奥田英朗 サウスバウンド

ASIN:4048736116

あらすじ

上原二郎の父親である上原一郎は二郎が気がついたときには既に家にずっといた。働きにいくという所は一度も見たことがない。家にいて常にずっとゴロゴロしている。偶に警官とか区役所の人だとか公務員の人たちとやり合っている。それが二郎にとっての父親だった。周囲の目を気にしない父は佳いのかもしれないが、二郎はそんな父親がとっても恥ずかしかった。学校の先生にくってかかってみたり、年金の取り立てにも応じようとしない。怒鳴り声は近所に響きまくる。都合が悪くなればすぐにプロレスに興じようとする。どうしようもない駄目人間、それが父だった。
二郎は小学六年生で中野に住んでいた。日々はなんとなく過ぎていったが、中学生の不良に絡まれたのを発端にして暴力に屈する理不尽を学ぶこととなる。幸い色々あって縁を切ることになったのだが、それとは別に南国に越すこととなってしまう。それもこれも父が原因だ。
父はかつての活動の後輩を家にかくまっていた。その後輩が活動の方便に二郎を物で釣るが、作戦は失敗、挙げ句にその人は殺人を犯した上で捕まってしまう。それによって二郎は公安やら左翼やら内ゲバやら革命やらを嫌がおうにも知ることとなる。この事件は上原一家が住む借家の主人にも聞こえることとなり、引っ越しを迫られたのだった。
実は母の親、つまり祖父祖母は金持ちだったという事がふとしたことで発覚したのでそこに居着くことも考えた。だが、親に捨てられるということが恐怖でもあった。
子供だから仕方がない、そう思いこむことで二郎は受け入れることにした。
引っ越し先は沖縄は西表島、本当と比べても田舎だ。しかもかつての入植地の放置されていた家を無理矢理改築した場所に住むというのだからカルチャーショックだ。電気もない、水道もない、下水もない、すべてないないづくしだった。おまけに学校に行かなくていいと父は言う。こんな所で暮らしていけるのだろうか・・・。

感想

奥田英朗六冊目。現在この本は第三回本屋大賞にノミネートされています。ですが、個人的には受賞はないと考えてます。最近『空中ブランコ』で直木賞獲ったことだし・・・、理念的にないでしょう。あまり話題にならなくて、でも売りたい既刊本を受賞させるのが本屋大賞でしょ?同様に東野圭吾の『容疑者Xの献身』も直木賞受賞してるんでないかな。でも最近は本屋大賞のノミネート作も「〜賞ノミネート」的な作品ばかりっぽいから、それなりに話題に上るような作品ばっかりでちょっとつまらないかなぁ。まぁ、大多数の意見となるとそうなっちゃうのは仕方ないんだけど・・・。ま、ここで本屋大賞の話を広げてもしょうがないので辞めておきますわ。今のところノミネート十作のうち二作しか読んでないしね。*1
本書は結局の所、無政府主義者万歳な内容なわけですよ。いやよいやよも好きのうちとばかりに前半を丸々フリに使っているわけです。以下それに対する愚痴。

個人主義をたてにとって活動の正当化を図るあたりはサヨク過激派と何ら変わらないわけで長い道のりを経ての帰着点がこれでは物足りないですな。そういう意味では失望しましたが、どっぷりとはまり込んで未だにその場から動くことも出来ないマスコミと比べればまだマシかなぁ。イデオロギーに汚染されて自縄自縛になっているマスコミの自浄作用の無さは硬直化と紙一重だし、一向に変わる様子もないしね。作者はイデオロギー的にかなり中立地点にいる人物だから、両方を見渡してバランス感覚を働かせた上でこの話を書いているのは既著の『邪魔』なんかを読めば明快ですな。私がそれでも失望したのは現状の硬直したサヨク言論をベースにした話を今更書く必要もないと考えているからです。何故ならそこを原点にして話を書かなくても十分に面白い話を書ける作家であると確信しているからなのですが・・・、ならば何故そこにスポットを当てるのか?うらびれた時代の敗残者を英雄に祭り上げるのか?作中では世論に肯定的とは一概に言えない過去のサヨク活動を自身で一蹴しておきながらやはりそこを基点に拘泥している様は醜いとさえ思います。目的と行為がすり替わっていて単に意固地になっているだけとしか思えないんですよ。
ビルドゥングロマンを書くと言うことは明らかに活動礼賛に傾いてしまいます。どんな存在であれ親は親です。否定から肯定に傾いていくのは想像に難くなく無意味に持ち上げる行為はとてもじゃないけど良いこととは言えません。サヨク活動から離れることのない無政府主義活動は表面上の違いはあれ、セクト毎の違いほどしかありませんし、実に不毛です。とは言え書くこととなった動機は何となくですが理解は出来ます。
実際この様なはた迷惑な化石が未だに存在していることは極たまに報道で伝えられる通り魔的撲殺事件(内ゲバ)が細々と行われている事から確かです。消息報道的に革命戦士の今に興味を持ったのかもしれません。この様な切り口は珍しいですし、当然出版社サイドとしてはそれほど問題視すべき物でもなかったでしょうしね。また、懐古主義的に南国の風土に触れたことが楽園へのあこがれを再認識するに至ったのでしょう。都会と違い、ムラ社会が根付いている開けっぴろげな心地よさに酔ったとしても仕方ないでしょうね。おまけに未だ沖縄はリゾート開発が続いてますし・・・。しかし取り上げ、持ち上げる行為が良い方向に向かうとは考えにくいのです。ミクロな視点では成り立つ共同体も、マクロな視点では成り立っているとは考えづらいのです。この世は決して小さな共同体の群体では有り得ないし、少数で自足できるわけでもないのです。経済活動を否定するのは簡単ですが、それを実現するためには明らかに文化レベルを下げる必要があります。石油にしろ他のエネルギー素材にしろ、日常生活を行うための小道具にしろ、それらを完全に自足することは明らかに無理無謀です。それを得るために貨幣経済社会に寄生をして生きていて自由を謳歌するなど、戯言もいい加減にしろと言いたくなります。第一グローバルなレベルで見て共産主義もあったもんじゃないわけですよ。極小さな共同体レベルならば可能かもしれないけれど、その共同体だって、より大きな共同体に準ずるのは寄生しているという実体からして当たり前のことなんですよ。現状に不満があるからと武力に訴えたり、反社会的行動を取ったりしてもなんにもなりません。それならば社会の仕組みをかえるしかないんですから。
ま、突き詰めると無政府主義者を持ち上げるのは、税金取られすぎだよ、とかの怨嗟なのかもしれないですがね。それでもなくとも役人嫌いってのが作者にはあるようですが・・・。

愚痴終わり。
えーとちょっと奥田さんにしては珍しい本・・・なのかな?どこか『イン・ザ・プール』的な奔放さと明るさを持ちつつ、『邪魔』のような不協和音紛々たるなし崩しにいやな感情がわいてくる陰陽取り合わせた本ですな。疾走感は中々、そして小学生らしさはそこまで変ではない、でも普遍性を持たせようと流行物を取り入れないあたりはあざといわな。まぁ時事ネタは風化するからしょうがないんだろうけどね。きちんと言葉を知らないということを取り入れるのはいろいろな子供視点の小説と分けてますな。まぁ、言葉を知ってる自分に酔えるとか言うことがあるので、こういう事を書かれると当の小学生なんかはイライラしそうですがね。
なーんか、変な誘導に使われそうな節があるからきちんと個人信条を持っている人じゃないと進めにくいね。内容が内容だし。楽園思想なんて実に古臭いものを持ち出してきているあたり、奥田さん疲れてるんじゃないの?とか邪推してみる。いちおう直木賞とってから小説としては初めての本*2だしね。人間らしい暮らし(スローライフ)なんて世俗にまみれないと生きられないと言っている作者自身が無理だとわかっているけれど、妄想として愉しむには問題ないとして書いたんじゃないかな。でも呪縛から逃れられない人間を見てると、戦争を忘れることの出来ない軍人みたいで哀れですね。「我々の戦いは未だ続いているんだ!目指せ世界同時革命!!」みたいな。共産主義は倒れたのに「奴らの共産主義は構造的欠陥があったからだ。我々がやれば完璧になしえる!」とか無意味に自信満々な奴らが、組織の隠れ蓑にNPO法人とか、人権問題組織とか、自然環境保護団体とかを使ってるのを見ると腹立ってきますよ。日本という国に反旗を翻すためだけに外患誘致してみたりアホかと。そんなに日本が嫌いならば日本じゃない他の国に行けばいいだろうに。この本も沖縄に行ってる時点で日和ってるんじゃないかな。キューバに移民でもすればよかったんだよ。そして貧しさを実感する構図ならばまだ理解ができるというもの。
世に名高い三国志の猛将関羽雲長は「書は自分の名前が書ければよい」とか言ったらしいけど、稼ぐことを考えたら学はないと話にならんわけですよ。というか、学はあくまで自分の選択肢を増やす為の方法なわけで、親がそれを閉じるのは理解出来ないですがね。
ま、本書の場合、「学校の修学旅行などの料金には癒着の可能性が結構ある」ことが収穫といえば収穫なのかな。あとはサヨク=ヒモの理論が出来たかと。こんな奴が沢山いるんだろうなぁ・・・、権利を叫び、義務をおろそかにするアホか。
ま、すべて私の偏見ですが。ベースとなる背景、ストーリーはアレですが、やっぱり上手い、流石です。
でもやはり今更階級闘争でもアナーキスト礼賛でもないので、絶滅する恐竜を眺める事を厭わない人だけが読んだ方が無難です。文明社会と衝突する原始人は文明から逃れ、隠遁する話ですから。巻き込まれる人間は溜まったもんじゃないですがね。
70点
正直素材が微妙。父親と反目する息子を描いてくれた方が感情移入できたように思う。革命のタネなんてまかなくていいよ・・・。

参考リンク

サウス・バウンド
サウス・バウンド
posted with amazlet on 06.01.23
奥田 英朗
角川書店 (2005/06/30)
売り上げランキング: 1,302

*1:でもちょっとここに。伊坂は嫌いなのでおいておくとして、町田康西加奈子桂望実重松清島本理生は一冊も読んだことないんで論じることも出来ないんですよねぇ。積読にはあるんですがw。だとするとリリー・フランキー古川日出男ってことになるんですが、どっちも微妙だなぁ。本屋大賞はエンタメ方向じゃないのかな。なんか文学方向に傾かれてもあれだしなぁ。ま、ここでグダグダ言ってもしょうがないので、そのうちまとめて書いた方がいいか

*2:小説じゃなくてエッセイなら『泳いで帰れ』がある。厳密に言うと『泳いで帰れ』連載作品の収録に過ぎないので書き下ろしならば『サウスバウンド』と断言してもいい。ただし二部構成になっており、一部は連載されていた。二部は完全書き下ろしとのこと