佐藤友哉 エナメルを塗った魂の比重 鏡稜子と着せ替え密室

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あらすじ

予言者鏡稜子の来歴を始めよう。高校時代の彼女の足跡は凡人にもわかりやすい血塗られ具合だ。ただし、それは彼女の所為では決してない。周囲を彩る級友たちの思惑が交錯し、あくまで彼女は傍観者たろうと画策したのだろうから。
人並みの食物を受け付けないことでカニバルに走らざるを得ない山本砂絵、殺人者の娘ということでいじめられる古川千鶴、転校してきたカリスマ溢れる須川綾香、ドッペンケルガーに襲われてドッペンケルガーに居場所を盗まれた葉山里香、コスプレをすることで日常から逃避する香取羽美、密室で何者かに殺されたとみられる島田司、千鶴を虐めるグループの田沢と中村と石渡。
これらがそれぞれ動くことで物語は流転する。
ただ平凡を求めただけなのに、何も期待していなかったのに、日常は激変を遂げる。
残るのは逃避と敗北、そして悔恨のみ。

感想

佐藤友哉三作目。鏡家サーガ第二弾です。
一応密室的事件を内包していますがこれはどうひいき目に見てもミステリーとは云えないようですねぇ。最終章で作者が語るようにこの物語は終幕が着地点ではなく単なる通過点に過ぎず、過程のみを見るべき作品となっているように思います。だから、その内容に何らかの意義を見出さない限り楽しむことは難しいというか、不明瞭不分明故に惹かれる要素次第という博打状態ですわ。あるいはこれはサリンジャー的な作品感を強く意識しているのかもしれませぬ。でなければこんな雑多な状況の個々を纏める気があるように思えない作品が生まれないでしょうしね。既存の物語のセオリーたる部分を否定し、新奇さを打ち出しているようにも思えますが、サリンジャーの我流クローンの域を出ていないように思えますよねぇ。まぁ、ミステリーを書く気が全くないように思えるという点で正直何がしたかったんだろうか?という疑問は生まれます。これが作者にとってのミステリーだと言うならば、謎の提示は殺人ではないでしょう。人間というものの本質を問うているのかもしれません。でも明らかに十分とは言えないような・・・。試行錯誤の過程と好意的に解釈するのも有りですけど、ファンの人は何を求めているのかなぁ。
とりあえず本作も前作と同じくサブカル要素が存在します。最たるものはコスプレでしょう。「日常と非日常を演じ分けること」と「なりたい自分に変身する」という要素を満たすのがコスプレです。登場人物のコスプレ少女は実に内省的にその行為を見つめます。しかし自身を解剖的に俯瞰して分析をしたのにもかかわらず誘惑に抗しきれない人間の脆弱さをここに見ることが可能です。ふむ、もしかしたら脆弱さというのがキーワードの一つなのかもしれませんな。キャラクターをそれぞれ見ていくと唯一鉄壁なのは鏡稜子ぐらいでしょうし。弱いからこそ人間なのか、人間だから弱いのか、前者と後者では論調に相当の差があることですし一応保留で。
この本の表面的な二本柱はカニバルとコスプレですが、比重は明らかにコスプレに傾いているでしょう。だからこそ「きせかえ密室」なわけでしょうしねぇ。それにしてもコスプレに関するあたりで出てきたオタクの常識ネタがきちんとどれだけの人に分かるものやら・・・。腐女子方向へ激しく舵を切っているのもあるし、一部は晴海あたりあるいはそれ以前を知らない人には想像の外であろうから厳しいような。サムライトルーパーの主人公五人を即座に言えるような人にとってはいろんな意味で問題ないんでしょうけど*1。そういえば栖川綾香って明らかに来栖川綾香から来てるだろうし、羽美は勝手に改造から持ってきているとして、古川千鶴は痕の千鶴さんからだとすると他のキャラも元ネタがあるのかな。他のキャラにはちょっとピンと来ないなぁ。
ま、前作ほどの勢いはないかなぁ。ラストを読むに未消化感が募るだけ。禁断の一言が言いたくなる。
「で?」と。
これ単体で読むことは薦めない。続編次第だろうなぁ。
40点
羽美にメガネを着用させなかったこと、つまりは記号化をしなかったことが西尾維新との彼我の差じゃないかなぁ。こういう作風なのに真面目すぎるわ。

参考リンク

エナメルを塗った魂の比重―鏡稜子ときせかえ密室
佐藤 友哉
講談社 (2001/12)
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*1:別の方向から明らかに問題があるけどね