石田衣良 アキハバラ@DEEP

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あらすじ

吃音のひどいページ、極度の潔癖&女性恐怖症のボックス、フラッシュの利いた光を見つめていると体がフリーズして精神が飛んでしまうタイコの三人の共通点はハンディキャップを持っていること、そしてヲタクであるということだ。三人はWebサイトを作る仕事をしていた。ページは中の言葉を、ボックスはデザインを、タイコはサイトの音楽を作っていた。仕事は漸く軌道に乗ってきていて、カツカツでも三人がきちんと暮らせるぐらいだった。
今日はたまたま零時売りの品物があって三人とも秋葉に出てきていた。買い物の後、三人は秋葉のコスプレ喫茶「あかねちん」で時間を潰すことにした。勿論目当てはウェートレスのアキラだ。彼女は無愛想でぶっきらぼうだが、外見が美しいのに加えて肉体的にも強い。一種崇めている連中もいるらしい。
三人はここで時間を潰すつもりだったが、手持ちぶさたなので三人を結びつけることとなった人物のサイトを覗くことにした。『ユイのライフガード』というそのサイトは運営者のユイさんが悩み事を聞いていく、チャットがベースのサイトだった。いつ寝ているのか分からないが、ユイさんは常にサイトにいる。珍しいことに今日のユイさんはいつもの調子ではなく、ひどく落ち込んでいた。ひどい自己嫌悪にさいなまれているようだった。そのなかで三人は頼み事をされた、自分の代わりにとある二人の人間を救ってくれないか?と。三人は決心し、会社を作るつもりだったので引き受けることにした。そこにアキラが来たのだが、彼女もこのサイトの常連だったらしい。以来なんやかんやと三人とくっついて行動することが多くなった。
その後会社の設備が整い、事務所ができあがった頃に再びページはユイのサイトにアクセスした。勿論頼まれていた二人を引き受けるためにだ。そのなかでページはオンで会いませんか?とユイを誘った。快諾されたのだが、後に裏切られることとなる。
次の火曜日、上野公園で待ち合わせしていた三人+一人の前に来たのはアルビノプログラマ清瀬泉虫(通称イズム)と元引きこもりの法律家牛久昇(通称ダルマ)だった。だが、肝心のユイさんが待ち合わせの時間を過ぎてもやってこない。イズムの携帯が鳴り、事態は動いた。
「ユイさんが倒れた」
結局ユイさんはそのまま病院で死んだそうだ。複数の薬を同時に服用したことによって引き起こされたオーヴァードーズで心臓麻痺を起したのが原因だったらしい。ユイが死んだことによって六人は結束して独自の物を作ろうということでフル回転することとなる。結果生まれたのがAIを取り扱った検索エンジン「クルーク」だった・・・。

感想

石田衣良五冊目です。今回は作者お得意のサブカルな現代的内容でした。ヲタクの青春群像物なSFってな感じです。
ヲタクをテーマに書くのはお手の物と見えましたが、やはり本人がそうであるという事がリアリティの追求には向くので、どうにも作り物めいた感じがしてリアリティ6割ってな感じですかね。実体験と経験が物をいいますから。ヲタクを描写したとしても楽しむ人は主に一般人と考えるとどうにも不都合を感じたのか、それとも単にパーソナリティを構築する事が不完全だったのか判断は微妙なところですが、一般人向けと言うことであるならば、これで十分であると言うことは揺るがないと思います。ただ、専門的な内容に関しては所々あらが見えます。
以下どうでもいいフィクションのあら探し

例えばAIを扱っていますが、普通の検索エンジンですらエキスパートシステムを使った評価システムを搭載してるはずなので、なにも珍しい事じゃないんですよ。とてつもないアイデアの様に見えても実態はすでにこの世にあることです。さらに残念ながらAIの進化は日進月歩とは行かず、一進一退を延々繰り返してます。ドラえもんのような擬人化が容易に行われるレベルの独立した個を形成するだけのデジタル生命体と言える存在はまだまだ遠いところにあります。想像するだけならたやすいんですが、現実が追いついていないんですね。更に同じくAIを使った応答システム、日本でいうと人工無能、海外でいうとA. L. I. C. E. ってのが作中に出てきてますが、個人レベルで運用可能な物は物理的にまだまだでしょうねぇ。大きな問題として日本語と英語には表音文字表意文字の違いがありますし、日本語はひらがな・カタカナ・漢字と三つの要素が入り交じっているので、実用化はかなり難しく、未熟すぎて使い物になりません。それに日本語って驚異的に曖昧なので、覚え込ませる*1のが大変なんです。確かローマ字で打つと、ローマ字で言葉を返してくるっていう人工知能を有名どころが作ってましたけど、思考能力は三歳とか五歳とかだったような。チューリングテストも抜けるのが難しいぐらいだったと思いますよ。
コンピューター関係だと普通の人にピンと来ないと思うので近しい感じの例えだと、スカウターを実用化しましたとか、タイムマシンの実機を作りましたとか、火星までいけるロケットを個人で作りましたとかになりますかね。想像と実態が違うってのは良くあることですし、そもそもフィクションですから突っ込んでも仕方ないですね。
でも突っ込みどころはまだあって、現実面での方向にもあるんですよ。現実面で気になるのはHP制作を三人で分担してるって所ですかねぇ。そもそも音楽なんて普通のHPには必要ないですし、文章も特別考える人が必要な事も考えにくいです。普通はHPデザインというと受注先から降りてくる案件にあらかじめ中で使われる文章なんかが入っていて、デザイナーが画像を処理したり、作ったり、レイアウトを考えたりといった感じでコンセンサスをとりながら決めていくのが一般的でしょう。それに必要なのはDTP的な能力とphpPerlなどの言語知識とSSLなどの暗号化の知識、そしてはやりのFlashの知識ぐらいなもんですかねぇ。それに乱立しているので単価が安くなっているので分業という形をとるにしても処理能力を高める意味でデザイン系の人員が三人いないと意味がないと思うのですよ。

まぁ、フィクションなので話を作る上でのご都合主義は仕方ないんですが、本書は珍しく好みに合いました。感情的な起伏部分を一箇所持っているので、感情移入がしやすかったですね。やはり、「怒り」という根源の感情は強いですわ。ネタがヲタクとネットネタなんで食いついたのかもしれませんけどね。あーでもご心配なく。ちょっとネットかじってる人ならば多分すんなり入っていけると思いますよ。展開とネタは兎も角、石田衣良って作家は文章力には定評がありますから。緩やかでありながら、あけすけに語られる言葉にゆったりとした力強さが土台を支えてくれていますしね。エンターテイメントとしては悪くないと思いますよ。さわやかで楽しい時間を過ごさせてくれると思います。
85点

蛇足:石田衣良にはちょっと左がかっているような要素がかいま見える。自由を求める闘争とかテロとかそういう物を背景にしているのだろうか?まぁ、そういう要素はエンタメでは普遍的に語られる物だということは理解できるが、なんとなく匂いがきつい気がする。本書で語られるデジタル系の方向性は現在資本主義から共産主義に向かっていると云って佳いと思う。誰しもがただで情報を手に入れることが出来、公衆の利益になるようにオープンソースが勧められているが、デジタル土方が日本国内で酷使されているという状況をもう少し知った方がいいように思う。ありがちなのが格好の良いプログラマという幻想だが、プログラマの社会的地位は非常に低い。昨今物理的に無理なことをやってのけてしまう天才的と言うより、怪物なプログラマを主人公に据えたドラマが有ったが、あれは現実的ではない。プログラマのやる仕事は非常に地道で実に地味な作業だ。いわば裏方なのだ。日本国内では物作りというとマテリアルな部分が強調されて、デジタルな情報を扱う人間はその部分には入ってきていない。大学の研究者などはまだしも、方々で法律違反の契約社員が使い捨てられている背景を観ると煌びやかな裏には掃きだめが満ちているという現実をもっと白日の下に晒すべきだと思う。

参考リンク

アキハバラ@DEEP
アキハバラ@DEEP
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石田 衣良
文藝春秋 (2004/11/25)
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*1:こういう言葉は適当じゃないと思うけど