ダン・ブラウン デセプション・ポイント(上・下)

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あらすじ

米国大統領ザカリー・ハーニーは危機に見舞われていた。次期大統領選の対立候補と噂されるセジウィック・セクストン上院議員の政府への非難があまりにも多岐にわたり、またそれに対して明確な反論が出来なかったからだ。中でもセクストンはNASAの無駄の多い巨額の資金と宇宙事業に民営化の風を起こすまいとする規制の壁を撤廃するように強く求めていた。NASAの無駄金を教育に回すという突飛な発想が支持者の強い共感を生んだのだった。失敗続きのNASAにまた一つ頭痛の種がまかれたのだった。NASAを支持する大統領としても頭が痛い。また、セクストンは政府の様々なセクションの速やかな合理化をも求めていたために、税制的な観点からも支持されていた。
ここに来て大統領の劣勢は明らかだったが、ここ一週間にわたって亀になっている大統領に朗報が伝えられる。速やかに朗報は国家最大の時限付きシークレットに変わり、日の目を見るのを待たされていた。大統領の反撃が始まるのを大統領の右腕であるマージョリー・テンチもジリジリしながら待っていた。老獪な上級補佐官をさえワクワクさせるこの秘密は、失点続きのNASAの汚名返上名誉挽回の絶好の機会なのだ。
一方、国家偵察局(NRO)局員のレイチェル・セクストンの胸中は複雑だった。父であるセジウィック・セクストン上院議員との家族の儀礼的な朝食を不機嫌にしているときに職場からのポケベルで呼び出され、向かった先で上司のウィリアム・ピカリングに大統領と会えと言われたのだった。
乗った乗り物はホワイトハウスの紋章付きの最新鋭ヘリMH−60Gペイヴホーク、向かった先はホワイトハウスではなく、ワロップス島。担がれたと思ったが、間違いではなかった。行き先にはエアフォースワンが鎮座していたのだから・・・。
ハーニー大統領と歓談した中でレイチェルにわかったのはNASAのEOS(地球観測システム)が重要な発見をしたこと、それがトップシークレットだと云うこと、また別の場所に行かなければならないこと、午後八時にそれが判明することだった。ご丁寧に移動する段になって携帯電話を取り上げられてしまったので、レイチェルには八方ふさがりだった。
またも移動だったが、今度はヘリではなかった。F-14トムキャット・スプリットテール、黒い戦闘機だった。太陽の方角から見て向かっているのは真北、今度飛ぶ距離は三千マイル・・・レイチェルは思考がきりきり舞いするのを感じながら荒行を乗り切った。
着いた先は北極圏の巨大な棚氷、ミルン棚氷だった。氷の上に着陸したF-14はレイチェルを降ろし、帰って行ったが、レイチェルはそこでとんでもない事態を知ることになる。約300年前に落ちてきた隕石に生物の化石があるというのだ。それも昆虫類の。NASAの研究者と民間の研究者が検分をすませ、ほぼ間違いないと決断したという。レイチェルにはぴんとこなかったが、地球外生命体の化石が見つかったということを云われ、得心がいった。ただ、レイチェルは情報局の人間であり、学者ではない。何故自分がここに来ることになったのか、大統領との秘密回線の映像通話での話でようやく明かされた。自分はホワイトハウスの全職員の前でこの輝かしいNASAの成果を発表するという責務を割り振られたという事だった。了解を大統領に告げた後すぐにその役目を唐突に振られたことになったが、何とか乗り切った。だが同時刻、隕石を氷から掘り出して出来た縦穴に奇妙な現象が起きているのを民間の古生物学者ウェイリー・ミンが見つけていた。
それはこの作戦を指揮する側からすると、とてつもない失点だった、斯くてウェイリー・ミンは冷気に包まれた縦穴へと沈むこととなる。
陰謀はたやすく人を飲み込む。犠牲者はこれ以上でないはずだった。

感想

ダン・ブラウン3冊目。一応最新作(今年の四月に発売された)です。まぁ、出てからちょっと経ってますがね。今のところ新作執筆中とのことで、未翻訳なのはダン・ブラウンのデビュー作『Digital Fortress』だけらしいです。新作はロバート・ラングランシリーズとのこと。どうやら角川は原作から翻訳のスパンを相当短くする模様なので期待してワクテカする予定です。原稿を進捗状況に合わせてゲットしてるのかなぁ・・・と邪推。でもまぁ、『Digital Fortress』の方も翻訳準備してるみたいだからこっちの方が先に出るでしょう。一応原作の発表順番を表記しておきます。

  • Digital Fortress(1998)まだ訳書は出版されておらず。デビュー作
  • Angels & Demons(2000)「天使と悪魔」日本では最初に発行。ラングドンシリーズ第一作
  • Deception Point(2001)本書。日本では三番目に発行
  • The Da Vinci Code(2003)「ダ・ビンチ・コード」日本では二番目に発行。ラングドンシリーズ第二作
  • ラングドンシリーズ第三作(現在執筆中)

本作はノンシリーズと書かれてます。シリーズじゃないのか、ノンって人の話なのかどっちか悩みましたが、読んでシリーズじゃないという結論に達しました。ま、どうでもいいですな。
本作は米国を取り巻く政争と先端技術を上手く取り合わせた劇場型ジェットコースターミステリーですかね。米国情報機関の先端技術というとエシュロンが思い浮かびますが、本書の中では全く取り扱われていません。エシュロンNSAこと国家安全保障局が扱っています。作中に出てくるNROこと国家偵察局は同じく情報機関ではありますし、両方とも国防総省に属する機関ではありますが、NSAは情報収拾、暗号解読が中心なのに対し、NROは近年までその機関の場所が公表されないぐらいの超極秘機関で、名目上は偵察衛星などの統合運用機関とのこと。現職長官名も極秘らしくトップシークレット中のトップシークレットな状況です。一応空軍長官直轄の機関とのこと。CIAとの繋がりも持っていたり、表に出てこないNSA以上に秘密のベールに包まれてます。と言うことで、NSAはお呼びじゃないです。
読んでいて叙述トリックで一点上手く騙くらかされました。古典的な手でしたが、前半に予測していたことを忘れてちょっと呆然。佳い意味で上手く騙されました。ただ、上巻の200ページすぎるあたりまでの上り坂は興味を引かれない内容が急勾配で延々と続いたためけっこう苦痛でしたね。状況が判然としないままNASAの謎が続くんですよ。でも下降に入ってからは一気に加速していきます。ページタナーの異名は伊達じゃないですな。もしかすると今まで読んだダン・ブラウンの本の中で一番ページを意識しないで読んだ本かもしれません。60ページだなぁと重いながら気がついてページを見ると100ページ以上すぎてる事が有りましたし。
ストーリーの手法はまんま映画です。このまま台本起しても大きな問題はないでしょう。そういえば「ダ・ビンチ・コード」は映画化が決まってるんでしたっけ。トム・ハンクス主演でやるようですが、そのころには新作が出てますかね。
ダン・ブラウンはキャラクターの感情の発露を上手くコントロールし、読者もコントロールされていきます。生命の危機を乗り越える類のサスペンスを要所に拵え休ませてはくれません。エンタメ好きは読んで損なしでしょう。王道系の話ですから技巧的に奇を衒ったのでなければ駄目という人には向かないかもしれませんが、普通に面白かったです。ダン・ブラウンお得意の主人公は男女の二人のパターンはこの先も続くんでしょうかね*1。85点。

参考リンク

デセプション・ポイント 上
ダン・ブラウン 越前 敏弥
角川書店 (2005/04/01)
売り上げランキング: 1,992

デセプション・ポイント 下
ダン・ブラウン 越前 敏弥
角川書店 (2005/04/01)
売り上げランキング: 7,880

*1:あらすじに登場しない人物とレイチェルがメイン主人公です