東山彰良 逃亡作法-TURD ON THE RUN

あらすじ

日本は先進国に習って死刑を廃止した。人権擁護派の勝利といえる。
人権擁護派の手は刑務所にもおよび、統治方法も変わった。鍵はアイポッパーと呼ばれるマイクロ・チップ。電波が届く範囲内ならば何の問題もないが、範囲外に出たら最後、両目の眼圧が人為的に上げられすぽんと目ん玉が飛び出る仕組みになっている。統治も緩やかになっているから外部との隔離は外からの侵入者を阻む小規模の物に取り替えられていた。目を失いたければどうぞ御勝手にと言うことなのだろう。
台湾系中国人で生まれたときから在日のツバメは間抜けな相棒のせいで刑務所で燻ることとなったが、ある日チャンスがやってくる。それは川原昇という連続少女暴行事件の犯人がこの刑務所にやってきて数日後の事だった。
川原昇に復讐を誓った男達が刑務所に乗り込んできたのだ。刑務官を掌握した後、一部の犠牲を強いてから川原を呼び出した。当然、川原以外に対する脅迫で暴力的に連れてこられることとなったが、何故か連行役はツバメを指名してきた。ツバメは気が進まなかったが、目をやられるのもいやなので渋々いやがる川原を管理棟に連れて行く。
室内にはテロリストが拳銃で武装していたが、冗長な一人語りを始めたテロリストの隙をついて、川原は隠し持っていたフォークで実行犯の一人を殺し、機転を突いてツバメが場のコントロールが出来る立場になった。
ツバメはその場にいる所長に命じてアイポッパーのマイクロ・チップの機能停止をさせた。さぁ、逃亡の幕開けだ。

感想

第一回このミス大賞銀賞及び読者賞受賞作品。看板に偽り有りとはこのこと。
脈絡の少ない文章、途切れがちのストーリーの糸、これらは状況説明が変なことに由来するんだと思う。空白行を空けて段落を分けず、マジシャンがシルクハットからウサギを出すが如く、唐突に空中から降って湧いてくるキャラクターが出てくる場面のなんと多いこと。場面転換が行われているのに頓着せずにそのまま書き連ねていく厚顔無恥。まるで異なる星の文化をベースにした日本語の文を読んでるみたいな感覚が付きまとう。文章が変だと感じるが、一般に瑕疵であるにもかかわらず、一つの成功を得ているように思う。それは作品のスピード感だ。
哲学的な内容や、下卑たユーモアを孕んでいる本書は随分と歪にも感じる。そもそもこれはミステリーなのか?と言う疑問を持たない人は居ないはずだ。方向性では明らかにサスペンスだろう。この作品を受賞させるあたりにこのミスの方向性を決めた気がする。
まずはキャラクターへの感情移入。はっきり言って無理。展開を読ませないと云うことに関しては一日の長があるようだが、だから何だという絶望的な行き詰まりを感じる。それにキャラクターに感情移入できないから、キャラクターの切迫感をどうしても感じられないという物語としては致命的な欠点を持っていると思う。若干親分肌を気取っているツバメは実利を取ったり、感情に流されたりその場その場で流されてしまっている。おまけに刹那的だ。腹に一物有るようなどす黒い感情もなく、日々を淡々と機械的に生きているだけの人間のわだかまりも何もない日常に生まれた非日常が、こんな得体の知れないキャラクターを生み出したわけだが、どうやって感情移入をしたらいいのか、方法が思いつかない。感情移入できない理由の一つは感情描写の少なさだろう。文中にじりつく様な感情のうねりを喚起させる場所は少ない。乾いた文章を作り出そうとして、失敗しているようにしか見えない。たびたび引き合いに出されるフィリップ・マーロウには遠く及ばない。そう、ハードボイルドを模倣して失敗していると端的に言った方がいいんじゃないだろうか。随所に見られるハードボイルド蘊蓄は傾倒してる人にはうれしいんだろうけど、ミステリ物にホームズを引き合いに出すような真似をしたとしても深みを出す一助にはならないと思う。借り物は所詮借り物、発火材になりうるポテンシャルは持っていても火が点くかどうかは運次第。読んだ人間が悪かったのかもしれないが、当然の帰結の気もする。
審査員が推した理由はおそらく、「脱獄小説」であること、「悪漢小説」であること、アイポッパーのアイデアが秀逸であることだろうか。アイポッパーのアイデア以外はかなり泥臭い内容であるから将来性を鑑みてと、大岡裁きをしたわけですな。本書以外にも本は出版されているようだが、あんまり読む気はしないなぁ。筆者の独自性を出そうとして中国・台湾・韓国あたりを無遠慮に無理矢理絡めるストーリー構成が当然になってるあたり、ワンパターンだと思うし劣化した馳星周の焼き直し感が強い。しかも読みやすさを犠牲にしたスピード感を重視する文体は変化を見ないだろうし・・・。本書読んでもスカッと最高には決して慣れないと思う。
うーん否定的な内容だ。
とどめにもう一発。アイポッパーって機器を思いついたのはよかったんだけど、それなら発信器埋め込んでてもよかったんじゃないかな。皮下にカプセルで埋め込んでバーコード読み取るような装置を使ってペットの情報を認識させる物なんかも世の中には出来ているし、生体発熱を用いて自家発電を行い、除去されるまでピングを打ち続ける発信器が体内に埋め込まれててもおかしくはないわけで。素人目にもなんか一発ネタ臭いよなぁ・・・。
にしても読者に対する愛が感じられない。オナニー臭いんだよな。エンタメを描こうとして失敗したような感じが否めないとも思ったり。ユーモアの才能だけはあるみたい。そこだけ伸ばせばいいと思う。哲学ネタは放棄した方がいいかも。正直蛇足だと思う。それだけで客の足が遠のく要因に十分なりうるかと。
アジアネタから脱却した本が出たら読んでみようかな。35点。

今日の引用

菊池はツバメによく自説を開陳した。
「なぁ、ツバメ、ルールってのはなぁ、どんなもんでもいいんだよ。インド人みたいに、ケツは左手、メシは右手?そんな程度のことでいいんだ。理屈じゃない。けど、一旦心に決めたら、絶対曲げちゃダメだ。そうすれば、迷いが生じることはない」

東山彰良 『逃亡作法-TURD ON THE RUN』より

参考リンク

逃亡作法―TURD ON THE RUN
東山 彰良
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逃亡作法 TURD ON THE RUN 宝島社文庫
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