村上龍 半島を出よ(上・下)

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あらすじ

北朝鮮が精鋭九名の先行部隊を福岡に送り、福岡ドームを占拠、多数の人質を捕った後五百人の後続の兵がやってくる。少ししたら十二万の後続兵も来る予定。彼らは北朝鮮の反乱軍を名乗り、福岡を解放しに来たという。北朝鮮政府筋は関係はないからどんな処遇も任すとのこと。勿論これは北朝鮮の軍事侵攻の一つであるのは当然。日本政府はおたおたしてるうちに後続兵五百人がやってきてしまい、「皇居・国会議事堂に対してテロを敢行する」等という流言飛語に惑わされ、福岡を外部と切り離し遮断してしまう。
一方、テロを起そうとしていた少年集団がいた。彼らは社会非適合者として見捨てられていて、燻っていた。先を越されたことで目標が無くなったかに思えたが、集団のトップであるイシハラの「こいつらは敵だ」との言によりテロリストをテロする計画を立て始める。

感想

こらぁ小説というのはあんまり適当じゃないやね。まぁ、これだけ大人数が登場する内容からして一筋縄ではいかないんだけど、大河小説とかって分類で佳いのかねぇ。単純明快に現在の危機を描くカタストロフ小説であり、一種のシミュレーションになっているのは上巻、ヒューマニティを描いて物語にしているのは下巻という感じ。全体的に読者を煽る仕様になっている。

以下囲み部はカナーリ主観的なため読まなくても可。

上巻はただひたすらに読者を煽りまくっている。現在の日本の状況から鑑みて数年後の二〇一一年がどれだけの危機を孕んでいるのか?と言うことについて。石油高騰、円の暴落、経済の破綻、国際社会からの孤立、右派の台頭、米国に手のひらを返されそっぽを向かれるようになる、などこの先あり得る選択肢を読者に開示するわけだ。おそらくわずか五年(導入部は二〇一〇年)でこれほどの恐慌状態になりうるはずがない、との考えもよぎったが、補強材料として団塊の世代の集団離職が引き金になりうるとも考えられる。また、近代工業の血液である原油の高騰が大きな問題になる可能性が高いという事も云える。しかし、急激な国内経済状態の悪化と極度のインフレは起こりにくいのは確かだ。短期で考えるより中期であり得ることであるから、もう少しさきで有るならば無いとは言い切れない。若者が未来に希望が持てないのも当然とも思える。
また、混沌としつつ没落していく日本の機構がこうも大規模なテロを受けた場合どうなるのか?と言う点についてはステレオタイプな気もするが、おそらく緊急事態にもかかわらず小田原評定になるのは当たっているだろう。仕切れるものが誰も居ないのだから仕方はない。実際ヒステリックにシビリアンコントロールばかり唱える政治家が民意を受けているのだから、そう簡単に反撃に転じるのも無理だろう。戦闘に関しては実際問題、五〇〇人程度の地上戦ならば包囲殲滅は難しくはないはずではある。ただ現代戦では地上戦は危険ばかりで実りが少ない。なお、市街戦でなおかつ同陣営の民間人が多数人質に取られているとなれば話は別だ。人道偏重のツケはこういうところに回ってくる。日航機ハイジャックの時のように超法規手段などを出すのはテロに屈することと同義であり、国際社会での基本的なルールを破るに等しい。どこかのキチガイ団体の如く人間の命は地球よりも重いなどと妄言を吐くのは自由だが、一人のために地球を破壊するというのはナンセンスな話だ。例え話であろうとも前提がそもそもおかしい事について疑問を持つべきである。
なお現在日本は海洋方面で明らかな侵略を受けているにもかかわらず、『話し合い』でなんとかしようとして相手の要求を唯々諾々と呑んでいる状況だが、国益をきちんと図るべきだ。支那にせよ、朝鮮両国にせよ、武力を背景に脅迫しているのだからきちんと自衛手段を執れるように当該海洋地域にこちらも武力で対抗しなければ抑止力には成り得ない。ヒステリックに平和だなんだとおっしゃる向きはスイスの民間防衛でも読むことを勧める。どれだけ自分たちの行動が迷惑なのかは一目瞭然だ。それでも納得できない輩は自らがファシストであることを悟らせるしかないだろう。しかし、左翼運動に填ってしまった脳硬化症には難しいだろうが・・・。
作中にもテロが生き甲斐になってしまっている目的と手段が入れ替わったキャラクターが登場する。流石に今時革命も何もあったもんじゃないと思うが、現実に世界同時革命を推進しようとする人間がそれなりにいることを考えると、何とかの一念岩をも通すとかが頭をよぎる。
シミュレーションとしてはそれなりに面白いが、何点か疑問もある。支那南朝鮮だ。支那は問題山積であることは明白で、二〇一〇年代に安定するとは到底思えない。元の切り上げを今後段階的にやっていくだろうが、それをすればするほど貧富の格差は広がるし、商業的な面においてはむしろマイナスだ。確かに為替を介して貨幣価値が上昇したことによって国外企業を買収しやすくなるとは云え、急激な成長率は維持しようもない。当然伸び悩むこととなる。現在内乱の頻発が外部に漏れ出しまくっていることから、分裂の危機を常に孕んでいて、外にばかり目を向けることも難しいだろう。また、近代化の中で最重要である燃料と工業用水に破綻を来すのも想像に難くない。大陸は無理のしすぎで砂漠化が激しく、資源に乏しいのだ。作中で支那が大国化した形で書かれているが、冷静になれば難しい話だ。支那に注がれる外資は元の切り上げと共に引く波のように去っていくだろう。最初のババが先頃切られたが、これは徐々に続いていくこととなるだろう。金融ブラックホールは世界経済にとって望ましいわけではない。国内産業の保護はどの国でも出来うる限りすることだ。世界の下請け工場の高騰化は経済の低迷を否応なく招くに違いないのだから、経済のガソリンたる外資を抜かれてしまえば後は失速して行くのみ、人口比に対しての経済発展は事実上無理である。そもそも食料面での収支すらままならないというのに、さらなる経済拡大はむしろ内乱の引き金になりかねない。まさにロシアンルーレット状態とも云える。また南朝鮮だが、技術面・経済面において日本への依存は非常に大きい。工業面においては諜報活動を日本国内で行い、熟練工を買いあさり、技術の盗用でその場を凌いできた南朝鮮が、日本が倒れれば共倒れなのは目に見えている。また、日本を取り巻く話でロシアと台湾の話が出てこないのも解せない。北朝鮮のみをクローズアップするには無理がある。総合的に見て実際にはもっと複雑化するだろうと思われる。ただ、本とする場合専門の職種の研究本や論文ではないのだからそんなもの誰も読みたくはないだろう。故に作者は日本人を挑発することに専念したようだ。牙を抜かれた軟弱な日本人を強調することで北朝鮮の特殊部隊員を輝かしく描写する。そこには旧日本国軍人を投影させていたりもするのだろう。
下巻においては、政治的な面よりもひたすらにここのキャラクターの掘り下げを徹底させることで深みを加えようとしている。ここで問題になるのは上巻とは明確に違う文章構成だ。話し言葉、独り言、胸の内での言葉はカギ括弧で括られることはない。変わっているが読みづらいと言うことはない。比較的カギ括弧で覆われない話し言葉というものはアクセントとして使われることが多いので、面くらいはするがたいした問題ではないだろう。ただ、キャラクターの背景を何度も何度も繰り返し、読者に印象をすり込もうという冗長さには辟易した。北朝鮮兵士についても掘り下げをやっているので両者の背景を読むことが出来るが、ヒューマニティに訴えてどうするのか?人類皆兄弟とでも云うのだろうか?善玉・悪玉に分けきれない同じ穴の狢を分かつのは多数派・少数派の区切りだが、実際の所どちらも少数派だ。組織からのアウトサイダーと見なされる二つの組織の抗争と集約されるが、ここに来て一気に現実感を失う。日本の社会からはじき飛ばされたアウトサイダーが勝つ話は正直出来すぎているし、あざとすぎる。むしろ筆者の願望だろう。テロ・暴力・革命がOKで戦争はダメという矛盾しまくったあたりはそれを濃厚に感じさせる。一種判官贔屓的な内容には嫌悪を覚える。まさか人道援助は行うべきだとか云う論調なんだろうか。それこそ敵に塩を送るだけだろう。積極的な経済封鎖を速急にカードとして切らなければ意味がない。一体いつまで引き延ばす気なのだろう。

総論として「『ペルー人質事件』が日本で起きた場合どうなるか?」といった非常事態を想定して日本人は牙を研ぐ必要があるということですかね。危機管理意識を持つべきだとする啓蒙書として受け取るべきなのだろうと思いました。しかし、入門編としては大変すぎる気もします。正直冗長で怠いです。延々日本人は無能という内容が前半続くので、すぐさまにも九条の改定と防諜組織の設立は急務なんだなぁ、と骨の髄から思います。こうでもして自己嫌悪感でも植え付けないとノンポリの人に絵空事ではないと思わせることは出来なかったんだろうなぁ。必死といえば必死ではある。
まぁ、世界的なテロ集団のオウム真理教が未だにその団体の形を変えつつも存続してる時点で世界常識からは外れているし甘すぎるわけですが、一辺どっかの都市が攻撃されないと日本人は平和ぼけのまんまなんでしょうかね。
まぁ、ストーリー的には無理がありありだけれども、選択肢の中に入らないわけじゃない。専門知識の披瀝というか、どれだけの資料を読んで反映させてますよという自慢的な文章も相当量あって冗長なので、村上龍のファン、「昭和歌謡大全集」の続編と云うことで読みたい人、北朝鮮に興味がある人ぐらいにしかすすめられませんなぁ。かなり内容が偏ってるんで、情報の精査が出来る人がネタとして読むのが一番適当なのかもしれません。文章力は十人並み以上で読みやすいとは言え、本文の八割が説明で埋まっている事を覚悟してください。ウィットに富んだ会話が好みなので私には合わなかった。
70点ぐらいかなぁ。

蛇足:イシハラグループに出てくるシノハラは米国にモデルが居るような気がする。薬物に詳しい殺人鬼で確かもう自殺して死亡してるはず。
住基ネットを過信しすぎ。そこまで浸透しないって・・・。
嫌にペシミティックな本なので、鬱に入りたくない人、焦燥感を味わいたくない人は避けて通って可。

参考リンク

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