本多孝好 真夜中の五分前 five minutes to tomorrow side-A side-B

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あらすじ

大手とも中堅とも言えそうにない、しかし零細とも言えない広告代理店勤務の主人公の『僕』は日々を淡々と過ごしていた。まるでゼンマイ仕掛けの時計のように。
最近では会社内の派閥抗争が『僕』自身にも伸びている、そちらの方がよほど引っかかる。『僕』の上司の金井課長は生え抜きの社員というわけではなく、社長の引き抜きでこの広告代理店に来たキャリアウーマンだ。金井課長は他人を思いやるというよりも仕事に打ち込むという事にかけているようで、部下の人心掌握にはかけらも気を遣わない希有な人物だった。同様に社内でのなれ合いもせずに一匹狼を貫いていたが為に、他の部署との折り合いが悪く、社内連携とは一体どこにあるのだろうという状況だった。そんな中、対立先の一課長をしている長内課長に食事に誘われた。間が悪いことこの上なかったが、断る理由も見つからなかったし、何を言っても嘘になりそうだったから了承した。食事の席で長内課長は来期の人事で自身が部長に就くという情報を提示した。その上で『僕』に対して異動願いを出し、金井課長から自分につけと誘ったのだった。長内課長が上役になれば当然対立していた金井課長は飛ばされるだろう。『僕』自身は気付いていなかったが、周りの評価は『僕』が金井課長の一番の部下という評価をされていたらしい。子飼いを買収すればいかな金井課長も立ちゆかなくなる、そういう計算だった。腹芸が面倒だったので『僕』はその誘いを蹴ることにした。それでも考えておいてくれ、と長内課長は諭すように言った。
その翌日、彼には付き合っていた女性、原祥子が居たがなるように任せて自然消滅に近い形で円満に別れた。彼は実際そう思っていた。しかし、一般にはそうとは見なさないだろう。祥子は別の男と付き合うことを眼前で、しかも男持参で突きつけたのだから。相手は『僕』の後輩。それでも『僕』は揺るがなかった。一つ変わったことがあるとしたら、『僕』が安心していたと言うことだけだろう。
男女の付き合いが壊れたりしても日常は続く。そもそも醒めてしまった感情が先にたって感慨がない『僕』には些事にすぎなかった。
そんな彼にとっては日常のなかで、休日というのは始末に困る物だった。寝て過ごすか、家でゴロゴロするか、選択肢はそもそも少ないのだった。それでも予定のない日曜などは公営プールで時間を潰すこともある。そこで『僕』はある女性と出会う。双子であることと恋についてに悩む、日比野かすみという女性に。
 噂が出回った。人の付き合いを重んじない『僕』はその噂を知ったのも相当後だった。

感想

本多孝好の著書初読み。これが最初って大丈夫なのかちょっと心配だけれどもよんじまったもんは仕方がない。とは言え、調べてみたら一応第132回直木賞にノミネートされた経緯のある本でした。どうやら間違いではなかったんじゃないですかね。他の本読んでないから何とも言えないけど。
正直この本は分冊する意図は一つしかないとは思うんですが、あえて分冊する必要は無かったんじゃないかなぁ。アレを鮮明にしたかったんだろうけど、一冊にまとめてくれた方が読む側としては楽。持ち運びって事はハードカバーな段階で無視だから、わざわざ二冊持ち歩くより一冊にして欲しかった。
さて、作中では出来るだけ激情を表に出さずに、クールに立ち振る舞う主人公は外見とは別に、その内面は荒涼とした世界が広がっていて、寂しすぎて寂しさとそれを表す部分を失った男として描かれてます。内面が空っぽだからなんでしょうかね、随所に無気力感と厭世観、そして冷ややかな客観視が付きまといます。*1なお世界観は一見クリアで澄んでいるように見えますが、『僕』というフィルターが濃い為実際は相当にくすんでいます。なんかハードボイルドじみてますねぇ。要注意点はこれは恋愛小説だって事でしょうかね。作者はエンタメだって言い張ってるけどちょっと違うと思う。甘過ぎもせず苦すぎもしないビターチョコレートのようなもんだと思うんで、やっぱり恋愛小説ですな。
幻想の中のモテ男の話だと思うあたりが喪男特有のひがみですかね。こういうあたりと文体と構成を見るにつけ、何となく村上春樹を想起させますなぁ。まともに小説を書くことにした誠実な村上春樹ってな感じでしょうか。ググってみたら案の定春樹チルドレンに数えられてましたが、エロ話と非現実に逃避した村上春樹よりは万倍好感が持てますね。ただし、ナルシスト的な部分*2は共通して鼻につきますが。あ、破滅型ってのとモテ男って事では太宰治をも想起させますなぁ。あれほどダメ人間じゃないけれど。
若い大人の、しかしパワフルではない控えめな恋愛小説を読みたい方*3村上春樹太宰治にはまってる人あたりにお勧め。
75点。

蛇足:感情が摩耗してるあたりがやや好みに合わなかった。

引用


『僕』へ原祥子曰く
「そう。狂ってるのよ。あなたの部屋にある目覚まし時計と同じ。ほんの五分くらいだけだけどね。ちょっとだけ、でもきっちりと狂ってる。二人でいるときは気づかない。五分先にある本当の時間より心地いいくらい。でも私は、五分先の世界の住人で、五分遅れたあなたの世界では暮らせない」

本多孝好『真夜中の五分前five minutes to tomorrow side-A』より

参考リンク

真夜中の五分前five minutes to tomorrow side-A
本多 孝好
新潮社 (2004/10/29)
売り上げランキング: 27,934

真夜中の五分前five minutes to tomorrow side-B
本多 孝好
新潮社 (2004/10/29)
売り上げランキング: 25,852

*1:ただ、side-AとsideBでは相当の差異があったりますが

*2:悲劇的因子を織り交ぜながら理想的な人物ばかりを描くあたりとかね

*3:男性女性両方いけると思うけど、やや男性向け