西村健 脱出 GETAWAY

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あらすじ

その男は狙われていた。命の危機に直面しているというのに男はめげない。もはや利用する者の居ない地下空間で満ちる殺意の固まりが闇を貫いて爛々と光っている。逃げなければならない、この場から。いや、この国から。今彼を追っているのは国家権力なのだから・・・。

志波銀次という男について彼を知っている人物に聞くならばこんな返答がきっと返ってくるに違いない。
曰く、気っぷのいい素敵な男。曰く、自由人。曰く、喧嘩っ早い馬鹿。曰く、何かをやらかす男。etc.etc.・・・。
そのどれもが彼を表しているが決定的なのは直情径行型の馬鹿だということだ。その所為で彼は行かなくてもいいはずの刑務所での勤めをすることになった。
彼の生業はヤクザである。元々自衛隊崩れで腕っ節を買われて入ったのだが、性分に合っていたらしい。とはいえ、縄張り争いなどで懲役を喰らい込むことがあっても、私情で懲役を喰らうのは彼ぐらいのものである。最近のヤクザは暴対法の関係もあってそう易々と手出しは出来ないし、頭を使った方が稼げるからだ。
そんな銀次は言わずもがな貧乏であった。当然それには理由がある。彼の泣き所である情婦は浪費家でおまけに薬を喰ってやがったのだ。時代遅れの貢君よろしく銀次はせっせと貢いでいった。だが、銀次が塀の中に入った後彼女は簡単に銀次と切れてしまった。そして外に出た銀次が知ったのは彼女の死とそれにまつわる出来事だった。
直情径行型の銀次であったが親筋に迷惑はかけられないという仁義ぐらいは心得ていたので小指を飛ばし、仲の良い組員に届けさせた。そうしてその惨事が起こったのだ。劇場型事件に発展する端緒はなんのことはない、単なる色恋沙汰の復讐劇に過ぎなかった。だが、状況はそれをそうと簡単に認めるを良しとせず、厄介な方向へだけ怒濤のように転がり落ちていった。
銀次が狙ったのは警察官僚であった。所謂生え抜きのエリート、キャリアと呼ばれる連中の一人だ。その男は自分の立場を悪用し、薬を横流ししたり、賄賂を取ったり、天地神明に誓ってこれっぽっちも疚しいところが無いどころか真っ黒っけっけな有様の人物であり、死んだ方がマシなのは誰の目にも明らかだった。しかし、悪い奴ほど世にはびこるのはならいであり、そういう人物にありがちな世渡りだけはうまいというのがその男を上手く生き延びさせていた。銀次がその男を殺ったのは自分の情婦をシャブ付けにし、ポイ捨てして殺したことに赫怒したのみであり、別段社会正義とやらとは関係がなかったのはいうまでもない。
状況が悪いというのは銀次が殺った場所も作用している。銀次は三上組の系列に所属しているが、真っ向対立している朝鮮系の白頭会の飲み屋で発砲したのだ。銀次なりに気を利かせて自身の名だけを名乗っていたが、やろうと思えば簡単に身元など洗い出すことができる。すなわち、相手に対し格好の火種を提供したわけなのである。加えて白頭会と政府のパイプラインを仰せつかっていたくだんの男が死んだことで、政府の爆薬庫に火を付けたに等しいという状況すらある。銀次は知るよしもなかったが、丁度銀次の事件と前後して現在の政府と取り巻きの官僚達に対して脅迫が行われていたのだ。関係者達は頭を抱えていた。アレがバラされたら現在の政権はひっくり返るし、何より自分たちの今後は暗澹たる状況になりかねない。一刻も早く当事者をつかまえるよう各所へ圧力をかけるわけだが、その筆頭容疑者に銀次がなってしまったのだからたまらない。
「矢でも鉄砲でも持ってこい、と昔の人はいったがそんなまだるっこしいことは言っていられない。軍隊でも傭兵でも良いから兎に角奴を黙らせろ!」
そういうわけで銀次は今や国家の敵なのだった。

一方銀次を追うことになる男、九鬼歳三は未だ抜けきれない悪夢のトンネルを一人ひた走っていた。彼は名の売れたジャーナリストらしいジャーナリストで、金と縁のない生活をしていたが為に大きな痛手を負っていた。それをごまかすために酒漬けとなる。故に彼は最近九鬼らしい仕事から縁遠かった。それを一番よく知るのはゴールデン街の連中だろう。バー「オダケン」のマスターである小田健も酷く気にかけていたが、荒れる九鬼をなだめる術を持たなかった。避けに逃げている歳さんなんて見たくない、それがオダケンの本心だった。その「オダケン」に常連の板前がやって来てくだんの事件を開帳したのだ。九鬼はうちひしがれているが腐ってもジャーナリストであった。事件の概要が見えてくるに従って犯人とされる志波銀次という男に魅せられていく奇妙な感覚に囚われていったのだ。
「彼を死なせてはならない」
それには兎に角取材をして書くことだ。九鬼は酒で腐っていっていた中に残った一片で残らず書き留めようと酒断ちを決意する。

感想

西村健二作目。一応前回読んだ『ビンゴ』と同じくオダケンを取り巻く一連の舞台を継続した作品となっております。
一応作者は無類の冒険小説好きらしいですが、冒険小説の定義がいまいちわかっていない私には馬鹿すぎるC級アクション映画と言った方が適当な内容ではと思わせる内容でした。『ランボー』やら『ダイハード』やら『バーティカルリミット』やら『クリフハンガー』やらがオーバーラップしない方がおかしいわけで。つまりは真面目に読むことはやめておいた方が無難だと言うことですね。真面目なアクション、ハードボイルドなシリアスな展開は無く、ひたすらにオーバースペックになっていく敵、ギャグとしか思えない設定、都合の良すぎる話の筋、どれか一つでも駄目なら止めた方が無難です。佳い意味でくだらなすぎるんですよ。だからこそネタをネタとして楽しめる人には向いているかも。なお、前作『ビンゴ』を読んでいるならば確実に読むべきです。何故ならばアレはアレで終了ではないからなんですな。この作品が加わってこそ初めて真価を発揮するタイプの小説なのでしょうねぇ。『ビンゴ』とは主人公が変わっていますが、一応バックボーンが引き継がれています。個人的には『ビンゴ』の後オダケンとあの人のその後が気になったりするわけですが・・・最新作読めば出てますかねぇ。なお、本書のオダケンと前作のオダケンが別人の気がするけど気のせいかなぁ。ここまで変わるってことは相当のことだろうし。それ以外にもケンペーとかかなり誇張が激しくなってるような。あそこまでやると流石に饒舌すぎるかとw。
では、もうちょっと突っ込んだ感想へ。
相変わらず暴力団と官僚とのイメージはステレオタイプですわ。暴力団は暴力で、官僚はこすくてどうしようもないほどの駄目人間。例えば銀次のシノギはなんだったのか?とか悪事を重ねている官僚の実体が何故露呈しないのか?とかちょっとした疑問もある。暴力団は今や経済組織にならなきゃ生き残れないのであんまりドンパチ沙汰はやらかさないし、官僚っていう頭の良い人物達の集合があってもそれへベクトルを示す人物、団体、組織が存在しないとか構造的問題を突かないで、官僚=悪という部分に飛びついてしまっているのも問題なのではないかなぁと思ったりする。ただ悪いことばかりではないかも。前回と違ってやたらと話を大きくしたことで話の幅が出来ているし、テンポも生まれている。やっぱり二元論的な善と悪、追う者と追われる者、殺るか殺られるかという二項対立状態は分かりやすいし感情移入がしやすい。またバックボーンである『ビンゴ』が上手く機能している好例だから愉しく読めます。ただし、前作に目を通しておくことが前提ですがね。一転して逃亡することが目的になるのだからコミカルになるのもむべなるかな。
舞台である1994年っていうと野党連立政権で首相は社民党村山富市だったね。現在では仮面がはがれて地がむき出しになった北朝鮮と付き合いのあった人物ですわ。阪神大震災では自衛隊の出動を認めるのに渋って人命を疎かにした人物であることは死ぬまで語り継ぐべきでしょうねぇ。ちなみに当の北朝鮮に謝罪旅行に出かけておられます。国賊として永遠に語り継ぐことを求めてやまないですよ。閑話休題、作中の北朝鮮に関する部分は当時としてはかなり急進性のある話だったでしょう。トピックスとしてすら北朝鮮って国が誘拐国家で有ることに半信半疑だったわけですから。ミサイルが飛んできたとか言う話にフーンって言うのが当時の関心の低さを表しているかと。流石に最近のような情報が錯綜する状況からすれば何をそんな夢物語を、と一笑にふすところですが支那南北朝鮮に土下座回りを繰り返して金を捧げていたいた日本の外務省無能ぶりからするとここまで頭の悪い話ではないにしろ、有る程度のことはしてそうです、主に金の方向で。小泉も会談を金で買って更に要らぬ約束をしてそうだからなぁ。こんな話は作品に無関係であればいいんだけどねぇ。ずっぽり関係有るし。
ま、ようは大人向けのおとぎ話、ファンタジーだと割り切って読むのが良し。無闇やたらに大がかりになっていく話の展開はアトラクションだと割り切るべきですな。
まぁただ、本編の内容に比べてちょっと長い気はする。その為読み切った後に変な達成感を得られたけど・・・なんか違うよなぁ。でも長めのエピローグは何となく佳い。
80点
とはいえ、これは読む人選びそうな気がする。アクション映画好きならokかな。ただ、再び繰り返しますが、前作必読。これ無しでは流石に語れないんでしつこいけどもう一度。
余談ですが、章の始めに具体的な話を持ってきて、その後で経緯を説明する手法は多用しすぎると鬱陶しいだけです。回数減らしてメリハリ付けた方が佳いんじゃないかなぁ。あと文中で唐突に句点も読点も無しに改行するのはどんな意味があるんだろうか。なんか気になる。
蛇足:Wandererさんが進めていた理由がわかった気がしました。

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