田中芳樹 銀河英雄伝説(黎明篇・野望篇・雌伏篇・策謀篇)

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あらすじ

地球から宇宙へと人が飛び立ってから830年ほど経った頃、世界の中心は母なる惑星地球ではなくアルデバラン系第二惑星のテオリアにその居を移していた。時はAD2801年、年号を宇宙暦(SE)と改める事となった年である。人々の願いは更なる深みへ達し征服することなのだ。
探検家たちは栄達を求めて方々へ四散した。そして負の側面を担った者達である宇宙海賊は目先の利益を求め跳梁跋扈すること百年以上もその存在が化石の如く残されるに及んで、SE106年についに当時の中央集権政府である銀河連邦(USG)はその一掃を決意するに至った。あまりに遅い決断ではあったが無いよりはマシである。結果として宇宙海賊との戦闘は二年に渡ったが連邦の勝利となった。
以降銀河連邦は緩慢な停滞へと落ち込んでいく。希望溢れる進出が全てではないと人々が気がつきだしたのかもしれない。とはいえ180年という長き時から見ればわかるだけのことでそれを当人たちが自覚しているかは甚だ疑わしいのではあるがさておいて。
そんな中SE268年に歴史を変える人物が産まれた。名はルドルフ・フォン・ゴ−ルデンバウムという。軍人の家に生まれた彼は当然の如く家職を継ぎ、軍籍へと身を投じたのである。
以後彼は二十歳で少尉に任官して以来部隊内での綱紀粛正を行い、宇宙海賊を壊滅し、輝かんばかりの功績を次々と挙げていった。そしてSE296年に二十八歳で軍籍を退いて政界に打って出てからは「国家革命同盟」という党のリーダーとして活躍し、民意の熱狂を一身に受けて首相と国家元首の席に着くことに成功した。が、彼は独裁者であった。権力を手にしたルドルフは専制君主制を復活させ、SE310年に自らを銀河帝国皇帝と名乗るに至る。同時にまた宇宙暦が廃されて帝国暦一年となった。ルドルフはおのが権力を誇り、綱紀粛正を徹底させ汚職官吏を一掃し行政運用の状況を改善させた。確かに善政面では見るべき所があるかもしれない。しかし、同時に寒風吹きすさぶ冷徹な施政であったのも事実なのである。
仮面が剥がれる時はすぐに来た。帝国暦9年、「劣悪遺伝子排除法」と呼ばれる弱者排除の法律が公布されたのだ。ルドルフは「弱い」という事が憎むべき敵だと認識していたが為にこの法を作ったのだが、当然民意に受け入れられるわけもない。真っ先に非難の声を挙げた共和派の政治家達へルドルフは徹底抗戦をすることを決意し、結果議会は永久解散に追い込まれる。加えて翌年には帝国内務省に新たに設立された社会秩序維持局によって政治犯の復活、法体系に因らない逮捕・拘禁・投獄・懲罰が猛威を振るう事となった。
以降帝国暦42年にルドルフが没するまで恐怖政治は続いた。だが、ルドルフの死後に状況は刷新されなかった。その理由の一つにはルドルフが優秀と認めた人物達へと爵位を叙したことが挙げられるだろう。彼らは皇帝を引き立てるための貴族階級となり既得権益を守るためにも事態の存続を望んだのである。勿論だからといって民意を反映しない政府であることには変わらず、散発的に反乱は起こっていった。
帝国暦164年に至るまで反乱は一種の社会的自殺に過ぎなかった。数億人が殺害され、それの二十倍以上の関係者が農奴階級へと落とされて階級社会が徹底されていたのだ。だが、その年アルタイル星系では一つの快挙が起こった。共和主義者の宇宙船を使った逃亡が成功したのだ。彼らが生活していた星には金属製資源は乏しく、宇宙船の外殻として使える物質が無かったのが最大のネックであったが、それを天然のドライアイスで代替するという計画が成功したのである。四十万人に及ぶ逃亡者達は無名の惑星へと落ち延び、そこで八十隻の宇宙船を建造すると更なる銀河の深淵へと逃れていった。帝国暦218年にようやく逃亡者たちは落ち着くべき場所を見つけた。指導者ハイネセンの名を受けた惑星に自由惑星同盟(フリー・プラネッツ)が誕生した瞬間であった。
それから100年余りの間は両者は没交渉であったが、着実に手は伸びていた。宇宙暦に戻した自由惑星同盟側からすればSE640年に両者が対峙し、自由惑星同盟軍が帝国軍を打ち破ったのだ。以来自由惑星同盟には帝国からの亡命者が増えていった。
以来自由惑星同盟銀河帝国は慢性的な戦争状態におかれている。そしてそこへもうひとつの要素が加わることとなる。それはフェザーン自治領(ラント)と呼ばれる勢力である。両者からほぼ等距離に位置する恒星フェザーンの星系を版図とする都市国家的な存在であるフェザーンラントは銀河皇帝にその存在を許された特異点といえるかもしれない。何しろフェザーンラントは銀河帝国自由惑星同盟の双方と取引をしているのだから・・・。
銀河帝国としては自由惑星同盟を「叛乱軍」として認識しており、外交通商の選択肢がそもそも存在していない。その為の緩衝器たる存在がフェザーンラントと言い換えても良いかもしれない。
斯くして銀河帝国自由惑星同盟、そしてフェザーンラントの三すくみは完成された。

帝国暦467年に産まれたラインハルト・フォン・ミューゼルは自らの軍事的政治的な才能を用いてゴールデンバウム王朝を打ち立てたルドルフへと挑戦を始める。彼には姉と兄弟のように育ったキルヒアイスという二人の得難い人物が居た。姉が皇帝の寵姫の列に加えられたことで貧乏貴族から栄達への端緒を掴み、以降軍人としての能力を示すことで出世の階段を上っていくのであった。出世のすえに爵位を得たラインハルトは母の姓であるミューゼルを捨てラインハルト・フォン・ローエングラムとなる。彼はルドルフの如く一つの事実に固執していた。貴族が血筋という物だけでなんの努力もせず、多数の犠牲の上に成り立っている構造が我慢ならなかったのだ。彼の望みは銀河を手に入れること、ルドルフに出来たことが何故出来ないわけがあろう?

SE767年、ラインハルトよりも9年前にヤン・ウェンリーは産まれた。父親であるヤン・タイロンが交易商人であったことからヤンは惑星上でほとんど暮らした覚えはない。タイロンが死んだことで16歳にして無一文になったヤンの選択肢は多くなかった。歴史を学ぼうというヤンの望みを叶える選択肢の最上候補に挙がったのが国防軍士官学校戦史研究学科で彼は望まぬ勉強もやりながら自己の望みを叶えつつあった。だが、ヤンの望みは学科そのものが潰れるという最悪の形で断たれてしまう。ヤンは卒業できればよい、というスタンスであったため成績は軒並み低空飛行であった。ただ、戦略戦術シュミレーションにおいては非常な好成績を残していた。ヤンは二十歳で軍籍に入り望まぬ仕事に就いた。彼の唯一の望みは年金生活をしながら歴史の研究をすることだ。

ラインハルトは自身の願望を満たすため、ヤンは同僚を守るために対峙することとなる・・・。

感想

田中芳樹ここでは初読み。銀英伝をようやく読み始めました。旧徳間ノベルス判で読んでいるのですが、今の文庫では冊数が倍になっているみたいですねぇ、どうでもいいですが。
さて、銀英伝は大河小説です。人はドバドバ下手をすると億単位で死んでいったりします。人名はちょい役でも頻出するし、なんだか随分と雑多な書き方しているなぁという気がしてなりません。まぁ、三國志的な戦記物だと考えれば妥当なんですけどね。
加えてそこに足されるのはスペオペ要素です。理論的裏打ちはほぼ0ですのでこれはSFというには少し抵抗があります。それに執筆された時期が20年以上前というのも相まって小道具にも古さが匂います。例えば宇宙船の外殻にドライアイスを使ったなんて話はちょっと荒唐無稽すぎますよねぇ。第一宇宙速度に達する以前に燃え尽きそうな気がしますし、それでなくても強度の面でかなり不安です。あと四十万人も乗れる宇宙船を隠れて開発するなんてことが本当に可能だったんでしょうか?加えて長旅をする上での基本的な生命維持に必要な酸素と水と体温維持に必要な電力はどうやって調達したんでしょうかねぇ。核融合炉を据えるにしてもまさか遮蔽無しで行うほどではないでしょうし・・・。技術的な面で見れば確かに当時の延長線上にある作品でしょうが、今日との遊離は仕方ないのかもしれません。そういう面で見る限りやはり政治・戦略・各キャラクター思惑的な部分を楽しむのが正道でしょう。
所謂ライトノベルの先駆け的なキャラクター愛(萌えと言い換えても可)をそそる要素が作者の打算を感じます。たとえばラインハルトとキルヒアイスの関係やらヤン・ウェンリーユリアン・ミンツの関係、そしてロイエンタールとミッターマイヤーの関係などは腐系の人の好餌として現在でも好まれていますしねぇ*1。巨視的な視点をあくまで念頭に置いた抑えた筆致がマッチ仕切れていないのは仕方ないですが、『銀河英雄伝説』の「英雄」を三つの異なる勢力から描くということには成功しているようです。国家と個人、そして最高権力者の苦悩、共和制における腐敗とも闘わなければならない司令官。そういう論調においては顔の見えるキャラクターが存在しています。ただ、一方で妙に作者の願望的な部分をキャラクターに語らせるなど鬱陶しい部分も否めませんでした。「人民が存在する限り、国家は蘇る」これがキーポイントのようですが、自民党政権の変わらぬ与党ぶりに反感を抱いているようにしか思えませんねぇ。「反体制が格好いい」そんな時代もありましたから。
結局の所黄巾党の乱以降の三國志とナポレオン*2若しくはヒットラーあたりをミックスした上でスペオペ風にアレンジしてみましたって所だと思う。仮想戦記として一個のフィクションとしてはそれなり。ただ、時代を考えてこれだけの荒唐無稽さを内包した大河小説を書ききったという点においては流石ではある。ただ書きすぎるきらいがあるのが残念かな。筆を留め置いて読者に深読みさせようというよりも全て明示的に提示してしまうので想像する楽しみを奪っているように思う。加えて説教臭い台詞が多いのも気にかかった。うーん読む時期を間違えたかなぁ。
名前は知っていても未だ読んでいない人は読んでも損はないかと。特に女性ね。現在のボーイズラブ仄めかし系ほど強烈にアピールする物は無いかもしれないけれど、こういう普通の内容もありかもよ。
70点
蛇足:それにしても『アルスラーン戦記』と『銀河英雄伝説』で作者はどんだけ儲けたんだろう。ノベルス版の重版で50越えてるとか・・・売れっ子でもそうないよねぇ。

参考リンク

面倒なのでデュエル文庫の一巻のみ。

銀河英雄伝説〈VOL.1〉黎明篇(上)
田中 芳樹
徳間書店 (2000/08)
売り上げランキング: 27,387

*1:カップリングには全然詳しくないので恐らく代表的な部分を挙げてみた。まだ読み途中だからよくわからんがロイエンタール×ラインハルトとかもあるんだろうなぁ。

*2:ナポレオン・ボナパルト自身はフランス人で帝政をしいた部分と軍人であるという点においては重なるが、ドイツ系の名前が本書では頻出する部分を考えるに神聖ローマ帝国の方を独裁者であるヒットラーをも含めて勘案しているようにも思う。何しろヒットラー第三帝国って呼んでいたしねぇ。