式田ティエン 沈むさかな

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あらすじ

父親が死んで大学進学できなくなった矢野和泉は矢野カズと名乗ってアルバイトをすることにした。みんなと同じものを手にするために進学資金を貯めようと思い立ってのことだった。しかし、もはや進学校で大学進学をしないという基本的な部分での違いを肌で感じつつ、自覚しているのをみないようにしていた。そんなみんなと違う自分は学校の同級生と顔を合わせる事をおそれていた。そこでまず誰も顔を合わせないだろう自宅から40kmほど離れた藤沢市鵠沼海岸の南華園という中華料理店で働き始める。中華料理店といっても殆どラーメン屋だ。学期中は土日のみ、長い休みには毎日休み無く働いた。店主は吃音混じりの訥々とした人で滅多に口を開かない。だが、それがカズには心地よかった。カズも口数が少ない方だからだ。
進級直前に三ヶ月ほど行かなかったこともあったが、意を決して店にはいると、軽く声をかけただけで店主は何も変わらなかった。奨学金制度が心を動かして図書館通いをしていたのだったが、今ではその熱も冷めた。
だが、転機が訪れる。子供時代の知り合いに会ってしまったのだ。ある種最悪のタイミングに近い。その時カズはカツアゲに逢っていたのだから・・・。
金髪鼻ピアスの男は加部英介、父がコーチをしていたプールでの友人だった。父は元競泳選手で国際舞台にも出たが、国内ならいざ知らず、国外ではめっぽう弱いときて和泉が生まれる頃には既に選手を辞めていた。カズの物心突いた頃には仕事の合間にプールでのコーチを父は自発的にやっていたのだった。そんな父も今はもう居ない。もとより対話を殆どしなかった親子なので父が何を考え、何をしようとしていたのかすら興味がなかったし知らなかった。
英介はカズを三人組のちんぴらから助けると少し雑談をした。知らない中ではないし、こちらをわかって話しかけてきていて、更に助けて貰ったとなれば無下にするのも気が引けた。何気ない話の中で英介はライフセーバーをやっていることを告げる。同時にスクーバーもやっているらしい。彼が言うには海洋写真家になりたいがためやっているそうだ。そのことには特に気は引かれなかった。カズは父親にコーチされていた競泳が嫌いだったからだ。故に泳ぐこと全般が好きではなくなった。ふっとプールの話題が出る。その中で父の話題が出たが、英介は予想も付かないことを言い放った。
「……コーチの死の、本当のわけを知りたくないか?」

感想

第一回このミス大賞の優秀賞受賞作です。とはいえ、銀賞のアレよりはかなりましな出来でした。なんで銀賞をアレにあげてこれを優秀賞にしたのかはなはだ疑問の残る感じですな。ま、予想としてはこのミスは作家を生み出す賞としての側面が強く、ミステリーと言うことに拘って居なさすぎということなのかもしれませんな。それ故選者達の好みの作品がクローズアップされてくると言うことで、読み物としては面白いかもしれないが、ミステリーじゃ全然無い『看板に偽り有り』な状態も仕方ないんですかね。ま、門戸を広げることは佳いことなので頓着しませんが、賞名を変えた方が無難だと思ったり。だって、本格の作品はいっぺんも受賞してませんし、ミステリーと付ける意味がないんですもの。殆どはミステリーと言うよりサスペンス要素を含んだだけの他ジャンルの作品ですしね。本当にミステリーが読みたいという人を愚弄しているとも云えますが、そこら辺を分かってる人はそもそもこのミスを獲った本は読まないんじゃないかなぁ。
でも宝島は分かっていてこういう販売戦略をたててるのかもしれませんな。間口広く空けてミステリーと聞くと時刻表トリックなトラベルミステリーを喚起して拒否反応が出る人にも読みやすい本を提供することでうまーくミスリードしているのかもしれませぬ。ま、そこら辺分かってる人はミステリー系の新人賞と言えばこの賞、老舗の江戸川乱歩賞とか本格・変格・アンチミステリー何でもござれでマニアックな稀覯本はまかしとけ!なメフィスト賞とか獲った本を読むとかしてそう。江戸川乱歩賞と同じく日本推理作家協会が出してる賞に日本推理作家協会賞が有りますけど、これはこれで現在は功労賞みたいな一種の勲章に過ぎないようなので外しておきます。書いてる側がこれ見てそれでも獲れなかったんだYO、ウワーンヽ(`Д´)ノってなっても当方関知しないのですいませんが一人で鬱入ってください。
さて、前置きが長くなりましたが、本編へと入ってみます。
プロローグはちょっと雑然としすぎていて感情移入するのに手間取りました。なので、本読むスピードががた落ち。半ば本当に面白いんだろうか?と疑問符と格闘しながら五十ページほど読むことになると思います。つーか私がそうでしたから。これは全体がスローペースなのがその原因なんでしょうな。序盤の印象はなんかピカソの『青の時代」の様な世界観がこの作品の底流なのかなとか思ったわけですよ。憂鬱そうと言うか倦怠感が漂っているというか。でもでもピカソの『青の時代』の絵とは対照に想像の上での世界はもっと色暗いものを感じてました。そう、例えるならば冬の日本海ですね。実際の作品の舞台は神奈川なので太平洋側なわけですが、そんなことはどうでもいいのですよ。鈍色の空、青と言うより黒い海に所々泡立つ白い波。まるで演歌の世界ですがストーリーとは全く関係有りませんw。単に脳内構成された序盤の情景ってだけですがこれって間違ってなかったんですよね。なぜならストーリーは深海からあがってくる魚のお話ですから。『沈むさかな』って表現は反語的なんでしょうね。
全体としてストーリーの展開はスローペースですが見せ場はきちんと三カ所もあります。ファイナルストライクも効いてましたし序盤をのぞけばキャラクターへの感情移入もしやすく読みやすく面白い本でありました。ミステリーとしては社会派ネタと青春物の折衷って感じですか。ただ、社会派ネタは完全な消化はできなかったのでそこが課題なんでしょうかね。特徴的なのは『語り』ですな。一般的な語りは一人称か三人称ですが、ここでは二人称で語られます。作中の主人公に『語り』が語りかける。『きみ』と延々やられると序盤は相当な違和感ありますけど、ま、慣れてくださいな。ちなみにこの『語り』他媒体だと死亡するでしょう。おそらく許容範囲なのは朗読もののCDとかでしょうかね。ドラマとか映画とか映像化すると即座に死亡確定な時点で中々に厄介ですが、反面魅力的でもあります。青春物でこれやられたらコロッて来る人もいるかと。ミステリーな人には誰が語ってるんだYO!って思う向きもおありでしょうが、読めば分かるのであしからず。
この小説で欠点としてあげられることが多いのがネタの結構占めるスキューバー(スクーバー)についてみたいですね。専門的な知識に関しての説明不十分を言ってる人が多いようですが、別に問題にならないかと。しりたきゃ勝手にしらべれって事だし。下手に説明を細かくすると作者が熱心に伝えようとすればするほど、読者が飽きます。大藪の小説でも読んでみれば分かりますよ。車・バイク・銃・狩猟にめっさ執心してますが、正直うざいだけw。ま、これぐらいの按配で丁度いいですわ。ディティールにこるのも必要だけど、適材適所にやりすぎないのが寛容ですしね。
個人的には青春小説なるものにあんまり佳い印象は持ってないんですが、衒いなく読めました。まぁ、考えすぎるぐらい考えている主人公とか多少違和感有りましたがね。演説をする奴にまともな奴は居ないとかw、なんかネタになりそうな感じですが。あとは大風呂敷をもうちょっとスマートに畳めるようになると傑作の予感。85点。

追記:書き忘れたけど、ちょっと70年代安保の香りが・・・。反米、反権力なにおいが多少するので物語りとして読めない人はスルーした方がいいかと。ここら辺結構穴だらけな感じなので気になる人は気になるだろうなぁ。
若輩を立てつつ内心小馬鹿にする雰囲気も漂っているので注意。バレバレですがね。

蛇足:ここ数日DRAG-ON DRAGOON(NOT2、1の方ね)をやってるせいで本が読めない・・・。

参考リンク

沈むさかな
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