綾辻行人 時計館の殺人

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あらすじ

島田潔こと鹿谷門実(ししやかどみ)に江南孝明(かわみなみたかあき)が再開をはたしたのは奇縁というやつだった。島田は小説家に、江南は編集者に分かたれた線と線が結びつく、これを奇縁と言わずしてなんと言おう。とはいえ、江南は躊躇していた。鹿谷とは十角館の時以来だ。この三年忘れようとして忘れられなかった惨劇。どうしても結びつけて考えずには居られない。鹿谷の仕事部屋で会う約束を取り付けたのは吹っ切るためでもあった。
久々にあった鹿谷は江南の読みを昔のようにコナンと呼んだ。江南は近況報告をしたのち鹿谷に切り出した。今度『CHAOS』誌上でやることになっている特別企画についてである。
『CHAOS』は今江南が所属している編集部の作っている雑誌なのだが、ミステリーというより超常現象よりのオカルト雑誌と言っていい。そこで副編集長の肝煎り企画が立ち上がったのだ。「鎌倉・時計屋敷の亡霊に挑む」といういかにもな企画で江南は担当になってしまった。それ自体はどうということのないことなのだが、くだんの屋敷が中村青司の手による物とわかったのだ。企画は降霊など三日間に渡って屋敷に籠もって行われる。外界と隔絶されて三日間、それも中村青司の館でというのは実に恐ろしい話だ。実施はもう二週間後に迫っている。鹿谷に何かできるとは思えないが、江南は伝えておく必要を感じていたのだった。何故なら奇縁は鹿谷だけではなかったのだから。鹿谷のマンションの隣に住まうのは彼の地でまみえるはずの霊媒師であることをマンションのエントランスで江南は発見していたのだ。因縁を感じないわけにはいかなかった。

二週間後、W大学のミステリー研(超常現象研究会の異名)の五人(瓜生民佐男・樫早紀子・河原崎潤一・新見こずえ・渡辺涼介)と綺譚社の副編集長である小早川茂郎、カメラマンの内海篤志、新米編集者の江南の八人は時計館にやってきた。時計館は新館と旧館に別れており八人が過ごすのは旧館の方だ。
元々旧館で生活をしていたらしいのだが、五年前に増築をして出来たのが新館である。ただし、当主の古峨倫典はその完成を見た直後に急逝している。この館に関係している人物は七人も死んでいるという。初めに倫典の妻時代(ときよ)が二十八歳で早世している。その娘である永遠(とわ)が十四歳で、永遠から目を離していたということで永遠付きの看護婦の寺井明江が首を吊り、使用人の伊波夫妻の一人娘の京子が死んだ後、夫の伊波裕作は一ヶ月後に自動車事故で死亡。更には永遠の許嫁であった馬淵智もその後山で遭難して死んでいる。死に彩られていると言って佳いほどの人死にだ。
現在の時計館は永遠の弟である由季弥が当主である。相続した当時は幼すぎたため倫典の妹の足立輝美が後見人となったが、オーストラリアに移住しているため滅多に訪ねてくることはない。その後時間だけが経過したが、由季弥は当主としての生活を送れてはいない。永遠が死んで以来精神失調を来しているため精神的に成長を停めてしまっているのだ。実質的な管理者は夫と娘を亡くした使用人の伊波紗世子である。彼女が由季弥ともう一人の世話をしている。現在新館に住んでいるのは三人。由季弥と紗世子とボケがきている老齢の占い師だ。元々倫典が厚い信頼をもって厚遇していた関係で住むことを許されていたので、倫典の死後もそのまま留まったのだ。
さて、旧館は人が住むことをやめたと言ってもきちんと片付けをされて三日間を過ごすのに特に問題はなかった。現在旧館は倫典のコレクションを展示するためのスペースとして用いられている。百八つあるという時計が陳列され時を刻む様は壮観だ。だが、表に出ているのは全てイミテーションなのだそうだ。古いアンティークの時計の内部へ埃が侵入したり、部品の摩耗を防ぐ意味でしまってあるが、イミテーションの方をきちんと動作させるよう倫典の遺書にあったため紗世子が管理しているとのことだ。
旧館では既に光明寺美琴が来ていて、部屋割りをした後すぐに降霊会の運びとなった。美琴によると例は金属や人工的な物を好まないということで修道士の着るようなフードのついたローブをそれぞれに着るように指示した。眼鏡を含めて出来るだけ旧館に持ち込まないように、ほとんどの物は新館に置いてきた。鉄扉で出来た新館と旧館の廊下だけが出入り口の密閉された館の内部はほどよく暖気されていて寒くはない。
みんなが輪になって手を繋いだままやった降霊会はなかなか新鮮な体験だった。ろうそくの火が唐突に消えたり、みんな手を繋いでいるというのに物をノックする音が聞こえたり、依憑(よりわら)の口寄せから古ぼけた鍵が発見されたり雰囲気を盛り上げるのには十分だった。恙なく終わった降霊会の後で散会しそれぞれ思い思いに時間を過ごし、自分の過ごす部屋へと戻っていった。
江南はカメラマンの内海が持ち込んだウイスキーを呑んで酩酊した後眠ってしまった。途中尿意で起きたのだが、ぼんやりと霞んだ頭で黒い人影を見かける。その人物は光明寺美琴が利用している部屋に消えていったのだが、声を掛けてみても、ドアノブに手を伸ばしても返答はない。そのまま捨て置いて江南は自分の部屋に戻った。
そして翌日江南はそれを夢だと思いこむ。だが、光明寺美琴が新館から姿を消したのは確かだった・・・。

感想

綾辻行人五作目。第45回日本推理作家協会賞受賞作です。
館物の様式美に回帰するような本書ですが、うーんと唸ってしまいますね。館物雰囲気、クローズドサークルの臨場感と大がかりなトリックの奇抜さ、それを求めている人には楽しめる作品でしょう。
しかし、付帯する感情が特にないのが問題ですな。こういうおどろおどろしいホラーじみた舞台を元にしているのにぜーんぜん怖くない。これっぽっちもスプラッタホラーのドキドキがない。クローズドサークル特有の犯人と呉越同舟している切迫感がほとんど零なんだよね。ただヒステリックに喚き散らすだけでサバイブすることの思考を放棄しているだけだったり、誰一人として本気で生き残ろうとしているとは思えない。最後に生き残った人物はたまたま、偶然で助かったわけだけどなんだかなぁ。緊迫のスピード感とは無縁にのったりのったり進む話は魅力に欠けるわ。
もうちょっと雰囲気を濃くするべきだったと思うよ。全体的に読み手の想像力に頼っている部分は否定できないしね。館の格好良さみたいなのを構築するのは結構だけど、それよりも人間ですよ。すぐにネタばらしをしてしまっては幻想的な部分も台無しだし、ほんとにミステリーの様式美だけで構成されたような話でした。
それにしても、江南は情けないなぁ。これは十角館で殺人が起きているのを探していた江南が主人公なんだよ?彼が探偵役をしたっていいじゃない。それを何故か鹿谷こと島田に丸投げ、助けてくださーいっていうのは情けなさ過ぎる。それに江南は初めから中村青司の設計した建物であることを知っているということは、物語の初期に隠し扉とか隠し部屋とかを調べるでしょうに。もし、そこに興味が行かなかったとしても殺人が起きたということがはっきりとしたならばそれを考えないわけにはいかない。そう言う意味ではえらいじれったい小説でした。殺されるのをただだらだら見ているだけという話では流石に面白いとか云えないなぁ。
人を殺すってことはそれだけの原動力となる憎しみや恨みを抱え込んでいるわけで、説明を終わりにもってくることで物語の中ではなくあくまで後に位置付けようとしている単なる犯人当てミステリーの典型となってしまったように思いました。なので私にはただ長いだけの時間つぶしにしかなりませんでしたわ。
恐らく保守的な本格ミステリー好きにはたまらないんでしょうけどねぇ。
著者のミステリーではなくてホラーの方を読んだ方が佳いのかも。そっちの方が合いそうな気がする。
これ再構成したら面白くなりそうなんだけどねぇ。雰囲気作りに失敗してるのが勿体ないわ。
40点
ただし、トリックの奇抜さで驚きたい人には二倍かと。
箱物の大きな崩壊とか好きな人多そうだなぁ。
保守的な話よりは色物の方が面白そうだとあらためて実感。それにやっぱりなげぇよ、この本。

参考リンク

時計館の殺人
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