米澤穂信 愚者のエンドロール

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あらすじ

氷菓事件の後の夏休み。それでも文集『氷菓』を作るために古典部の面々は学校に赴いてくる。だが、伊原を残して三人とも遅刻して来るというていたらくだった。勿論その三人とは折木奉太郎福部里志千反田えるの事だ。奉太郎と里志は連れだって部室にやってきたのだが、珍しいことにえるが最後にやってきた。それは兎も角、四人は文集の編集会議を執り行ったのだった。一時間ほどで終わり、各々が昼食に入っているところでえるがこの後の予定を聞いてきた。奉太郎は暇なのはいつものこととして、里志はそれほどの用事はなく、伊原は印刷所に行くにしても夕方でも佳いとのことで、時間は作れるのだった。
「それなら、試写会に行きましょう!」
なんでも2年F組が制作した文化祭用のクラス展示が自主制作映画なのだそうだ。奉太郎はあまり映画に興味がないので辞退しようとしたのだが、えるの意気込みに押される形でなし崩し的についていく事にした。
向かった先は視聴覚教室で暗幕の降ろされた部屋にたたずむ女子生徒が一人。漂わす威厳はステレオタイプな警察官や教師、裁判官や自衛官のようだった。彼女は自らの名である「入須冬美」を名乗り状況を説明した。ビデオを見て率直な感想を聞かせて欲しいのだそうだ。ついでに最後に一つ聞くとのこと。取り直しが利く物でもないので意見を聞くことに意味を見いだせない奉太郎の問いに、入須は見て貰った方が分かると答えたので実物を見ることになる・・・。

感想

米澤穂信三冊目。古典部シリーズ二作目ですわ。今回はメタミステリーが主題。えーっと今回は激しくネタバレなので詳しくはネタバレ参照。不満点ぶちまけな状態なので、一応みたい人だけそちらを見てくださいな。
単純に言うと探偵役の意図的ミスが非常に気になる内容です。エンターテイメントだからってのは逃げ口上にしかならないかと。ここら辺がきっちりした「本格」との違いと思ったりしたわけです。まぁ、あんまり本作を評価しない人間の言うことなので、ファンはスルー推奨。
文章と構成は改善が見られるので、本としての出来はあがってるでしょう。でもジャンルがやはり青春物である点で好きにはなれないわ。キャラは立ち始めてるけどね。
60点
蛇足:寿司屋の種明かしは『クドリャフカの順番』でされるんだろうか?
追記:今回も姉からが発端だったのだけれども、こういう発端が続くとあまりに厳しくなるので、おそらく、姉が学校に赴任してきそうな予感

参考リンク

愚者のエンドロール
愚者のエンドロール
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米澤 穂信
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ネタバレ感想

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ちょっと無理がないかとか思う本作です。あらすじでは中途半端なところで終了してしまっているので、一応補足。
見せられたビデオは尻切れトンボで、事件は起きたが解決はされずという終わり方をするわけです。この理由は脚本を担当した本郷という人物が精神的に参って倒れたのが原因であるとされているのですが、古典部の面々はこの謎を解く「探偵役」を仰せつかるのですよ。
この時点で色々おかしいわな。本郷が鬱入っているからと言って、別に自殺したわけでも、面会謝絶絶対安静とも書かれているわけじゃあない。トリックはきちんと考えて準備をしてあるのに、書けなくなったからと言って誰にも開陳しないなど考えにくい。それに「探偵役」と「作家」の立場って大して変わらないと思いません?よくある台詞ですし。多分読む人のほとんどは気づくでしょうね、これ。だとするとわざと作家がやってる可能性がありますけど、ここで印象付けする必要性ってなんでしょう?この辺ちょっと不明。
ここまで気づいてしまうとあとはトリックを解くための作業に没頭できるわけですが、かといって作中で開陳されるのは作者の「高慢なミステリーマニアにはうんざり」的な意見を含む三つ。でもそのすべてをはねのけた割に、矛盾点を無視するトリック開陳。確かに発想そのものは悪くないものの、発想が良いから多少の謎は別に佳いんじゃねぇの?ってのは無責任極まる。そんなのばっかりだったらミステリーって成り立たないし、第一それならなんで意見三つとも却下してんだよお前!って事になるんですよ。
志村ーーー!ザイルザイル!
ってな感じでしょうか。人に見つからずに移動する方法は瞬間移動?アンチミステリーなら兎も角、決着として非常に後味が悪い。「ま、メタミステリーだから」ってのもちょっとねぇ・・・。
そこまで行く経緯でその裏に隠されたのは、シナリオコンテスト。これは別に「探偵役」と「作家」の経緯から強調するほどでもない気がするんだけどなぁ。ならもっと導入部で伏線の引き方をきっちりした方がいいような。明らかに伏線が伏線たり得てないのは問題ですし。
で、解決編で語られる解決の方法ですが、これも疑問が残る。

その1

トリックを行うためのザイルが作中で語られなかったと言うことでまずザイルは館内にあったと考えるのが適当。さらに事件を起すならば、館の右側に犯人と被害者が集中したことはあくまでも偶然。上手袖の窓は空かないので、控え室の窓を使ったにしろ二階は吹き抜け構造になっており、片側の窓は二階左側に行った瀬之上と用具室の杉村から見える。例え奥の窓に行ったとしても、二階の窓は開けられるにしても、一階の窓は普通開いていないと考えるのが適当だろう。だとするならば、中にはいるための方法が必要だ。普通窓は鍵が付いている物で、廃屋とはいえ鍵はかかっている物と考えた方が自然だと思う。だとすると、ガラスなので、壊すのが普通だが、作中描写では壊していない。あくまでザイルで追いかけたとするならば、二階から降りてきた鴻巣が丁度その部屋にいた海藤に窓を開けるよう言うなり合図を出す必要がある。つまり二個目の偶然、鴻巣が右側控え室にいる海藤と出会う必要がこの時点があるわけだ。右側は控え室二つ、そして上手袖があるので、1/3の偶然が必要だ。

その2

ここは実に微妙なところだが、きちんと書いておく。なんのことかというと被害者である海藤の傷の具合についてだ。
一応作中作の原作者である本郷の脚本では外傷はどうやら腹に負うだけだったようだ。しかし、小道具の出来があまりに良かったので、腕が取れた事にした。これは明確な判断ミスだと思う。腕というのが肘から先なのか、肩から先なのか、作中で言及されていないのでいまいちわからないが、普通に考えれば肩から先だろう。と言うことは、何らかの攻撃手段が必要になる。つまり、凶器の判断だ。人間の僧坊筋はすべての筋肉の中で一番断ち切りにくいという話を聞いたことがある。どの位置で断ち切れているにせよ、骨、そして筋肉を断つことが出来るだけの威力を持った武器でなければならない。これは小降りのナイフでは出来なくはないだろうが、著しく時間がかかるのは明白な事だ。特に骨を断つという作業は辛苦を極めるだろう。だとするならば、肉切り包丁や斧の類が無ければ、この犯行は行えないだろう。しかし、やはり、その様な凶器については言及されていないし、作中にも登場しない。なお、犯行当時に悲鳴や雄叫びのような変な声を聞いたという設定は一切無い。腕を断たれた人物が瞬間的に気絶することは考えにくい。例え腹を刺されただけだとしても、激昂しない人間の方が希であろう。
ちなみに人体の血液量というものにも着目してみた。健全な男子の場合、仮定70kgだとすると、全血液量は体重の約8%と言われているので5.6kg(5600ml)である。腕が切断されていれば確実に動脈に傷が付くことになる。興奮した状態での一回の心拍から押し出される血液量は100mlで一分間に150回脈拍していてもおかしくはない。ただ、これは全身に分配されるので、あくまでも腕のみに送られるわけではない。動脈が断たれたというのにとてつもなく低く出血を見積もった場合を例として1秒間に1mlの出血があるとする。1時間後には3.6Lの血液が放出されて間違いなく失血死するだろう。ちなみに全血液の半分ないし2L以上を体外に放出すると、確実に死ぬらしい。舞台は人家から少なくとも一時間以上はなれているような場所だ。このケースで死なないわけがない。
ただ、このケースは元アイデアには無い。元アイデアとしては、散乱しているガラス片か鏡片を用いて腹部を刺すという物だ。しかし、これも考え物だと思う。腹部には腹部大動脈がある。また、刺された箇所を作中で指定していないので不明だが、当然の如く腹腔には臓器があるわけだ。これらに傷を付けると言うことは生命維持に直結する。場所が良ければ助かるだろうが、どちらにせよ、人家はまわりには無いのだ。出血量から見ておそらく死ぬだろう。
唯一可能性があるとするならば、廃村であり、山の奥でありながら、携帯の電波が届く地域であるかもしれないという希望だけだ。携帯を持っている描写も設定も無かったので、これもまた偶然に頼る必要がある。というより後出しじゃんけんに近いかもしれない。

その3

もっと基本的なところでは一番最初に戻ってきたのが犯行を行ったと思われる鴻巣だと思う。カメラ視点が作品の中で語られている真実と同じであると考えると、鴻巣は一番始めにホールに帰ってくる必要はない。ただ、カメラ視点が必ずしも事実ではないとするとホールに一番に帰ってくるのは鴻巣であるパターンが一番考えられる。何故なら一階から帰ってくれば手間が省けるからだ。二階から帰ることを考えるならば、ザイルを伝って上に昇る必要がある。普通に部屋を見渡すだけならば、すぐに皆帰ってくるわけで、それほど時間は要らないと思う。だとすると他の人と違ってザイルを昇る必要のある鴻巣が一番始めに戻ってくるのはどうにも不自然なのだ。ただ部屋を覗いて帰ってくる、それだけのことをしている他の人物に比べて犯人には時間がかかるはずなのだ。

総論

っとこのように、多角的に見ると穴が沢山でどうにもずさんに思えてしまうわけです。まぁ、大きく分けて三点ですか。解決とはいえ事件は偶然に起こり、偶然が重なってうまくカモフラージュされた形になっていますが、さっぱりした解決にはほど遠いような。普通ここまでミステリーでの事件を切り刻んで細切れにして見ることもそう無いのだけど、事件の展開がちょっと分かりづらかったのでわざわざ分析してみたという次第。作品の頭に図があるのに気づくのが読み終わった後だったって言うのもあったりしますがね。
読み終わって非常に気になるのは、メタの方の事件の動機ですな。語られないまま終了ってのがどうにも後味が悪い。まぁ、仕方ないか。
作者が「死人が出る話が嫌いなわけじゃないって」表紙の折り返しに書いてるけど、どうにも信憑性がない。単に古典部ではそういう事件を取り扱わないだけなのかもしれないけど、拘ってる部分はありそう。メインキャラクターで死んで欲しくないって思えるほどの愛着の湧くキャラクターが居ないので、どっちでもいいですが。
まぁ、兎も角「学園物ミステリー」としてしてはこれで佳いのかもしれないけど、「本格」を望んでいた側からすれば期待はずれ。ツメが甘いですな。
やっぱりワトソン役が微妙なのがどうも・・・。ここが一番気になる点なんだろうなぁ。