戸梶圭太 溺れる魚

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あらすじ

女装癖のある秋吉宗貴は万引きで、現場に踏み込んでそこで犯人の持っていた金をちょろまかした白州勝彦は横領で、特別監察官に引っつかまれることとなってしまった。警部補階級の両名は即日として自宅謹慎を申し渡され、外部との接触は遮断されることとなった。
それから五日後、相次ぐ警察の不祥事、そしてそれに伴う威信低下を懸念した上層部はとある懸案を引き受けることで両名の処分をなくすという取引を申し出る事にした。ただ、話を聞いたならばもはや引き返すことは無理であるし、引き受けなかったら即刻刑務所への道が開けるだけのことだ。嫌も応もなかったのだ。二人が引き受ける任務にあたり、少し予備知識が必要だろう。彼らを今せっついているのは警察庁長官監房特別監察官室の監察官であり、監察官の仕事は警察官による犯罪の摘発とその予防である。事実秋吉と白州はその仕事の成果だと言っても佳い。しかし、これはあくまでも原則論で適応されない連中がいる。所謂警察庁公安部と言われる部署だ。公安部に属するだけでキャリア官僚とほぼ変わらない彼らは警備局から手を回してどこをどう探ってきているのか解らないが圧力をかけ捜査を妨害してくる。つまりは引き受けるべき事件は公安がらみだと言うことだ。警察官ではあるが特別監察官ではない両名を用いることで疑いの目を向けられることなく探りを入れる、それが今回の任務というわけだ。
内偵対象は警視庁公安部外事一課警部石巻修次。かれは外事一課つまりはロシア方面の公安職員なのだが、最近≪クリング・クラング≫という会員制のバーに出入りしている。店のオーナーは元芸能人で客はSMクラブのオーナーとかファッションモデル、映画監督に前衛舞踊家、ゲイの写真家に作家、金持ちの無職の息子に前衛音楽家と芸術方向にそしてジェンダー的に突出した人物が多い。だが、一つ言えるのは石巻(ここでは筒井と名乗っている)の職務上必要なロシア方面での人脈作りとはどう考えても無関係であることだ。それはまぁいい。とはいえ、問題になったのは渦中の石巻に対する密告電話だった。石巻自身に対する密告はこれで三度目であり、初めは「ダイトー」という企業の組合懐柔に乗り出していたようで、二度目はスペツナズナイフナイフを輸入販売している男から多額の金品を受け取った疑いがもたれた。結局その過去二回はそのしっぽを掴むことに失敗している。今回は「警察官に相応しくない店に出入りしている」旨を密告されているのだが、それ自体に関しては問題とは言いづらい。そこで内偵なのだ。そう、秋吉が選ばれた理由は倒錯的な趣味が普遍的な≪クリング・クラング≫で浮かないという側面があるのだった。話はもう聞いてしまった。秋吉と白州はここで初めて顔合わせをするのだった・・・。

一方内偵対象の石巻はダイトーに頼まれてとある犯人捜しをしていたのだった。ダイトーは複合体企業なのだが、現在DPEショップ部門に対する脅迫が行われていた。手口はカメラのフィルムに漂泊液と定着液を少し付着させておき、フィルム現像機にかけると現像液に漂泊液が混ざり使い物にならなくなってしまうというものだ。その為に現像液は全て廃棄しなければならないし、現像液を満たしているタンクを清掃しなければならない。洗浄には最低二時間以上かかるし現像液を再び作るのに十万円以上の損害、そして客から預かったフィルムを台無しにしてしまうクレームもおまけについてくる。脅迫に屈するのは企業としても避けたいところだが、犯人の目的は金ではないようだ。金であるならば警察に頼み、受け渡しの所で簡単に捕まえることが出来る。犯人の意図、それは重役に連なる物ならば嫌でも解った。復讐なのだ。でなければこんなキチガイのまねごとをまじめにやることなど出来ない。
今度の犠牲者は経理部長の緒方だった。犯人の要求は以下の通り

本社緒方経理部長に以下述べる行動を取らせよ。来る八月十三日の水曜日、経理部長は正午きっかりにMデパートの正面玄関前に現れよ。服装は上は白のタンクトップ。黒マジックで全面に"男気"、背面に"嫁さんヨロシク"と大書すること。
下はグリーンの迷彩柄の短パン。靴下はくまのプーさんがプリントされたハイソックス、靴は黄色のデッキシューズ。
そして頭にはアメリカ・ニューヨーク市警の制帽を被ること。その格好で中央通りを新橋駅に向かって競歩で歩くこと。
以上のことが満たされなければ都内の六十分DPEショップを再び標的にする。
警察には届けるな。警察に届けたら、我々はあらゆる手段を講じてこの攻撃方法を世間に広めてやる。誰もが簡単にできる、ということを忘れるな。
"溺れる魚"より

犠牲者は世の笑いものに、そして消えない恥を背負わされることになる。それに関して石巻は特に感慨はなかったが、先方からの情報によると全てはダイトーの手落ちに原因があるようだ。ダイトーが主催した文化振興プロジェクト「ダイトー・コンテンポラリーアート・アワード」に前衛美術をこれっぽっちも理解しない専務の保坂を責任者に据えてしまった。彼は芸術愛好家であったが、彼の言う芸術とはマネであり、モネであり、ゴーギャンゴッホミケランジェロ東山魁夷なのだった。大賞を取っている衆道カップルの放浪写真日記やら優秀賞の全裸にペンキを塗りたくって奇声を上げてのたうち回るそれが保坂にとって芸術には感じられず、大人気と世間的体面を捨て去ってつい暴言を吐いてしまった。それが引き金になって大賞者は受賞を辞退、優秀賞の受賞者もそれに倣って辞退、おまけに大賞受賞作に至っては受賞者が持ち帰ってしまったため一般公開時には大賞がないという間抜けな状況になり、ついには一回きりで打ち切られることになってしまう。おそらくはその大賞と優秀賞を辞退した者がこの脅迫犯の最もめぼしい容疑者だったのだ。石巻は件のバーに入り込み目星の人物と親しくなることに重点を置いていた。金はあの保坂が調査料として持ってくれている。リーズナブルでアットホームそして新鮮な何かをくれるその店は意外なことに石巻にとても合っていた。仕事優先というわけではなく石巻にも一つの考えがあったのだ。彼には一人娘がいる。その娘が最近芸術方面に進みたいと自身の進路を主張し始めていた。頭ごなしに否定するのもまずいし、石巻自身はそれがどれだけ才能と努力を要する物なのかという実感もわかなかった。しかし、この降って湧いたような副業でそれを掴むことが出来そうなところまでの下地を作ることに成功していた。だが、一つ問題がある。副業の仕事を辞めてしまったらこの店に来られなくなるということだった。石巻はそのタイミングをずるずると引き延ばしていたのだった。

感想

戸梶圭太初読み。というかこの本は再読だったりします。ここ最近再読すること自体が希なんですが、何のことはない、単に読んだことを忘れてたんですわw。でもデ・ジャブが強烈に冒頭から襲ってきたので、「ああ、これ読んだことあるわ」という事にやっと気がついた次第。確か読んだのは2000年だったのでもう五年とか経ってるんですねぇ。
再読で確信したんですけど本書はエンターテイメントの良作ですよ。大作かと聞かれるとちょっと困りますけど、これだけの陽気さと馬鹿馬鹿しさ、そして破天荒なまでの残虐性、そしてアクションととんでもない量の何かを内包している作品はちょっと他ではあまり見かけないです。てかなんで私はこの作者のことを目茶苦茶忘却の彼方へ追いやっていたんでしょうか?すっごく疑問なんですが、そんなことを過去の自分に聞くわけにもいかないのでちょっと後悔。もっと早くに気がついて諸作を追っていれば良かったと思わずにはいられません。
やはりこの作者の良さは作為的な話(どう考えても不祥事を不問にするために他の業務を持ち出すなんて普通無い)で初っぱなにうさんくささを植え付けておきながら、アクション要素ではきっちりきっちりやっておき、その上猥雑めいたギャグを持ち込んでかき回すぐちゃぐちゃ具合にあるんでしょうね。この混迷極める内容で疾走されたらキャラクターは立ちまくり、理不尽な話でもokがでて何はともあれ愉しまなきゃ損だと感じちゃいますね。西村健の『ビンゴ』なんかにノリは近いですけど、もっとギャグが利いていて筋が通らない感覚で私はこっちの方が好きかな。なおギャグの方向性では奥田英朗の『イン・ザ・プール』なハチャメチャ感が楽しめるかも。ただ、その分展開されるメタリアルな暴力性に耐性がないときついかもしれないけどね。内容的にはシリアス成分薄めなのでガンガン行きます行かせます。バタバタ人が死んでいくし、ゲロを吐きまくる情景も多々あり、生き残るには殺るしかないのです。そんな切羽詰まった状況なんだけど、むしろそんな状況だからこそ生き生きとして来る異常性みたいな物が漂ってるんでしょうね。くだらなさはB級だけどそこがいい!!
まぁ、結末の付け方には人によって「解決して無いじゃないか!」と憤る人もいるかも。確かにその部分は伏線的な人物によって解決されちゃうんだけど、これはこれで良いかなと思わなくもない。だって、収集付けようがないんだもの。逮捕させても話がうまくまとまるとも思えないしねぇ。
あとは、キャラの扱いかな。主人公の警部補二人、そして石巻はそこそこですけど、使い捨てが多め。もっと深淵膨大にしても良かったかな。でももそうするとテンポが悪くなるんだよなぁ。ある意味で絶妙のバランスなのかもしれない。
なお一応映画にもなっているようですが・・・ヒットはしなかったようです。だってもう在庫無いみたいですし。監督は『ケイゾク』と『トリック』の堤幸彦で面白そうなんですけどねぇ。なにげに俳優女優陣が豪華です。ちょっと食指が動いたり・・・。
嫌いな人は嫌いかもしれないけれど、B級ノリが大好きな人は多分いけるかと。久々の快作に胸が躍りました。再読でこれだからなぁ。全く縁の無い人にこそ読んで貰いたいなぁ。
85点

参考リンク

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