島本理生 ナラタージュ

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あらすじ

工藤泉は回想する。今自分の隣を占めている男とは別の人物を、過去を。それは分かちがたい疵だ。

高校の最後の一年を一言で表すのならば「葉山先生」以外には考えにくい。彼はまだ若いだけに生徒達に近かった。それに優しかったのだ。私は淡い恋心を熟成させていった。卒業式の日彼に告白することは一大決心のすえの出来事だったが結果は別の告白を聞くことになってしまう。そして二つの線は離れていった。
卒業から一年後、葉山先生から電話がかかってきた。私と葉山先生を繋ぐ線の一つに演劇部がある。私は大学に入ってから演劇から離れてしまったが、母校では部が存続していた。顧問をしていた葉山先生によると部員が三人しかいなくて役者が足りないらしい。同級生の黒川に私が暇をもてあましていると言われて電話したとのことだった。父がドイツに転勤になって以来時間をもてあましていたのは確かだった。久しぶりに会うということに密かなときめきも感じていたし、参加することに決めた。

記憶はパンドラの匣だ。残っているのは叶うことのない希望だけ。でもその残滓を抱えて生きるよりほかない。日常は続いていく・・・あの人が居なくても。

感想

島本理生初読み。本作は第三回本屋大賞のノミネートを受けています。ノミネート作のうち三作しか読んでないんですが、それでもおそらく受賞はこれでしょうね。あくまで粗忽な予断ですが、本屋大賞は女性的感性が表立った賞だと考えられます。それだけ書店員の女性比率が高いんでしょうね。故に女性的感性に共感を持たせることの出来る本作は獲れると考えられるんですよ。ま、開けてみなければわからないもんですけど、幸いなことに発表まであと二日だそうですからそれほど待たなくて済みそうです。
本作のテーマは端的に言って「プラトニックな悲恋」でしょうかね。でも所謂社会的背景をもった悲恋という類の物ではないです。三島由紀夫の『春の雪』の様な社会的個人と純粋的個人の立ち位置の違いが二人の行方を云々するというのはシェークスピアの『ロミオとジュリエット』以降の習わしですから古典的ですね。でも好まれる傾向にはあるようです。本作は良いところだけ使っている様にも思えます。社会的背景という部分は伏線に、本筋は個人であるところの二人の関係に絞っています。現代的悲恋としては悪くないんじゃないですかね。
この本を読んでいると二作の漫画を思い出します。『神戸在住』と『ハチミツとクローバー』です。
神戸在住』はストーリーの進行という部分に比重を置かずに大学生の女性の日常生活にスポットを当てた漫画です。日々の生活には特別な驚きも悲しみもそれほど多い訣じゃあありません。普通の生活をしている人物がドラマチックな情景に出会うことのない、淡々とした味わい深い物です。ただ少々地味ですがね。本作はそんな地味な日常をさらりと描いています。時代にマッチしているという意味では今読むべき小説でしょう。そして、時が経れば当時を思い出しながら読める本でもありますね。
ハチミツとクローバー』は恋愛と笑いの二つをミックスした漫画です。どちらも外せないし、片方だけでは成立しないメリハリの利いた不可分の物です。本作には笑いは特にありません。そう言う意味では笑いを除いてしまった『ハチミツとクローバー』と云えないこともないと思います。シリアスさというほどの自己主張が無いものですからメリハリが利いているとは云えないかもしれません。それでも驚くほど似て居るんですよ。『ハチクロ』では「山田と真山」が本作では「工藤泉と葉山先生」が希(こいねが)っても決して叶わない悲恋に傾倒しているのは明らかです。
「なんでこの人を好きになってしまったのだろう」
この問いは傷つく度に自問されます。一人だけ傷つくと思いこみながら自虐的になっていっても決して忘れることは出来ないのです。多少の差異はありますが、似通ってますね。それぞれの結論は違うようですが、本作の主人公は努力して更に挫折する傷つき方を繰り返します。それは疵と呼ぶ以外に無いでしょう。この刻印は簡単に隠れそうなのに、深く穿たれているため鈍痛を常にもたらし続けることになるわけです。もはや会うことがないという現実においてすら、彼女を痛めつけるのですから。背負った十字架の如しです。
つまり、重たい話なんですよ、ええ。でも、冒頭は随分感じが違います。演劇の話が出てきたり、軽い読み易い話なのかなぁと錯覚させます。恋愛が主題の話はドロドロしすぎていたりするわけでちょっと敬遠気味なんですけどね。ま、それも冒頭のプロローグ、ナラタージュという言葉の意味からすれば気がついてしかるべきことでもなのかもしれません。ナラタージュとは「主人公が回想の形で過去を物語る」ということらしく、加えて「忘れがたい男の影」を演出しているのですから四の五の言っても仕方ないです。
ちなみに始めの方に出てくる演劇についてですが、『お勝手の姫』っていう脚本はテアトル・エコーの小川未玲の手による物で、作者の物じゃあなかったんですね。ウィットとエスプリの利いた面白そうな話を演ると言うことで期待が持てたんですが、本筋じゃなかったので残念。
個人的には自分の過去を振り返って鬱るのでイタイし重すぎかな。それでも読後感に変な清々しさを残しているので読者を引きつける部分はある。
それにしても葉山先生と主人公は古風すぎねぇか?w。一歩引くとかさぁ、惹かれたら追え!地獄の果てまで追い続けろ!破滅を目指せ!!勝手に独り合点せずにぶちまけろっ!
いじょ
70点
蛇足:一度書き終わった文章が消えたので最後ちょっと自棄です。

引用

工藤泉曰く
「お願いだから、私を壊して。帰れないところまで連れていって見捨てて。あなたにはそうする義務がある。」

島本理生著 『ナラタージュ』より

参考リンク

ナラタージュ
ナラタージュ
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島本 理生
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