有栖川有栖 月光ゲーム Yの悲劇'88

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あらすじ

英都大学の推理小説研究会のメンバーは夏休みに矢吹山へとやってきた。内訳は僕こと有栖川有栖、部長の江神二郎、望月周平と織田光次郎の四人であった。男ばかりのサークルで新入生は僕だけ・・・深く考えても詮無いのでみんなそれには触れない。ただ、現地へと向かう鉄道の旅は味気ない物だったが、当地へ向かうバスで同道するメンバーが出来たことで相殺されたと言っていいだろう。
雄林大学からは二グループが神南学院短期大学からは三人来ていた。雄林大学の第一グループはウォーキングサークルとあって七人と人数が多かった。内訳は北野勉、司隆彦、戸田文雄、竹下正樹、晴美美加、菊池夕子、嵐竜子となっている。第二グループの方はゼミのメンバーで来たとあって三人と少なかった。内訳は一色尚三、見坂夏夫、年野武である。最後に神南学院短期大学は仲良しメンバーということで三人。山崎小百合と姫原理代、深沢ルミで最後だ。
十七人は寂れて手入れのされていないかつてキャンプ場として使われていた開けた場所で思い思いにテントを張った。初日は恙なく進み、二日目には翌日帰るはずだったメンバーもキャンプの延長を表明した。それほどまでにこの集いは愉しい物だったのだ。
だがそれもその後に何が起こるかを知らなかったが故の出来事だ。翌日早朝に山崎小百合はこの場を立ち去り、残された書き置きをそれぞれで検分しているときに気まぐれな大地は反乱を起した。十年間おさまっていた噴火が突如として再開されたのだ。散発的に降り注ぐ火山弾と灰が周囲を覆っていく。十六人のメンバーは木立に分け入り身を守ろうとしたが、深沢ルミが足に怪我を負ってしまった。愉しいキャンプは冷水を浴びせられた格好になり、火山弾がおさまったところで帰ることをみな考えた。しかし、帰り道は断絶し、その道筋は途絶えていた。孤立した十六人は外からの情報を聞きながら救助を待つより他なかった。
そして四日目の朝、この閉じた空間において殺人が起きたことが発覚する。被害者は戸田文雄であった。死因は恐らく刺殺と思われた。黄色いトレーナーに広がっている血の痕は禍々しく広がっている。犯人は背後より被害者に近寄りひと思いに刺したのだろうが問題は凶器だ。被害者の遺体に突き立てられた刃物は周辺に見られないことから犯人が持ち去ったと考えられた。被害者は死に際に地面に「Y」とダイイング・メッセージを残していた。現在のメンバーの中でイニシャルに「Y」が入っているのは菊池夕子だけなのだが、彼女には容疑者となるだけの動機がない。それに戸田を殺せる人物は他の誰にだって有ったのだ。ほとんど全ての人物にアリバイが成立しないのだから彼女を容疑者として考えるのは難しい。残された十五人は自分以外が殺人犯ではないのか、と考えながら救助を待つより選択がなかった。

感想

有栖川有栖初読み。長編は初めてですが、短編の方は一度賞味しております。
エラリー・クイーンに色濃い影響を受けている作者ですが、どうしても比較対象したくなる人物が居ます。法月綸太郎なわけですが・・・ありがちですかね。両者はそれぞれ同じ人物から影響を受けているのに大きな隔たりが有るように思います。パズラーとしての論理性を重んじる法月綸太郎に対して筆者はストーリーテラーとしての能力も持っています。マニア好みと大衆膾炙という違いが大きくありますが、両者は両者なりの答えなんでしょうね。ただクイーンへの傾倒、クイーンっぽさという意味では法月綸太郎の方が強い気がします。悩める探偵を地で行ってますからさもありなんですがね。
私はこの本に開かれたミステリーを感じました。文章能力が高いので実に読みやすいですし、謎解き偏重になっておらず楽しんで読める本となっています。それに恋愛要素、サスペンス要素もきちんと描かれているので心理の機微がこぎみよく二十年近く前の作品ですがあまり古さも感じませんでした。
なお、ここに提示されている殺人はけっして不可能犯罪ではありません。クローズド・サークルですが、犯行は誰でもほとんど可能なのです。現場から消えている人物を含めてというのだから謎は深まります。その中でたった一つの手がかりから解を導く、醍醐味をきちんと描いていますから納得の出来なのではないでしょうか。
また、舞台配置も中々ユニークです。クローズド・サークルの方法として、火山大国であり地震大国である日本では有り得ない話ではない休火山の活発化という手段を使ったのも目を引きます。
クイーン的という部分ではダイイング・メッセージ、そして読者への挑戦と代表的な二つを用いたところが出色ですね。あとは殺害方法に毒を使えば良かったんですが・・・まぁ、しょうがないでしょうw。
問題点としては、個人的にはちょっと登場人物の人数が多すぎないかなぁというのがあります。被疑者が多ければ多いほど愉しいものらしいですけど識別がつきづらいのはちょっと考え物かと。まぁ文と構成が上手く、ゴチャゴチャしすぎていないのであまり気にならない部分かもしれません。
デビュー作でこれですからちょっと出来すぎですね。あとは感情的になれるだけの理不尽さやサスペンス感を煽る趣向が強まれば言うこと無しですな。
表題の「月光ゲーム」とは作中で催された「マーダーゲーム」というものと、印象的に語られる「月」の二つがこの作品の最も印象深いところだから採ってきたんではないでしょうかね。なんともぴったりです。
80点
初心者からマニアまで漏れなく楽しめる本かと。
ちなみにこの作品は漫画化もされたそうです。丁度今日が発売日だったそうなので、興味がある人はチェック入れておいても佳いんじゃないでしょうか。(有栖川有栖がどこまで美化されているのかちょっと興味有るけど相当なんだろうなぁ・・・)

参考リンク

月光ゲーム―Yの悲劇’88
有栖川 有栖
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月光ゲーム―Yの悲劇’88
有栖川 有栖
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月光ゲーム
月光ゲーム
posted with amazlet on 06.04.10
有栖川 有栖 鈴木 有布子
マッグガーデン (2006/04/10)

ネタバレ

むしろ四方山話かも。本書を読み終わった後でお楽しみ下さい。








































































最近知ったことだけど、ボーイスカウトでは救難信号の出し方を教えるそうですね。モールス信号はトントントンツーツーツートントントンでSOS(Save Our SoulsかSave Our Shipの略らしい)です。この「三つ同じものを重ねる」というのはSOSでは基本のらしく、アウトドアにおいて用いられる手段の一つとして同様に使えるSOS信号の出し方があります。どうでも佳いことですがもはやモールス信号はアマチュア無線以外では使われていないので船舶の緊急事態を周囲に知らせる方法としては別の手段で特殊な信号を送ることが一般的です。
三角に位置させたたき火を焚きます。三本に立ち上る煙自体が救難信号の合図ですし、三つの火も救難信号の合図になります。これは十分目印になりますから早い段階での救助もあり得たんじゃないかなぁと思います。ま、重箱の隅つつきですが。
ちなみに笛を鳴らす方法もあります。10秒に1回の割合で呼子笛を鳴らし(または何らかの大音響を立てる)、6連続後は1分休み これを繰り返す、というものですがこれは中々難しいですね。第一に笛がなきゃ駄目ですから。
あと直接関係のないことですが、作中にホモ・ルーデンスなる言葉が出てきます。ホモ・サピエンスは知恵の人、ホモ・ルーデンスは遊びの人という意味だそうです。
それにしても作中のダイイング・メッセージは上手くやられました。「Y」では書きかけ説はとれないし何かの象徴として解釈した場合、日本ではこれをVサインを暗示するものと解釈できないこともないと考えました。中指と人差し指以外を省略したピース・サインだと言われるとなんとなくそうおもえるでしょ?これが後に鳩の足跡をかたどった方のピース・マークの説が出てくるとはちょっと意外でした。ま、どちらにせよピースにミスリードするのに十分すぎるぐらいですが。後に書かれた第二のダイイング・メッセージでは筆記体「y」が出てきました。読んでる当時はどちらかが偽物とかいうことを考えてなかったためちょっとひねって考えました。筆記体で書かれた「y」は上下を入れ替えると筆記体の「h」に見えないこともないんですよ。でもこれも外れでした。だってイニシャルに「h」がつくのって複数居るんですから・・・。ま、見方を変えると「y」と「h」でどちらも時間を表しているということになるので予想外の所で思わぬ一致となったわけですが、流石にこれは偶然の一致でしょうねぇ。