綾辻行人 迷路館の殺人

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あらすじ

物語は作中作で始まる。
島田は縁遠からぬ人物から送られてきた本を手にしていた。『迷路館の殺人』と題された本には著者の名前「鹿谷門実」がしっかりと印刷されていた。迷路館で起こった殺人は現実に起きた事件なのだが、生き残った人物からは事件がどのように起き、どうなったのか?という情報が全く出ていなかった。あとがきによると作者の鹿谷はあの事件の関係者の一人なのだという。となると、そう、この本は現実に起きた事件をほとんどそのまま本にしたという希有な作品なのだ。
島田は本を読み進める。
推理小説家の巨匠である宮垣葉太郎に付き合いの長い編集者が久方ぶりに顔出すところから話は始まる。宮垣は東京から離れ、父母の育った土地へ帰り、筆を折っていた。顔を出す条件にも仕事の話はするなと釘を刺されていた編集者の宇多山英幸はエッセイでも頼めれば大金星と内心考えていただけに幾分落胆した。だが、宮垣はへそ曲がりで頑固者なので甘い考えで望んだ方が悪いのだろう。食事を振る舞ってくれるとのことだったが、里帰りの途中に立ち寄ったので妊娠中の嫁のこともあり、早々に辞去することにした。その帰りしなに宮垣に還暦のパーティーの招待を受けた。ごくごく身内の者だけで開かれるそうだ。勿論宇多山は承諾して帰って行ったが、それが生きている宮垣を見た最後だった。
還暦パーティーに嫁の桂子と出席した宇多山は宮垣邸に向かう途中で車のトラブルにあった島田潔と偶然に出会い、同道することになった。初めて見る島田と宮垣とのなれそめを聞いてみたのだが、今回の宇多山と島田のやりとりに近いことが宮垣と島田の間で起こったのだという。車のトラブルで困っていた宮垣を島田が助けたことが縁になって招待されたというが、はて、寺の三男坊とかいうのがくると先生は言っておられたが、当人に聞いてみると果たしてそうだった。元々島田はもはや死した建築家である中村清司の遺した建築物に興味があり、何の気無しに丁度その一つがあるということでふらりと立ち寄ってみたとのことだが、あにはからんや、当の邸宅の主人と奇縁により知り合う事になったのだという。かくして三人は迷路館に着いた。
この館は玄関部分だけ地上に出ていて、ほとんど地下に部屋のスペースを求めている。奥まで行くと大広間が広がり、そこから廊下に出ると廊下が迷路になっているのだ。迷路館と呼ばれるに相応しい偉容だが、住みにくそうではある。ただ、迷路にスペースを割かれているとはいえ、結構な大きさの土地に建っているので迷路だけではなく、部屋もきちんと完備されていた。ゲストルームとして十一部屋もあるなど一般家庭では考えられないあたりからしてスケールは大きい。
肝心の館に着きひとしきり挨拶などをしてみた。この館に招かれたのは上記の三人以外に宮垣の弟子に当る四人の推理小説家(清村淳一、須崎昌輔、舟丘まどか、林宏也)と評論家の鮫島智生の五人。一応数には数えなかったが、宮垣の秘書である井野満男、そして家政婦として雇われている角松冨美の二人もこの場にいた。が、パーティーの時間を随分すぎたというのに一向に主はやってこない。やっと現れたと思ったら秘書の井野がやってきただけだった。彼は言った。
「宮垣先生が、今朝、自殺されたのです」

感想

綾辻行人三冊目。館シリーズも三作目と。
前回よりは全然佳いんですが、ちょっと込み入ってますね。メタの複層構造を堂々と初っぱなから開陳するあたりは度量を感じました。いうなればマジシャンが「これから奇術をやります」と宣言するに等しい実にフェアな話なんですが・・・、読み終わりの段階では「ねぇ、これほんとにフェア?」と首をかしげたくなる不思議な状況になりました。うーん、フェアとアンフェアの境界はどこにあるんだろうなぁとちょっと考えましたが、

  • フェア

ヒント有り

  • アンフェア

ヒント無し

ぐらいの差なのですかねぇ。ドンデンのキーポイントに気がついてたものの叙述トリックに巧いこと撒かれてしまいました。そりゃあ解けませんよ、完全に陥穽に囚われてましたし。鮮やかと言えば鮮やかなんですが、もう少し直接的なヒントが欲しかったですねぇ。
見立て殺人に今更どうこう言う気はないですが、ダイイングメッセージにはひねりがないなぁとか思いました。まぁほとんどフェアすぎるぐらいフェアに書かれている本ではあるので仕方ないんでしょうがね。
今回の館のギミックは乱歩の『地獄の道化師』とかを思い起こさせて中々楽しめました。相変わらず人と人との結びつきが極端に薄いですね。まぁ推理物だから仕方ないですが。動機とかについてはもう諦めてます。
なんか久しぶりに推理物の本格を読んだ気になりました。最近兎に角説明がつけば推理になる類の本が多かったのでこの本で漸く消化できた物も多かったんじゃないかなぁ。
とは言え、全力で面白いと断言できるレベルじゃないのは仕方ないやね。
70点
追記:クインの『Xの悲劇』のネタバレ有り。

参考リンク

迷路館の殺人
迷路館の殺人
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ネタバレ

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ドンデンのキーポイントって言ったら勿論あれです。第一の殺人の見立てである切り落とされた首の血液によって消えた何か、そう経血*1です。いやはや、流石に先生は死んだふりとかネタとしては良くある話なんですが、本当の驚きはメタじゃない方に有るって言うんだから構成がよく練られてます。ただ、その分メタの部分が消化するに任せる形になっているので通読するには慎重にすぎる部分が多かったのが相変わらず変わらないなぁとか思ったわけで。厳密さを重んじるが為に、テンポを犠牲にしてるわけですよ。なので文体は有る一定のリズムを刻むものの、決してこぎみ佳いものには成り得てませんね。さらさらしたお茶漬けみたいな文体なのでやっぱりアクセントが欲しいなぁ。そう箸休め。出すんなら変人が一番かも知れない。館に変人っていうともうはまり役ですから。
ま、本作はよっぽど慎重に慎重を重ねないと犯人が絞りきれないね。だってまともな女性って言うと編集者の奥さんしか居ないわけで、偽装妊娠とか頭に浮かんじゃうわ。
どうせならもっとそれらしい名前を持ってくれば佳かったのに。無いわけじゃないけど、それほどありふれても無いと思うしなぁ。そういえばBANANAFishの作者も名前の方がこんな感じだったな。舜とか薫とかやりようは有っただろうに。

*1:何故か経血という言葉はATOKで登録されてなかった。三省堂Web辞書でも該当無し。でもgoogleでは137万件ヒット。おかしくないかこれ