冲方丁 マルドゥック・スクランブル(圧縮・燃焼・排気)

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あらすじ

最悪の家庭環境にあった少女は家出をしてティーンハロット(少女売春婦)になった。本名を捨て、ルーン=バロットという偽名を使うようになった。稼ぎは勿論身体を切り売りして手に入れる。都市の最底辺の仕事で糞溜めにいるようだった。彼女はただ自分を愛してくれる者を望んだだけだった。
その望みを叶えてくれるという金持ちがいた。右手と左手に大粒のブルーダイアモンドの指輪をした男は少女にすべてを与えようと約束した。男の名はシェル=セプティノスといった。
少女は言う。
「それは私を愛してるってこと?」
男は満足そうに完璧な質問だという。それこそが重要なのだと、たった一つのルールでそれが手にはいるのだと。
「━━なんで私なの?」
少女は切り返してなおも問う。それに対する男の答えは疑問は持つな、それがルールだ、だった。
少女は男を信じていた。たった一つのルール「与えられた新しい市民登録証の内容に疑問を持たない」についても同様だった。
だが、好奇心が擡げてくるのに長い時間はかからなかった。少女はただ一度、軽い気持ちで確認するだけのつもりだった。少女自身はそれが愛の印なのだと思っていたのだから。
しかしルール違反は簡単にばれてしまい、彼女も男の指に輝くブルーダイアモンドの一つにされそうになる。そう、シェルの指に輝くダイアモンドは次々と殺されていった者達の亡骸から出来ているのだった。
それでも少女は火だるまになりながら生き残った。
この街、マルドゥックシティでは緊急法令マルドゥック・スクランブルという人命救助目的の法があり、その中の09(オーナイン)と呼ばれる緊急法令は戦争目的に開発された隔離されている科学技術の使用を許可していた。少女はそれによって救われたのだ。焼けただれた皮膚は人工のちょっと変わった特性のある物と取り替えられた。ほとんど意識をなくしていたので呼吸で内臓を焼かれることはほとんど避けられたが、それでも声帯は失われた。
少女は岐路に立った。少女を助けてくれた一人*1と一匹*2の有用性を確認するための力となり生き残るか否かという・・・。

感想

冲方丁初読み。ちょっと読み辛い名前ですが「うぶかた・てい」と読みます。本書は第24回日本SF大賞受賞作です。architectさん所で絶賛されていたので読むことにしました。三冊目がようやく手に入ったのでやっと読めましたわ。
本作は妙に英文向きな内容になってますね。ダブルミーニングが日本語じゃなくて英語主体というのは中々無いかと。そこから勘案するに翻訳は易いんじゃないかなぁ。日本語の作品というと文学方向で評価されている物以外はあまり翻訳されていないのが現状ですね。ただ、最近は漫画が翻訳出版されている関係上、その原作となる小説なども徐々にですが翻訳されるようになってきました。ライトノベルが翻訳されて、特殊傾向のSF・ミステリーは翻訳されないというのはやはりネームバリューの問題なんでしょうかね。あとは多分売れるか売れないかという固定客層ってのもアニメ・漫画のライトノベルによるんでしょう。一応知っている中ではミステリの方向で法月綸太郎の作品や桐野夏生の作品が翻訳されてはいますが、寡聞にしてSFの本が輸出された話は聞いたことがないです。その嚆矢と成れればいいんですが。
しっかし、みんなルイス・キャロルがほんとに好きなんですね。これもまたルイス・キャロルの作品からいろいろと取られてます。主にキャラクターのネーミングやら小道具のネーミングがそうです。foolish trash ash cashなどの語尾にshが付く言葉を羅列するのは意味無し韻文詩なんかでよくありますけど、どっかでつかわれた物なのかは不明。多分自分で作ったもんなんだろうけどね。アリスの二作品を知らなくて暇な人はここ不思議の国のアリスとか鏡の国のアリスとか他にも二作品訳されているんで読んでみると佳いかも。アニメや絵本で見たことはあるが、小説は読んだことはないとかいうケースは結構あるもんだしね。まぁ、アリスをネタに使うってのは、主人公が少女であるということの共通点を強調するってのもあるんだろうけどロリコンネタを織り込んでるって考えるのはうがちすぎかな。ガキには興味がないんでわかりかねます。
世界観は中々面白い事になっている。P・K・ディックのどこか荒涼とした矛盾と苦悩をはらんだ世界観に、ハインラインのキャラクター造形、そしてレオンの大人が少女を諭すような雰囲気にギブソンの性急さ。あとはウォシャウスキー兄弟のスタイリッシュ・アクションかな。なんだかとってもワクワクする感じですよね。
※以下ディスりまくりなので読みたい人だけどうぞ。































































でも通して読んでみるとどうにも齟齬としか言えない部分も目立ってきます。まずは「ボイルド強引すぎね?」って所かな。いくらなんでもこいつはちょっとやりすぎというか、法は一体どうなってんだよ!という疑問の第一号。殺し屋や殺人鬼なんかが震え上がるぐらいに簡単にわっしわっし殺していくけど何故か罪に問われない。存在自体が謎すぎる。しかも途中から問題がすり替わってきてるし。クロック・タワーのハサミ男みたいな存在ね。
第二号は「結局何を描きたかったのか不鮮明で曖昧」な点かな。少女が恋をして一人の人間として生き残って、更に相棒を手に入れて人生を謳歌する・・・映画のレオンがハッピーエンディングになるような話を書きたかったのではないかなぁと推測は出来るんですが、どうにものれませんでした。多分これは焦燥と怒りと切羽詰まった感情などの負の疾走感(通称寒気の走る緊迫感)溢れる物ほどの感情的過激さが足らないのではないかと感じました。有り体に言えば狂気が足らんわけです。ただ、なんとなくで物事が進んでいるようで、選択肢そのものがそもそも一本道にしか感じられなかった部分もあります。どうも主人公との相性が悪かったんでしょうね。命がけが命がけには思えなかったのは確かです。唯一よかったシーンはトリガーハッピーおこしてる所だけというんですから、終わってます(私が)。なんかどんどん好みが色物化しているようで大丈夫なのかちょっと心配ですわ。
第三号は「ボイルドのラストが安易すぎない?」って点です。ええ、私はオッサンキャラ大好き人間ですよ。渋めでニヒルなキャラクターには目がないです。その上であえて言いますけど、キャラクター造形が甘くないですか?兵士であることを辞められない強化人間の末路は誰かに死を与えて貰うこと・・・なんてのは勿体ないです。てか、ノワールとかバイオレンス物の典型的末路でお茶を濁すのはちょっとねぇ・・・。美学も何もあったもんじゃない。この際トム&ジェリー状態にすべきですよ!それができないにせよ、ちょっと扱いが悪すぎます。滅びの美学をもっと磨いて欲しいと思ったのでした。
第四号は「カジノ部分長くね?」って点ですね。いやまぁルールも大概の心理状況もわかりますよ。ここに作者が目茶苦茶苦心したって事もね。でもフリとしてボイルドが迫っている!ってのがあるのに暢気にテキサス・ホールデムしたり、ルーレットしたり、ブラック・ジャックしたりというのは気になってしょうがないです。それに正攻法でいく必要性というのも必ずしも無いと思いますし・・・。あと、なんで目的の物を隠している人間がそれに思い至らないのか?というのも謎です。ここの部分はベル・ウィングとアシュレイ・ハーヴェストを書きたいが為にやってるようにも思えるなぁ。
第五号は「能力がどんどんトンデモになってない?」って点かな。バロットが受けた人工の皮膚の代わりをする物質ライタイトは三つの特性を持ってると始めに説明をしています。「皮膚感覚のアクセラレータ」「指向性電子的探知能力」「電子操作」ですが、何故か途中から皮膚が第二の脳の働きを行っている!とか言うことになってしまっています。皮膚の感覚のアクセラレータがなんで脳になるのかは不明。
ま、こんなところですかね。
本作の個人的見所は人体コレクターのカンパニーの五人です。このぶっとびな悪趣味具合は中々無くていいですね、変態で。こりゃ編集が出版ためらうのもわかるわ。こういうノリが継続していたならよかったのに。
全体として妙に淡泊でさっぱりしすぎだと思う。強い思いは込められているけれど、「なんで私を愛してくれるの?」とかいう作品に何度も登場する問いに対する答えは尻すぼみになってる。サバイバルするという明確な感情決定がカジノを経ないと決まらないという煮え切れ無さにもイライラするし・・・。淡泊なのはそう、感情の起伏なのかもしれない。でも、「離人状態を操作できる少女」と「元象牙の塔の研究者」、それに「一応生物だけど道具的存在のネズミ」、「元兵士の眠らない事件屋」・・・そりゃあ盛り上がらないはずだw。なんか納得しちゃったわ。
あとはそうだなぁ。詩的で素敵とか?変に理屈っぽいから読み慣れないと読み辛いかも。でも当る人には当るようなので読んでみても損はないかと。キャラクターの会話のやりとりは結構和むしね。
少女の教養小説って所にピンと来る人は手を出してみるべし。
70点
蛇足:本書と『ガンスリンガーガール』って方向性はそれとなく似てるよね。ただ私の好みだとガンスリの方が合ってそうだ。

*1:オーバーテクノロジーの作り手のドクター・イースター

*2:金色のネズミで様々な物体に変身の出来るウフコック