高村薫 レディ・ジョーカー

あらすじ

物語は1947年に届けられたとされる1通の怪文書より始まる。
その怪文書は日之出麦酒株式会社の元社員岡村清二が日之出が部落差別によって三名を強制解雇したらしいが実際のところはどうなのか?と問いただすものであった。
当時の経営陣はこの怪文書を事実無根とし、無かったこととした。

そして時は移ろい、1990年。
秦野浩之という歯医者がいる。優秀な息子孝之を持っていて彼は心底幸せであったが、ある日その歯車が狂った。その息子が車で事故を起し死亡したのだ。
元々慎重な性格の息子が事故を起すという事事態が何らかの問題を抱えていたと思った浩之は情報収集をしていって幾つかの事実に突き当たる。死後に送られてきた日之出ビールからの不採用通知
孝之が大学院ではなく社会に進出する事は知っていたが、その就職先は一つに絞られておりしかもそれに落ちていたのだ。予定就職先は日之出ビールで、大学からの推薦、一次試験はほぼ満点でニ時試験に出さえすればほぼ99%落ちる事はない、そんなはずだった。しかし孝之はニ次試験の途中で気分が悪いと中座した後、勝手に帰ってしまったらしい。日之出ビールに問い合わせるとその用な事がわかったが、納得はいかない。浩之には脛に傷持つものの感慨が有った。
差別だな。
そう彼は思ったのだ。浩之の父は被差別部落の出身で、結局は母はすぐに別れてしまった。新入社員の当落にわざわざそのような検分を今時しないというのは常識としてあったが、狂ってしまった歯車を認めたくない浩之は日之出ビールに抗議文を送る。一度目は実名で、二度目は部落解放同盟を名乗って。
二度目の抗議文を送った数日後、浩之は西村なる部落解放同盟の男を自宅に招きいれる事になる。どうやら日之出ビールが部落解放同盟にわざわざ問い合わせたらしい。西村は浩之を問いただすでもなく、一つの手紙を手渡す。それは1947年に日之出ビール宛に出されたあの怪文書だった。聞く話によると彼の妻のお父さんのお兄さん*1が出したものらしい。因果なものだ。
結局西村は警告とは言えないような警告と日中相銀やら小倉運輸といった日之出ビールに関わる薄暗い情報、そして怪文書を渡して去った。まるでそれから先はあなたで考えるといいとでも言うように。
浩之はその後怪文書を手にテープに吹き込みを始める。そしてやはり日之出ビールにそれは届けられるのだった。
結局それは警察に届けられ、浩之に因果は回ってくる。そして歯車が狂い、行き先を見失った彼は電車に飛び込むという行為を最後に死す。

1994年。義理の息子の浩之から死の数日前に電話を貰っていた物井清三は、電話の中で語られた岡村清二という血のつながりはあるが直のつながりは殆どない男の行方を探した。てっきり死んでいるものだと思っていたが、秋川(現在はあきる野市)にある養護老人ホームに痴呆老人の呈でまだ皮一枚繋がっているという事を調べ、度々訪れるようになった。
ある日物井は岡村清二を自宅に引き取る事を念頭にホームを訪れるが既に死亡した岡村を見、そして決断する。
物井には競馬繋がりの知りあいがいる。
布川淳一、障害者の娘がいる元自衛官のトラック運転手。高克己、在日朝鮮人の信用金庫職員。松戸陽吉、変わり者の旋盤工。半田修平、うだつの上がらない警察官。
彼らは皆、形のない鬱憤を抱え、不満を持っていた。物井の決断によりその不満は形を持って社会に襲い掛かる事になる。

1995年。用意周到に一年をかけて準備をされた計画は日之出ビール社長の誘拐から始まるのだった。

感想

凄い小説が日本から出たもんだなぁと関心と呆れが混じった感じですかね。
ぱっと見で分かると思いますが、グリコ・森永の事件を下敷きにした本といえるでしょうな。
この本の凄さは数多くのキャラクター(個人)と組織、そして様々な角度からの描写で成り立っている事。
バックボーンとしての大枠の組織の視点は

  • 警察
  • 検察
  • 犯人グループ
  • 被害者
  • 日之出ビール
  • マスコミ
  • 政治家及び周辺右翼

で成り立っており、そこに個々人のキャラクターからの視点が混じるわけです。章単位での書き分けではなく、ある種拾い書きのようにそれぞれの個人視点で掛かれているため、本としての呈である中での主格ははっきりとはしないわけです。カレイドスコープのように読んだ人それぞれが読みたいように読めるようになっていると言って善いでしょう。
また、そうやって書くことによって社会の構造を描いているとも言えます。極論すると「風が吹くと〜」ですが、少なくとも関連性の見られないものにも、何らかの関連性は在りうるということですな。
事実を淡々と列挙していきつつ、それぞれの個人の感情を淡く乗せていくその文章はくどくはないものの、文章量が膨大且つ多岐に及ぶため内容の腑分けは容易いとは言い難いものが在ります。読書をあまりしない人にはお勧めはしかねますな。そもそも序章の怪文書は旧仮名遣いな文章が30ページほど続くため、読書をあまりしない人避けになっているとも言えるかもしれません。

さて、この本は「マークスの山」そして「照柿」に続く合田刑事の三部作*2の完結編といえます。まぁ、第三作目と考えるのが先を考えるといいんでしょうが。映画化もされましたな。よもや合田刑事が徳重聡とは臍で茶が沸く配役ですが、まぁ仕方ないんでしょうな。実際映画のほうは見てないんで、あんまり偉そうな事は言えない訳ですが、別物と考えるのが適当そうでは在ります。第一これだけの話を映画化するとなれば、二元的な視点にする他なく、対立構造を鮮明化して視聴する者のハートをゲットするのが娯楽作としては善いわけで。分量からすると相当量削ってる気がしますな。

後は

  • 合田雄一郎×半田修平
  • 合田雄一郎×加納祐介

が鮮明化されたと言ってもアレ過ぎるかw
まぁ、仄めかす部分も多いところだし、ここら辺は高村薫は趣味で書きましたな。
まぁ、好きな作者に凄い本なのは確かなんだけど、ちょっと大作過ぎて肌には合わなかったかな。ちょっとラストにも釈然とはしなかったし、所々脱線が激しいので本命の筋にたどり着くまでの迂回にイライラしたしね。ま、マスコミ視点があまりにも多いのが鼻についたって言ってしまえばそれに尽きるんだが。もうこの際、記者クラブ制は放棄すべきと思わざるを得ない。それに書かれた時期が次期なので、情報の漏洩=死というのには釈然とするものが無いわけで。現在はWebなど不特定多数が目にする特定言論に縛られない言論が確保されてるし。そこら辺がクリアされればよかったけど、1995年からだしねぇ。総じて75点ってところかな。

蛇足・・・古本屋でゲットしたのはいいんだけど激しく化粧品臭いorz
多分そういう香りの香水だとは思うんだが・・・

参考リンク

レディ・ジョーカー〈上〉
高村 薫
毎日新聞社 (1997/12)isbn:4620105791
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レディ・ジョーカー〈下〉
高村 薫
毎日新聞社 (1997/12)isbn:4620105805
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*1:浩之の妻は実は父の物井清三とは血のつながりはない。彼女は物井清三の妻の連れ子だったからだ

*2:そうみなすのが正しいのか、それともこの先にまだ続きが出ているのかよく知らないが