東野圭吾 ある閉ざされた雪の山荘で

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あらすじ

とある劇団の東郷という演出家が出した手紙は妙な物だった。受け取った七人はなんの疑いもなく「東郷先生だから」という免罪符を頭に浮かべて諾々と従い、ここペンション「四季」に集った。
東郷氏が出したとされる手紙は次回作出演者への手紙として書かれており、乗鞍高原のペンションに三日間特別な打ち合わせをするという物だった。奇妙なのはこの事を他言することを戒める文言と質問は受け付けないという強い姿勢、更に予定時刻に遅れるか、欠席をした場合に理由を問わずオーディションの合格を取り消すという理不尽なものだった。皆それぞれ違和感を感じながら結局ここまで来たのだった。
今回の作品のオーディションは珍しく広く門戸を開いた物だったが、外からの合格者はただ一人。言うなれば異分子だ。彼の名は久我和幸という。
元々別の劇団所属の中核俳優だったが、保守化しすぎて新陳代謝が悪くなったと見切りを付けての参戦だった。故にどうしても彼はキャリアに箔を付けるために落ちるわけにはいかなかった。とはいえ、ただそれだけでもないのも確かだった。理由はオーディションに受かった一人の女性にある。彼女の名は元村由梨江、オーディションの時にジュリエットをやっていた事が印象に残っている。容姿に優れた女性ではあるが、きちんと標準以上の演技力も兼ね備えていた。まぁ、そういう下心というわけだ。もちろん倍率が低いわけがない。集まった七人は四人男性、三人女性で、由梨江を争いそうなのは久我を入れて三人。
一人は雨宮京介、この劇団での古株だ。リーダーシップを取ろうとするあたりが、久我には鼻について好きにはなれない。まぁ、劇団外の久我をおもんばかって親切をしているんだろうが、要らぬお世話という奴だ。優等生タイプと言う奴はこれだから嫌なのだ。雨宮に由梨江側からしばしば接触するので、鳶に油揚げとされないように気をつけねば。
もう一人は田所義男、若手中堅と言う奴だろうか。我が強く、鼻持ちならない自尊心が肥大してるようなタイプ。間違っても友人にはしたくない。ひたすら由梨江にアタックをしているようだが、押し一手の馬鹿には由梨江は落とせないだろう。情報を巧く戴きつつ、かっさらう予定。
田所と雨宮なら警戒するのは雨宮だろう。
男性はもう一人いる。本多雄一という男だ。言葉遣いはぞんざいで、伝法だが意外に気が利くタイプ。外面を飾らないだけに好感が持てる。酒はいける口らしい。
女性陣の他二人は中西貴子と笠原温子。それぞれ演技力はあるようだが、器量面で光る物が久我には感じられなかった。
以上の七人がペンションに集ったわけだ。着くなり意外なことが判明する。肝心の東郷氏が来ていないというのだ。差し出されたのは速達で届いた手紙だった。これは舞台稽古だと手紙には書いてあった。質問を受け付けない、そのために手紙にしたのだという。なんでも台本が未完成で推理劇であることは決まっており、舞台設定や登場人物とおおまかなストーリーしかないらしい。細部は演者である自分たちに作り上げて貰うという事だった。追記されている設定は荒れ狂う雪天で外に出ることが出来ないと言うこと、電話は不通であると言うこと、人里離れては居ないが便宜的に離れていることにすること、オーナーが買い物に行ったきり戻ってこないということ、誰も助けに来ないと云うこと等だった。実際には電話は通じているが、使用した時点で不合格になるというまたもや厳しいルールにげんなりしたが、これも売れるための辛抱という奴だ。
ペンションのオーナーはその手紙を渡した後去っていった。初日は何事もなく過ぎていったが、次の日異変が起こる。娯楽室にある電子ピアノのそばに紙が落ちていたのだ。そこにはこう書いてあった。
『笠原温子の死体について。死体はピアノのそばに倒れていた。ヘッドホンのコードが首に巻き付いていて絞められた痕がある。この紙を見つけた者が第一発見者とする』
ペンションから笠原温子の姿は忽然と消えていた。

感想

東野圭吾八冊目です。2chミス板でかなり高く評価されていたので読んでみたんですが、正直うーんと唸っちゃいますねぇ。古典を読んでなきゃ楽屋落ちは理解できないんですよ、ええ。エラリー・クイーンとかヴァンダレイ・シウバじゃなくてヴァン・ダインとか手も付けてないので何とも言えません。ネタばらしすら含まれてますし。ま、トリックそのものについては有名なんで今更感はありますがね。
あと本作のトリックは面白いとは思うものの、なんだか釈然としない感じで高評価がちょっと不思議です。「人間を描き切れてないうすっぺらな探偵小説が云々」と作中で批判めいたことが書かれてましたが、この本の中で人間が描き切れているか?という点では首ひねりたくなる感じですし。安直というわけじゃないんですが、ありふれた人間関係のもつれが原因ですし、きちんと正統派な古典を描いているようなそんな印象なので、激賞するほど人間を描いてる感じではないんですよね、標準以上ではありますが。でも、東野圭吾の作品として考えた場合、標準から少し落ちる感じもします。トリックで魅せるということに拘ってたんじゃないかなぁ。白夜行並に読むのが苦痛ではなく、ライトに楽しめたのでいいんですが、それでもなお、拘っちゃうのは高評価の理由ですかね。それがはっきりしないのが引っかかってます。「このお札はありがたいものなんだよ」と云われて、なんだか釈然としない気分になるのに似ています。字は達筆だけどどうなのよそれ、って感じですか。付帯するはず情報はどこかにこぼれて落ちちゃっていて、元々知らない人には?な感じですかね。
ミステリーとしての感想はネタバレにて。
65点。

参考リンク

ある閉ざされた雪の山荘で
東野 圭吾
講談社 (1996/01)
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ネタバレ

トリックについて等の感想故、見たくない人は飛ばすと佳いですよ。
たくさんの改行後に書かれているのでスクロールしてくださいな。




























































さて、本作のトリックは舞台ごしらえ三段重ねって奴です。
あらすじに登場しない人物が出てくるので一応補足。
麻倉雅美という女性が居たわけですよ、劇団に。でも作中のオーディションに落ちちゃった人物だったりします。ただ、器量は十人並みでも演技力はずば抜けていたので、落ちたことに愕然としたわけです、はい。一応東郷先生に糾してみたものの、理由ははっきり言わずに逃げられちゃったんですな。そこで雅美の中で構図が築かれるわけです。由梨江の父は劇団のパトロン、温子は東郷先生の愛人、二人は不正を働いたと見なした雅美はあほらしくなって演劇の世界から身を引こうと実家に戻ったんですわ。そこへ温子と由梨江、そしてほのかに思いを秘めている相手の雨宮がわざわざ訪ねてきましたと。訪ねてきた疑惑の相手に神経を逆なでされる形になったので、わざわざ自分の疑念を言い立てて追い返した雅美ですが、罵倒されて気分を害したので彼らの足の車のタイヤをパンクさせます。でもまさか後に温子から事故にあって二人が谷に落ちたなんて電話が来るとは思っていなかった雅美は、動転してスキーを手に落ちたという車を探しにいっちゃったわけです。で、滑走禁止の場所を滑って脊髄損傷、下半身麻痺という事になっちゃったわけです。ま、温子の電話は嘘だったわけですが。
雅美は失える物を失って自殺を試みたり、自暴自棄になっていましたが、そこに登場本多君。恨みを晴らしてやるといい、殺してやろうと息巻きました。
で、あらすじにいくわけです。
でも本多もすべてをさらけ出してたわけではなく、事前に犠牲者となる三人にきちんと声をかけてました。これで舞台は整ったわけですね。
読者が読んでいる小説>七人を騙す殺人>雅美を騙す本多が仕組んだ演劇という三重構造にあいなったわけです。
これはこれで凄いんですが・・・どっかで見たことがあるような気がする・・・なんだろ。単に既視感なのかもしれないけど。
読んでいて思ったのは序盤でアリバイを作ってしまった本多が犯人という事ですかね。これが念頭にあったので、驚きが少なかったです。ミステリーの定石で怪しくない人物が犯人という奴に当てはまりすぎてたのでこの人選は微妙でしたね。何より、アリバイの件以外では殆ど作中で活躍していない状況からして、あやしいという・・・って邪推ですが。ま、所謂犯人絞りをうまくずらして読者に犯人が誰だか分からなくする様にはなってなかったので、終劇まで気になったのはアリバイ崩しをどうするのか?と云う点だけでしたな。犯人が複数という手口を使うという事を考えたら、制約が多すぎたんですよね。明らかな情報のリークで雅美が核心で本多はその恋人かなんかなんだろうとか想像は膨らんだんですけど、そこから先は・・・もっとミステリー読んで経験積まんとなぁ。
で、結論ですが、もう少し結末部分で驚きが欲しかったのでした。謎を解く点に比重を置きすぎずにサプライズを強調してくれると読者としてはうれしいとか思った次第。
ああそうだ、書き忘れてた。神視点と久我独白のトリックはトリックになってなさげ。小細工しなくても良かったような・・・。無かったら無かったで不親切と言われちゃうのかもしれないけど、する必要に疑問を感じたら茶番だと気付いちゃうような・・・。なんかもっとスマートな方法って無いのかなぁ。代替案が出せないからあれだけど、親切すぎる設計はちょっと推理物だとアレですな。