森博嗣 冷たい密室と博士たち

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あらすじ

建築科助教授の犀川創平は極地研に勤める同期の喜多北斗と西之園萌絵からそれぞれメールを受け取る。お偉方との無意味に長い会議に付き合ってきた犀川は無為につかれた心を癒すように喜多に電話をすることにした。もう今日の仕事は止めだ。メールの内容はどこかで飯を食べようというたわいもない物だったのでそれを今日にすることを伝えるためしたのだった。萌絵のメールは会議後の約束の催促だったので喜多には同伴者が居ることを伝えたのだが、詳細を話すまもなく萌絵だと見破られた。全く頭の回転の速い奴だ。
結局三人はファミレスで暢気に食事を楽しむためにここに来た、そう言うわけではない。犀川はそうかもしれないが、残りの二人はそうではなかった。特に萌絵はミステリー研に所属しているぐらいだから密室というとどうしても気になるらしい。
事件が起こったのは二週間前の極地研実験室でだった。
その時も犀川だけで行こうと思ったのだが、案の定萌絵もくっついて極地研に赴くことになった。極地研は極地におけるシミュレーションを行うために喜多のボスである木熊教授が政治力を駆使して建てさせた物だ。大学施設から少し離れたところに位置するそこへ行くまでに少し手間取ってしまったので少し遅刻してしまった。
二人は喜多に案内されるままに極地研を見て回った。今日も実験が行われていて縮尺された氷に浮かぶプラットホームのシミュレートするらしい。低温実験室にも案内されて入ったが、極端に冷却されていて数分ででたくなった。マイナス20度に保たれた部屋に少し居るだけならばいいが、薄着で長時間居つづけるのは自殺行為だ。八月の最中に凍えるような思いをするというのも珍しい体験ではある。実験室、準備室、計測室で様々な人間がそれぞれの持ち場について動いていた。萌絵には皆が何をしているのかがちんぷんかんぷんだったので眠気を押さえるのが大変だったのだが、犀川には面白いらしい。知識の差という奴だろう。
実験は滞りなく終わり軽い祝杯を挙げることをボスの木熊教授が提案した。場所は実験室その物で、室内の冷却を止めたのだった。部外者の犀川と萌絵も隔てなく誘われ談笑に加わった。極地研ではコンパの時はビデオカメラで撮影するという変わった習慣があるらしく、犀川は醜態をさらすまいとするのだが、そんな気負いが前後不覚になるまで呑むという背反を招いたのだろう。
犀川が酔いから一眠りして起きあがった頃に一つの問題が出てきた。図書事務員の鈴村女史が帰るために車を出そうと思ったのだが、丹羽というドクター過程の学生の車が行く手をふさいでしまっていて出せないのだという。学校の駐車場というのは往々にして始終満杯な物だ。良くあることなので件の丹羽という学生を呼ぶべきなのだが、このコンパに丹羽は参加していない。同じくマスター過程の服部という学生も居なくなっていた。入り口で人の出入りを確認する役目を負っている警備員が言うには二人ともでていった所は目撃されていないらしい。結果二人を捜すことになるのだが、実験室の隣にある準備室の更に奥に位置する搬入室で物言わぬ物体に変わり果てた二人が発見された。どちらもナイフで一突きされている。結果警察が呼ばれコンパから一変、事情聴取の修羅場へ変わることになった。
三人が集まったのは要するにこの事件について話すため、そう取るのが一番だろう。何しろ搬入室は準備室と非常扉しかなく、窓はあるがシャッターで閉まっていてなによりシャッターを上げるためのモーターが壊れていたのだ。人の力では数cm持ち上げることすら難しい。非常扉もPM五時以降は勝手にロックがかかり、10秒以上開け放しておくと警報が鳴りだしてしまう。外から鍵穴すらないので開けることも出来ないし、中からも無理だ。準備室も外からでないと開けられない。密室としか言いようがなかった。

感想

森博嗣の本二冊目です。いやはや、アンチでしかないのになんで読んでるのか自分でも不明。合う合わないだと明確に合わない作家だというのは承知の上でよんでます。なのでファンの人は馬鹿じゃないのと思うのが正しい配慮かと。一番は読まないことですがね。なので、変な先入観を持ちたくない人及びファンの人はここの文についてスルー推奨、責任は持ちません。
前回の『すべてがFになる』では「選民思想的な匂い」を感じたとか書いたと思いましたが、今度も対して変わりません。以下の引用を見るとよく分かると思います。

問題を解くことがその人間の能力ではない。人間の本当の能力とは、問題を作ることだ。何が問題なのか発見することだ。

筆者は大学に勤める研究者なので、この言葉はまんま筆者の心の声としか思えません。ナルシーな発言ですな。自己賛美とかは好意をもってる人ならばスルーできますが、悪感情を持ってるに等しい人物からこうもあからさまにやられるとどうにも気分が悪いです。じゃー読むなよ!ってのはなしでw。
ま、印象論はさておいて、具体的にどうアレなのか?って事に行きますね。この本はミステリーそれも本格とされるものでしょうな。まぁ、この本を手にした人は当然それを望んでるんでしょう。なので言わずもがなですが。
本格というと事件が起きた、推理の材料が沢山出てくる、犯人と犯行について推理をしてパズルのように解いていく、とまぁこんな形です。ただ、この話に限らないわけですが、パズラー向けの小説の場合警察的な情報の蓄積と情報の正しさを積み上げて外堀を埋めていき、動機面から犯人を探る形ではなく、一種の論理の飛躍に等しい推理が求められます。一つ一つピースを当てはめるのではなく、条件の取捨選択から導かれる可能性をチョイスしていくというのが所謂推理という奴でしょうな。故に犯行を行った人物とその犯行の方法がメインであって、その犯行動機や犯人の心理などは捨て置かれる傾向にあります。この話の場合は特にそうで、ラストの部分に駆け足するように蛇足として付記されているのに止まります。しかも、あくまでもその動機に関しては探偵役の推理から導き出された下手をしたら単なる与太話になりかねない、本当にそれで佳いのだろうか?というもの。しかもそれが合ってると来てるんだから救われない。いや、私がですがw。
あ、今気がつきましたが先ほどの引用の「問題がどうのこうの」ってのは作者が読者に突きつけている密室殺人の謎という問題ということで本書その物なんですな。どんな解答を出せるかよりも、問題を出せる方が偉いかw。自己顕示欲もここまで来ると病的ですな。
私の場合はミステリーの読み方は警察方式なんですわ、探偵方式ではなく。キャラクターそれぞれの背景から読み取れる可能性と快楽殺人やら殺人芸術やらの異常殺人事件で無い限りきちんとした一個人である犯人(勿論複数の可能性の場合もありますが)の心理状態をベースにして読むわけですな。読むと言っても推理という方法ではなく、もっと漠然とした可能性から出てくる連想やら想像ですからね。一つ一つの証拠をつめていって最後にたどり着くというのが実際的なので、仮想的すぎる華麗な殺人と動機の不在がどうにも読む上で楽しみには変換しづらいですね。
この本で感じたのはマルチタスクな話だと言うことですかね。視点が完全に一つならば佳いんだけど、ちょっとそういう感じじゃあない。この場合のタスクはそれぞれの登場人物を表していると考えるのが適正かな。で、管理するのはあくまでも主人公の犀川なわけです。なので管理者たる犀川には最終的な判断が出来るというわけですな。この例えは量子の揺らぎと観測者とかでもかまいませんな。で、何が言いたいかというと無駄な情報が多すぎるということです。膨大なログから一握りの情報を得ようとしているみたいな物で無駄に時間がかかると。なんかもっとシンプルにまとめたならば読んでいて普通に面白かったんではないかなぁと思います。犀川が視点の時の描写は一言で言うとかったるい。私にとっては要らない部分の描写が多く、欲しい部分の描写が少ない感じなんですよね。だから300ページ足らずの内容なのに読むことに全然のらなかったですよ。つまり激しく読み辛い。ここ最近では『黄金旅風』以来の読書に退屈を憶える内容でした。
そういえば解説の所で太田忠司森博嗣は人間が描けてないという意見について、「ちげぇよ馬鹿、理系の研究室の奴らなんてあんなもんだぜ。この小説は理系の奴らをきちんと描いてるだろうが」(意訳)と書いてましたが、なんか違うと思うんですよねぇ。私が居た研究室が特異なだけなんでしょうか。確かに奇人変人の巣窟でしたが、もっと人間味溢れるナイスな野郎どもでしたよw。単に時代の流れなのかもしれませんがね。ただ、教授連は必ずしもその限りではなかったですが。流石に十年前の本ですし、差異も有ろうかと思います。
えー結論。がちがちの本格はエンターテイメントとして面白いとは私には言いかねますな。特に本作の場合、ラスト付近で唐突に諧謔的な内容に走っているので、出来るんだったらそれを全編で貫き通せよ!という心の声で一杯でした。潜在的にやらないようにしてるんだったら確信犯なので、変に能ある鷹は爪隠すをやらない方が素直に楽しめると思うんだがなぁ。心理戦溢れる理系本格が読みたいなぁ。作者の工学研究者の描写は正直無駄。
40点
蛇足:どうでもいいけど隠し設定を駆使して、動機を考えると露見するってどうなんだろ。ありがちと言えばありがちで伏線が分かりやすすぎるんだけど、決して確定はしないからなぁ。そっちの線で考えるのってきちんと情報でてからの方がいいと思うんだが。そう言う意味では砂上の楼閣みたいな推理ですなぁ。

参考リンク

冷たい密室と博士たち
森 博嗣
講談社 (1999/03)
売り上げランキング: 22,101

冷たい密室と博士たち
森 博嗣
講談社 (1996/07)
売り上げランキング: 133,198