ジーン・ウルフ ケルベロス 第五の首

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あらすじ

人類は沢山の人の住める惑星に移民し始めていた。移民先の一つに遠く離れた双子惑星セント・アンヌとセント・クロアがあった。セントアンヌには先住民族アボが居て、フランス系移民がその土地の主となった。後に戦争が起こりフランス系移民の子孫達は権力の座から追われていく。
そんな世界観の中で語られるお話

娼館の主を父に持つ息子が記した犯罪を犯すに至った経緯を綴った内容。
語り部は息子だが、その名は出てこない。なお彼には弟がいる。
どうやら父と主人公はクローンで息子は五番目らしい。

  • 『ある物語』

アボと後に呼ばれることになる先住民族の二人の兄弟の話。
地球からの移民より昔のことのようだが二種類人型生物が居るようで、「影の子」と呼ばれる存在が地球人に思えてならないが、そうも言い切れない。
主人公となるアボの<砂歩き>のジョンは十三歳で、しばしば変わった夢を見るようになっていたので母親と長老はその意味を聞きに呪い師のところに<砂歩き>を向かわせるところから話は始まる。

  • V・R・T

ケルベロス第五の首で登場したマシュー博士が投獄されて、スパイ容疑をかけられている状況で記された獄中手記や投獄以前に撮られたテープ、尋問時に撮られたテープからマシュー博士のその後の身の振り方をとある士官が勘案する話。
話はそれぞれ断片的でコラージュされている。

感想

ジーン・ウルフ初読み。で、疲れた・・・。
だって沢山ネタを振りまくってるわりに一度で噛み砕くには根拠薄弱で、あまりにも曖昧模糊としすぎてる。持ち味が繊細な描写と訥々としている割に幻想味をふんだんに持ち得ているのだけど、主題がはっきりしなくて誰かにそうと言って貰わなければそれ自体どうでも佳いと思うぐらいに読書の楽しみというかリズムを奪いまくってる本なんじゃないかなぁ。
確かにこの本が話題になったというのは分からなくもないんだけど、私の場合はこの沢山の謎の提示には食指が動く事はなかった。何故ならば、煎じ詰めれば「だからどうした」で結末を迎える未了の話としか思えないからだ。ただ、世の本の謎が必ずしもそれで済んでしまう本ばかりでもないので、好みの問題だろう。
ウルフは70年代最高のSF作家であり、ファンタジーの世界でも巨匠、されど名文家で知的であるので翻訳が難しいとか。
ま、名文家とされる人の文章を読んでもほとんど面白いとかそう言うもんじゃないですからねぇ。例えば日本語で韻を踏んでいる文章を英語に訳すなんてほぼ無理ですから。俳句が良い例ですかねぇ。日本語では五・七・五で季語入れるって形ですが、HAIKUになると短い文章で詩を作れってかなり乱暴なことになりますし、それに知的であるっていう作家の場合は文化圏の違うキリスト教圏の常識が結構入ってきます。キリスト教圏の人間にしたら仏陀の話は多少分かっても胎蔵界金剛界曼荼羅の話やら、不動明王がどうのと言ったところでキリスト教に全く興味のない日本人がヤコブとペテロがどうのこうのって言われてるのに近いわけで、常識の分水嶺を渡らなきゃいけないわけですわ。SFの場合多くはそういった宗教・文化から離れ気味なところに位置する場合が多いので読みやすかったりするんですが、言葉遊びとかの方向へ行ってしまうと原文読むしかないわなぁ。ただ、本作はそう言った言葉遊び、レトリック、韻文はほぼ0なので佳いんだけど、地の文の表現力が捻れちゃってますな。「さぁ謎は沢山書いたし、ヒントも出したから解いてくれ」と読者に渡されてはいる物の、とてもじゃないけどいっぺん読んだぐらいじゃ屁の訳にもたちゃしない。スタートラインに立てたとすら思えない。するめのように辛抱強く何度も何度も研究に研究を重ねて味わい尽くす、ビブリオマニアな一冊ですな。
でも私はこの一冊だけを読み続けるわけにもいかないし、正直面白いとは思わなかった。
SFというよりファンタジーミステリの範疇なのかな。ミステリマニア向けでSFマニア向けでは決してないと思う。謎の探求が至上の悦楽という奇特な方向け。ただ、間口は相当に狭いと思う。三編ある中編の二番目『ある物語』は文章と内容がプリミティブ過ぎるので普通に読むのが苦痛だと思う。主人公の意図が分からないし、「影の子」が何をしたがってるのかすら分からない。目的意識が欠如しているように思えるし、なんの意図を持って書いたのか?と言うことに関しては読み切って次の中編を読まなければ意味が通じない。三編揃って漸く一つの話としてまとまるが、まとまっても何が言いたいのかを曖昧にぼやかして完結をみない。これに業を煮やさない方が少数派なのではないのだろうか。まぁ、主観ですがね。
一番初めに位置する「ケルベロス第五の首」という中編もそのまま読んでも世界観がどうにもうかんでこない。SFのはずなのに文化レベルは十九世紀あたりの産業革命時代っぽいし、そもそも地球なのか違うのかさえきちんと読み進んで半分程度までいかないと分からない。しばしばフランス語が出てくるのでフランスなのかなぁ?とか頓珍漢なことをミスリードされる。語り部の主観は分かり切っていることをわざわざ書かない、単なる回想録として書いているため実に不親切で茫洋としたそれっぽい内容によって幽霊のように知らされる。文学的で名文かも知れないが読者に与えられる情報は玉石混淆でその裁定すらこの段階では難しい。
儚げでゴスな感じだが、SFを読もうとして読む内容ではない。ゴリゴリのミステリに文学的なファンタジーの香り付けがされたハーブティーなのだろう。最高の一冊を求める向きは手にしても佳いだろう。ただ、何十回と読み解く覚悟のある者のみ手にすべき書でもある。私にはその労力に耐えられる胆力はない。
45点
70年代に書かれた本なのでテープに吹き込みなんだよなぁ。メモリに吹き込みとか映像データーでどうのとかは無し。タイプライターも無いくさい。
訳者の解説によると主題はアイディンティティがどうのと言うことらしいが、そんなこと今更だからなぁ。現代の生活をみれば右にならえの服装をして、流行を追いかけ、アイディンティティがあるとかないとか何を持ってあるとするのかという基準がない以上悪魔の証明だわ。もしも同一性か否かと言うことならば、クローンだからとか言うのは問題外なわけだし、初めから記憶なり技術なりを経験として蓄積が全く同一でない限りアイディンティティはある、で証明終了だしなぁ。同一の存在を許しておけない云々と言うことならば、世の双子は常に殺し合わなければならないと言うことだし、相当に齟齬があるように思う。ただ、歴史の不変さに対する汎性はごく普通に論が通っている。世の中の体制によって歴史は光が当る部分と影に消される部分が出るのは仕方のないことだしね。

参考リンク

ケルベロス第五の首
ケルベロス第五の首
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ジーン・ウルフ 柳下 毅一郎
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