殊能将之 子どもの王様

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あらすじ

光山翔太の家は母子家庭だ。父親はショウタがまだ小さかった頃に交通事故で死んでいない。母の沙織はショウタを女手一つで育ててきた。二人はカエデが丘団地という所に住んでいる。
団地にはショウタの友人のトモヤが住んでいる。トモヤは言葉が少なく室内に籠もって、学校を休みがちだ。トモヤとショウタを結びつけているのはトモヤもショウタと同じく母子家庭であるということだろう。そんなトモヤの住む部屋で二人はよく話をした。ショウタはその日有ったことを、トモヤは即興の創作話をよくした。
創作の話の中でショウタが妙に引っかかった話が「子どもの王様」だ。そのディティールは妙に細かい。
子どもの王様はほとんど無精ひげの鬚を持ち汚い色の茶髪をし、こけた頬やさしそうなタレ目によれよれのトレーナーとジーンズを着ているという。子どもの王様はで子供を掠って召使いにするらしい。また、いうことを聞かないと暴力をふるって子供を殺してしまうのだという。
そんな話を聞いてからカエデが丘団地で不審な男をショウタは見かける事になる。瞬間的にこいつが子どもの王様なんだと直感したショウタは警戒を始める・・・。

感想

殊能将之六作目。講談社ミステリーランドの第一回配本で且つ賞を獲ったけれど本編の方じゃなくて装丁が取ったという謎な作品です。 第38回造本装幀コンクール展文部科学大臣賞受賞*1といっても全然ピンと来ません。またしても*2ミステリーランドイラストレーターが戯画の方向なのが腹立たしいですね。てかMAYA MAXXって名前は一体何なんだ。そして巧く描けるのにヘタウマな味絵にするのがどうにも気にくわない・・・。正直言って気持ち悪いね。子ども向けだから子どもが描いたような下手な絵が好まれるっていう論理なのか知らんけどどうなのよこれ。あと、これは直接的じゃないだろうけど、「子供」じゃなくて「子ども」な点が言葉狩りだなぁと思う。心底馬鹿馬鹿しいわ。
それは兎も角本編の内容へ。実に鬱々とした物語です。閉塞感が漂いまくっていて、子供は子供らしく振る舞っているけれど大人が思っているほど思考能力がないわけじゃなくて単に経験不足なだけだという部分を強調して作者は描いています。つまり、仮想である「神聖騎士パルジファル」という作中作を一方ではフィクションだとわかりながら、他方ではそれに素直に熱狂しているといった事象も子供は内包しているのだといった具合です。これは矛盾をはらんでいますが実にリアルです。その熱狂に恥ずかしさが混じる一歩手前で巧くまとめてますね。少年が大人になるまさにそのきっかけを描いています。
ただまぁ、トリッキーな殊能さんの本を求めている人には明らかに物足りないでしょうね。所詮子供向けといった内容に受け取られることが多いでしょうし、事実ミステリー部分より小学生の日常を描く方へ比重を置いています。子供の学校内での力関係や状況が描かれて、子供は決して明るいばかりではないことを強調もしてますしね。ダウナーなまったりとした物語進行で基調で、途中ファンタジックな作中作としての物語も追加されつつ謎は提示されます。とはいえ、わかる人にはすぐわかってしまうネタ故全然ミステリーじゃないように思います。むしろジュブナイルなんじゃないか・・・そう思わせる所に実は隠されている情報が隠れていました。作中登場する特撮戦隊物の「パルジファル」なる文言ですが、リヒャルト・ワーグナーの歌劇から元ネタ持ってきてるんですね(参考:Wikipedia)。なんというか底意地が悪いなぁ。教養を確かめようとする踏み絵か・・・流石にわかりませんでしたよw。グラールがグレールすなわち聖杯を意味するとか全然気がつきませんでしたし、そもそもパルジファルなる歌劇そのものを知りませんでした。
ここら辺の底意地の悪さを見出せなかった人の中には「五人組の戦隊で悪一人を討つという勧善懲悪をなぞっただけの殺人を正当化するはよくない」とかいう頓珍漢な感想を漏らしている方もいましたが私はそうではないと思います。パルジファルの物語はかなり冗長なのでこの際省いておきますが、主人公の無垢で愚かな若者がパルジファルといい、本作の主人公のショウタに相当します。そしてクリングゾルが子どもの王様、アンフォルタスがトモヤという本歌取り構図でしょう。ただ、なーんにも書かないでおくと誰も気付かないおそれがあったので流石に最後に付記したんでしょうけどやっぱりそれだけじゃ駄目みたいだね。
ま、この一連の話によってショウタは知を獲得したパルジファルとなったようなのでいいんじゃないかな。○○に付けられた傷を癒すには○○を使うしかないわけで・・・相当強引なショック療法だろうけど多分この終わり方だと巧くいったんだろうね。
全体的に温度が低いのでそこがきつかったなぁ。もっと感情を振り回した方が良かったように思う。
60点

参考リンク

子どもの王様
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気になったこと

読了後にお読み下さい。


































































P219の

子どもの王様の口がぽかんと開き、驚きの声が漏れた。
そして、ショウタもまた、驚いていた。初めて間近で顔を見て、ショウタはこどもの王様の正体を知ったのだ。思わず頭の中が真っ白になった。

ここの下りは確かに謎。でも答えは二つのうちどちらかしかないんだよね。

  1. 顔を見たことで息子との共通点をショウタが見いだした。
  2. ショウタが知っている顔だった。すなわちショウタには死んだことになっている人物、父。
  3. 同じく知っている顔だった。TV番組の「パルジファル」に出てくる俳優。

常識的にいえば1ですな。ただ、2も完全に否定する要因がない。3はほとんどトンデモな意見なので可能性はほぼ0。父の可能性は写真を見せて貰っても赤い幅広のバンダナをしているという情報以外に特徴はない。でも、結婚してショウタが生まれると考えると、同時期にトモヤの母と浮気をしていたことになる。なにしろ同学年なのだから・・・。とすると×だわな。
可能性はほぼ1に絞られたけど、その前の状況下では話を聞いているショウタが「正体」を既に知っているわけだから、一体なんの正体を暴いたのかはやっぱり不思議。接近して顔を眺めることとなったことからするとトモヤの表現が適切だったからなのかな。でもこうやって答えらしき物を出してみたけどきちんとはっきりはしてないから居心地が悪いなぁ。





















































*1:何故か単品で受賞ではなく小野不由美の『くらのかみ』と一緒に受賞という形になっているが、ミステリーランドの第一回配本にはもう一冊有るのに黙殺されているのがちと可哀想。その本とは島田荘司の『透明人間の納屋』

*2:麻耶雄嵩の『神様ゲーム』のエントリ参照