浅田次郎 きんぴか3 真夜中の喝采編

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あらすじ

腕っ節の軍曹、肝っ玉のピスケン、頭脳の広橋の三人はマムシの権左の麾下の元、未だ浪人を続けていた。

  • 一杯のうどんかけ

ビルの空調だけではなくガスまでも止まってしまった雪の降る冬の晩、広橋を残して軍曹とピスケンは買い出しに出かけることにした。が、調子の良い二人は修理で手を離せない広橋を尻目にうどん屋の暖簾をくぐったのだった。これは軍曹がかつてピスケンに蕎麦をごちそうになった返礼でもあった。
四の五の言いながらピスケンはうどんに難癖を付けたが、実物を口にするとピタリと罵詈雑言は治まり賞賛が迸る。
そんな二人の客だけの所へ見窄らしい格好をした子供連れの夫人が現れた。男の子と女の子、そして母親の三人で一杯のうどんかけ(すうどん)を頼むというのだ。詳しい話を聞いてみると金貸しから阿漕な取り立てを受けているらしい。しかも、ピスケンの身内からだ。義侠心の篤いピスケンはそれをやめさせようとするが・・・、事情はまるでわかっちゃいなかった。

かつて広橋を個人的に取材していたジャーナリストの草壁明夫は政界と暴力団との癒着を暴いたヒーローとしてメディアでしきりに持ち上げられていた。広橋は恩返しが出来たことに胸をなで下ろしていたが、上げた御輿がどんな結末を迎えるかを失念していた。
草壁は山内龍造によって忙殺された。頭を銃弾で一発、それで仕舞いだ。現場には天政会がやったことを偽装しようとしてバッジが落ちていたが・・・渦中の天政会がそんなことをやるはずもない。
軍曹・ピスケン・広橋はそれぞれの落とし前を付けに奔走する。

  • 裏街の聖者

広橋の元の妻子を譲り受けた尾形清は醜男だった。禿・デブ・メガネの三重苦という奴である。とはいえまがりなりにも医者であった。しかし最近はその当の妻ですら広橋と離婚して尾形と再婚をしたことに首を捻っていた。広橋と一緒の時は気が詰ったが、尾形の場合はなんともしまりがないのだ。要するに広橋があまりに優れすぎていたのだ。
結局尾形は自分の家にいるというのに広橋という幻影と闘わざるを得ないのだった。広橋は尾形と比べてあまりにも出来すぎる。それがどうにもコンプレックスになっているのかもしれない。それに尾形は人にしれざる秘密を抱えている。腕を磨くために入ったもぐりの診療所で野戦病院の如く働いているのだ。ほとんど私財をなげうつ形になっているので妻に給料を差し出してすら居ない。元々しっかりしていた妻は前夫の頃に蓄財があるものだから強いて要求はしてこないが、毎月問われると答えに詰ってしまう。大学病院への週二回の診療だけでは診療所の方を支えるには限界があった。
元々診療所は彼が始めたものではない。前任者が尾形の着任早々ぽっくり逝ってしまったのだ。以来尾形がその任についているが薬も満足にない。ほとんど製薬会社の営業マンの好意に頼っている状況だ。患者のほとんどは外国人労働者で満足に治療してやることが出来ない。そのほとんどは肝炎の患者だ。高価なインターフェロンだけが頼みの綱だが満足なだけの数を打つことも出来ない。そしてどんどん来る患者の数だけこなしていき、こぼれたものから死んでいく。
彼は自分に自信がなかった。診療所を始めた頃と比べて腕が上がったとは思わない。むしろ失意だけが募っていく。しかし、彼は現代の赤ひげだった。

  • チェスト! 軍曹

ふと思い立った軍曹は帰郷していた。
旧態依然とした故郷は未だ極端な男尊女卑がまかり通り、年長者ほどえらい朱子学的な世界のままである。
そこでの幕間劇。

  • バイバイ・バディ

三人組の総決算。
うまく纏まるはずはない。

感想

浅田次郎これで九作目。前回、前々回から引き続いて再び『きんぴか』ですが、これで最終巻です。
とはいえ、この時点で最終巻ということになっているだけで実際の所はまだきちんと終わっているわけではないようです。対談で作者自身が続きを書きたいというコメントを出していますからね。最終話はなし崩し的終わり方ですから書こうと思えばいくらでも出来るでしょうし。まぁ、リップサービスだと言われればそれまでですが。
しかしまぁ酷いですな。栗良平の名著『一杯のかけそば』をおちょくり、周五郎の『赤ひげ』を剽窃し、薩摩(鹿児島)の人たちを偏見を持って描写する。あふれ出るユーモアがなければ一転して侮蔑の対象になりそうな内容です。まぁ、そんなことはほとんどありえないでしょうがね。ほとんどの人にお勧めが出来る良書ですから。
内容に関してはそれぞれ単独で簡単に。

  • 一杯のうどんかけ

何とも後味の悪い話です。一応痛快な話になりそうなネタですが、なんか裏道街道よりの話なので真面目にやりたかったら他に行って書いて欲しかったなぁ。

ここから一気に終幕への秒読みが始まります。広橋の過去の清算がキーポイント。ネタはほとんど社会派すれすれ。ただ、現在読むと当時の政治家への思いってのは随分硬直してるんだなぁとしみじみ思いました。旧経世会やら田中ー竹下ラインの政治家なんかの利権の構造とかが噂だけじゃなくて形があった頃だろうしねぇ。ってわけでちょっと古めだけど十分楽しめる内容。バイオレーンスがやっぱり華だわ。

  • 裏街の聖者

しみじみ系のお話で主人公はメインの三人組じゃないという唯一外伝的要素の話。ありがちと言っちゃあなんだけど、私の好きな話の一つです。哀愁にじみ出る話はどうにも弱い。

  • チェスト! 軍曹

いや、これは流石にギャグでもまずい気がする。くだらなすぎてやばい。だって返事が「チェスト!」だよ?こんな邑ねぇよw。百歳越えた老人が宮下あきらの描いた「江田島平八」よろしく筋骨隆々で軍曹よりでかいとかさ・・・。これじゃアンドレ・ザ・ジャイアントの世界だよ。その代わり軍曹の歳の離れた妹は可憐だとかさw。メンデルの法則は一体どこへ行ったんだ、どこへ。ほとんどギャグマンガの世界観ですから、快不快は人によると思うけど気を引き締めてかかった方が佳いかも。流石に馬鹿馬鹿しすぎたのであんまり好きじゃない。
なお、この話で軍曹は時分の今後の身の振り方を考えました。

  • バイバイ・バディ

ということで最終話。軍曹と広橋は自分の身の振り方を考えたので、残されたピスケンの身の振り方が決定するというシナリオ的には順当な話。こうなってくるとまるでピスケンが主人公のようですが、作者としては主人公は広橋だって言うんだから扱いの違いは人気の違いなんでしょうね。でもどうにもこの終わり方にはしっくり来ない。一つの終わり方の形としてはありなんだけどね。
乱造乱発というわけじゃなく、きちんと区切りがついているのは佳いことなのかもしれない。ああ、それにしてもマリアについては勿体ないなぁ。一応再利用されてるけどね。

と、内容はこんな感じ。カッパノベルスの方には作者と草野満代の対談が乗ってたのでそれについても少し。対談の中の作者は対談者が草野満代だからなのか、妙にはしゃいでいる印象があります。ほとんどバーのおねーちゃんと話しているようなノリだったので、もうちょっとどっしり構えていて欲しかったなぁ。まぁ、コメディピカレスクだからそれもありなんだろうけど。
二巻に比べると一巻の水準に戻ったような気がしました。浅田次郎にはまれるきっかけになりそうなシリーズですから是非読んでで欲しいですね。
なお、泣き要素よりも笑い要素の方が多めなので純粋にコメディとして楽しみたい方向きです。
80点
蛇足:三人のキャラクターが作者の分身って言うのは合ってたみたいだね。続編だけじゃなくてそれぞれの外伝を書いてみる『きんぴか』のその後、後日談も面白いかもしれない。
追記:なるほど、気がつきませんでしたが時事ネタだったんですね。「一杯のうどんかけ」の元ネタを書いた栗良平は過去に寸借詐欺を働いたことがばれてブームが終焉を迎えたとか。知らなきゃわからなわなぁ。

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