真梨幸子 孤虫症

ASIN:406212811X

あらすじ

私生児の娘として生を受けた長谷部麻美はその忌まわしく付きまとう貧困から見事に抜け出すことに成功した。そして現在は夫と娘のなに不自由が無い生活を営んで居るのだった。
だが、彼女は浮気性の淫奔な母の血をもてあましていた。かつてはセックスをすることに機械的な義務感が有るだけで何とも思わなかったものだが、現在では夫との関係は没交渉になっている。しなくなって三年が既に経過しているこの頃になって自分の血を意識せざるを得なくなっていた。
麻美には妹の奈未がいるのだが、結婚を契機に住んでいた部屋を出るはずだったのだが、麻美はそれについて一つの考えがあった。名義はそのままでセーフハウスとして麻美が使うということだ。麻美は現在住んでいる『スカイヘブンT』というマンションから少し歩いたところにある駅前の自然食レストランでパートをしている。マンション住人が経営しているのでなかなかに融通が利くし、小学校六年生の娘の子育ての手が空いた時間を埋める「暇つぶし」の一端でも有ったのだが、融通が利く金が手元に残るようになったのは確かだった。その用途がその時明確に決まったのだった。
以来麻美はその部屋で「タクヤ」と「マサト」と「ミノル」という三人の男と関係を持つようになる。三人は麻美が掲示板で釣った男達で、それぞれの存在を教えて有ったので単にセックスフレンドである以上の関係にはならなかった。
日常は常に坦々と過ぎるはずだった。だが、ミノルからケジラミを貰って以来恐怖は広まっていく・・・劇的に。

感想

真梨幸子初読み。案の定メフィスト賞がらみです。本作は第32回メフィスト賞受賞作であります。
一章を読み終わって二章目に入り少し感じたのは「ああやはり、ならばそして」って感覚でしょうか。一章で唐突に挿入される子供時代がなんとも違和感ばりばりなんですよね。そして三章に入りストーリーが急展開して読了するに至って、やっぱりこうなるのねと思わずにはおれませんでした。でもほとんど関係ない人物と目されて居たのに、唐突に本筋に絡んでくるとかいい感じの伏線ですね。
本作はミステリーの手法を使ったホラーでした。タイトルに虫とついているだけになにか関連が想起されるかもしれません。ちなみに虫に関する有る分野の知識があるとその悪夢のような展開が読めますが、それさえも結末においては単なる一要素でしかないと後に気付かされます。
全体としては醜悪でもあるが読者を乗せる筆致とエンターテイメント性では楽しめる一冊として勧められる本といえるでしょう。しかしどうにも女性の書く話にしばしば違和感を憶える私としては引っかかる部分が無いでもないですが極個人的な些細な部分なので気にするにはあたらないと思います。ちょっと詳しく書いておくと「女性が家庭を崩壊させる方向に動く」事にカタルシスを簡単に感じちゃうんですわ。なので不安がかき立てられるのと不実な行為に対する男性原理的な感情の情動が起こってしまうという単純極まる脳内作用が起こるわけです。そこからどうにも忌避したくなっちゃうんですよね、女性作家の破綻を描く文章を。こりゃあ性差が生み出す幻想と言える部分なのでしょう。おっぱい占いで言うところの「夢からサメナサーイ」って部分じゃかと。なので気にしてもはじまらないですわ。
ま、男にしろ女にしろ建前と本音は常にあるものだし、異性の薄暗いところにショックを受けるのも大概にしておけって話ですな。
文章について醜悪と言いましたが、なんとも言えない気持ち悪さが漂っています。これがこの作者のいつもの味とはちょっと言えないけれど、ギスギスした関係や爛れた関係、這い寄る恐怖感を実に巧みに表していると思います。構成も中々しっかりしていていいですね。素直にエンタメとして愉しむ分には問題ないでしょう。
85点
サイエンスホラーの分野をかける人と言うことで要チェック〜。
二三点について明言しちゃうとこの本の良さがズタボロになっちゃうのでこっちでは明言して語れないのが痛い。

参考リンク

孤虫症
孤虫症
posted with amazlet on 05.12.24
真梨 幸子
講談社 (2005/04/01)
売り上げランキング: 64,616

ネタバレ

特に益になる情報無し































































えっと本書の『孤虫症』とは寄生虫の事です。日本では寄生虫というと、ギョウ虫やサナダムシあたりが想起されるぐらいなもんでしょう。あと特殊な例としてはエロゲに出てくるファンタジーエロスとしての存在ぐらいでしょうか。でもリアルに非常に恐ろしい寄生虫も居ます。ただ、日本ではエキノコックスアニサキスぐらいが知られているぐらいで、ほとんどの家の衛生が徹底した関係で寄生虫と言われるもののほとんどに感染しなくなっています。とはいえ、最近は寄生虫を媒介する生物を生食することなどによって少しずつ増えているのだとか。それでも本当に恐ろしいものは少ないと思われます。確かにエキノコックスは感染すると肝炎から癌化したりする非常に恐ろしい点が有りますが、それよりも見た目におぞましい事になるというわけではないんですよね。
寄生虫と言われると日本人の場合は臓腑、それも消化器官に居着くものを想像します。しかし、実際には人体のどこかに存在すればそれを寄生虫と言うわけです。当たり前の話ですがね。例えば赤道に近い場所に行けばウマバエというハエなんかがいたりします。こいつは人間の身体に卵を植え付けて産まれた幼虫は体内から肉を食い破って出てきます。もちろん出てくる痕は醜く引きちぎられて治癒した後も痕が残ります。他にもひふと筋肉の層の間で活動する虫の一種やら、脳に入り込むもの、眼球に向かうものなど実に多様な寄生虫がいます。幸いなことに日本の場合、致命的な寄生虫は比較的少ないのと衛生概念が発達しているので大規模な感染というのは少なくなっています。でも、その為に免疫力低下が起こっているというのも事実です。
本作に登場する寄生虫のモデルは数ある寄生虫の中でも実際に日本で起こった現実に実在するものである芽殖孤虫症というのは少し寄生虫を知っている人ならばまずはじめに浮かぶのではないでしょうかね。何しろ感染ルートが謎で治療方法が確立されていない寄生虫で非常にセンセーションな存在ですから。それに『孤虫症』と題名がついているだけにそっちに行かずともマンソン孤虫症とも連想できます。なお、芽殖孤虫症は日本での発生が六件、海外での発生が八件と世界各地で起こっており、僅か十四例しか前例がなく、また感染者の共通点がほとんど0であることから治療すること自体が難しいのです。また、体内で蠢く虫は縦横無尽に動き、骨さえも無視して増殖していきます。今のところ類似点からマンソン孤虫症の実体であるマンソン裂頭条虫が芽殖孤虫症の元なのだろうと推測されています。遺伝子を検査したところ何らかのウイルス感染が認められたものの、相互の相違はその点ぐらいなもので、成虫にならずに分芽増殖をする基本的なメカニズムは未だ謎のままです。
まとめると治療方法が現在無く感染したら死亡する奇病であるって所ですかね。これはホラーに持ち込むには格好の材料ですが、生かすための方法が実に難しい素材でもありました。単にこれを使うだけの殺人事件を取り扱った話を書くよりもホラーとして恐怖を煽った点は効果十分でしょう。それに彩りを加えたのはミステリの手法です。最近多いらしい「メタミステリ」(作中作)って奴ですね。
そこから更に捻る形になっているので実に物語りが変化に富んで面白く仕上がっています。ただ難点を言うならば、メタだというネタばらしを行った後の収集の付け方でしょうか。メタな部分を三章のラスト直前でばらし、ラストの〆ではあくまで経過報告という形での日時の特定と状況の遷移が記された報告書となっています。これはこれで一つの形式としては有りなんでしょうが、私はどうしてもこの先が読みたい・・・。単なるわがままですがw。だって、死んだと思われていた奈未が生きていて監禁されていたとか、大量感染と蔓延の報告とかカタストロフの予感で終了するには勿体ないですもの。まぁ、得体の知れない病に感染してそれを治療できてはい終了という『アウトブレイク』的な大味な話になられちゃまずいですがね。