綾辻行人 人形館の殺人

ASIN:4061853880
ASIN:4061814206

あらすじ

飛龍想一は亡き父の住んでいた本来は実家と呼べる場所に数十年ぶりに帰ってきた。想一は病んでいたので最近まで病院にいたのだが、昨年末に父が亡くなった事や退院許可が出た関係で、今まで住んでいた静岡から離れ、再び京都の地へと戻ってきたのだった。
想一の父である飛龍高洋は彫刻家であった。偏屈な人物であり、また人と交わることはほとんど無かった。例外は想一の母である飛龍美和子ぐらいのものか。しかし、その美和子も若くして亡くなっている。想一は幼い頃に母親美和子を亡くしたことで、母の妹である池尾沙和子とその夫に育てられることになった。元々子の無かった池尾夫妻にとって想一の存在は大きかったようだが、実際には高洋からの養育費も作用していたのだろう。飛龍の家は大層裕福で想一のために十分な送金がなされていた。やがて沙和子の夫が亡くなり、沙和子は一層想一へ対して愛情を注ぐようになった。
京都に移って以来想一は何をするでもなく過ごしていた。想一は父の資産の相続にはほとんど気を使わず、沙和子任せにしていたがさりとて働く必要がなかったのだった。父である高洋は芸術家としての名声と富を持っていたし、元々が資産家なのだった。しいていうならば想一の生業は画家というべきだろうか。父がアトリエとして使っていた土蔵に彼自身籠もり、評価を求めぬ絵画の創作をしていたのだから。
京都の館は実に変わっていた。木造平屋の母屋と洋風建築の二階建ての離れ、そして母屋と繋がっている土蔵。そして父の遺言で動かしてはいけないとされているマネキン達。マネキンは女性をかたどっているが、一様に頭部が無く、またそれぞれどこかの箇所が欠損していた。マネキンを初めて見たときはぎょっとしたものだが現在ではそうでもない。
沙和子と想一は母屋で生活をし、離れの方は学生向けの貸部屋としていた。入居者は管理人の水尻夫妻と想一の又従兄弟にあたる辻井雪人(売れない小説家)、近所の大学に通う倉谷誠、マッサージ師を生業とする木津川伸造の五人だけだったが、まだまだ部屋は空いていた。しかし、父が首を吊って死んでいたことから入居者が来なかったのだ。やがて沙和子は入居者募集を取りやめた。
想一は実家に越してきてしばらくしてから幼馴染みの架場久茂と再会する。それからというもの思い出したくもない過去との邂逅を想一は否応なく味あわなければならなくなるのだった。
一方このシリーズの探偵役の島田潔は飛龍想一と学生時代下宿先が同じでお隣だということもあり、親交があって想一宛に手紙を出したのだったが、郵便受けの下草に手紙が埋もれてなかなか発見されず、登場まで時間がかかるのだった。

感想

綾辻行人四冊目。館シリーズの四作目ですね。
前回前々回が個人的には微妙だったのですが、今回はやや丁寧な作りというか推理物というよりは物語として楽しめる構成になっているため読みやすかったです。トリックについては私が一番始めに推測して打ち消した物を最後に持ってこられたり、推測がくるりと意味無しになったり中々ダイナミックですね。
ただ、何を言ってももうネタバレになってしまうのでいうべき言葉が見つからないのが問題というかなんというか。
今回の館は今までの下界と隔絶された僻地という設定ではなくて、閑静な住宅街の一角にあります。しかも、和風の平屋建てと洋風二階建ての離れというなんともちぐはぐなになっていて、今までの館シリーズとはちょっと変わっていて。今までのものを求めている人は受け付けないんじゃないかな。まぁ、本格寄りの読者の場合はルール違反とする可能性すら有りますしね。
本作は全編通して一人称で貫かれているんですが、やはり一人称での地の文は読みやすいと感じますね。水車館と迷路館が特に下手というわけじゃないんですが、なんか大上段に構えすぎていて張り子の寅っぽいんですよね。本作の作調は本格というよりもミステリー、ミステリーというよりもホラーって具合なんで好き嫌いがはっきり分かれるのもしょうがないかと。
ちなみに、実はこの本はストーリー通りに読めなくもないんですけど、もしかしたら違うのかもしれません。きちんと最後の所一歩手前で疑問が呈されています。プロパビリティの殺人並にぎりぎりですが、そう仕向けた可能性は残ります。隠し要素というか、発刊前に消された伏線でも有ったんでしょう。その部分を更に付け足した方が面白くなりそうなんですけど・・・やりすぎですかね。
ま、書かれた時代を考えれば中々突飛で斬新な本です。現在では結構ありふれている話ですけどね。それでも一冊の本として、物語として読んだときの完成度は高いのでオススメ。
80点

参考リンク

人形館の殺人
人形館の殺人
posted with amazlet on 06.01.15
綾辻 行人
講談社 (1993/05)
売り上げランキング: 80,818

人形館の殺人
人形館の殺人
posted with amazlet on 06.01.15
綾辻 行人
講談社 (1989/04)
売り上げランキング: 200,113
おすすめ度の平均: 5
5 衝撃的な本格推理小説

ネタバレ

ちょっとしたメモ










































この作品は館シリーズであって、館シリーズではない異色の作品です。何故ならば「人形館」とされる館は館シリーズ館シリーズたらしめている中村青司の手によるものではないからです。
また、当時としては珍しく犯人・主人公・探偵の三役を一人でこなすなど精神的な部分に光を当てています。主人公は病院から退院しますが、この病院というのは一般病棟ではなく精神科とか心療内科とか呼ばれる類のものであったようです。故に贖罪の意識に駆られて主人公を殺そうとする人格、主人公の人格、島田を演じる人格の三つが登場したりします。
正直「暗がり」とかのミスリードポイントからてっきりあん摩が犯人だと思ってたんですよねぇ。視力が失われると言っても色々あるんですよ。完全に光りを感じ取れなくなる人はほぼ稀で、ケースバイケースですが緑内障の視覚が欠けるパターンとかも有り得ないわけじゃないですからね。有る特定方向の極一部だけを見ることが出来る、そんな障害を持ってる人も実際に世の中には居るわけですから。それに地の文には「目が不自由」とは書かれているが、けっして「全盲」だとは書かれていないわけですからねぇ。
それに、「もしかしたら目が見えるのでは?」という疑問に決着をつける方法が何とも中途半端。必ず答えが出る類の設問じゃないのは明かですからねぇ・・・。
もう一点。主人公の幼馴染みである架場久茂にも疑問があります。彼は最後に呪縛を解くわけですが、この呪縛が必ずしも真実である必要性は無いんですよね。つまり、想一の一人格である「贖罪を、そして自己の死を願う」人格が石を置いてみたり、母親を殺してみたり、郵便ポストにガラスを入れたりというのは確かにあり得る話ですが、もう一方で、兄を殺されている久茂は想一の話から連想するはずなんですよ、兄の死を。もしここで兄の死を知っていたのならば、復讐という手段を用いていてもおかしくはないかと。ただ、「久茂の兄を殺した」という事柄が事実でない可能性もあるので断定は出来ないんですよ。それでも、兄が死んでいたならば、列車事故と絡んで記憶にまとわりついている可能性は否定できないかと。つまり、全部ではないが極一部に久茂が関わっている可能性も否定できないわけですよ。何故ならば犯人が自分でしたことの説明が出来ないほど精神があやふやだからです。
二重の意味で解釈できるちょっとそそられる話でした。