大沢在昌 天使の爪(上・下)

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あらすじ

河野明日香はクライン事件後神崎はつみとして生きることになる。クライン事件、そして暴走したキャリアが引き起こした事件はは警視庁カクヒ事項として関係者及び警視総監クラスのキャリアトップのみが知るだけに留まり、隠されることに決まった。
神崎は神崎アスカと名を変え、かつての古巣に帰るわけにもいかないのでこの脳移植を引き起こした当事者である元上司の芦田のつてで厚生労働省管轄の麻薬取締部に勤めることになった。元々麻薬取締部は警察に比べて人員が少なく、向こうとしては渡りに船だったらしい。とは言え、アスカは現在見た目には麗しいお嬢さんだったわけで、現場に出たいというアスカの願いはそう簡単には聞かれなかった。もとより、麻薬取締部もとい麻薬警察に勤めるにあたりアメリカ留学を命じられて、語学半年捜査半年を勤めあげて帰ってきてもそこで与えられた仕事はデスクワークだった。
芦田の警察学校時代の同期である永野関東麻薬取締部長はそんなアスカがかつては強力無比な現場の女傑であったという事はよく知らない。当然芦田からは脳移植のことを聞かされてはいたものの、すぐさまそれを信じられるという物でもなかった。アスカの見た目はか弱げであり、現場に復帰したいという願望も知っていたが、それに蓋をさせて留学に出した。そして戻しても現場復帰ではなくデスクワークを命じたのは、何よりアスカの体格では現場に出しても不安だからだ。芦田から聞いていた強さは精神面でも感じることは出来たが、肉体面ではやはり限界がある。何より警察と違い、麻取は人員が少なくどんな凶悪犯であっても常に肉体的な凶器と対峙しなければならない。それだけに死と隣り合わせと云っても佳い。そんな場にアスカは似つかわしくないと思っていた部分もある。
アスカは少し悩んでいた。クライン事件から既に三年、仁王こと古芳和正との関係がぎくしゃくしている。もちろん麻取の現場へ出して貰えないいらだちも多少有る。だが、かつての体と比べて身長は七センチ低く、体重は最大で十六キロも違う。おまけに体は筋肉はついてないし、成長ピークを過ぎたこの体では格闘逮捕術を扱うには限界があった。それらを復習するにつれ分かったのはかつての体にはやはり、運動面で才能があったという事だった。努力と才能、それは切っても切り離せない物だが、どちらも無ければ開花させることも出来ないという事実だった。アスカは単に他の物が努力不足なだけだと思っていたが、才能の違いだったというわけだ。勿論それもショックだが、それはタイプの違いと言うことで時分を納得させることにした。体を使った方面にもはや手が届かないならば、頭を使う方に移ればいいと。アメリカ留学はその意味でよい経験だった。現在のデスクワークも現場に出るだけが仕事ではない、そう言い聞かせている。なんといっても関東麻薬取締部は永野以下の部下はたった四十五名しかいない。誰一人欠けざる現場だ。それはさておき仁王との関係がぎくしゃくしていることにはアスカ自身気がついている。それも自分が問題なのだと。アスカは自分に体を提供したはつみに対して嫉妬を抱いているのだ。初めてこの体で仁王とのセックスで経験をしたことのない快感を得てしまって以来、肉体的接触は断っている。それははつみが生きてきた体の記憶であり、今は脳しか持ちえないアスカにとってショックだった。仁王は中身(自分)を好きなのか、それとも体(はつみ)が好きなのか、答えは中身であるというのは分かり切っていたのだがどうしてもその答えは出なかった。アスカは揺れていた。
そんな麻取に事件が起こる。二日前捕らえた中国系麻薬密売グループのリーダー格と目されていた林漢桃を求めた女が関東信越厚生局麻薬取締部の建物に侵入し、発砲したのだ。発砲は威嚇ではなく、当直職員一人の被害を出した。
最終的に事件は解決したが、林を求めた女は逃亡を図るのではなく、自爆を仕様としていたと言うこと、そして林自体が犯行を行った女に面識がなかったという点から狙われているのは林であるという事で林に事情聴取をしていく。元々MDMAの一種である「揺頭丸」というドラッグを売りつけるという過程で金をだまし取ったと言うことが割れていたが、後にその額が半端では無いと言うことが割れ、また支払われるはずのドル札が偽札であると言うことも林は吐いた。アスカはこの事件をきっかけに現場復帰を果たす。
一方でアスカを手術したコワルスキー博士はアメリカFBIによって追われたが為にロシアにいた。そこで再び脳移植の手術を試みていた。アスカに施した物とは違い、全脳ではなく前頭葉周辺だけを移植するというものだった。この手術を受けたのは「狼」と呼ばれる殺し屋だった。肉体の持ち主はロシアで売り出し中のマフィアのボスだ。この手術をするきっかけだったのは、肉体の持ち主の方が戦闘能力に優れていて、それを司る小脳部分を残さないのは勿体ないと考えたからだった。
「狼」の回復過程に応じて博士はもう一人脳移植を経験した人物がこの世にいることを漏らしてしまう。「狼」と肉体提供者のハンには妹に関するトラウマが有った。それがアスカという絆を感じさせる人物を与えられてしまったため、次第に狼は正常さを持ちながら暴走していく。

感想

大沢さんの天使の〜シリーズ二作目。てか、三部作になりそうな感じだけど、別に無理して続編書く必要もなさそうな本です。
続き物を表す場合によく書かれる「前作を超える次作は無し」に当てはまってしまった作品というのがこの本を現わしているようです。
一番気になったのは前作できちんと描かれていたストーリーの焦燥感が無くなってしまったことですかね。一つの話として書かれていた前作に比べて小さい事件を連続させるという手法をとってしまったため共通する焦燥感が無くなってしまったのでしょう。また、続編として前作を補う意味で書かれているため、説明的文章が多すぎて流れがブツブツ遮断されてもいます。親切と取るか、流れを澱ませる要素と見るかは人それぞれでしょうが、私にはもっとスピードを大切にして貰いたいと感じられる話でした。
それ以外にも読者にはこの話は俯瞰的に情報が与えられるため、サスペンス要素がほとんど機能していないというドラマチックな展開になりづらい悲しい状況。特に見え見えの手口がばらされるに至るとストーリーを消化する事が第一にしか思えなくなってきます。話を大きくして典型的ハリウッド映画のシナリオみたいになっているのは非常に残念です。
そう、「謎」をもっと大事にして欲しい話でした。
前回はギミックとして「脳移植」という物を使ったのに対して、その発展系でしかない「もう一人の脳移植者」を持ってくるのはちょっとばかり早計であったのではないかなぁ。そのギミックが単なるフランケンシュタインとして描かれるにいたり、マンネリ科学否定典型例になってしまうのでもう少し捻ったガジェットが欲しかった。
それに情報戦やるならば極力読者に情報の断片だけ渡す形で話を進めることも出来たはず。分かっていながらそれをしなかったのは作者の判断ミスとしか言えないと思う。ただ、今回はそのフランケンシュタインとしての「狼」をサブ主人公としておいてやっているわけで、こうならざるを得ないのはわかるんだけど・・・。それでもやはり、楽しい読書というよりは上巻読んだら大体下巻が分かる構成では苦痛が伴ってしまった。
結局、この作品はキャラ小説に落ち着いてしまったかな。アスカと仁王のコンビが好きであるという人だけが読めばいい本であるので、前作必須。前作読まなくても楽しめるとノベルス判の折り返しの作者の言葉には書かれていたけれど、前作読んでいると説明文の羅列が鬱陶しいし、読んでいなければキャラクターに感情移入するのも難しく様にも思える。また、前作の方が話としては面白いので勿体なくもある。
大沢さんはもっと上手い作家だと思ってたんだけどなぁ。
40点

参考リンク

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