西尾維新 サイコロジカル(上・下)

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あらすじ

戯言遣いこといーちゃんは青色サヴァンこと玖渚友のちょっとした用事に付き合うことになった。泊まりがけということもあり、浅野みいこが保護者として(戯言遣いも友も未だ19歳ということで未成年なのだ)付き添うところだったのだが、あいにくバイトとかちあって無理になった。そこで来たのが鈴無音々(すずなしねおん)さんだ。まるで出で立ちは『ルパン三世』に出てくる次元大介の様な格好をしているが、190センチ近い長身はどことなく女性的でもある。普段は比叡山だか高野山だかで修行をしている人物なのだが、みいこの頼みで渋々連れになった人物だ。戯言遣いは彼女からしばしばお説教をされているが満更ではない。実際ちょっとMっ気があるのだ。
今回のこの旅とも言えない旅行の目的はすべて友も過去とリンクする。かつて彼女は≪チーム≫の一員だった。≪チーム≫とはなんども聞かされていることだが、頭のねじがどこか飛んだ連中で組織されたハイパー電脳組織。あらゆることを征服し、破壊し、構築するそんな組織だった。そんな≪チーム≫の一員が現在玖渚財閥の融資している研究所にいるらしい。相手の名は兎吊木垓輔。兎を吊る木なんてえらく忌まわしい名字だが本名らしい。≪チーム≫のメンツは勿論本名でやりとりすることなど無く、彼の二つ名を呼んでいた、害悪細菌(グリーングリーングリーン)と。有り体に言えば彼に面会するというのが目的なのだが、友からすれば監禁されていると感じているらしい。故に外に出してあげるのだという。戯言遣いには実際どうでも良かった。
向かう研究所は≪堕落三昧≫(マッドデモン)と呼ばれる研究者斜道卿壱郎の名が冠されている。あらかじめ言っておくが別に故人ではない。社長の名前が冠されている土建屋と大して変わらない理屈だった。名古屋の山奥にあるその研究所は先ほど言ったように玖渚家かが主な財源だった。従って偏屈で知られている≪堕落三昧≫であろうと友を拒むことは出来ないのだった。
着いた先は警備員が随分と物々しかった。昨夜侵入者がいたとか。こちらはなんにも疚しいことはないので用向きを答えた。すると出てきたのは入所者名簿。こういった所にしては実にローテクなA4紙をクリップで止めただけのボードで、IDカードとかそう言った物ではなかった。こういった物の方がごまかしにくいのだとか、変わった話だ。持ち込み物に危険物がないか?とも問われたが、ハサミぐらいなら有りますがともっともらしいことを言って交わしてみた。何が起こるか分からないからだ。現在戯言遣いの右胸にはナイフを収納するホルダーと哀川潤に借りた切れ味鋭い匕首が収まっている。ここ最近の災難吸い寄せ率の高いことから自衛策をとるのは当然のことだ。
駐車場に車を止めてからやってきて応対したのはここの研究員というか博士の助手をしている大垣志人。こまっしゃくれたガキだが乗りツッコミにノってくるあたりは可愛げもあるってもんだ。
色々あって分かったのはその他に博士の秘書の宇瀬美幸、≪研究局員その一≫ぽっちゃり弁舌家の根尾古新、≪研究局員その二≫戯言遣いのER3時代の恩師三好心視、≪研究局員その三≫研究者特有の身の回りにあまり拘らない感じを自信の髪の毛で体現する神足雛善、≪研究局員その四≫犬使いの春日井春日、それらがいるってことだ。初日に有ったのは友とマッドデモンの対峙、害悪細菌との邂逅。
しかし翌日起きたのは害悪細菌の殺人事件だった。容疑者は当然この研究所にたまたま来ていた三人である戯言遣い達とされた。状況は最悪。たった四時間で事件を解決できるのか?

感想

西尾維新七冊目ですな。戯言遣いシリーズでは四作目。現在五作目を読んでるので今月に出るとか言うネコソギラジカルの下巻に間に合いそうです。
果てさて、今回もいつも通りの韻文多様ぶり。しかも初っぱなの20ページ強に及ぶ言葉のキャッチボールによる突き詰めは免疫無い人にはほぼ無理でしょう。「きみは玖渚友のことが本当は嫌いなんじゃないのかな?」と何度も聞く害悪細菌の言の葉はもううざくてしょうがないでしょう。だが、それがいい。こういう韻文や無意味な言葉を羅列しつつトランスさせてくれる文章というのは他では見つかりませんね。唯一似ていると言えそうなのは京極夏彦でしょうか。でも最近は京極堂も随分とお寒い様子。講談社のノベルス判から出る出ると言っておきながら大極宮でまだ上がってないし出さないというか出せないと弁解したりしている『邪魅の雫』とかその前作『陰摩羅鬼の瑕』は50ページでネタが割れるという悲しき出来だったりともうちょっと力入れて欲しいなぁとか思うこの頃。横道にそれましたな。
ま、今回はというか一作目だけが多用してる気がしないでもないですが、漫画からの引用はそんなに無いですな。あくまでそんなにってことで。どっちかっていうと名言金言の類が多くなってるのはラノベ志向以外の読者の獲得も狙ってるんでしょうかね。とはいえ表紙イラストのあたりを見るにつけそれはないんじゃないのか?と自問したくもなります。それに文章もどちらかというとラノベ系の方向ですしねぇ。ラノベくらいじゃないですか、キャラクター同士の素の掛け合い≒漫才な会話が成立するのは。純文物とか本格ミステリー物とかでは基本的に見ませんわな。ミステリーでもたまーにそういった掛け合いをすることはあるとは思いますが、成文がうすーーーーいと感じるんですよね。んなまじめくさらなくても佳いじゃないか、もっと肩の力を抜いて書いてみたら?と高村薫とかに言いたくなる今日この頃です。あの人が書く本はどう見てもBL的な内容を喚起させる本ですが、うすーく引き延ばされたそれっぽい匂いだけさせて、これはBL本じゃないのだと言い張れるハードさや多側面な感じが受けてるんですし、緻密さだけじゃなくて遊び心を出しても佳いんじゃないかなぁとか思ったり思わなかったり。ただ、言葉のやりとりにしっかりと意味があるので意味無し言葉の掛け合いをやれ!とか言う意味じゃないんですがね。本書の場合ここでそのやりとりは必要なのだろうか?という場面は結構散見されます。ただ無駄こそが物語を彩る物だとも考えられるのでこれはこれで良いのでしょう。ただまぁ、ここら辺を論じるのは既に無意味な気がしますがね。毎回毎回芸がないんですわわたしゃ。
で、本作の中身に行きましょうか。どう考えても今回は結末部分を込みでミステリー好きには勧めがたいです。何より解決編が0ですから。死んだ理由は途中で出てきますが、それ以外の点はすべて謎。トリックの方向性も実際に探偵役である戯言遣いも全くと言っていいほど擦りともしないわけですから。それでも事件の犯人は割れるし、被害者も割れる。で、何故か解決することになったりするわけですが、これはミステリーをしかも本格を望んでる人には到底勧められないでしょうね。だってフェア・アンフェア以前ですから。ジュブナイルということで少年探偵団のように「いやそりゃ物理的に無理だろ」ってなことを怪人二十面相がやってのけたり、「そうだ!」ってひらめいたことが物理的に無理だったりするような矛盾点をわざわざ論われることのない素直な読者って前提ならばokなんでしょうが、どう考えてもそういう読者を始めから規定しているとは言い難い本作では事件・殺人・犯人・探偵・犯行方法・アリバイ・解決の基本的なところを読者が定義する以外に方法は無いでしょうね。こう書くとなんともミステリ好き特有の自己解決を誘発するような感じですなぁ。でも実際は単に巻き込まれ型ラノベの分かりやすい典型例ですら有るので、ラノベに免疫が無い人だとどうにもダメな気がしないでもないです。でも比較的ラノベ方向からは段々遠ざかってるような。行き着いちゃってるミステリマニアの方は犯行方法とその理由などを策定してみるのも面白いかも知れません。あまり勧めませんがね。その場合、当然シリーズ物なのでこれ単体ではなくそれ以前の物も読むに越したことはないでしょう。
初っぱなの部分にはちょっと驚きましたが、やっぱり成長してるんですねぇ。これだけの文が書けるんですから。重畳重畳。
75点

参考リンク

サイコロジカル〈上〉兎吊木垓輔の戯言殺し
西尾 維新
講談社 (2002/11)
売り上げランキング: 11,393

サイコロジカル〈下〉曳かれ者の小唄
西尾 維新
講談社 (2002/11)
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