羽生生純 恋の門(1)〜(5)

恋の門 (1)
恋の門 (1)
posted with amazlet on 06.02.23
羽生生 純
エンターブレイン (2000/04)
売り上げランキング: 50,248

映画にもなった本作ですが、映画は観ずにまずは原作から入ってみることにしました。
ですが、内容が内容なだけに劇画タッチだったとはちょっと驚き。これは島本和彦の系譜でしょう。熱血漫画でありながら、且つギャグであるというのはこの人の系譜でしか考え得ません*1。通底するのはシリアスであると言うこと。しかし同時に酷く現実感から遠のいたシュルレアリズムを内包している点は実に似通っています。ここまで相似形で独自な作家というのは希有ですね。
実は私は島本氏の良さが近年まで解らなかったんですよ。というのもギャグだという観念が当初から無くて、これはシリアスなんだという通常の楽しみから一光年近く遠いところにいたからなんですけどね。シリアスとして描かれている漫画がシリアスだからこそ面白可笑しくなるという所に気がつくまで随分とかかりました。丁度逆転ナインの映画化直前の頃だったかな。映画をやると言うことで漫画を手に取り、3巻目にしてようやくそれで気がつかされたわけです。激しく鈍いですよねw。
ま、それはそれとしてストーリー内容にちょっと入りますね。蒼木門(主人公)は自称漫画芸術家ですが、石と漫画の相関関係に拘り続けます。故に漫画を描いているのにもかかわらず原稿用紙には印刷のしようのない石が常に鎮座しているわけです。あまりにも異様で芸術と言うよりも冗談に思われてしまいそうなその漫画でしたが、本人は至って本気。ちなみに門が此路に入るきっかけとなったのは父親が日本画の画家だったことがまず第一にあります。その父親との確執が平凡な日本画ではなく、一つの新しい芸術を自分が産み出して名を挙げるという一種の妄念に成長していきます。門は筆力と独自性という面において相当の能力を持っていながら、単なる漫画の枠にはまることを良しとせずに独自の芸術を産み出すという欲求から手にした道具が石だったのです。しかし、彼は世間知らずでした。70年代の芸術家のように貧窮と困窮を極める生活と、自らの芸術を周囲に理解して貰えないもどかしさ、そして芸術生活だけに埋没していたいにもかかわらず生活のために仕事をしなければならないという時間の浪費。彼の神経はどんどんと参っていってしまいました。それでも生活のために働かざるを得ません。
ある時バイトの初出勤時に彼はハート型の石を目にします。それを拾おうとしたときにハイヒールで指を踏まれてしまいます。そのハイヒールを履いていたのはそのバイト先のOLでした。結局指の治療のためにバイトに遅刻した門は罵倒されるのですが、夜の飲み会でいざこざを起こし、結局バイトを辞めます。ひょんな事にその指を踏んだOLと門は親しくすることになるのですが、この女性証恋乃がめっさヲタクで同人誌は作るしその上コスプレイヤーでもあるなど門は恋乃にカルチャーショックを受けます。彼女は両親ともヲタクでヲタク教育をしっかり受けた同人女だったのです。二人の愛の行方はどうなるのか?といった内容。もっと詳しくはググれば映画まわりで紹介されているかと。
この作品がすごいのは作画の方向性があまりにも所謂萌えとは離れきったガロ的な劇画であり、一種人間が獣じみているにもかかわらずどこかリアルを感じさせてくれる骨太で劇的な描写にあります。まぁ、漫画家を志しておきながら同人誌即売会を知らなかったり、コスプレ的な外要素の代表格とかゲーム・アニメを知らないというのはちょっと時代錯誤ではありますけれどね。ここは芸術家である点や成り立ちから考えてそういう物なのだと思う部分ではあります。門の真剣具合が高まるにつれて嘲笑をこらえるのがどんどんと難しくなっていくのが本作の特徴でしょうか。
ヲタクは醜いです。勿論私を含めてね。清廉潔白とはとてもじゃないですが言いづらく、人間関係は常に猜疑と優越性が陰湿にこびりついてすらいます。ま、何もヲタクに限らず一般生活ならばどこにでもある話なんですが、よりパンピーからすると異界感のある特殊な事柄だけにそれは殊更論われるわけです。ルサンチマンと呼ぶのが一番適当でしょうが、そのルサンチマンが渦巻いている性的なフェチズムだったり、自己投影を果たす夢想の先であったりと、執着を極める嗜好が行き着いてしまった先がピュグマリオンコンプレックス的なヲタクです。漫画という媒体とヲタクという触媒を用いてこうも陽と陰の交錯する漫画を一種芸術の域まで高めるというのは中々ありません。読んで損無しでしょう。むろんヲタクであればあるほど楽しめる作品です。何のことはない、作者自身がヲタクの脈絡を実によくわかっている古参のようなのでぴったりとフィットしていってくれます。とはいえイデオンのコスプレとは・・・意表突かれまくりですがねw。
アニメ絵に慣れすぎている向きには多少違和感と拒否感が有るかもしれませんが、読み終わるあたりに来れば特に気にならなくなっているかと。
コミックビーム侮り難し。

*1:ギャグを全く意図せずにギャグになっている車田正美宮下あきらについてはこの際無視。