浅暮三文 ダブ(エ)ストン街道

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あらすじ

考古学者の吉田健二ことケンは生業の考古学ではジャックポットを引くことが出来なかったけれど、ドイツで一人の女性に出会った。彼女の名はタニアといい、職業はモデルで、職業に相応しい見事に整ったプロポーションの持ち主だった。衒いなく言うならば現代のアフロディテだ。もちろんプロポーションだけじゃなくて笑顔も青空のように素敵だったのは言うまでもない。
二人が出会ったきっかけはケンの特性の一つ「何故かはわからないが迷っている人に道を聞かれる」というもので、ハンブルグに来て一週間しか経っていなかったしまだ道もよくわからないのに三度も道を聞かれたその三回目の相手がタニアだった。思わず笑って対応して状況を告白するとタニアは「私、人に道を聞くのはプロなのよ……」と悪びれずに答えた。ケンは道に迷っている人々からすると「顔にドアが開いているよう」に見えるのだという。
二人はその後も親しく付き合うようになり、月末にはベットを共にするような関係になった。二人はまるで正反対の性格で好みもまた正反対だった。ケンが写実画を好きなようにタニアは抽象画を好み、ケンが芸術映画を見たがればタニアはアクション映画を欲し、タニアが肉をジンと共に流し込めばケンは魚をワインで味わっていた。それでも二人はとてもしっくりとした関係を続けることとなったのだが、初めての夜を共にしたことで初めて彼女持病を知ることとなった。
タニアは酷い夢遊病だった。裸のままベットに横になって、どこをどう行ったのかはわからないがケンはタニアから近所の公園に「毛布を持ってきてくれ」という電話を受けることとなった。彼女は昔からこの持病と付き合ってきており、どんな手段を講じても一向に外に出るという奇癖は直りようもなかった。ドアに鍵をかけようとも、鎖で繋ごうとも彼女は奇術のようにかき消えた。そしてケンは朝起きたら彼女を捜すのが日課となった。その日のうちに戻ってこれることも多かったが、行方不明が長く続いたこともあった。一番長かったのは三週間か。三週間後にドイツから遠く離れたオランダはアムステルダムから連絡があったこともある。どうやって国境を越えたのか、四百キロ以上離れた場所までどうやって行ったのか?それは当のタニアですらよくわからない。それでもケンはタニアと上手くやっていた。しかし、そのタニアが完全に失踪してしまう。
一ヶ月が経ち、二ヶ月が経った。そしてこんな手紙が届いた。

『ケン、私また……、迷っちゃったみたい。今……、ここ……、ダブエストンとかダブストンとか、……っていう人もいるわ。
 早く……けど、ポストが見あたらない……。すれ違った人にこの手紙を頼ん……。
 ……変な人……。なんだかとても長い……を持って……しているのよ、早く助けにきて。愛を込めて、タニア』

染みだらけでくしゃくしゃで、あちこち水に濡れた跡で読めない部分も結構あった。送ってきたのはブラジルに住んでいるらしい名前も知らない人物で、小包として送られてきたのだった。ポルトガル語で送り主が書いたと思われる手紙が同封されており、短い語句でこう書かれていた。
「先日、海岸を散歩していて河口で見つけました。着払いでお送りします。二人が出会えることをお祈りして━━草々」
ダブエストンとかダブストン・・・ケンは世界中を飛び回る渡り鳥考古学者だったから地理にはそれなりに強かったがそれを捜すのに時間がかかった。なにしろほとんどそれらしい文献がないのだ。まるでチーズを切ったときの屑のようにぽろぽろとこぼれるかすかな分量しかその情報はなかった。ヨーロッパ中の図書館を駆けずり回り集め終わった情報は「太平洋の赤道を少し南に行ったところにある」ぐらいのものだった。航路も行く方法もそこにはなかった。唯一そのダブエストンだかダブストンだかを訪れた英国の探検家であるポール・カーライル男爵が著書の『赤道大全』において彼の地について記していたらしいが、当の原稿を自宅の火災時にそのほとんどを消失してしまっていて、残っていたのは始まりのたった六行のみ。それでもケンは望みを捨てなかった。ミクロネシアだか、ポリネシアのあたりを行き来して何とかしてそのダブ(エ)ストンを見つけようと頑張った。地元民のもっとも嫌がる海域に行ったりしてついには船は難破した。
どこをどうやってたどり着いたかはわからない。だが、紛れもなくケンはダブ(エ)ストンへついていた。砂浜から少し歩いたところにこんな看板があったからだ。
『ダブ(エ)ストンにようこそ。ところでダブ(エ)ストンはどっちだ?』
さぁ、後はタニアを捜すだけ!

感想

浅暮三文二冊目。前回読んだ本の『夜聖の少年』がいまいちだったのであまり期待はしていませんでした。それが良い方向に裏切られる快感はたまりませんね!久々に本格ファンタジーを読めましたよ。なお、本書は第八回メフィスト賞を受賞しておりデビュー作です。
いやはや、大変な処女作ですよ。ここまで愉しい本格ファンタジー書ける人材がこの国でどれだけ居るのやらと思わせるほど軽快無比ですな。それにこれが処女作であることも実に驚きですわ。
さてさて、ファンタジーといっても世に溢れるラノベのファンタジーが世を席巻しているため、こういった本格ファンタジーは本当に少なくなりました。何もラノベファンタジーが悪いと言ってるわけじゃあないんですよ。単に消費者の趣味と趣向、そして方向性の問題ですから。ライトノベルで語られる古典的内容というとファンタジー世界では剣と魔法、様々なモンスターに陰謀渦巻くコナン・ザ・グレート的封建中世スタイルの冒険譚や科学の代わりに魔法が発達した世界やらが主な主題ですな。先年映画にもなったロード・オブ・ザ・リング指輪物語)等も古典ですし当然含まれます。一般的にはそれで確かに問題ないわけです。ファンタジー=ドラゴンと魔法が出てくるか否かで判定しても。しかし、それでも、なおも、ファンタジー好きはそういったありきたり以外の物を求めてしまうわけです。ポピュラーな物語の楽しさは十二分に把握してますが、あまりにも同じ内容が続きすぎると胸焼けするのは当然で、変わった味の物を求めたとしても誰を責めることが出来ますか?変わった味の物と言われてもピンと来ないかもしれませんが、例えばプリミティブな世界を舞台とした日常を描いた物であったり、現代なんだけれどちょっと位相がずれている不可思議な話であったりと概略をそれとなく説明できそうな気もしますが、それぞれが全く別の味を出すために一言ではどうにも説明しきれない気もします。そこの妙を口にするのは実に難しい。しかも、かなりの薄味ですから大味な話の方がどうにもインパクトが大きくて面白そうに思われ、捨て置かれる事も多いです。そんな話をなんで読むのかって?それはね、そこにはまだ見もしない独自性が沢山転がっているからですよ。想像力ってのはおかしなもんですぐ側にあったり、誰でも考えつきそうな物でも、かえって着想が難しかったりします。別にリアルさを求めているわけでもないので所謂普通であるということからものすごい勢いでずれていたりしますが、かえってそれが特別であることを再認識させてくれます。
本作はまさに本格ファンタジーでありながら人生まで説いてしまう極上の物語となってますね。「人生は旅であり、常に迷い続けるものだ」という、いつかどこかで聞いたことのある歯の浮いた台詞がそのまま物語になってしまうのだからファンタジーは面白い!それが一つの目的で彩られ、強い熱望まであるのだから波に乗ってあとは愉しむだけですわ。もはや感情移入がどうのというレベルではありませんね。指輪物語のように到達点が明確にない分だけ、読者は作者の煙にまかれることでしょう。
いやーしかしポップでコミカルでとぼけた挿話が唐突に挟み込まれますが、ピアズ・アンソニーの『魔法の国ザンス』シリーズを彷彿とさせますねぇ。馬鹿キャラの王様と追随する執事が良い感じです。動物は喋るし、幽霊も出てくる。郵便屋は命がけの仕事だし、貨幣経済なんてなくて物々交換ですよ?
これぞ読書の喜び再び、という所ですかね。これがメフィスト賞で出されたのも驚きですが、長く絶版の憂き目をみていたのも驚きです。文庫版で出会えてよかった!そう素直に思えますね。ただ、五年も放置かましてたのはいただけない。というよりメフィスト賞で世に出しちゃったもんだからミステリ読みの人たちが食いついて来て「あ、こりゃ駄目だ。ミステリじゃない」となってしまうのはごく自然の構図です。その経緯が実に惜しい。講談社のバカー!でも復刊されたからいいか。この作品の内容と同じくぐるりと彷徨って手元に来た本書ですが、読者も同じように「面白い本ないかー」と彷徨ってるわけです。その近似が微笑ましかったりしますねぇ。
ファンタジーが好きな人には是非呼んで貰いたい一冊です。兎に角オリジナリティの高さは半端じゃないですよ。構図としては『不思議の国のアリス』のような探索譚ですが、この際細かいことはいいっこなしで。こういったファンタジーが世に出てくるから日本のファンタジーも捨てたものじゃないなぁとしみじみ思います。
90点
ああそうそう、なんでダブ(エ)ストンって「エ」にかっこが付いているかっていうと、その場所のことを「ダブストン」と呼んだり、「ダブエストン」とよんだり「ダブェストン」と呼んだりと決して一定じゃないからなんですわ。大体「エ」を除くか除かないかぐらいの違いなんでかっこが付いてるわけですね。一部「ダベーストン」とか「ダベットン」とかあるけど細かいことは気にせずに。
SFは駄目だったけどファンタジーの方向では注目すべき作家として発表作を追っていきたいと思います。
ま、あれです。私みたいな生来の方向音痴が読むべくして読んだ本ですねw。

参考リンク

ダブ(エ)ストン街道
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浅暮 三文
講談社 (2003/10)
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浅暮 三文
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浅暮三文の他のエントリ

夜聖の少年