山田風太郎 甲賀忍法帖

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あらすじ

時は戦国末期、秀吉は死に徳川の覇権はほぼ不動の物となりあとは残る秀頼を片付けるばかりといった頃、大御所徳川家康は懊悩を抱え込んでいた。征夷大将軍となりたった二年でその肩書きを息子の秀忠にくれてやり、権力の世襲を確固とした物にはしたものの行く末を案じるには十分であった。すなわち三代将軍をいずれにするかという事だ。徳川直系の秀忠の二人の子、家康にとっては嫡孫*1の竹千代かそれともその弟国千代とするか、この先の徳川の天下の礎を築くには過たざるべき事柄である。しかしながらその断を下す為の判断を家康は持ち得なかった。愚鈍なる兄、聡明なる弟。長子の世襲制度は暗愚なる当主を戴いたとき家を滅ぼすこともあろう。この選考はそれぞれに力添えする諸侯の権力闘争すらはらんでいるゆえ屋台骨を今このときに組まねば栄華も露に消えてしまう。
駿府城に招かれた南光坊天海僧正はそんな苦悩の吐露を聞き、妙案を提案するに至った。
「理で情でおさまらぬならばいっそ武でもって艱難を快刀乱麻にすべし。両派より剣士を出させてその勝敗にて決してははいかが」と。
それを聞いた家康はよき案だと感じたが、剣の勝負は時の運不運がつきものであるから一勝負というのは後にしこりを残すかも知れないと考えた。それを天海に打ち明け、やがて両派十人ずつにすることがあい決まった。されど重臣が肩入れする勝負故に家々の精鋭が闘うことになってしまう。味方同士で殺し合うというのも不毛な物だし、大阪方にこの大事を知られてもまずい。そこで天海はまた一案を披露した。
「なれば忍者同士を」と。
なんでも伊賀、甲賀には不倶戴天の敵と睨み合い殺し合う一族がそれぞれあるのだそうだ。それに竹千代と国千代をそれぞれ当てはめて合い競わす。双方のいがみ合いを押さえる約定を司る服部半蔵に命じさせれば・・・。
そして駿府城にその相争う二つの一族の長、そして二人の忍びがやってきた。

ところ変わって忍びの里、ここでは今まさにいがみ合ってきた二つの一族が和解への道筋を作っていた最中だった。甲賀甲賀弦之介と伊賀の鍔隠れの朧、この両名はそれぞれの一族の長の孫であり、また合い愛し合っていた。いずれは祝言をあげる仲だったはずだったのだが、運命の時の輪は過酷にも引き裂くことになる。それは遙か遠い駿府城でお互いの祖父、祖母が死ぬことから始まった。

感想

山田風太郎はここでは初読みって事になりますが、以前数冊読んでます。
久方ぶりに読む山田風太郎の文章はああ、こんな感じだったなぁとちょっと感慨深い物がありますね。なんかこの人の本って事になると、どうしても忍法帖とかよりも何故か『人間臨終図鑑』*2が念頭に来ちゃうのがちょっと困った物ですが、大方の時代物作者とそこまで手触りは変わらない地の文でありながら、どことなく講談師の口上を想起させます。似たような地の文を書く歴史小説家に司馬遼太郎とか池波正太郎がいますが、私はどうにもこの二人が好きにはなれない。時代物というより青春戦記物を得意とする司馬遼太郎は独自史観のロマンを語っちゃうし、鬼平剣客商売で知られる池波正太郎はマンネリ食事馬鹿だししょうがないんでしょう。ただ山田風太郎にはそれらとは違った方法で現代とは違う時代を語る術を持っているわけですよ。それが例え歴史とは相反する物だったり、現実とは受け入れがたい物だったりするとしても架空戦記で毒され洗礼を受けた人間ならばもう別段気にもなりませんな。そう、あくまで時代設定が江戸だったり戦国だったりするだけのファンタジーなんですよ、この人が書くのは。いや、もう故人だから書いたのはと言った方が良いんでしょうね。近年までこの人の本が漫画化アニメ化されなかったのが不思議というか奇跡でしょう。本作は『バジリスク』の名で漸く漫画化アニメ化され、広く知られることとなりました。また、『SINOBI』として映画化もされ、ハリウッドリメイクの話も来てるとか。いやはや実に目出度い。
しかし、これが問題にもなっちゃうんですよね。文章と映像、インパクトが強いのはいずれか?と言うことになっちゃうとどうしても視覚面に訴えるのは映像や画像なんですわ。想像力から生み出されるものには自ずと限界が有りますし、わざわざ人物像やら場面を想起しながら脳内で愉しむのは万人に出来うるとも思いませんしね。それにこの話はインパクト勝負みたいなところがあるので、結末までの道筋を知ってしまってから原典を・・・となるとどうにもペースが落ちる。どの程度原典と違うのかとかを量りながら読みましたが、どこかに独自の何かが有って追加されたと言うことは無いようです。多少古い言葉を手直ししたようではありましたがね。故に『バジリスク』で興味を持ち、全巻読み終わった人にこの本は薦めがたい。何より私がそうだけにそう感じました。新鮮な驚きが無いため、脳内残るこの忍法帖に関する記憶を忘却してからでないと真摯に向かいあいづらいんですわ。ただ、この話の詳しい筋を知らなければ平易で読みやすく、分量もそこまで無いためちょっとした気晴らしには佳いんじゃないですかね。極上のエンターテイメントですし。
小説から入った人はせがわまさきの著作を是非とも目にして貰いたい。小説を読んでからならば漫画を楽しんでも問題はないでしょう。むしろイメージが先鋭化して良い方にまわると思いますし。せがわさんにはこのまま山田風太郎の作品の漫画化を続けていって欲しいなぁと思う今日この頃です。
70点
短期間に本を再読しているのに等しいのでどうにもちゃんと評価できない・・・。
蛇足:どうにもこの人の地の文の講談調が菊地秀行の地の文の原形になってる気がしてならない。あ、後ろの方に付属してる解説はネタばらしが激しいので本文読む前に読まない方がいいかと。
追記:この本の凄さは40年以上前に書かれた本だってところです。遜色ないところが驚きどころ。

参考リンク

甲賀忍法帖
甲賀忍法帖
posted with amazlet on 05.11.21
山田 風太
講談社 (2005/08/05)

バジリスク-甲賀忍法帖 1 (1)
せがわ まさき 山田 風太
講談社 (2003/05/02)
売り上げランキング: 382

*1:竹千代と国千代には早世した兄の長松が居たので、この頃は嫡孫であったというだけのこと。どうでも佳いが早逝(そうせい)が単語登録されてなかったのだが、一般には早世(そうせい)の方が正しいらしい。早世でググって7万件、早世でググって33万件という間違いが世をはばかっている状態なので多分この先早逝が一般的になるのであろう

*2:古今東西文人やら偉人の臨終のさまを網羅した奇書。ほとんど辞書やら雑学辞典の様相なので資料用に持っていてもいいかと。ただ、どたまから読み続けていると頭が痛くなるのが難点かw