アガサ・クリスティ アクロイド殺人事件

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あらすじ

物語はジェイムス・シェパード医師がファラーズ婦人の検視を終えたところから始まる。彼はアクロイド家の当主ロジャー・アクロイド親交を結んでいた。親しくなるきっかけは婦人の死であったことはあまり幸運とは言いづらいだろう。
ロジャーにはいくつかの煩わしい事柄が有ってシェパード医師はそのよき相談役だった。ロジャーの頭痛の種の一つは亡妻の息子ラルフ・ペイトンである。彼は亡妻の連れ子で血の繋がりはなかったのだ。ラルフは見目麗しい外見で街の人たちから好意を持って迎え入れられていたが、一つ問題があった。金である。ロジャーは金持ちだが偏執的なケチで、こと金のことが絡むと人が違ったようになってしまう。だが一方でロジャーは寄付を惜しみなく行うことで地方の名士でもあった。ロジャーと違いラルフは金を使うことに大してずぼらでいつも誰かに借金をしているような有様だったのだ。とはいえ、慢性的な決定打のないこの事柄は頭痛の種と言うには少々大げさかも知れない。他にも頭痛の種はあったのだから。
ロジャーの他の頭痛の種というとやはり亡くした弟の家族のことだろう。亡くした弟は関係も疎遠だったし、人間として腐っていたので死んで当然という考えもよぎったろう。しかし、その家族は別だ。特に弟の娘であるフロラ・アクロイドは唯一の肉親と呼べる存在だ。ロジャーは常々義理の息子との結婚を望んでいた。ただ、頭痛の種というのはその娘の事ではない。その母親だ。セシル・アクロイドもロジャーの好意を受けるだけ受けてわがまま放題だとロジャーは感じていた。生活費を出しているのはロジャーなのだ。時折漏らす不平不満の声はたたき出したいとすら思った。しかしこれも頭痛と言うには些細なことだ。
ロジャーの一番の痛手は今日無くなったファラーズ婦人の事だった。シェパードは医師としての知識から死の原因は偶然による睡眠薬の多量摂取にあると考えた。だが、一方で自殺の線もないわけではなかった。自殺を打ち消す一つの材料は遺書のないことに尽きたのだ。
沈むロジャーからシェパードに夕食の誘いがあったのは往診の道筋の途中だった。ロジャーはシェパードに話し合わなければならない事柄があると言った。それを夕食のあとでしたいという。シェパードはそれを承諾して夕食にアクロイド邸に出向いた。滞りなく夕食が終わった後、ロジャーはシェパードにファラーズ婦人が誰かに強請られていたらしいという話をする。それもファラーズ婦人が夫を毒殺した廉で行われたらしい。ロジャーは夫を毒殺したとファラーズ婦人からあらかじめ聞いていて、それでも結婚する気で居たようだ。しかし、ファラーズ婦人はこの企みが露見して、強請られるようになってからはただロジャーに迷惑をかけないために自殺したのだという。丁度シェパードとロジャーが会談している部屋に執事のパーカーが今日の分の手紙を持ってきた。その中には当然ファラーズ婦人の筆跡の手紙があった。ロジャーは途中までその手紙を読んだ後、一人になったときに読むことにすると宣言して放り出した。ロジャーは何故か理由は分からないが、先を読むよう促した。だが、ロジャーはつむりまがりな人物だった。強いて勧めれば勧めるほど意に反するように動く。そうして手紙は読まれないまま放置された。
その後シェパードは自宅に帰ったのだが、夜の十時過ぎ、パーカーから電話が有った。ロジャー・アクロイドの死体が発見されたという・・・。

感想

クリスティ三冊目です。なお、エルキュール・ポアロのシリーズでもあります。比較的海外の翻訳物に慣れていると自負してましたが、こりゃあまずい。相当にまずい。時流から取り残されすぎて必然性を感じないぐらい文が噛み合ってない。地の文じゃなくて、主に会話文が。
丁寧な物言いってのは日本語の特色の一つだけれども、ここまで大仰な物言いが繰り返されて、しかも大半の意味はないって所をひたすらに強調されちゃうと面白いとか面白くないとか関係なくなっちゃいますよ。
前回読んだ『オリエント急行の殺人』は同じ訳者の中村能三だったわけですが、雲泥の差を感じますね。もしかして早川の方は手を入れてるんじゃないかな。少なくとも本書はトリックとは関わりのないところで度々気持ちの悪い大時代的な持って回った言い回しが出てくるけれど、そこにはどこにもレトリックの輝きはないし、箴言も無し。気の利いた台詞もほとんどないといっていいでしょう。容疑者の心理戦という物では意図的に隠された部分も多分に作用しているけれど、どちらかというとトリックとは別の読者向け迷彩、しかもあくまで偶然の産物。古典にこういう言い方はアレだけど、やはりひな形という意味でしか評価できない≪チープトリック≫を披露されるために悪文を読むというのは苦痛でしたわ。この本の解説を書いている海渡英祐氏には悪いですが、本書の素晴らしさを説いている文にはほぼ完全に同意できませんね。一九二六年、つまり今から約八十年前に書かれた本であるというのは一つのミステリの世界における偉業であるのは確かですが、古典として換骨奪胎の具の一つに過ぎないというのもまた事実なんじゃないでしょうか。特に舞台のト書きの様に感情を感じさせないキャラクター達のやりとりは魂の籠もらない人形劇を字幕スーパーで無理矢理見せられているようで気持ち悪いしつまらないし散々でした。
故人を悪く言いたくはないですが、流石に昭和三十三年頃に訳された物を単純に焼き直しするというのは無理があるのじゃないですかね。国語の体系は相当に流動的ですし、言葉遣い一つとっても十年単位で古い新しいが生まれるのですから、他の訳者による現代訳を施した方が賢明だと思われます。
特にこの本は!
まぁ、クリスティ文庫の『オリエント急行の殺人』はまだまだいけるので大丈夫だと思いますがね。ただ、翻訳の好みについては私の度量が狭いだけならばいいんですが。だってそっちの方が問題が個人に収束されるわけで問題が卑小化されますから。
にしてもこのトリックはほとんどミステリー読まない人じゃないと綺麗には感嘆できないような気がするんですがどうでしょう。ずーーーーーっと犯人捜しの段階で一番怪しい人物が除外され続けるんですから。そりゃあもうまどろっこしいったらないですよ。なんど投げようと思ったことか・・・。
でもこの本が初心者お勧めの一冊だってのは納得半分って所ですかね。すれっからしはこれを元ネタにした本を読むための肥やしにするんでしょうが、そこまで正直気が回りませんわ。ま、ネタはネタとして。
35点
ただし、本当にミステリーを読んでない人でトリックに素直に驚けた人ならば65点ぐらいまでは上がりそう。個人的な勧めとしては新潮文庫以外を勧めておきます。以上エンタメ読みの感想でした。

蛇足:まぁ、あまりにも読み味がよろしい本ばかり読んでいたのでこういう作品が反動的に読み辛くなったのかも知れないので、あくまで主観というのは忘れないでいただきたい。

参考リンク

アクロイド殺人事件
アクロイド殺人事件
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クリスティ 中村 能三
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ちこっとネタバレ

あくまで備忘録的な物
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ま、この話は語りを担当するシェパード医師が犯人なわけですが、トリックとしては殺したロジャー・アクロイドを生きているかのように見せかけ、アリバイ工作を行ったのが本論なわけですが、むしろ迷彩としての他の人物の行動と秘めた事実がシェパードを助けてますね。偶然にしては出来すぎているというラルフの嫌疑ですが、これもシェパードの偽装工作の一つは兎も角、他は偶然です。正直偶然が多すぎないかなぁ。
それは置いておくとして、この本は明らかに作中作、メタミステリの走りでしょう。恐らく評価の対象となったのはこの部分なんじゃないかなぁ。でも昨今メタミステリなんてありふれているのでどうにも心揺さぶられる物は無かったですね。感情表現が乏しいというか、言葉の端々からあふれ出るはずの感情が感じられないというか、そのあたりがやはりネックでしょう。
序盤のポアロがカボチャを投げつけるシーンなんて明らかに諧謔を狙った物ですが成功してないでしょう?変人というかむしろキ印な感触しかあのシーンではえられません。奇矯な性情を持った人間こそ探偵に相応しいってのも織り込み済みなんでしょうがちょっとやりすぎなような気もします。