森博嗣 詩的私的ジャック

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あらすじ

再び殺人は起こった。現場は犀川がたまたま臨時の講師をしているS女子大だった。ちょうどS女子大に行ったときにはパトカーが止まっており、理由を聞いて殺人だと知ったのだった。しかも密室らしい。直接の現場は学生の作ったログハウスで起こったらしいのだが、現場を覗くのは自制することにした。萌絵がまたぞろ首を突っ込むに決まっている。
その一方犀川はN大の事務から呼ばれ、一人の学生について言い渡しをする必要に迫られた。相手を全く憶えていなかったのだが、便宜上担当する学生の事だった。四回生らしいが、八年目で単位から見て今年いっぱいの卒業は無理らしい。聞いた話だと歌手をしている芸能人とのことだった。テレビも新聞も読まない犀川が知らない方が当たり前の人物なので特に気にはしなかった。
数日後現れた男は結城稔と名乗り、数回犀川の授業に出たと言った。見たところ女性的なほっそりとした体つきと派手な金髪はなるほど芸能人といわれればそうかも知れないと犀川に思わせた。話してみると中々面白い人物であったのでもっと早めに会っていればと悔やまれた。だが、犀川は重要なことでも忘れることに躊躇いもなかったので、感慨もすぐに忘れた。そしてまた萌絵に謀られた。夕食の約束をしたのだが、そこに居合わせたのは西之園本部長そして事件を担当する三浦という刑事だった。結局事件の概略を聞かされるはめになったがお茶を濁すことにした。しかし、三浦の挙げた容疑者にちょっとびっくりするはめになった。容疑者はあの結城稔らしい。だからといって犀川が探偵まがいのことをする理由にはならない。適当に逃げることにしたが、腹が立っていた。勿論萌絵に。だがすぐに忘れることにした。
殺人は連続だったらしい。ほとんど特徴同じ死体が発見されたのは第一の事件から一ヶ月後だった。T大の液体水素を保管する部屋を点検しに来た事務員が発見したらしい。またもや密室とのことだった。
死体は裸で素肌に刃物で斬りつけた後があった。だが、両方とも死後につけられた物のようだ。定規を当てて切ったかのような直線的な切り傷は一人目はただの斜線、二人目は英数字のZのようだった。

感想

森博嗣四冊目です。今回も密室物です。前作が面白かっただけに凡作で残念。にしても作者の年齢を感じるような作詞は正直アナクロすぎてダメすぎ。なんですかあの80年代後半まるだしな歌詞は。あの時代のテクノ系ロック(現在ではミクスチャとかいわれますな)な軽薄さが溢れてます。あきらかに詩作の才能はゼロです。そしてある意味冒涜に近いです。自己愛が強すぎるのも考え物ですねぇ。
自己愛といえばあんまり露骨に研究者賛美を行わないで欲しいですね。肥大した自己顕示欲は読んでて吐き気がします。もっと清廉なものならいいけれど、ああもエゴと軽侮に満ちてると嫌悪を憶えても仕方ないです。
本作で漸く気がついたのは作中に文語表現をほぼ使わないことですね。多分私が一番違和感を憶えているのはそこら辺なんでしょう。文語表現はゼロではないものの、会話の中にのみ存在します。語りの機微がどうにも肌に合わないのはここら辺でしょうな。心中吐露も表層的な部分だけなので、踏み込んだキャラクターの描写には行かないので、どうしても薄っぺらに感じちゃうんですよね。主役のキャラクターとシリーズの各本で登場する被害者と加害者の描写には手を触れずに、何故かそれ以外のキャラクターの描写に寄ってるところとかはフェア・アンフェアを考慮に入れずに小説としてどうだろうと感じさせますしね。
そういえば、裏設定的な多重人格傾向とかいうのがありましたが、今回も特に触れられず終わります。また、結局の所探偵役を拒むという方向に振り切れないあたりの煮え切れ無さは相変わらずです。それにしても研究者としては一流かも知れないけれど、この人間性では友人が出てくる構図はどうにも解せませんね。人とは一定の距離を置くのが普通みたいな人物像なのに、好人物を印象づけてどうするんでしょうか。学生時代と今は随分違うという考慮なのかも知れないけれど登場した昔親しかった人物は人となりをしっかり把握してるみたいですし、大して変わってない感じですよね。人間はそんなに割り切れるものじゃないってのが反論として出てきそうですが、「研究者として生まれけり」な犀川のパーソナリティは四冊目にして未だ固まってないと言い切っても佳いと思います。国枝女史の方がよっぽどきっちりまとまってますし。
トリック方面の見せ場は一箇所ぐらいかなぁ。密室を作り出す方法は専門に偏ってるからあんまり読んでて楽しいわけでもない感じでした。それにラストのトリックも分かりやすすぎですしね。分からないのは恐らく無くなったコンクリートの固まりぐらいなものでしょう。結びつけるのは困難でしょうし。
頼むからキャラクターの練り込みをしてくれってのはミステリーでは禁句なのかしら。探偵役が奇矯なのは起源からしてそうだから仕方がないにしても、もっと合理的に判断できないもんかなぁ。
ああそうだ。今回は序盤に珍しくワイダニットへの言及があったので、そちらに走るかと思ったけど、全然そんなこと無かったです。構成は従来通り。前から八割が事件概略、残り二割が構造説明。ひねりはないですね。期待しただけにがっかりでした。
やはりロマンがない。そしてパーソナリティの練り込みが足らない。本筋と関係のないところで自爆するのはみっともないです。
40点。

参考リンク

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