やっぱり二元論的な善と悪、追う者と追われる者、殺るか殺られるかという二項対立状態は分かりやすいし感情移入がしやすい。またバックボーンである『ビンゴ』が上手く機能している好例だから愉しく読めます。ただし、前作に目を通しておくことが前提ですがね。一転して逃亡することが目的になるのだからコミカルになるのもむべなるかな。
舞台である1994年っていうと野党連立政権で首相は社民党村山富市だったね。現在では仮面がはがれて地がむき出しになった北朝鮮と付き合いのあった人物ですわ。阪神大震災では自衛隊の出動を認めるのに渋って人命を疎かにした人物であることは死ぬまで語り継ぐべきでしょうねぇ。ちなみに当の北朝鮮に謝罪旅行に出かけておられます。国賊として永遠に語り継ぐことを求めてやまないですよ。閑話休題、作中の北朝鮮に関する部分は当時としてはかなり急進性のある話だったでしょう。トピックスとしてすら北朝鮮って国が誘拐国家で有ることに半信半疑だったわけですから。ミサイルが飛んできたとか言う話にフーンって言うのが当時の関心の低さを表しているかと。流石に最近のような情報が錯綜する状況からすれば何をそんな夢物語を、と一笑にふすところですが支那南北朝鮮に土下座回りを繰り返して金を捧げていたいた日本の外務省無能ぶりからするとここまで頭の悪い話ではないにしろ、有る程度のことはしてそうです、主に金の方向で。小泉も会談を金で買って更に要らぬ約束をしてそうだからなぁ。こんな話は作品に無関係であればいいんだけどねぇ。ずっぽり関係有るし。
ま、ようは大人向けのおとぎ話、ファンタジーだと割り切って読むのが良し。無闇やたらに大がかりになっていく話の展開はアトラクションだと割り切るべきですな。
まぁただ、本編の内容に比べてちょっと長い気はする。その為読み切った後に変な達成感を得られたけど・・・なんか違うよなぁ。でも長めのエピローグは何となく佳い。
80点
とはいえ、これは読む人選びそうな気がする。アクション映画好きならokかな。ただ、再び繰り返しますが、前作必読。これ無しでは流石に語れないんでしつこいけどもう一度。
余談ですが、章の始めに具体的な話を持ってきて、その後で経緯を説明する手法は多用しすぎると鬱陶しいだけです。回数減らしてメリハリ付けた方が佳いんじゃないかなぁ。あと文中で唐突に句点も読点も無しに改行するのはどんな意味があるんだろうか。なんか気になる。
蛇足:Wandererさんが進めていた理由がわかった気がしました。

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