貴志祐介 クリムゾンの迷宮

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あらすじ

藤木芳彦の五感は目覚める前から異常を察知していた。土の匂いに肌を撫でる暖かい風、そして耳朶を打つ雨音。ゆっくりと状況を鈍っている頭で理解しつつ起きあがると洞穴の砂礫の上で寝ていたことが解った。意識ははっきりしていないが状況の整理を行ってみる。
酒をしたたかに飲んだにしてもこの様な場所に居る理由がない。どう見ても目に映る風景は荒涼としすぎて日本とは思われないのだった。脆い砂岩にはカラフルな横縞がプリントされているようだ。
それに・・・日本はまだ冬のはずだ。こんなに暖かいわけはない。
ふと猛烈な喉の渇きを覚えた。雨が降っているのだ。大気の汚れをそのまま集めたような水を飲むのは危険だと解っていたが肉体の欲求をには勝てない。ふらつく足で立とうとしてよろめいた。指先にかつんと何かが当る。
よく見てみると緑の円筒形の水筒、透明なビニールに入った赤いランチボックス、そして銀色に光る小振りのポーチだった。唾で喉を鳴らしながら水筒を手に取るとずっしりと重みを感じ、中身があることがわかる。安全性という考えははるか彼方に吹き飛んでしまって夢中で貪った。半分ほど飲み干してから空腹を自覚した。ランチボックスを開けると四角く切ってある固形携帯食が入っていたので食べてみる。パサパサしたクッキーのような物を八本食べたところではたと気がついた。これはこのまま食べていっても大丈夫なのだろうか?と。つまり食料の心配はこの先もついて回るのではないかと。残りの固形食は二十四本、食欲は未だあるが自制をすることにした。何しろ何があるかはわからないのだから。
状況の説明は頭の中をぐるぐると駆けめぐる。一体何故こんな所に自分はいるのか?そう問いを発しても一向に解決されることはない。不意に思い立って残りのポーチを開けてみる。中にはカートリッジ式の携帯ゲーム機が入っていた。カートリッジを入れずにスイッチを入れてみたが「POCKET GAME KIDS」と液晶に文字が出るだけでうんともすんとも言わない。仕方ないのでカートリッジを差し込む。先ほどと同じクレジットが画面に出た後「火星の迷宮にようこそ。」という文章が安っぽいSEと共に現れた。
火星だって?
勿論火星のわけがない。人類が時間をかけずに火星に到達したなんて話は聞いたことがない。藤木は手首に小さな傷を作っていたのでそれほど時間が経っていないのが解っていた。しかし、ここが日本ではないのは何となく解っていた。でも周囲を見渡すと火星、そういわれればそんな気もする。表示は止まっていたのでボタンを押してみる。操作は解らなくても何となく理解が出来ていた。
ゲームは開始された。無事に迷宮を抜け出て、ゴールを果たした者は、約束通りの額の賞金を勝ち取って、地球に帰還することが出来る
プレイヤーは、チェックポイントにおいて、進路に関する選択肢を与えられる。選択は百パーセント、おのおのの裁量に任せられる。また、生存に役立つ様々なアイテムが得られる場合もある。ただし、選択肢によっては、生死に関わることもあり得るので注意。なお、各プレイヤーは、お互いに協力するも敵対するも任意である。
ここから、スタート地点でもある第一CPへの道順は、以下の通り。北へ2500メートル。東北東へ1350メートル。東へ230メートル。
要領はオリエンテーリングのようなものらしい。ただ、CPがチェックポイントの略だとか云うことはわかっても釈然としないのは「約束通りの賞金」の部分だ。一体自分は何を約束してしまったのだろうか。
藤木芳彦はかつてサラリーマンだった。バブルを謳歌した後、景気の冷え込みと共にリストラ要員の名簿に名を連ね、そして馘首された。そこで初めて解ったのはホームレスとサラリーマンには皮一枚の違いしかないということだった。首になった後すぐに妻は家を出て行き、通帳と印鑑を持ったまま失踪した。すぐに社宅を開けなくてはいけなかったが、行き先がなくて現金もないため藤木はホームレスになった。弱肉強食の底辺に来て藤木は初めて自覚したのだ飢えの苦しさ、寄る辺ないことの悲しみ、雑踏の靴音が自分を罵っているようにすら感じる疎外感。結局藤木は方々を転々とした挙げ句、妻が社宅あてに送り返してきた金を使ってアパートの一室に住むようになった。定職がないということで住める場所すら限られていた。今まではアルバイトで糊口を凌いでいるが出口の見えない生活は魂の疲弊を招いていた・・・。
ふと外を見上げると雨がどうやら小振りになって太陽が出てきたようだ。時計をつかった方位の測定法を思い出す。しかし、北を指し示しているのは山のような岩の固まりだった。真っ直ぐに北へ向かえない。行けるのは二方向だが、そのどちらでもないことから朝を待って動くことにした。夕方に近い時間だったのだ。そこではたと気がつく。北半球と南半球では測定法が違うことのだ。でもそれを確かめる方法は無かった。
夜半、藤木は自分以外の人間に遭遇する。走って逃げようとする人物を追いかけて呼び止めようとしたが無駄だった。だが、藤木にとって幸いなことに相手が転んだ。その表紙にゲーム機を壊してしまったという。その人物は女性だった。名前は大友藍。彼女にも状況を聞いてみるが、やはりわからないという。だが、藤木と違って藍は「テレビの制作会社のアルバイトに応募したこと」を覚えていた。うっすらと藤木の記憶が戻ってきそうな気がした。しかし、気のせいだったらしい。人恋しい藤木は藍との会話を続けていくことで夜が更けていった。
朝起きると方位がはっきりした。やはり南半球だったらしい。
藤木と藍は第一CPを目指して歩き始めた。独りぼっちよりは頼もしい、例え相手が女性であっても。
この時にはこの先に狂乱が待ち受けていることを藤木は想像もしなかった。

感想

貴志祐介を読むのはこれで五作目。一作ごとに作風を少しずつ変えていって居るようですな。
さて、早速ですがこの本は人を選ぶと思われます。特に年代限定でしょう。恐らく二十代後半以降かな。そもそもゲームブックという言葉を聞いて胸をときめかせるのは私の年代ぐらいで打ち止めでしょうから二十歳前後の人ではちょっと解らないかと。私が小学生の頃に丁度ゲームブックという媒体が最終期であったから仕方がないことかもしれません。当時は海外の作品よりも日本で作られたキャラクター物が氾濫していて、主にファミコンスーパーファミコンでソフト化されたRPGの作品があったと記憶しています。例えば『ドラゴンクエスト』とか、『MOTHER2』とか、『スターオーシャン』とか、『ドルアーガ』だとか、『ファイアーエンブレム』などが出ていたようですね。記憶のすみに何故かマリオのゲームブックもあったように覚えていますが、ライトノベル的な位置付けでタイトルだけは沢山出ていたようです。具体的にはTRPGをやってた人なんかはよく知ってるんじゃないかな*1。90年代に死滅したゲームブックですが、2000年に入ってから復刊される動きも出てきています。残念ながら私はそれにほとんど触れられていませんが、久々にこういう本に出会ったことだしちょっと探してみる気になりました。
そういえば、こういう理由がわからずにどこかに連れてこられてエスケープしようとする映画としては『CUBE』や『SAW』など結構ありますね。ただ、サスペンスではあるものの、始めに敢行されたホラー文庫としてはちょっと違うような気がします。恐怖と云うよりも冒険を楽しむドキドキですからね。
本書を読み終えた後には満足感が満ちあふれていました。そういえば、こういう形式の作品はデス・ゲーム物と呼んだりするようですね。デス・ゲームというと『バトルロワイヤル』や『リアル鬼ごっこ』など舞台を現実からずれた別の世界としています。『SAW』は兎も角『CUBE』も立方体そのものの存在が謎に包まれていて同様ですね。かてて加えて第一回電撃大賞受賞作『クリス・クロス』もリアリティという面では一段劣りますが、本作はある意味でリアリティのある構成となっています。やっぱりファンタジーやらSFやらフィクションへ傾いてしまってもそれはそれで好きなんだけど、このノリが「風雲!たけし城」な感じがどうにもたまりません。このあたりも年代によって解らないかもしれないなぁ。
ただ、このエンドは悪くはないけれどもっと甘ったるくても良かったかな。そうするとハリウッド映画のシナリオみたいになっちゃうのが癪だけどこれだとちょっと心残りがあるからねぇ。
ま、それはそれとしても出色の出来であることには間違いないですわ。ただ、同様の小説内ゲームを取り扱った『クリス・クロス』と引き比べると構成で一段劣るというのは仕方がないかもしれない。
両者はそれぞれミステリー的などんでん返しで読者を翻弄するタイプと純然たるエスケープ・サスペンス物という差異がある*2。構成の妙で一段劣るのは仕方ないがのびのびとした躍動感と切迫が醸し出すストーリーには臨場感が際だっている。これはシンプル故の利点だろう。加えて喪失を終わりに置いた両者だが、一方は勝利者となったが本質的には敗北を、他方はそこからの再出発を決意する180度の違いがある。一応徒労だと釘は刺されているがぶら下げられた希望を必死にかき抱く姿はさながら『蜘蛛の糸』のカンダタの様です。あー続編が読みてぇ。
娯楽作品としては極上の部類。
90点
久々に大満足。

参考リンク

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*1:コアな人じゃないと『ファイティング・ファンタジー』とか『グレイルクエスト』云っても絶対わからんしね。名言「14へ行け」もどれだけの人が解るやら

*2:前者は『クリス・クロス』で後者が本書