鯨統一郎 邪馬台国はどこですか?

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あらすじ

スリーバレーというバーには集まれば喧々囂々の論争を巻き起こす三人の客がよく来る。雇われマスター兼バーテンダーの松永はなんとかその輪に入ろうと最近歴史の勉強をし直している。
三人の内訳はこうだ。
某私大の文学部で教授をしているロマンスグレーのダンディーな三谷敦彦。彼は主に相づちを打つことがほとんどで傍観していることが多いが専攻は日本古代史ということでその専門知識非常に深い。
同助手の早乙女静香は三谷と同じく文学部で最も将来を期待されている才媛だ。普通日本史・西洋史東洋史と三つに分けられる史学を広い視野から見なければ大局を量れないとして「世界史」という区分を作り上げた天才でもある。またそれだけの才能と美貌が相まって非常にプライド高い人物だ。
最後に宮田六郎、三十をちょっと越えたぐらいのライターだ。雑誌で書いているらしいが詳しくは知らない。彼は自分も歴史家だという。専門は一応日本古代史とのこと。
このバーでは宮田が奇説を唱え、静香がそれに一般的な見地から反論をし、宮田が論の更なる補強をもって可能性を否定できなくなるという定型的なディベートが行われる。一見突飛な説なのだがみんなまんまと丸め込まれてしまうのだ。奇説に対抗しきれない静香は毎回ほぞをかみ続けている。
松永にはこんな面白そうな場面をただ傍観しているだけは勿体なく思えたのだった。

  • 悟りを開いたのはいつですか?

宮田曰く「仏陀は悟りを開いていないんだ!」

宮田曰く「邪馬台国は東北にあるっ!」

宮田曰く「蘇我馬子聖徳太子推古天皇と同一人物だったんだよ!」

  • 謀反の動機はなんですか?

宮田曰く「信長は自殺だった!明智光秀介錯を頼んだんだよっ!」

  • 維新が起きたのはなぜですか?

宮田曰く「勝海舟は催眠術師で明治維新を仕組んだんだよ!」

  • 奇跡はどのようになされたのですか?

宮田曰く「イスカリオテのユダが奇跡を演出するためにナザレのイエスと入れ替わって処刑された、つまりは実際に死んだのはユダだったんだよっ!」

感想

鯨統一郎初読み。といってもアンソロで一度手をつけてるので完全に初めてというわけではないですが。
何かとってもトンデモな内容です。それについてはあらすじに目を通して貰えれば解って貰えるかと。でもまぁ面白ければ良しとするにしても専門性が高すぎますな。こだわっている証左なんでしょうが、一般的な説との違いをトリックとすると「書き落としの叙述型」な時点で知識に劣る読み手は納得できなくても筋が通った内容にうなずかざるを得なくなるという権威否定な自説にもかかわらず権威にしがみついている嫌らしさみたいな物を読み取ってしまいました。こういうのを自縄自縛というのでしょうかね。
短編という縛りなのでどうしても定型パターンに頼らざるを得なくなる、これは解るんですが、痛快論破を一方的にやるだけの話では予定調和しか生まれなくて変化に乏しすぎます。それにそもそもこの話は定まった四人の登場人物が必ずしも必要ではないじゃないですか。結局宮田と早乙女の漫才が成立すればいいわけで、観客は実際一人で十分ですね。ほとんど存在感のない三木谷を出す必然性は補遺のレベルでしかないのに、そこまで行ってすらいないという具合です。
それに歴史のあらを突っつくという事に執心したため描かれている人間が薄っぺらですよね。なんで短編にしてしまったのか?それがどうにも謎です。こういう専門性の高い内容の場合、読み手の簡便さ、すなわち平易さが要求されると思うんですよ。ペダントリーな内容にも関わらず売れた本というとどうしても京極堂(『姑獲鳥の夏』など)シリーズとダン・ブラウンの宗教物(『天使と悪魔』、『ダ・ヴィンチ・コード』)が浮かびます。どちらも偏った教養が要求されています。合わない人は同じ土俵に上がること自体が難しいわけですね。それを何とかするための方便としては物語を長く、内容を消化できるレベルにスローペースに検分していく事になるわけです。おりしも両方ともミステリーです。謎の提示、謎(伏線)の匂い、事件に振り回される登場人物は机上の空論で関わりを持たない傍観的第三者ではない動きを余儀なくされています。翻って本書の登場人物はどうか?サザエさんシリーズよりやってることの差異は少ないです。ドラえもんのび太君の話の始まりのバリエーション以下でもあります。ワンパターン、今時まんまこの言葉が当てはまる話自体稀ですね。こういう内容の本って言うともうこの人の名が出てこないのがおかしいですね、はい高田崇史。『QED』シリーズで探偵役がずらずらずらずら〜っと論を述べて、ワトソン役の女性が「まさか!」、「そんな!」、「なんてこと!」とただ驚くだけ。本書の早乙女は一応研究者ということで反論を試みるけれど、悪態をついたりするだけで最終的に反論出来ずに終わる。
「最初に提示する探偵役の論は必ず正しくてそれが間違うことはない」
結論先にありきで肯定が強要されるのは窮屈ですよねぇ。
一応内容の一端はみんな知っていることでしょう。でも一歩先に踏み込んだら漢文の古典の引用(一応書き下し文だが)とか聞いたこともないような書物の題名とかばかりじゃ食指も動きません。そこに接点が有ればいいですけど無い人には厳しいかと。
ま、宮田をキバヤシに据えて我々はナワヤになりましょうや。(投げやり
「な、何だってーーーーーっ!」
50点
でもネタは悪くないだけにそれぞれ長編だったらかなり変わりそうだなぁ。
漫画で言うところのテコ入れキボン。

追記:細かい点で言うならば『奇跡』という言葉も、「確率論的に零に近いほとんど起こる可能性の低い出来事」というのが日本語においての通常の意味だけれど、基督教においては死んだ後に起すのが「奇跡」なわけですよ*1聖骸布に写し身が写っているから奇跡で、死者の遺体が腐らないから奇跡なんです。死後じゃないと駄目なんですな。ま、これはバチカンの選定だからお役所的なのは仕方ないんですが。

参考リンク

邪馬台国はどこですか?
鯨 統一郎
東京創元社 (1998/05)
売り上げランキング: 8,359

*1:具体的にはたまーにあるマリア降臨&予言なんかが分かりやすい。ルルドの泉とか