高田崇史 QED 百人一首の呪

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あらすじ

その日棚旗奈々は同僚の代わりに薬剤師の勉強会という名の飲み会に行かなければならなくなったのだが、お目当ての人物と体よく抜ける事にした。お目当ての人物とは桑原崇という奈々の一つ上の大学の先輩のことだ。名前と所属サークルが相まって学生時代はタタルと呼ばれていた変人なのだが最近は全く会っていなかった。二人は河岸を変えて飲み直すことにするのだが、タタルには更に待ち人があるのだという。タタルの大学時代の同級生の小松崎良平、あだ名はその巨体から熊つ崎と呼ばれていた人物だ。奈々は熊つ崎のことは軽く知っている程度で付き合いといえるものは特にない。
二人が談笑している途中で登場した熊つ崎が持ち出した話は唐突であったが少し興味をそそるものだった。
熊つ崎が話し始めたのは今年初めに起きた真榊大陸という貿易会社社長が殺された事件であった。事件から既に十ヶ月以上経過しているが、未だ解決をみていないのだという。奈々は一時期マスコミを賑わした事件を覚えていたが、消息が途絶えたためにてっきり解決したものだと思いこんでいた。何故こんな話になったかというと、熊つ崎の叔父は警視庁捜査一課の警部をしており、その事件の担当だかららしい。熊つ崎自身も現在はマスコミに身を置いている。更に詳しく話を聞いてみると、容疑者は大陸の四人の息子と娘、大陸の秘書二人、そして家政婦の六人に絞られたらしい。しかもうち一人、長女が犯行の自白まで行ったのだが、長女の玉美は精神的に不安定でとても殺人を犯すとは思いにくく、更にアリバイまで有るものだから話が実にややこしい。しかも事件の被害者は百人一首の愛好家で大金をつぎ込んで作らせた著名な百人一首の複製の札をダイイングメッセージとして用いていたのだという。何故ダイイングメッセージだといえるのかというと、そこには合計五枚の読み札が有った上で一枚だけ手に握りしめていたからである。被害者は晩酌をしながらそのように札を眺める習慣があったという。その札は読み札でこう書かれていた。
『白露に風の吹きしく秋の野は』
取り札があったならば、下の句はこう続くはずだった
『つらぬきとめぬ玉ぞ散りける』
だが、その和歌はダイイングメッセージとしては失格といえた。なにしろ容疑者凡てを指し示すかのようなものだったからだ。
熊つ崎はタタルが百人一首に詳しいことを知っていたので、ダイイングメッセージを解いて貰おうと思っていたらしい。事件を巡る話を肴に夜は更けていき、三人は否応なく事件と百人一首の謎を追うことになる。

感想

高田崇史初読み。まだまだ続くよメフィスト賞がらみはどこまでも・・・ということで本作は第9回メフィスト賞受賞しております。
いやーこまった。私は京極ナイズな蘊蓄小説は好きですよ。更に古典には興味があります*1。加えて美術方面な蘊蓄とかも同様です。しかしながら、本書のキモは和歌、百人一首なわけです。しかも百人一首の暗号を解読しつつ、殺人事件の謎も解決するという離れ業を行う話でもあります。
殺人事件の解決の方に関してはいうべき所は特にないでしょう。トリックも鮮やかというよりはなんでばれなかったんだろう?と不思議に思うような内容です。警察は容疑者の病歴すら調べない無能ぶりはさすがにないでしょう・・・。まぁ一応伏線は張ってあるので良いとしても、問題はもう一方の百人一首がらみの方ですね。
百人一首には謎がある・・・ということで、沢山の句の関連性について滔々と述べられてますが、正直実に冗長。そりゃあ基本5・7・5・7・7の31音からなる和歌が100個も羅列され、更には小倉百人一首とは違うもう一つの百人一首である百人秀歌の方まで出てきて配列がどうのとやられた日には流石にだれます。パズルマニアならば嬉々として読めるんでしょうけど、事前に必要な教養レベルが私にはちょっと高すぎましたわ。それぞれの短歌をパッと読んで表層の情景とそこに隠される形で含まれる内層の意味合いを、加えてそれを詠んだ人物についての背景まで熟知しているならば兎も角、そうでない場合はいちいちそれぞれを調べ引きながらでなければ到底読むのは困難でしょうね。一応作中では極力噛み砕いて説明することに腐心しているようでしたが、それでもなお単独で読み進むには厳しいと思われました。
世に出ている感想に目を通してみたところ、作中で語られる暗号のネタは織田正吉という百人一首暗号研究者の『絢爛たる暗号―百人一首の謎を解く』という著作のほとんど引き写しとの話も出てきました。どうやら配列について織田氏が書いていなかったのでそこを補完した、とのようですが、その配列にも「強引だ」との指摘もあるようです。
ミステリという体ではなく、研究書という形で世に出た方がベストだったのかもしれません。ただ、研究書とミステリーでは取っつきやすさ、そして御新規さんが見込める量も半端無く違うわけですよ。その代償として情報量の劣化が起きてるのも仕方ないことでしょうね。出来るだけ誰でもわかる話を書くことを推し進めていけば専門性の高い部分は削らなければならないのですから。故にどうにも消化不良な感は否めないかと。それに個人的には暗号ネタよりも百人一首歌人達にまつわるトリビアの方が面白く感じましたしねぇ。
今回はネタが悪かったと諦めることにします。著者は蘊蓄系小説をほかにも書いているのでそっちに希望を託すことにしますわ。このシリーズの三作目にあたる『ベイカー街の問題』はホームズネタらしいので期待。私は別にシャーロキアンでもなんでもないんですがねw
百人一首は私にとって壮大すぎました。
55点
蛇足:文庫版についてくる西澤保彦の巻末解説が苦渋に満ちていて実によい。

参考リンク

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*1:理解できるか否かに関わらずね