シオドア・スタージョン 輝く断片

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あらすじ

  • 取り替え子

ショーティーとマイクルのカップルはショーティーの母親の遺産相続条件に困っていた。「一ヶ月に渡って赤ん坊を上手いこと育てることが出来るのならば相続権を与える」ということは少なくとも赤ん坊が必要なのだが、二人には子供が居るわけではない。誰から借りるかが大きな障害となっていたのだが、その二人の元へ捨て子の赤ん坊が振って湧いてくる。だが、その赤ん坊は取り替え子(チェンジリング*1)だったのだ。取り替え子のパーシヴァル(ブッチと呼べと宣言した)をなだめすかしながら取引を交わし、彼らはショーティーの伯母が待つ屋敷へやってきた。

  • ミドリザルとの情事

フリッツ・リースは病んだ人間、悪い人間、普通と違う人間に対してたいへん理解のある人物だった。そんな彼がガキ共のリンチに遇っている男を発見し、保護することにした。パッと見で彼にはその男が彼が言うところの「ミドリザル」だとわかった。「ミドリザル」とはすなわち同性愛者のことである。フリッツ氏は看護婦をしている妻のアルマにその世話を任せ仕事に出かけた。彼は政府の要職につく忙しい人物だったのだ。だが、フリッツ氏の思惑とは違い、アルマは怪我をした男性に惹かれていく。

  • 旅する巌

小説のエージェントをするクリスリー・ポストは世紀の傑作を発掘した。シグ・ワイスというみも知らない人物から送られてきた短編はあっという間に編集者に売れて、おまけにラジオ化権・テレビ化権・ポルトガル語翻訳権まであっという間に片付いてしまった。シグ・ワイスは時の人となったのだ。だが、シグ・ワイスは初めて書いた「旅する巌」以来沈黙してしまう。ほうぼうからの原稿の注文は宙に浮いてしまった形だ。新作は一向に上がる気配がない。そこでクリスはパートナーのネイオーミに事務所を任せ、シグ・ワイスに直接会いに向かうことにした。
典型的な田舎町へ長い時間をかけて揺られて着いたが、現地のでのシグ・ワイスの評判は徹底的に悪く、クリスは訪れることを止めるようにとめられた。その言葉が嘘じゃないことをクリスが実感するのにそうはかからなかった。何故なら家に近づこうとしただけで銃で撃たれたからだ。確かにシグ・ワイスは大した糞野郎だった。粗野で猜疑心に満ち、到底「旅する巌」を書き上げた人物とは思えない。兎に角新作を書くように言い含めてクリスはその田舎を後にした。
その後クリスの元に届いたワイスの新作は想像を絶した駄作だった。これならばあの糞みたいなシグ・ワイスの書いた小説というのが納得できる出来だ。だが、ならば「旅する巌」は一体何なのだ?

  • 君微笑めば

その男は自分を人間以上の者だと考えていた。そしてタイプの違う人間以上の存在を使って妻を殺そうと持ちかけるのだが・・・。相手のヘンリーはそれとは別の方法を採った。

  • ニュースの時間です

マクライルという男の日課は新聞を隅から隅まで読むこと、ラジオやテレビでニュース番組を見たり聞いたりすることだった。それがいつの頃からか日課から習慣へと変わり、ついには依存症となってしまう。しかしまわりも当の本人ですら気がつかなかった。ニュースに依存しているマクライルはそれ以外では全く普通だったからだ。それにとても物の道理がわかっている人物であったから誰も気にもしなかったのだ。
だが、ある時から新聞を読んでいるときの会話は右から左、ニュースを聞いているときは「しっ!」と注意を促すなどあまりに過剰になってきたため、遂に妻は強硬措置にでた。家中のラジオやテレビの真空管を一本ずつ壊しておいたのだ。パニックに陥ったマクライルは家中を駆け回ったがニュースを聞くことはどの装置でも出来ない。最終的にマクライルはカーラジオの元に落ち着き、家を飛び出してしまった。狂気に彩られたマクライルの精神は急激な振れを見せて弁護士の元へ訪れ、妻と別れることを決意。財産分与を行った後失踪を遂げた。
びっくりしたのは残された妻の方だが、同時に夫を取り戻したいと当然思い、精神科医の門を叩いた。夫の状況を事細かに聞いた精神科医は症例として面白い内容に興味を持って引き受けることにした。とはいえ捜索は彼の専門ではない。彼はマクライルが乗っていった自動車のナンバーを警察に問い合わせる方法で発見した。時間は僅か二週間で済んだ。さぁ、後は患者を診るだけだ。

フルークは鬱積する思いを胸に秘めていた。それはラッチ・クロフォードに対する劣等感だ。その為にフルークはラッチを殺すことを決意した。きっかけは色々ある。バンドに加入したフォーンという別嬪なピアノ弾きがラッチに惹かれていたから、ラッチはバンドを自分色に染めていたから、才能豊かだったから、面相がフルークと違って気持ちが良いものだったから、挙げていけばきりがない。ラッチ・クロフォードという男は言うならばスーパーマンだ。完全無欠の超人なのだ。だから憎い、だから殺さなければならない。そんな男が存在していてはいけないのだ。
だからフルークはラッチ・クロフォードを殺すことにした。三度にわたってそれは行われた。そして遂にフルークは成し遂げたのだ!

  • ルウェリンの犯罪

ルウェリンという男がいる。彼は病院の事務で長年働いてきた。彼には同居している内縁の妻がいた。アイヴィというのだが、ルウェリンは彼女と19年もの長きにわたって結婚には至っていないはずだった。
だが、アイヴィがルウェリンに告白を行ってしまう。「19年前に二人は結婚した」のだと。酒に酔ったルウェリンを伴って婚姻届をだしてしまったらしい。そのことにルウェリンは愕然とする。長年続けてきた生活の瓦解が始まったのはそれからだった。

  • 輝く断片

知能に障害を持つ男は道ばたで血まみれの女を発見して自分のねぐらに持ち込んだ。彼は持ち前の手先の器用さを生かして彼女を治療することにする。その試みは幸いなことに成功するのだが・・・。

感想

シオドア・スタージョン初読み。正直なところずっと手にはいるのは『人間以上』だけだったからそれしか読んでいません。ここ二・三年の間にそれが複数の出版社から出されるにいたって漸く読めるようになったのですが、短編自体初めて読むので実際どうなんだろう?という疑問の方が大きかったです。短編の妙手と長編の好手が同居することは非常に稀ですからね。
さて、作者はミステリーとSFとファンタジーの三つをミックスした作品を書いています。この配合比は作品によって異なるので明確な方向性を持った作家として認められづらかった背景があります。日本でも同様で、雑誌において訳されていたりするものの、きちんと本として残っている数が少ない点からしてそれがわかろうというものです。しかし、現在はその固有ジャンルに固執する風潮よりもクロスオーバーした話であっても面白ければokというあっけらかんとした読み手が多いようです。時代が追いついてきた、そういうことなんでしょうかね。
この本は最近のスタージョン・ブームの中ではあくまで後発の一冊なわけですが、目に付いたのは編案者である大森望の構成の妙でしょうか。前半の四編は実際大した出来ではないです。アイデアやオチ、ストーリーテリングにも見所が有るかと聞かれたら首を捻ってしまうでしょう。後にはその残り滓が多少こびりつく程度で記憶にも残りづらい作品ばかりです。ですが一方それ以降の四編は確実に記憶にしがみついて離れない珠玉と云える輝きを放っている様に思えます。個人的にはオチの読めてしまった表題作の「輝く断片」は兎も角、それ以外の三編はオールタイムベスト級の短編として仕上がっています。
それではそれぞれの短編についての感想を。

  • 取り替え子

内容的にはファンタジー的。牧歌的な内容だけれどそれだけかなぁ。チェンジリングというファンタジーではおなじみのガジェットを使って書かれた所以外みるべき所が少ないような。作者の育児に関する家庭的な事情がこれを書かせる動機になった、と考えると妙に納得してしまうが、同病相憐れむ関係にないとよくわからん。結婚を経験して子供が居る人にはきちんとした想像が働くかも。

  • ミドリザルとの情事

SFオチが妙すぎる。一種の皮肉の利いたジョークなんだろうけど出来はイマイチ。

  • 旅する巌

これもSFオチが厳しい。ただ、それ以外の所は中々面白い出来なので、SFでなくて普通の小説として話をまとめていけば別の着地点もあったんじゃないかなぁ、と思わなくもない。

  • 君微笑めば

基本的に視点人物の地の文が激しく読みづらい。逆襲を受けるパターンはよくあるから筋もあんまり目新しくない。ただ、視点人物の人間的嫌らしさがにじみ出ている文章はそれなり。

  • ニュースの時間です

人間の狂気を描いた話だけれど、変な味のする作品。異常性が妙な方向へ昇華する過程は意外性の針を振れさせること夥しい。でもこれ、オチを含めてロバート・A・ハインラインの考えたストーリーとのこと。アイデアが尽きたと泣きついたスタージョンハインラインが26編もアイデアを提供するってハインラインの凄さが際だってしまった話w。でもこれはあくまで余談だけどね。
『人間以上』を読んだ人ならばこれが一番近いと感じるかもしれない。悲惨な話なのに何故かポップさを感じさせる話でもある。映像化して見たい作品かもしれない。
ミステリー的には通常事件が起きてその原因が語られるけれど、この作品はその事件に向かうまでの話でもある。後の事件なんて取るに足らないってことがよくわかるね。

人間の醜い憎悪を肉体的醜さと絡めつつ、持つ者と持たざる者の関係の溝を語っている。こらノワールだわな。スタージョンの短編の中ではオールタイムベストの一番らしいがなるほどと唸らせてくれる作品ですな。東野圭吾の『悪意』を泥臭く、心情描写のみで綴ったような作品です。田舎臭く粗野でコンプレックスまみれな部分が魅力というと理解に苦しむかもしれないけれど、読めば納得できるかと。ただ初めはちょっと独特の読みづらい文章で困るかもしれませんが、慣れてくると気にならなくなります。

  • ルウェリンの犯罪

個人的には一番のお勧め。これは構成要素の大部分がユーモアで成り立っているんだけれど、本質はピエロの悲哀です。全く笑えないブラックジョークと空回りする努力の行方は回し車の如し。最初の場所からでようと試みる主人公のルウェリンの状況は密室ですね。これは全くSFでもファンタジーでもミステリーでもない話だけに何かの寓話のように思えてなりません。
怒りの振り下ろし場所のないこの話はストレスがたまってしまいますが、でも何故か求めてやまない感情の渦を残してくれます。

  • 輝く断片

普通の人間ではない存在が普通の人間を愛する。これは『ノートルダムのせむし男』とか『美女と野獣』などよくある話です。ネタが転倒すると乱歩の『芋虫』とかおどろおどろしい話にもなりますが、これはあくまで「知的に障害がある」という部分が強調されているために一昔前では差別を助長する的な文脈で語られることになっていたかもしれません。しかし、こうやってきちんと本になっています。しかしまぁ、表題にするほど・・・いいか?と聞かれると唸っちゃいますねぇ。知的程度を相手に合わせているからこうなるんでしょうけど・・・流石にこれで純愛的な方向には持って行けないわなぁ。ホラー方向の話なのかもしれないけどちょっと物足りない。

「ニュースの時間です」、「マエストロを殺せ」、「ルウェリンの犯罪」この三つのために買うんだったら惜しくない良書かな。なんせスタージョンの法則を打ち破っているんだから。
80点
これだけ面白いと確かに他にも手を出したくなるわなぁ。

参考リンク

輝く断片
輝く断片
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シオドア・スタージョン 大森 望
河出書房新社 (2005/06/11)
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*1:妖精のいたずらで本当の子供と妖精の子供を入れ替えられる現象のこと。ヨーロッパに広く伝承される物語だが、父親が生まれてきた赤ん坊を自分の子供であるのだろうか?と疑うことから生まれたと思われる。容貌的に醜かったり、悪戯が酷かったりするとその疑いが生まれるようだ。