霧舎巧 ドッペルゲンガー宮

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あらすじ

大学生活を謳歌するため、勉強だけじゃなくサークルに入ろうと思った二本松翔は趣味の合いそうな推理小説研究会の顧問の部屋を訪ねる事にした。あいにく説明を聞き逃したためにわざわざ出向くことにしたのだが、その途中で変な扉を発見する。それは<あかずの扉>と書かれた白い板が貼り付けられている扉だった。<あかずの扉>をラベリングしておくとは実に奇妙だ。がぜん興味を持った翔はその扉を開けてみようとするのだが、別にあかずの扉ではなかったらしい。ドアノブはすっぽり抜けてしまって空洞になった穴の向こう側から人の手がにょっきり生えてきた。実はこの扉の白い板には但し書きが付くのだ、<研究会>と。中に入る事になったきっかけは単なる好奇心だったのだが、僥倖なのか不幸なのか、目指すサークルの顧問は既に死んでいる旨をカケルは知らされる。おまけに研究会そのものが空中分解したという。だが、扉を開けたのは失敗ではなかった。ミステリや推理小説に関するサークルは全くなかったのだが、ただ一つあったのだ、「あかずの扉研究会」が。こうして翔は幸運にもあかずの扉研究会の一員になった。
翌日、研究会の方へ唐突に依頼人がやってきた。どうも直情径行の気がある由井広美が先走ったらしい。当サークルには幸い名探偵鳴海雄一郎がいたため本来受けないはずの依頼を受けることになった。「あかずの扉研究会」はフレキシブルなのだ。
依頼人の名は遠峯幸彦、純徳女学院高等学校で国語の教諭をしている人物だ。彼は訥々と事件の概要を語り出した。
事件は順徳女学院という学校の生徒が深く関わっており、なんと昨年から引き続いている話なのだった。渦中の人物は氷室京香という生徒である。涼香は昨年以来失踪しているというのがすべての発端なのだが、実にややこしいことになっている。涼香が失踪するきっかけは実家へ帰省であった。ただ、順徳女学院は全寮制の女子校で失踪した日は普通に授業があったので学内で問題になったのだった。遠峯教諭はほうぼうを探し回り最後に涼香の実家である場所へ向かった。学校から遠いためにもう遅い時間になっていた。そこで知らされたのは、涼香の祖父である氷室涼侃という人物が主催する同人サークル≪隣の部屋≫の集いだった。≪隣の部屋≫はプロの作家も参加するような同人で、マニアでは有名な存在らしい。涼香はその集いの手伝いをするためにわざわざ帰省したというわけらしかった。ただ、今日を過ごし終われば土日を挟むことになるため、月曜にはきちんと学校に出るよう言い置くに留まった。何でも佳いから作文を書くように言ったのは軽いお灸ぐらいの物だった。時間が遅かったために、遠峯教諭はその夜を氷室邸で過ごすことになった。
翌日遠峯教諭は学校に出向く必要があったため早朝にもかかわらず帰ることにした。しかし、ドアをでてすぐの所で一枚の紙を発見し、すぐ邸内に戻ることになった。紙には「たすけて」と稚拙な字で切実に書かれていたのだから。しかし、遠峯教諭にもはやる気持ちがあったようだ。早く学校へ向かおうと思うあまり、その紙のことは応接間でくつろいでいた≪隣の部屋≫の人物に流侃に紙を渡すよう言いおくに留まった。
それから二日後、それでも涼香は一向に学校へは戻ってこなかった。遠峯教諭が直接氷室邸に出向いて話をしてみたものの、「紙の事は知らないし、涼香は学校に行きたくないといっている。これ以上騒ぐようならお前をクビにしてやる」とけんもほろろ。涼香には確かに軽度のイジメが行われていたらしい節も有ったので遠峯教諭は引っかかり続けた。あの紙は監禁されている涼香が外部の人間にそれを知らせるSOSであったのではないか・・・。だが、遠峯教諭には証拠も何も紙は渡してきてしまっているのでどうしようもない。通報することすら出来ないいらだちが一年続いた。
そんな状況が一変したのは三日前の事。あの日確かに見た「たすけて」と書かれた紙のコピーが彼の元に届いたのだった。封筒には同封されていた紙が他に二枚。そこにはワープロで書いたとおぼしき文章が書かれていた。


一枚目
『来る四月十七日から十九日までの三日間、今年も当≪流氷館≫にて一大推理イベント開催いたします(優勝賞金百万円)。ゴールデンウィーク前のお忙しい時期とは存じますが、昨年同様のご参加を心よりお待ちしております。尚、今年は昨年の参加メンバーだけに招待状をお送りしております。同封しました用紙が最初の手がかりになります。』
二枚目
『前略 同封の招待状をお読みいただけたでしょうか。いきなりの不躾な手紙をお許しください。ですが、もし当日ご来訪いただければ、昨年来、休校中の我が孫娘・氷室涼香との再会をお約束いたします。
 教師というご職業柄、平日の欠勤は難しいこととは存じますが、初日だけでも、涼香のためにもお越しいただけることを信じております   草々』

遠峯教諭はこれから涼香に会いに行くという。多分流氷館には何かしらの秘密の部屋があり、未だに涼香は監禁されていると考えているらしい。研究会の会長である後動悟は鳴海を遠峯に付けることにした。他のメンバーは何かあったときのためにバックアップにまわる事になった。当然カケルもだ。
事件は始まろうとしていた。

感想

霧舎巧初読み。この作品がデビュー作で第十二回メフィスト賞受賞作です。未読のメフィスト賞受賞作家の本を読んでいってみようかなぁとか思ったのでその端緒にこれを選んでみました。
さて、この作者の特筆すべき所は恐らくキャラクター造形を漫画チックにしようとしている点かな。有り体に言えばラノベ的な方向へ持って行こうとしているようなんだけど、まだまだ勉強不足らしく「これはこういうものなんだ」と思わせる説得力に欠けるのが玉に瑕。いきなり初対面のツンデレ娘を出して恋愛路線に持って行くとかいうのはご都合主義というか、流石にいくら何でもそんな不自然な話は普通受け付けないと思うw。とは言え、キャラクターのメリハリは付いているのでただゲームボード盤に鎮座する駒の様に名前・性別・職業と年齢というロールがあるだけという本格特有の物語性の欠如は免れていると思う*1。大抵の推理物の場合、主目的はあくまでトリックの解法であって、犯人が何故その犯行に及んだのか?とかの背景は捨て置かれる事がしばしばです。本書もその傾向は免れないが、かといってトリック主眼の部分だけに留まらずきちんと脇役を描こうとしているのは評価すべき点だと思う。
そりゃあトリックと犯人が分かればいいっていう本格偏重の人ならば物語る部分ってのは贅肉同然なんだろうけど、そういう遊びに相当する部分がなければつまらないと思うんだ。とはいえ、もっと洗練して欲しいなと言うのは本音でもある。ま、もう六年も前の本でもあるし、現在では作者もかなり変わってそうではあるがね。
ミステリとしては館物で大型物理トリックを用いた古式ゆかしい話ですな。おまけに外界との連絡手段は電池の残り少ない携帯電話だけで閉じこめられた人々は様々な手段で殺されると・・・。主人公(ワトソン役)が現場にいないため激しく緊張感に欠けるのは仕方ないか。『そして誰もいなくなった』をモデルに現代アレンジを加えているというのは読めばわかる話だけれども、『そして誰もいなくなった』より動機面が自然でよかった。ただ、解法の部分が随分細かいので正直山場が冗長に感じたのも確か。詳細なのも性分なんだろうけど、勢いとテンポを考えた方が佳いんだろうなぁ。トリックが大がかりでトリッキーで佳いのに副次的になっちゃうんだよねぇ。
ミステリ的蘊蓄は中々面白かったので、今後に期待。
70点
リーダビリティは元々高いので結構好きかも。ただ、託宣はありなのかなぁ・・・。
クリスティの『そして誰もいなくなった』とクイーンの『Xの悲劇』は読んでおいて損はないかと。既読の方が楽しめるでしょうね。

参考リンク

ドッペルゲンガー宮―あかずの『扉』研究会流氷館へ
霧舎 巧
講談社 (1999/07)
売り上げランキング: 207,330

ドッペルゲンガー宮―“あかずの扉”研究会流氷館へ
霧舎 巧
講談社 (2003/06)
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*1:私は新本格と本格の本質的な違いはないと思っているので、ことさらに本書が新本格だとは思ってません