浅田次郎 お腹召しませ

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あらすじ

  • お腹召しませ

入り婿で義理の息子の与十郎が藩の公金に手を付けて、新吉原の身請けをした上行方をくらました。にっちもさっちもいかない状況で又兵衛は留守居役から呼び出しを受け、腹を切るように勧告を受ける。又兵衛の切腹で家が残るというのだ。武士として生まれたからにはそれが正しいのだが、妻や娘、挙げ句に親友にまで「腹を切れ、腹を」とやいのやいの言われ尽くしてどうにも自裁することに嫌気が差すのだった。

  • 大手三之御門御与力様失踪事件之顛末

横山四郎次郎が行方知れずになったのはお役の途上であった。方々皆が探し回ってみたのだが、まるで煙が立ち消えたように行方は杳としてわからず、それを怪異として上役は処理することにした。すなわち「神隠し」である。勿論徳川の御代とは言え怪異にそれほど信憑性が有ったわけではない。山深い僻地ならいざ知らず、人のひしめく江戸の街、それも城内であればそれが起こると考える方が不思議なのだ*1
一方横山と同輩の長尾小源太は密かに横山が城内より抜け出る方策を見出していた。しかし上役は「神隠し」に拘った。職場放棄を誰の責任にするでもないのにはこれが一番なのだ。しかし上役自身は渋っていた。何しろ自分の上役に「神隠しである」などとまじめくさった顔で説明しなければならない。八方丸く収まるとはいえ甚だ間の抜けた話であることには変わりなかったのだ。
そうして五日が経った頃、横山は役宅の門前で倒れているところを発見された。失踪前と変わらぬ勤番装束であり、上に下にの大騒ぎとなったが長尾は横山が少し落ち着いてからその顛末を聞き出そうと試みた。外聞では何も覚えていないことになっていたがそんなわけはないのだ。

  • 安藝守様御難事

十四代目安藝守に就任した浅野茂勲の出自は甚だ変わった物だった。家は沢家という藩の重臣であるが、父は入り婿で浅野家の分家「新田藩主」の五男である。元々広島藩の藩主に座ることなど感が云えないほどの遠縁といって良い。ただ、当人は切れ者であったからそれなりに藩内は上手く云っていた。
しかし、この人は生まれたときから殿様というわけではなく、子供時分は剣に学問にと色々やっていたのだ。当然古くから「しきたり」となっている事柄が全てわかるわけもない。が、「殿様」という奴は何でも知っていなければならないのである。誰かに質問することも憚れるし、戸惑いを見せては下の者に示しが付かない。故に訣が分からない事柄でも当然知っているものとして振る舞わなければならない。それが安藝守としての面目なのである。
そんな安藝守がまた変な行事に駆り出された。「斜籠」と呼ばれるもので、一気呵成に走り抜け、籠に横になって飛び乗り移るという曲芸めいたものだ。全く訣が分からない安藝守は唯一の相談役に漏らしてみることにした。御住居様と呼ばれる係累上は曾祖父に輿入れしたという老女である。なんでも十一代家斉公の息女で末姫というのが正しいらしいが茂勲は詳しくは知らない。ただ茂勲を末姫は殊の外お気に入りであり、わからないことがあれば聞きに行くぐらいの仲であった。
早速用件を切り出した茂勲であったが、普段は快活な末姫も答えを渋る。なんでも未だに徳川の者であるから答えることは出来ないというのである。当然茂勲の考えはどんどん悪い方向へ傾いていくのだが・・・。

  • 女敵討

吉岡貞次郎が江戸勤番に就いたのは井伊掃部守が桜田門外で討ち取られた事と関連していた。財部藩藩主である土居出羽守は井伊掃部守と誼があり、狙われるのではないか?という懸念を払う為にしかれた策であったのだ。最もその懸念は杞憂であったようだ。二年半も経つが刃傷沙汰にはこれっぽっちもなる様子がない。貞次郎は郷里に嫁を残し、江戸の地で勤めらしい勤めも無いままぶらぶらしていた。最も給金ははずんで貰っているので不満などもらせるわけもないのだ。しかし、手がなかったわけではない。国元へ早々に帰る事は一応認められている。貞次郎自身は勤番の頭であったから難しい部分はあったが不可能かと言われるとそうでもないのだった。
そんな貞次郎は或る夜、目付役の稲川左近に呼び出しを受けた。親しくはないが一応は幼なじみである。会うなり殺気だった左近が告げたのは貞次郎の妻が不貞が働いているという話であった。驚愕するに足る話であったがこんな話を左近がするとは思わなかった貞次郎である。当時は不貞を働いた事が露見すればその夫ですら処分を受けた。つまりは吉岡の家の大事になりかねない話なのだ。左近を疎ましく思っていた貞次郎であったがこの時ほど有りがたく思ったことはなかった。
この時既に決まったことが一つある。すなわち、貞次郎が妻と間男を斬る事である。現場を押さえて二人を斬らねばならないのだ。
早速国元へ帰還しなければならなくなった貞次郎であったが一つ問題があった。妻を斬らねばならない。それはそれとしても彼自身も不貞を働いていたのだ。江戸の一人寂しい夜を共に過ごす女人が貞次郎にも居た。しかも長男まで出来ていたのだ。その始末を付けねばならない。女はおすみといい、気っぷの良い江戸の水のよくあった女だった。江戸の妾というよりも江戸の女房という気概が彼女にはあり、金で袂を分けるのは問題外だと考えていたからすっきりしたものだった。ただ、彼女自身は一粒種の千太と別れることが悲しくないはずもない。その夜おすえは一人胸をかき抱いて泣いた。

  • 江戸残念考

浅田次郎は祖父に「残念」「無念」という独特の言い方を習っていて、チャンバラごっこなどで非常に迫真の演技を行っていたらしい。また、幕末の頃に浅田の家は非常に苦労したということらしいのでそれに引っかけて書かれた話である。
年が明けて早々、浅田次郎左衛門は上方から漏れ伝わってくる情報に愕然とした。上洛している上様は薩摩、長州と一合戦なされられるらしいという由である。御手先組に属する次郎左衛門は徳川の先鋒である。それなのに全く合戦準備の報は伝えられていない。早速次郎左衛門は甲冑兜の準備を始めるのだった。しかし、泰平の世が続き、置物と化した甲冑は代替わりの度に修繕されているから使えるにしても、弓矢に至っては古道具の体で実用にたるとは到底思えない。そもそも弓組馬上与力である次郎左衛門は甲冑を着込んで弓を射るなどこれまで一度たりとも経験していないのだ。じっとりと不安が胸中へ忍び込んできた。
その後江戸の街は戦気配などどこへやら、太平楽なままだった。しかし十二日の夜、ようやく続報が入った。大阪で味方はボロボロに負けてしまったらしい。しかも残りの兵を見捨てて上様は帰城なされたそうな。いつもの正月を迎えていたが、徳川は負けたのである。
湯殿で上を見ながら次郎左衛門は吠えた。
「ざ、残念!」

  • 御鷹狩

徳川の世が終わり、若者達の胸には納まらない物があった。田舎侍に江戸を支配され、江戸は東京とか言う名前に変わったそうだ。だが、名前が変わったくらいでは何にもならない。或る者はは出奔し、新政府と闘っている。しかし、大方の者はそれすら出来ずに居た。
若さ故の乱行か、前髪もまだとれていない少年達がとある企みに出たのはその頃である。田舎侍に身を任す夜鷹たちを切り捨てようと考えたのだ。そこには大義など無かった。闇雲な怒りのはけ口を求めていただけかも知れない。それでもそれは実行に移された。

感想

浅田次郎十作目。作者のファンの人はこの本は避けた方が佳いかもしれませぬ。何故ならば本来「作者自身が嫌っていた」傲慢文士、駄目文化人っぽさが妙に鼻につくんですよ。もっと砕けた立ち位置で馬鹿なことを呵々大笑しながら酒の肴にしていそうなとぼけた人物像はこの本では脆くも崩れ去ります。作者が余計な口を挟まずに作品だけ載せておけば良かったと思うんですけどねぇ。一応祖父から聞いたの話を翻案しているらしいです。

  • お腹召しませ

祖父が話して利かせてくれた二つの話を大幅に手を入れて作られた話らしい。まぁ、内容的にはわからんでもない。でも、余談があるが為に話の良さが壊されているように思う。
太平の世では切腹自体が少ない、というのはわからない話でもないけど、完全になくなっている訣じゃあないでしょうなぁ。何しろ獄門の首打ち手は居たわけだし、閉門蟄居、家の取りつぶしなんかは高級官僚的な重臣なら兎も角、それほど地位の高くない武士ならば不始末に切腹申しつけられることは想像に難くないわけで。ま、でも実際にあり得そうな話ではあります。
諧謔としんみりとした情感はそれだけならばかなりいい話なだけに勿体ない。

  • 大手三之御門御与力様失踪事件之顛末

怪異をネタにした話。加えて昨今の携帯によって首根っこを引っつかまれている状況を嘆いていることから生まれたとのこと。それが愚痴めいていてなんだかなーと。なんか短時間行方不明になりたいそうですよ。
まぁ、神隠しにあった理由っていうのがなんとも作者らしい話だけれど、ちょっと唐突な具合から微妙に。むしろ神隠しを利用して・・・ってあたりは中々面白いけどね。

  • 安藝守様御難事

こういうケースって結構あったんでしょうなぁ。聞ける人物が居るだけマシじゃないかな、と考える私は底意地が悪いんだろうか。にしても「斜籠」の理由がなんともわかりづらい。ピンと来ないって言った方がしっくり来るか。ただかつての同輩とのやりとり自体はにやりと出来る。

  • 女敵討

なんというかまぁ、お互い様な話だねぇ。おすえが異色を放つ話ではある。でもこういう話って結構普通にあり得たんだろうなぁ。町人と侍の身分違いとかいうのが問題になりそうだけれど果たしてどうだろうかねぇ。養子縁組を使った戸籍偽造やら普通に有ったみたいだけどね。
これはある種のスワッピング・・・いや、これは止めておこう。

  • 江戸残念考

なんか自画自賛のオンパレードで口が腐るので終

  • 御鷹狩

事実を元にしたらしい話だけど出来すぎ。


さて、ここまで終わってから作者はそれぞれがどれだけ現実と解離しているのかということを「跋記」で述べている。なんでも今まで歴史小説が嫌いだったそうである。「歴史は正しく有らねばならない」から「嘘の方が面白い小説」からすれば歴史小説は駄目なはず、であると確信を持っていたらしい。特に記述内に虚偽部分が仄見えたり、歴史として考えると腹立たしい内容が含まれていると小説として楽しめない、だから歴史小説は面白いはずがないということだったのだが、吹っ切ったらしい。
で、グダグダと現実と解離した部分をわざわざ述べている。私からすれば明らかにこれは蛇足である。本人の苦慮など知ったことではない。嘘で塗り固め、創作されて産み出されるのが小説なのだから「何を今更!」なのだ。正直見苦しいなぁ、と思わざるを得ない。大体だね、祖父から聞いた話を元にしてこの短編群を書いた、という所からして創作でないと誰が云えるか。小説家など生来の嘘吐きなのだから*2
なんかもう虚栄心がにじみ出ているので作者の弁は要らないかなぁ。
作者語りがなければ70点、有って40点って感じです。
もうちょっと気分良く浸らせてください。
蛇足:歴史小説の場合、なんか知らんが作者の筆が作中に持ち込まれることが結構あるけど私はアレが駄目。だから池波正太郎が大嫌いだったりします。地の文は地の文らしくしてください、とか思ったりするわけですよ。

参考リンク

*1:一応本所七不思議の「おいてけ堀」なんてもんもあったりするんだがw。ま、なんにせよ怪異に半信半疑であったのは今と余り変わりはないとは思う。

*2:言い過ぎかも知れんけどね