横山秀夫 半落ち

ASIN:4062114399
ASIN:4062751941
ASIN:B0001AE1WW

あらすじ

W県警本部教養課次席の梶聡一郎警部がアルツハイマーを発症した妻の病苦を哀れみ、妻の「殺してくれ」との言葉通り殺人を行った。所謂嘱託殺人という奴だ。アルツハイマーは記憶をむしばみその人格さえも破壊する。梶警部は妻のアルツハイマー発症以前に息子を急性白血病で亡くしていた。梶が妻を殺すこととなったのもその息子が関係していたと言っていい。息子の命日に墓参りをしたのだが、妻はそれさえも忘れてしまった。息子の墓参りすらしていない、そんな大事な日すら忘れてしまったとわめき散らし、そんな自分はもはや人間ですらないと半狂乱になった。そんな妻の望みを梶はただ叶えてやったのだった。
ただ、取り調べを初めてみると一つの奇妙な点が浮かび上がってきた。妻が死んだのは三日前、そして梶は自首するときに妻の姉に挨拶をしていっている。犯行を行ったあとの二日間がどうにも不明なのだ。梶もそこの部分に関しては口を閉ざし真相を闇に葬り去ろうとする。
梶は一連の事件を通じて六人の人間と関わり合うことになる。梶を取り調べることとなった刑事の志木和正、W県警の捏造した情報に載せられまいと奮闘する検察官の佐瀬銛男、事件の真相を他社と競い合う記者の中尾洋平、梶の妻の姉が雇うことになった私設弁護人の植村学、梶と同じく身内にアルツハイマー患者を抱える裁判官藤林圭吾、梶が行き着いた刑務所の刑務官の古賀誠司。六人が六人とも梶に引かれていく。彼らは等しく謎の二日間の行方を追うのだが・・・。

感想

横山秀夫初読み。本作は映画化もされましたね。本作は二〇〇二年の「このミステリーがすごい!」と「週刊文春ミステリーベスト10」両方で一位を獲得したとか。なお、直木賞ノミネートもされてましたけど落選し酷評されたことで、作者はこの一件で直木賞から決別したそうです。どうやらミステリー全体が軽くみられるのがいやだったみたいですね。
しかしですね、漏れ伝えられてくる情報と内容には相当な差異が有るように私には思えました。どんがらがっしゃんと、積み上げてきた謎にまつわる解きがたい神秘性は音を立てて崩れ去ったのですよ。加えて大音量の不協和音が場を占めたわけです。たった二日間に渡る事実を巡り、何人もの人物が逡巡し決意し意図的に脱落していった物語。しかしてその結論とは?・・・ぶっちゃけ有り得ない。なんだこれは?というのが正直な感想です。直木賞の選考委員の言葉は決して的を外しまくっていたわけではないことを実感として知ってしまいました。作者が直木賞と決別しようが勝手ですが残念ながら順当だったんでしょう。
しかしまぁ、梶が意固地になって口を貝にする必要性が全く理解できませんね。そしてそれを理解してしまう登場人物達にも興ざめ。一体何だったのだろう、あの前フリは。そもそも、脳内で最初の方に切り捨てている選択肢が最終項では流石に落胆もするよ。てか、そんなに軽い答えで延々逡巡してる様がアホらしくなってくる。だって、そんなしょぼい話じゃないとこちらは期待して読んでるのになんでこうなるかなぁ・・・。とても当意即妙とは言い難いね。
こうなってくると梶を巡る人物達が意地になる意味が考えにくいのは当然だろうからねぇ。普通黙秘するならば交換殺人の線とか他の殺人者が居て代わりにやってもらったことの負い目くらいでしょう。
やはり梶を助けようと感情移入する人々の一枚岩の気持ちは理解しがたい。それぞれに問題を抱えながらそれでもなお救いたいというのはそれぞれが希望を託しているからでしょう。人間社会はとかく上手くいかない物だという証左を作者は読者に提示することを至上命題としているように思える前半から最後の章までをラストでマイナスの意味でチャラにしてしまっていると思う。警察の組織防衛、警察の上位組織としての検察のメンツ、しかし捜査をするのは警察で検察は関係の険悪化にも気を使うんですよ。よって取引によるなぁなぁの空気が醸造されてしまうわけです。それを腐敗と断ずるのは酷だと思いますが、理想と現実をすりあわせる作業は必要不可欠で、それを怠ることはやはり怠慢なのです。そしてそれを報道しようとする者は自らの進退がかかっているが上に背に腹を変えられずにルビコン川を越えてしまう。壊れてしまっている家庭の弁護士はすり減らされ続けたプライドと金銭的問題、そして名誉を得ようと一念発起するものの結局はそれを放棄してしまう。一体彼らは何を梶にみたんでしょうか?虚仮の一念?壊れ物を壊す恐怖?それとも既に死人であると?そして何故そんな人物を生かすのか?実際死者に鞭打つようなもんですよ。ためらうぐらいならばもっと単純な方法で還元すればいいじゃないですか。方法に拘りすぎです。というか、実に簡単に達成できるというのに何故それをやらなかったのか非常に不満です。
まるで険しい山を登り山頂にたどり着いたらごく普通に住宅街が広がっているような落胆を覚えました。次はこんなことがないことを祈ります。
40点
単に感動とか泣けるとか言う台詞は明らかに当てはまらないでしょうな。
なお、表題の『半落ち』とは警察用語における「完落ち」すなわち完全自白に対する中途半端な自白を意味します。

参考リンク

半落ち
半落ち
posted with amazlet on 06.01.30
横山 秀夫
講談社 (2002/09)
売り上げランキング: 75,805

半落ち
半落ち
posted with amazlet on 06.01.30
横山 秀夫
講談社 (2005/09)
売り上げランキング: 91

半落ち
半落ち
posted with amazlet on 06.01.30
東映 (2004/07/21)
売り上げランキング: 27,991

ネタバレ

読みたくない人は最新の日記から戻ってください。





















































ようは息子の時に白血病に対抗するための型が合う骨髄が無かったことを悔やんだ梶は骨髄バンクに登録したと。で、空白の二日間を使って骨髄を移植した相手と会っていたわけです。勿論相手には知らせずにね。
白血病に拘るのはわかりますが、誰かの役に立つという見地では臓器移植も視野に入れた方が良かったんじゃないですか。警官だから銃の携帯はしやすいし、自分で病院で自殺することも出来るわけです。そうしたらどれだけの人が幸運に恵まれることか・・・。加えて、嫁もそうすればよかったんです。殺して二日も経たすならば、無理心中を演じればよかったんですよ。そうして世に還元できるわけですから。
骨髄移植に拘りすぎましたね。
衝動的なものだという所から事件を眺めてみれば、精神に変調を来し奇行に走らない梶は既に死人です。死人に最後の意地はあるのでしょうか?私にはそこが大きな疑問なのです。むしろ罪の意識は時間の経過と共に指数関数的に飛躍していくことでしょう。だとしたら彼が望むのは「死」そのものであってそれこそが救いとなりうるんじゃないでしょうか。