北村薫 空飛ぶ馬

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あらすじ

主人公の女子大生がたまたまいつもの講義が休講の時に出会った近世文学概論の加茂先生に誘われてお茶をしていると、教え子の話と織部の話になった。教え子は在学中に焼き物に出会い、自主退学してそちらの道に進むことになったのだそうだ。久方ぶりにその元教え子に会ったときに選んで貰ったのが織部焼きの湯飲みで、幼少の頃から何故か嫌いだった織部がその時には嫌ではなかったのだという。加茂先生はぽつりぽつりと語っていたが、その中で不意に落語家の春桜亭円紫の名が飛び出してきた。なんでも教え子なんだという。丁度学校の雑誌に卒業生インタビューがあり、教員一人、学生一人で行うのだそうだ。主人公の私は落語好きで円紫のファンであったから一も二もなく飛びついた。

  • 砂糖合戦

渋谷で一人ダラダラしてた主人公はたまたま春桜亭円紫と出会う。誘われて円紫の行きつけの喫茶店に向かうことに。雰囲気の良い喫茶店で話も弾んだのだが、どうにも円紫の向こうに見える三人の客が気になる。何故か砂糖のポットから何杯も砂糖を紅茶に注いでいたのだ。それも数杯ではなく何十杯もだ一体何をしてるんだろう。

  • 胡桃の中の鳥

円紫から渡されたチケットは蔵王で催される物だったので主人公は友人を誘って行楽にでた。その先で円紫の高座をみた後に泊まっている宿で蔵王の近くに住んでいる友人と合流したのだが、翌日の行楽先で車の座席カバーが盗まれるという事が起こった。

  • 赤頭巾

大学で歯のかぶせ物が取れてしまった主人公。歯医者の予約をして向かうのだが、待合室で暇をもてあましたと思われる主婦に捕まってしまう。そこで話にでたのは主人公の見知った女性の話だった。なんでも夜に窓から赤頭巾が家の前で少し立ってるとか何とか。蔵王の顛末を話すために円紫の元を訪れた主人公は案の定謎解きを願うのだった。

  • 空飛ぶ馬

近所の若夫婦の家のビデオカメラが壊れてしまったというのでビデオカメラを貸すことになったのだが、何故か主人公も同行することに。現場はクリスマス会。小さな子供たちのたわいのない劇に談笑する中、現れたのはサンタクロース。演じるのは近所の「かど屋」の若主人。つい最近電車で恋人と一緒にいるところをみたばかりだ。サンタはプレゼントを持ってきていた。「かど屋」の店先に置かれていた古いが小ぎれいな電動木馬だった。
二日後、ビデオの御礼かたがた現れたお嫁さんは変なことを言っていた。なんでも昨日幼稚園の前を通ったらしいのだが庭に立っているはずの木馬が見あたらない。朝みてみたらきちんと有ったという。
主人公はやっぱり円紫にこの謎を持ち込むのだった。

感想

北村薫初読みです。一字違いの高村薫と芸風が被ってたらやばいなぁとか余計なことを思いながら読みました。しかし、杞憂でしたわ。よく語られるように日常の謎を根底にした本でした。ゴリゴリのコンクリートみたいな小説を読んだ後にこういう本を読むとほっと一息つけます。確かに内容はミステリーなんですが、どっちかっていうと私小説の体をとった文学本的な側面の方が強いですね。流石高校の国語教師をしているだけはあります。ネタが多岐にわたりすぎて全部はついて行けなかったですが、ついて行ける人もいるんでしょうな。蘊蓄物が好きな人は結構いけるかと。蘊蓄ってほど長くもないのでそこで二の足踏む事もないとは思いますがね。
まぁ、謎の解決というのはあくまで添え物(私見)なので、私小説の形式で語られるほのぼのした日常を覗き見る話と思って読むのが佳いかと。なお私小説ですから主人公の名前が出てきません。名前ぐらい有っても佳いのにとも思いますがねぇ。
なんかこう箸休めの漬け物みたいな本でした。一気に読み切る本じゃないのかも。本格小説でつかれた頭を休ませるためにちょっとつまむあたりが丁度いいかと。一編一編は軽くてさわやかで佳いんですが、どうにもこの本を通して読むのは胸やけみたいな物がしますね。なお、この内容ならば人物配置はそのままに、別にミステリーじゃなくても書けるんじゃないの?と思わなくもないです。
で中で登場している春桜亭円紫ですが、所謂神のような探偵って奴ですな。読むにつれて彼の印象は賢者>隠者とかになりました。まるで聞くと何でも答えてくれる村の古老みたいですよね。しかも代償なしの善意で答えてくれるあたりが人が良いというかなんというか。毒というものがこの小説からは感じられませんね。無いなら無いでいいんですが、無いと寂しくも感じますなぁ。ちなみに賢者とか隠者とかで連想したのは『おねがい!サミアどん』(古い)と人当たりの良い中禅寺秋彦だったりする。
しかしまぁ、この本って16年前に出てるんですよねぇ・・・。なのに全然古い感じがしないのはやはり作者の洒脱さの現われって奴なんでしょうかねぇ。空気感はアフタヌーンで連載されている『神戸在住』っぽいです。しっとりとしていて風化してない感じ。
事件で殺人が沢山起こる本の合間に読むとほっと一息つけそうです。なにしろサザエさんスタイルの一話完結型の話ですしね。物語の流れはある物の、予定調和の因果律から抜け出していませんから一時の安らぎは得やすいかと。
70点。
あ、そういえばこの本、作者のデビュー作だそうです。でた当時は覆面作家だったんですが、このシリーズの次の本で賞獲ってしまってすぐにばれちゃったとか。男性ですから要注意。とはいえ、ミステリ界では有名ですな。
蛇足:書くの忘れてましたが、連作短編集です。

参考リンク

空飛ぶ馬
空飛ぶ馬
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北村 薫
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