東野圭吾 幻夜

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あらすじ

水原雅也の父水原幸夫が首を吊ったのは経営する工場の破綻が見えた頃だった。不景気、そしてふくれあがる借金。工場に立つ職人も一人消え二人消え、最後には誰も居なくなった。高専を出て大手家電メーカーの工機部に居た雅也は父親の会社を手助けする目的で二年で実家に戻ったのだが、その頃は順調だった。だが、そのころにはもう無理をしていたようだ。大企業の請負業者というわけじゃなく、子請け、孫請けにすぎない会社は不景気の風をもろに被り、藁葺きの家が狼に吹き飛ばされるかの如く四散したのだ。
残ったのは幸夫の生命保険の三千万。工場はもう銀行の所有だ。借金は二千万ほど有るらしい。手に残るのはわずか一千万。だが、最後まで葬式に残った叔父の俊郎が言うには四百万の借金があるそうだ。なんでも株で建て替えていたらしい。とはいえ、どうせ仕手戦に巻き込まれた父が何の気なしに了解しただけの物なのだろう。実際の所その株については初耳だった。着服したのではないか?と思いつつ工場に向かう。そこで父が首をくくったのだった。発見したのは雅也自身だった。父がどこで聞いた変わらない与太話を真に受けて油にウイスキーを入れたことを思い出しつつ、埃を被った残りを啜って物思いに耽っていた。
その時だった。大地が激しく揺れ立っていることがままならなくなり、地面を転がった。阪神大震災だった。そこら中で火の手が上がる中、何とかして家人を助けようともがく人の姿が散見された。雅也は母屋に近づいた。全壊していたが収穫が一つあった。借金の話をした叔父である。梁に挟まって下敷きになっていたのだ。ぴくりとも動かない様子だったのでこれ幸いと借用書の入った茶封筒を抜き取ろうとしたところ、ぼんやりと叔父は瞼を開けたのでとっさに雅也は側にあった瓦を持ち上げ叔父の頭に打ち付けた。叔父は物言わぬ物体へと変身を遂げた。だがその様子を若い女に見られた。
数日を近所の体育館で過ごすうちに件の若い女が新海美冬という名であること、レイプ沙汰をすんでのところで助けた事などがあった。また叔父の子である米倉佐貴子が被災地を訪れたりした。彼女の夫はバーを経営しているのだが、不況の煽りを受けていて懐具合が悪い。佐貴子は俊郎が雅也の所へ借金の取り立てに向かったと云うことを知っていたので、それをあてにしていたとも云える。また俊郎が死んだことも佐貴子には僥倖だったようだが、葬儀場が沈黙していることは誤算だった。夫の信二から俊郎は嫌われており火葬は向こうですませ、葬儀はうちではやらない、骨持ち帰ってくるなと釘を刺されていたのだ。借用書のことを雅也に聞いてみたのだがとぼけられ、死体にはそれらしい物はなかった。やられたと思った佐貴子だったが、起死回生の一打を手に入れることに成功した。それは壁に貼られたビデオをプリントした物だったが、水原の家を撮った物だった。そこに移されていたのは雅也の話と食い違う瓦礫の下敷きになった自身の父の姿だった。雅也は二階で下敷きになったと言う話をしていた。ビデオをプリントした物の近くには撮影した者の連絡先が書いてあった。
ビデオを撮影した人物の元に女が一人訪ねていった。テレビ局の者でテープをお借りしたい、特集で使いそれが終わったら御礼を払うと言う話だった。間抜けな男は名刺にころりと騙されテープを渡してしまった。
その後佐貴子の夫の信二がやってきて雅也を脅迫するようなことを云っていったが肝心の証拠がなかった。その証拠は新海冬美の手から雅也の元に届けられていたのだから・・・。
それから二人は逃げるように東京へ向かった。

感想

東野圭吾十一冊目です。今回もノワールなわけですが、非常に後味が悪いですな。最近毒を売り物にしているような気がします。ちなみに主役が視点でないというタイプです。
内容を読んで感じたのは単に毒婦を書きたかっただけなのだろうか?という疑問です。毒婦は地位と名声と金、そして本来自身が一番欲した美を手にしたということが本編を読めば分かります。そしてその女に触れると男は痺れてしまい・・・すべてを失うと。
さて、『白夜行』の続編と言われていますが『殺人の門』も含めて三部作なのではないだろうかと私は感じました。なんともタイムリーな話ですが、そこまでずれてないと思います。多分色々な面で少しずつ違った話を書いているんじゃないかなぁ。それぞれをメインの視点を考えると『白夜行』では犯人の複数の周囲、『殺人の門』では被害者、『幻夜』でも被害者となります。ただ、『幻夜』に限って云えば確かに被害者でもあるわけですが、同時に加害者だと云うことも確かなのです。三つの本で三様に進められる犯行ですが、『白夜行』では主に自衛のため*1に、『殺人の門』ではたった一人を貶めるために、『幻夜』では自分が頂点を極めるために邪魔な物を消していったり犯行を行ったりしています。この面から見ると確かに『白夜行』の続編に『幻夜』は相応しいように思えるのですが・・・。また犯行を行ったのは『白夜行』は二人、『幻夜』も二人という男女の符合を見せていますが、『白夜行』ではつかず離れずを演出し引き合う感情があったと言うことを臭わせているのに対し、『幻夜』では片方が片方を嵌めているというわかりにくい詐術で翻弄していることが分かります。詐術で翻弄されるカモを描いたという意味では『幻夜』と『殺人の門』は符合するするわけです。なので一面では相対する物がこの三つの物語にあると感じたわけです。
出版社の都合でおそらく続編と銘打たれたものの、明確な続編であるのかは万人の感じる疑問でしょう。そも本当に続編であるならば、『白夜行』の「雪穂」が『幻夜』の「冬美」であることは疑う余地がないはずなのに、どうにも「=」であることに合点がいかないんですな。これはひとえに描き出されるパーソナリティが他人の印象からではなく、自身の口から物語を紡ぐ形へと移行した為に起こったイメージの豹変ぶりに対する反発のためなのでしょうかね。うら寒い印象の『白夜行』と駆け上がるための手段を選ばない『幻夜』のそれぞれの女主人公には隔世の感があります。
なんか書いてて思いましたが、筆者ってマゾですか?w。『秘密』の時も思いましたけどあのどうしようもない嫌な気持ちにさせる読後感には蠍一刺しの効果があったわけですが、今回は緩慢な死ってやつですな。まるで食べ物に毒物がゆるゆると入れられ、気がついたときにはもう衰弱しきって死を待つだけみたいな。こんなにネガティブな話ばかり書いていると精神状態もどんなもんなのかなぁとちょっと心配になったりも。マゾなら書きながら(*´д`*)ハァハァできるからいいかもしれんが、流石にSっ気持ちには辛いですわ。両刀じゃないですから私は。
感情移入という面では視点がころころ変わったり核心部が語られなかった『白夜行』と違い格段に良くなっているので万人向け。とはいえ流されすぎてるのでイニシアチブをしっかり取りたい人なんかは読んでてイライラしそう。でもやったりやり返したりという普通の切り返しが0なので爽快感を求める人はまず読まない方が無難。更に尻切れトンボで終わってる感がするので総じて後味が悪いって感じかな。ああそうだ、阪神大震災は95年に起きてるんだけど、時事ネタがほとんど入ってないね。入ってるのは2000年問題とオウムの地下鉄サリン事件のことだけ。時代を感じさせるような小道具がほとんど出てこなかったことで嫌に古くさい感じが漂ってた。ただまぁ、PCやらWebネタが多少入ってるのが救いなのかも。流石に前述の自称三部作については結末がそれぞれ微妙でやっつけ仕事に思えるので火傷気味。こうも似たような話が重なると楽しみも失せますな。定型に落ち着いたらダメポ。
65点。

蛇足:しっかし、未だに『白夜行』の評価が高いことには納得がいかないなぁ。核心部分をないがしろにされまくってる本を読んでどこが面白いんだろう。途中から語られない主人公二人の話はどうでも良くなって来ちゃったし、事実をただ積み上げられても共感は持てなかったからダメだったんだろうけど。あと面白いって言う人の場合はその時代のことを思い出してノスタルジィに浸れる私より歳上の人ばっかりな印象だな。他にも虚無感と哀切感の凄さを訴えてる人もいたけど感情描写が欠けてることでどうにも納得がいかない。唐突な結末も半ば付け足したような物にしか感じないし、中途半端さは隠しきれない。私にはやっぱり壁本でしかないわ。
http://www.webdokusho.com/shinkan/0403/t_2.htm
ここのレビューの評価はめっさ高いんだけど、こうも画一的な評価もちょっとあれ。みんな同じ感性持ってるのかYOと思ったが、なんかレビュー書いてるの女性が多めっぽい。そりゃ女性ならこの本をマンセーするでしょうよ。男側からするとどうにも気持ちの悪い話しだしなぁ。

参考リンク

幻夜
幻夜
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東野 圭吾
集英社 (2004/01)
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*1:大人を信用しないということで独立独歩で行くことを前提に考えている