石持浅海 水の迷宮

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あらすじ

━━深澤よ。地球を造ってみないか?

「羽田国際環境水族館」、そこは深澤康明にとって思い出深いところだ。もはや思いでとしてしまうには理由がある。あれから三年も経ったのだ、片山雅道という男が死してから。過労による心不全と診断が下されたのは片山が冷たくなってから随分経っていた。夜中の館内で一人立ち働いていた途中で心不全を起したのだから当然朝になるまでそれに気がつかなかった。また、片山も連日黙って遅くまで一人残っていたのにもわけがあったらしいのだが、何一つ言葉に出さず何一つ遺すことなく逝ってしまった。深澤はそんな片山の大学の後輩だった。ここを訪れるのは決まって片山の命日だ。今日はその三年目の命日だった。
深澤はスタッフルームを訪ねた。そこには深澤の見知った顔である古賀孝三が居た。二人は大学時代ダイビングサークルで苦楽を共にした仲、所謂同じ釜の飯を食った仲と言う奴だ。二人が袂を分かったのは深澤の家庭事情が大きかった。四人兄弟の長男という立場は二年も就職浪人の出来る末っ子とは雲泥の差という奴だ。責任の言葉はひたすらに大きい。そんなところに古賀は引け目を感じていた。
片山雅道は死して後一つのスローガンになった。現在の館長が来る前まで、この水族館は「羽田環境水族館」だった。第三セクターの箱物お荷物というのがこの物件の評価で閑古鳥の鳴く館内は都の左遷先のですらあった。仕事に誇りを持つ等とはかけ離れた愁嘆場をなんとか改善しようと一人奔走した男、それが片山だ。片山が仕事場を改善する策は始めのうち受け入れられなかった。勿論現実を常に下方修正して自虐に走る者からすれば、一人はしゃぎ騒ぎ立てる異分子は面倒くさいことこの上ない。そこにねじ込まれたのが就職浪人をしていた古賀だ。一人が二人になったが自体はそう簡単には変わらなかった。だが、現在の館長である波多野実が招聘されるに至り自体は一変する。エリート、そう評するのが適当な波多野館長の策はじっくりとだが着実に現実を変えていった。波風立てずが暗黙の了解だった水族館は緩やかにだが変革を遂げていったのだった。勿論何台は山積していた。主に金のことだが、赤字を散々垂れ流し続けてきた水族館を救ったのはなんと深澤だった。大手電機メーカーに就職した深澤は当時火力発電所のプラントを担当していて、取引先が発電所用海水取り込み口にクラゲが詰まるというトラブルを抱えていたことを知っていた。そこで助言をしたのだ「知り合いに相談してみましょうか?」と。勿論知り合いとは古賀のことだ。古賀は元々無脊椎動物の研究をしていたので発電会社とコンセンサスをとりながら、クラゲの撃退法を編み出すに至り、水族館の公衆の利益を証明することが出来た。これが効いておんぼろ水族館の改修予算がついた。ある意味で深澤は水族館の立ち直りに関しては外部の人間でありながら手を貸している特異な人物なのだった。
深澤がスタッフルームで談笑しているなか、バイトの脇坂寛子が紙袋を手にやってきた。2Eのドアノブにぶら下がっていたという紙袋は中に少し型遅れした携帯電話が入っているだけだった。俗に言うプリペイド携帯という物らしいが開くと待ち受け画面に小赤という種類の金魚の写真が映し出される。少し操作をして分かったのは受信着信の類の履歴が真っ新で空っぽだと言うこと。誰かのいたずらではないかと軽い話の種で笑っていたが、それを見透かしたかのようにメールが着信する。曲はくるみ割り人形だった。メールは差出人が非表示で文面はこんな物だった。
東京湾の汚染はひどいですね』
この水族館の売りは開放型のジオラマ水槽だ。開放型だから勿論客の手の触れられる位置に水面がある。展示の中に東京湾を模した物があったので館長は至急J1の水槽へ人をやった。メールの通りアルコール入りの洋酒の小瓶という汚染が見つかった。
脅迫は始まったばかりだった。

感想

石持浅海の本はこれで三冊目ですが、相変わらず読みやすいんだか読み辛いんだか微妙な文章ですねぇ。男性陣は名前とキャラクターが関連づけやすいんだけど、女性陣は何となくぼんやりしちゃうんですよ。故に誰が誰だかなんとも区別がつけづらい。誰それが誰それに昔惚れていてなんて話されても、読むスパンが一晩空いたら綺麗さっぱり頭の中から消えてますから。おまけに地の文では名前、そしてしゃべり言葉ではあだ名だったりってのもちょっといただけない。なんでこのあだ名なんだっけか?とか考え始めると前に戻って捜さなきゃいけないし正直面倒。なんか映画とかドラマの演出脚本みたいな感じで誰が主人公!っていう自己主張が希薄なんですよね。多分これが一つの味なんだろうけどそう言う部分はあまり好きではないわな。でも文章としてはかなりシュッとしているので読みやすいのは事実。主人公を据えるって作業が身に付けば普通にいい話が書けそうな予感。でもこの書き方にも一つメリットがありますな。誰が探偵役を振られるのか、序盤ははっきりしていないという迷彩効果。ま、大した意味は無いとは思いますがね。
さて、表紙に書かれた

『胸を打つ感動と美しい謎』

ってのに皆さん大変ご立腹なご様子。看板に偽り有りだとか帯に騙されたとか言いたい放題。まぁ、読み終わってどう思うのかは人それぞれだから仕方ないにしても、私の意見と大差はないか。でも読み物としての完成度は低くもないような。ただ、「胸を打つ感動」ってのは何処にあるの?って感じだし、「美しい謎」ってのも分からなかったですがねw。
ただ、この煽り文句を無視して読めばそれなりにいけるかも知れない。ネタとしては私は結末も含めてそこまで悪くはないと思うが、いかんせんネタばらしされずとも脅迫犯の方がバレバレなので微妙な感じ。ただ、本格物ではあまり見られない結末に遭遇することになったので失地回復かな。でもガチガチに解決だけを目的にした本格マニアな方には不評なのも納得。そんな定型パターンで固められた話ばかり読んで楽しいかなぁとも思わなくもない。故に意表を突くってのは結構大事ですよ。人間刺激に触れすぎると飽きるのでパズルの組み直しで成り立ってる本格を愉しむ人には悪いですが、単なる謎解きだけだともう飽きが来てるので何か他の要素が欲しいとか思うわけです。出来れば何かの肥やしになればいいって事になると、社会派とか向いてそうですね。でも好きな物じゃないと愉しめないんだから因業ですわな。
本書がダメな人は潔癖なんですかねぇ。私はこれくらいのダーティさは許容範囲ですが。
でも動機面とその行動についてはもう少し練った方が良いと思う。常態からかけ離れた論理が飛び出しまくってるし・・・。もっと説得力がある動機が本書には必要じゃないかな。でもこの黒さがちょっと好きかも知れない。
70点
追記:別に殺人犯が捕まる必要性なんて無くないかい?

参考リンク

水の迷宮
水の迷宮
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ネタバレ

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さてさて、この話の脅迫犯の方は実にストレートです。怪しすぎるほど何度も現場に来ていて遭遇する。亡き片山の妻の貴子なわけです。こちらは誰がどう見ても可能性を排除できない被疑者筆頭。こいつじゃなければ一体誰だよ?って人です。みんなこの人はすぐ分かるでしょう。煙幕らしい煙幕だけれども、煙幕じゃないという手抜きを感じます。
さて、途中で起こる殺人事件、こいつが厄介です。何しろこれがすっきりしない。水温が変わっていた水槽が4つか3つか、これが根拠になってるんですから。
水温が変わっていた水槽がいくつかあった>片山が記録かたがた温度を直していった>直し終わったら記入していた>4つ目は調整し直した後で死んだから記入できなかった、この様に考えても別に不思議じゃないとは思うんですよ。更に事件から三年も経ってますしね。ただこれだけのことで殺人か突発的な事故なのかって難詰するのは飛躍のしすぎですよね。おまけにそこから殺人に一直線に向かっていってしまうのも短絡的。故に大島殺害の実行犯捜しが難航するのは当然と言えば当然なんですわ。で、登場するのは消えたJ1のバックヤードにいたはずの魚、ボラの行方。こいつの処分の付け方が犯人のネック。そのネックは最期に解かれるわけですが、それまでは犯人の絞り込みはほぼ無理ですわな。
総じてこれで佳いのかなぁとか思わなくもない。
でも、結末の方が問題だ!とか言ってる人が多いみたい。私としては事件を闇に葬って当事者が背負っていくってのはいいんじゃないかとは思う。だって警察を小馬鹿にした名探偵っていう珍人種が現れて、犯人を特定した挙げ句に周囲を見下すだけの話を読んでも面白くないですもの。探偵は警察を馬鹿にしているものの何故か小市民的に法の執行を望むんですよね。これはありがちな予定調和って奴で、大抵の物語はこうやって終わっていくというわけです。定型・予定調和はぶち壊すためにこそある、そう私は思うわけですわ。もしも依頼人が犯人であるならば探偵は依頼人の利益を最優先するべきでしょう。その選択肢に告発するという手段も含まれているはずですが、何故かいつもそのカードしか切られない等というのはマンネリも佳いところ。奇を衒ったっていいじゃない、作家ですもの。その冒険心や善し!と思わなくては太い作家は生まれないですよ。
にしても夢が廃タンカー船を水族館として再利用して分館を造るって計画とかではどうにも感動しかねるなぁ・・・。夢の演出力が足らないんじゃないかな。壁にぶち当たって何糞!っていう逆境を跳ね返そうと足掻く鬱屈した気持ちとかは読者にダイレクトにこれじゃあ来ないでしょう。そう言った物は推理であくまでこうだと考えられる、でシメられちゃってますしね。素直に読める演出を入れてくれると感情移入しやすいかも知れない。