山本弘 まだ見ぬ冬の悲しみも

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あらすじ

  • 奥歯のスイッチを入れろ

タクヤは宇宙船の事故で体を酷く欠損し二度と宇宙へと飛び立てない体になってしまった。その事実にショックを受けた幼馴染みのベルカがタクヤに特殊なニューロドロイド化を勧めタクヤは決断した。死んだ肉の棺桶に入ったまま一生を終えるのか、それとも機械の体で永遠を生きるのか、それは厳しい選択だったがタクヤは後者を選んだ。結果として人間の固有機能はかなり失われた。その代わり色々な能力も手にした。超スピードで動けるという能力がそれだ。タクヤはその体に慣れるために日々を費やしていったが、肝心の能力を経験しないまま研究所にタクヤと同等の能力を持った暗殺者が現れる。必死の思いでタクヤは抗戦しようとするのだが・・・。

  • バイオシップ・ハンター

人間が数々の宇宙種族と接触を持っている時代、クリフ・ダイバーと呼ばれる人間のジャーナリストはイ・ムロッフと呼ばれる種族の一人から協力を依頼される。彼らの種族はバイオシップと呼ばれる半機械半生物の変わった乗り物に乗っている。はるかなる時を掛けて野性のバイオシップを飼い馴らしたのだそうだ。当然イ・ムロッフだけがバイオシップを操ることが出来る。しかしここ最近バイオシップらしい船が他船を襲う事件が頻発している。彼らはその正体不明の存在を突き止めようと第三者であるクリフを選んだのだ。

バシリッサと呼ばれる宇宙戦艦で起きた事件は人類を破滅させるに足る激しい物だった。
バシリッサはアルハムデュリラーと呼ばれるソル型惑星に着任していた。そこで当地の異星種族である通称インチワームとの交流をはかる予定だった。彼らはかつて巨大な文明都市を築いていたようだったが、現在は退化していると見られている。だが、かつての先遣隊が残していった機械で地球の言葉を覚えてしまうなど言語分野の発達は飛び抜けて高いようだ。僕がえらそうに反り返っている艦長に会うことになった理由はただ一つ、当のインチワームが詩人を所望しているのだ。彼らに対する研究は言語学者が主導で行っているのだが残念ながら過去を伝えるであろう逸話に関しては彼らは口をつぐんでしまうのだ。詩人がいるのならばその人物に話を聞かせても佳いということで選ばれたのだった。
僕がインチワームから聞かされた話は驚愕だった。機械文明から言語文明への転換、そして兵器として言葉を用いるということ。一笑に付したくなるような内容だったがそれが事実だと分かってしまった。何故ならば実体験をしたのだ。言葉に免疫のある詩人ならば聞いて耐えることが可能かもしれないが、それ以外では不可能である。だからこそ詩人が必要だったのだ。

  • まだ見ぬ冬の悲しみも

CHLIDEXセンターが実現されたことで人類は時間移動をすることが可能となった。
北畑圭吾である俺はこのセンターでは花形だ。何故ならば同一人物が同じ時間軸に存在するのだから。CHLIDEXの実効性を明らかにするのに非常に都合が良いと言っても佳い。過去からやって来た自分自身と対面するのはなんとも気が引ける。二週間だけ経験値の多い自分、というのも変だが、二人とも一つのことしか考えていないのだからそれも仕方がないだろう。それは明日菜の事だ。もうこの時点での俺は明日菜とは別れているが未練は隠しきれない。それはもう一人の俺も同様だろう。同時間軸、同世界に同一人物が存在することがおかしいということで俺たちはくじ引きで過去へ戻る選択を迫られた。結果としてこの世界の俺が選ばれることとなったのだ。
今度こそ未来を変えてみせる!
そう意気込んだ圭吾であったが彼はCHLIDEXに潜む暗渠を知らなかった。

島本の友人である溝呂木隆一は世界を破滅させようとしていた。方法は先進波によって。「シュレディンガーの猫」という有名なパラドックスがあるが、半分死んで半分生きている猫はおらず、猫は観測者が確かめることによって生きているか死んでいるかの二通りの状態しかない。現在の宇宙の状況はあくまで局所的にバランスがとれているからその二通りだけが実在しているが、先進波を大量に発生させることでそのバランスを覆し、半分生きて半分死んでいる存在を産み出すことが出来るらしい。溝呂木はこの世界に絶望しているためにみんなを道連れにするつもりだったのだ!

  • 闇からの衝動

幼少期に不思議な体験をしたキャサリン・ルシル・ムーア*1はヘンリー・カットナーが訪れるまでその事実を忘却していた。あるいは保護機能の一環だったのかもしれない。キャサリンは自宅で悪魔に遭遇したのだ。マンホールのような金属円盤に書かれた文字を読み上げるとキャサリンはそれと出会った。それによって何が起こったのか、キャサリンはよく覚えていない。その話をヘンリーにしたところ実物を見ることにした。煉瓦でその部屋は潰されていたはずだったがただ仮組しただけでセメントできちんと閉じられてはいなかった。そうして二人は遭遇する、怪物に。

感想

山本弘初読み。この人の小説を読むのは角川スニーカー文庫妖魔夜行シリーズ以来ですねぇ。なんか小説家というよりも「と学会会長」の側面が強くてなんだかなぁって感じですわ。

  • 奥歯のスイッチを入れろ

えーとこれは『エイトマン』か『フラッシュ・ゴードン』か『サイボーグ009』が元ネタか。まぁどれでもいいわけですが、本人曰くコレがリアルだそうです。
ここでいうリアルとは「ありそうに見える」ということで決して現実的というニュアンスではないんですが・・・流石にこのネタは古すぎますわなぁ。漫画的設定を用いてリアルさをっていうのはいいわけにしか聞こえないような。懐古派の方には好まれるかもしれないけどね。
一応書き下ろし作品ということになっているのにこれじゃあちょっとベタベタすぎないか?

  • バイオシップ・ハンター

ああなんて分かりやすい異種族交流譚でしょう。生きている宇宙船とかいう馬鹿馬鹿しいネタも実にグッド。SFというとStar Warsを連想してしまう人なんかが思うようなSFの世界その物だね。こういう話を書ける日本人がいるってことが一種驚き。なんで書かなかったんだろ。

言葉は用いる方法によっては武器になる。そんなアホな、武器言語ですか?みたいな話。正直発想には脱帽。ペンは剣よりも強しを地で行く内容だね。問題解決をする主人公の決定はちょっとアレだけどこう言うのもありかな。

  • まだ見ぬ冬の悲しみも

タイムトラベルとそれに関する人物の思惑、そして予想通りの結末。破滅の美学的な部分を色濃く感じた。それにしてもこんな話でもコテコテなんだもんなw。

ヲタクである読み手にしかネタのコードが通じない物が多い。そこが難点とも云えるがまぁそういう読者向けに描かれた物だからしょうがないわな。SFネタの元ネタである『現実創造』を読んだこと無いからどの程度のオマージュ具合なのかは不明。ただまぁ、随分キッチュでポップな結末にしたもんだねぇ。マイトガインの最終回並みだわ。

  • 闇からの衝動

本作の中では唯一のホラー。というか何?クトゥルーでもでてんのか?ってな感じ。作者が大好きなC・L・ムーアの著作は一冊も読んだこと無いからあれだけど、タニス・リーとかアン・ライス系の作家なのかな。官能+ホラーみたいな。つか、これをSF本に収録すること自体が反則かと。完全に作者の趣味なだけだから気に入らなきゃ読まなくても佳いぐらい。


全体的に妙にSFSFしている本でした。それもマニア向けから一般人の考える方向性、更にはショートショートっぽいものだとか、多岐にわたってますねぇ。ちょっと気になった部分では妙に読者を意識しすぎている視点人物ですかねぇ。そこがバタ臭い感じになっていたので人によってアクセントと感じるか、それとも合わない原因になるか微妙なところですが私は大丈夫でした。古臭い設定でもまだまだSFは書ける余地があるんだよっていう良い例かな。頼むからきちんとしたシリーズ物を書いて欲しい今日この頃。それらしいでたらめ理論を発明できるSF作家は日本では結構少ないんだから貴重だしねぇ。
70点
正直長編が読んでみたい。短編だけでは欲求不満気味。ただ、SFをあまり読んだことのない若年層の取り込みには丁度いい気がする。このなんか一種独特の古さみたいな匂いは70年代ジュブナイルを思い出させるなぁ。個人的にはもっと硬質な文体でも可。

参考リンク

*1:元になっているのはC・L・ムーア