東野圭吾 容疑者Xの献身

ASIN:4163238603

あらすじ

高校で数学を教えている石神は最近恋をしていた。だが、浮世離れをした生活を長く続けてきた石神のこと、興味は全て数学の研究に傾いていたので何をどうしたらいいのかよくわからない。幸いなことに石神は生来のポーカーフェイスで顔色はそう簡単に変わらないのを利用して相手の居る店に出入りするようになった。弁当屋「べんてん亭」で販売をやっている目当ての女性のことはよくは知らない。石神の隣の部屋に越してきた一人娘の居る女性、それで十分だった。だが、なんの悪戯か状況は急転直下の変転を見せる。なんとその親子が殺人に手を染めたのだ。
花村靖子とその娘、美里はひっそり暮らしていた。水商売で働いていた靖子は店のオーナーが商売替えをして弁当屋を開くというのにくっついて河岸を変えた。大きな娘を抱えって年を喰ったホステスが食べていくのは大変なのだ。回りをホッとさせることも出来たし、成功だったと思った。だが、忍び寄る影は二人ににじり寄ってくる。
靖子はかつて二度結婚をしている。最初の亭主との間に美里は出来た。美里を育てるためにホステスとして頑張っているところで二度目の結婚相手である富樫と出会ってしまったのだ。当時は羽振りが良く、子育てに疲れていた靖子にとって救い主のようだったが、馬脚はすぐに現れた。会社の金を使い込みしていた富樫はクビになりヒモに堕ちた。靖子はなんとかして離婚をして富樫から行方をくらまそうと頑張ったが引っ越しには金がかかる。そう何度もやっては居られなかった。それでも何度も富樫に見つかっては金をせびられ続けた。弁当屋に鞍替えしてようやくその手から逃れたと思ったのにここにも富樫の手が伸びてきていたのだ。富樫は靖子の住む部屋まで来て「一生たかり続ける」と呵々大笑しながら宣言をした。富樫に怯えていた美里はその様に絶望を覚えたようだった。富樫の帰りしな最初の一撃を加えたのはその美里だったのは禍根をここで断つ決意をしたからかもしれない。結果靖子は反撃を試みようとする富樫から美里を守るために富樫をこたつの電気コードで絞殺する。
隣の部屋に住む石神は一連の出来事をおおよそ把握していた。そして、花村親子を身を呈して守ることを決意したのだった。

一方警察の草薙は旧江戸川堤防で発見された男性の死体の案件に駆り出されていた。被害者は全裸で着衣は一切ゼロ、顔面は完膚無きまでに破壊し尽くされ手の指も焼かれていた。早速草薙はガリレオ先生こと湯川の元へ事件を持ち込みに出向くことにした。事件の壁にぶち当たったら湯川の所に行くのは習性みたいなもんである。草薙はそれはそれは気軽に考えていた。だが、そんなに軽い物ではなかったのだ、この事件は。

感想

東野圭吾の本はこれで二十四作目。本作は第134回直木賞受賞作で昨年の≪このミステリーがすごい!≫、≪本格 ミステリ・ベスト10≫、≪週刊文春ミステリーベスト10≫と三つで一位を獲ってたりするので実質四冠です。直木賞の候補になること六回でようやく受賞ですから感慨ひとしおか、さもなきゃどうでもいいか、どっちかなんでしょうねぇ。
それにしても色々物議をかもした作品だけに期待しましたが期待未満というのが適正ですかねぇ。やはり一番の話題部分は直木賞って所でしょうけど、それはあくまでヘゲモニーの問題に過ぎないので置いておくとして、侃々諤々の本格論議がこの本にまつわる一番大きな話題だったのではないでしょうか。要するに「本格ミステリーか否か」という二階堂黎人の「本格じゃない」という意見とそれに反論する笠井潔の「いや、本格だろう」という意見の応酬を野次馬的に楽しんでいましたが結局の所「本格を規定する価値観」の相違ぐらいしか無いように思います*1。技巧的にどうこう言うよりも雰囲気で判断した方がいいような感じがしますし。結局の所私はこの本が本格ミステリーとはちょっと思えませんね。技巧的にどうこう言うならば、本格だったら「無駄なぐらい不可能状況による殺人が起こる」、「倒叙であるのにメイントリックをぼやかしていること」、「所謂古典テーマからの逸脱」(クローズド・サークルとかね)、「犯人当てではない」とかいうあたりですかね。倒叙の取扱にだけにこだわっているように思ったのでこりゃあ「本格」はつかないんじゃないかなぁ。これが本格ならば同著の『秘密』なんかも本格の範疇に入っちゃいそうで嫌だわ。ま、気にしない人には実にどうでも佳いことですな。感覚的な部分ではやっぱりこの本はシリーズ物であり、これの前の二冊がかなり予定調和的なご都合科学ミステリーであった部分が影響していると思います。それにこの本はあくまで本題が殺人事件の捜査では絶対にないと思うのですよ。スポットを浴びているのは捨て石になる覚悟をした男の苦境と仄かな恋心であって、トリックが明かされることで舞台転換(大ドンデン)が必ずしも万全に行われてはいないとも感じました。こういっちゃあなんですが湯川が今回正直いい人に徹しすぎて気持ち悪いですね。これも作者の毒がかなり薄められているからなんでしょう。静謐さと緻密さを演出する上では必要以上に感情部分を描写して盛り上げようとするのは逆効果になりかねません。だからこそなんとなくひっそりしている印象が付きまといます。でも倒叙の場合はサスペンス風味が通常主な味になるので打ち消し有っちゃっているように感じました。それがちょっと勿体ないかなぁ。
分かりやすい伏線とその回収は万人向け。でもこれが直木賞を受賞する必然性は正直ないかと。過去ノミネートされた物の方が良かったかもしれません。大絶賛されるほどではないのではないでしょうが軽くミステリーでも読んでみるか、そう思う人には丁度いい軽い読後感の本です。恋愛を交えているので普通のミステリーよりも受け入れられやすいだろうし単純な犯人当てにならないのも飽きさせませんしね。
この本の弱点は何故湯川は石神を見逃さなかったのか、これに尽きるんじゃないでしょうかね。苦悩する探偵役の内心を描かなかったのはストーリーテリングとしては良かったのかもしれないけれど、落とし所が慈悲心を見せて石神を捨て石にさせないようにするあたり、「じゃあお前が告発のきっかけ与えなければ上手く収まったんじゃね?」に帰着しちゃうわな。
年間日本では一万人も行方不明者が出ます。そこの中に一人増えようが減ろうが大勢に影響はないでしょうに・・・。ま、そもそもの間違いは事件に首を突っ込んでいる事なんでしょうけどねぇ。
70点
号泣で終了には納得がいかないというより、だから何?って思った私は少数派?正直そういう場面って鬱陶しいだけなんだけどなぁ。
この本で純愛とか感動とかいうと嘘くさくなるよ。

参考リンク

容疑者Xの献身
容疑者Xの献身
posted with amazlet on 06.05.14
東野 圭吾
文藝春秋 (2005/08/25)
売り上げランキング: 262

*1:それにしても二階堂黎人も馬鹿だよねぇ。「本格じゃないんじゃね?」ってあたりでとめておけば良い物を、「この本を本格だと誤認している読者を批判している」とかウルトラCな所に着地するあたり斜め上