小川洋子 貴婦人Aの蘇生

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あらすじ

主人公の私は女子大生。あと一年で卒業と言うころに伯父と父を相次いで亡くす。伯父は兎も角、父が亡くなったことで経済的支柱が無くなった家族は二つに分かれた。主人公は伯母と暮らし、母と弟は母の実家へ。伯母は伯父と結婚した当時から既に老いていて子供もなかったので、伯父が死んでから病院にいた。それを引き取り屋敷へと向かったが、実に壮観たる気味の悪い洋館だった。結婚式の時に一度来ていたので予想はついたのだが、あの頃に輪をかけて動物の死骸が増えている。一般的には剥製と呼ばれる置物が屋敷中の至る所に鎮座していた。ベンガルトラの敷物だったり、チスイコウモリの鍋置きだったりシカの壁掛けだったりしたが、その数はあまりにも膨大すぎた。そこで主人公は勝手に有る程度をレンタル倉庫へ運んだのだが、伯母は気付く様子もなかった。
伯母の一日は単調だ。伯父の剥製のコレクションに一つ一つ「A」という文字の刺繍をする。あとは本を読むか食事を摂るか、そんなものだ。偶に外出するが、何処に行くとかそう言う話は聞いたこともないし、重そうな鞄を預からせてくれたこともない。伯母の小さな秘密だが、詳しく聞こうという気もしなかった。
伯父は姪の主人公からして破天荒な人物だったようだ。人生これ放浪というような山っ気旺盛な人物だったが、十年ほど前に腰を落ち着ける気になった。伯母と結婚することになったのも伯父がビニール製造工場を初めてすぐだった。最初すぐに潰れるという予測を立てた人もいたが、結局そこそこ繁盛した。だが、伯父が死んで人手に渡った後で財産計算をしてみると残されたのは伯母が細々と暮らしていける程度の額だけだった。
ある日伯母の元へ客が来る。フリーライターの小原という男だったが、剥製蒐集家でもあった。用件は案の定「剥製を売って欲しい」と言うような内容だったが、当然それは承服されずに伯母と小原の会話は一つの可能性へと結ばれてしまった。「A」の刺繍を続ける伯母はロマノフ王家の生き残り自称アナスタシア皇女だという。確かに伯母は亡命ロシア人らしいが・・・。

感想

小川洋子初読み。『博士の愛した数式』が面白いらしいので読もうと決意したものの、まわってくるのに時間がかかっているので同じ作者の他の本に目を向けることにしたのですよ。
しかしなんとも気が滅入る話を書く人物なんだなぁというのが第一印象ですね。幻想文学な感じをまとっていて私小説タッチで奇妙な人物を出すのが味わいらしい。強迫観念症の青年を出してみたり、虚言症としか思えない老婆を出してみたり・・・。登場人物達のハートウォーミングな話というよりは墓穴の中に持って行きたいような話だけをことさら集めているように思う。特に小原の存在は不協和音や不安感を煽るには十分だ。展開が遅いのもその一助になっている。楽しさというよりは哀れみを催す類の話ではあるが、その哀れみにはどこか吐き気が混じっているように思う。鬱方向文学にありがちな違和感というか気持ちの悪さを強調している。どことなくホラー小説を読んでいるような感覚に近いものがあるかもしれない。このあたりは別に好みの問題でしょうね。喜や楽の方向を望む人がいれば哀を望む人もいるわけですから。
でも一言で言って「だから何?」っていう事で、特にテーマが感じられないなぁってのが問題かと。まさか「その人のやりたいようにやらせればいい、強制してはならない」みたいなことを言いたいわけじゃないでしょうしねぇ。
共に生活することで得られたのは生活の場所と思い出。残ったのはいつか風化するかもしれない思い出だけ。うら寂しい話ですなぁ。
ま、アナスタシア皇女かどうか?ってのは話にならないですわ。M資金ネタやら信長は実は生きていたネタとか秀頼は生きていたネタ並の話。物語の一ガジェットに留まらず話を膨らませてくれれば面白くなったんでしょうが、どちらとも断定せずに正否を判ずることが出来なくなってしまったわけですからどうにも微妙。とはいえもっと問題なのは多分これが話の根幹なのに詳細が空洞な点でしょうかね。
合う合わないで言うならばどうにも合わない作家なのだと思うのだが、テーマ如何によっては面白い話を書きそうではある。ただ、どうにも世界観がセピア色の哀調帯びたものになっている気がする為、色鮮やかには感じられないなぁ。カナリア色のマニキュアの話とか出てくるけどね。
60点
明るい話って書かない人なのかな。光より影を好む人みたいだから書かなそうだけど。まぁ、この本だけで断じるには無理があるわな。

参考リンク

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